表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カルミアの魔女  作者: 黒目
第二章 絶対私はキャバ嬢で成り上がる!
22/54

第十四話 脳筋重役客!最強の行動力を身に付けさせる方法

「お前はこのままでいいのか!?おじさんは心配だぞ!」


 私はなぜか怒られていた。この客は五十嵐と言って、このキャバクラで疎遠にされている客だ。年齢は42歳、中小企業の重役で、このキャバクラではお金をよく落としてくれる。ただし接客時に必ずと言っていいほどキャバ嬢に説教し、そのせいでキャバ嬢からは疎まれているのだ。キャバクラに良くいる説教おじさんの典型的例だ。


「ワシはな!高校の時にはラグビーで全国大会に出場したんだ。高校生の時はお前は何をしていたんだ。もっと努力しろ。そうすればキャバ嬢になんてなる道を選ばずに済んだものの」


 彼の自分本位で相手の気持ちや生い立ちを考えない発言に怒りを覚える。正直この時点で私の怒り度は60%を越えていた。しかし以前反省会でまとめた、怒りの事前準備が効いているのか、普段ならブチ切れているところを流せるようになっていた。これは私の中で凄い成長である。ただし、我慢の限界がきそうなこともわかっていた。以前のように客の胸倉を掴み、殴るようなことはしたくない。だからと言ってこのまま理不尽な仕打ちを受け続けるわけにはいかない。そこで私は彼に質問を投げかけてみる。


「すごいですね。全国大会に出場するなんて。さぞ努力されたことでしょう」

「あぁそうだ、俺は凄いんだ」

「そんなバイタリティ溢れる方と一緒に働きたいものです。そんな五十嵐さんが重役に立っている職場はさぞ活動的なんじゃないですか?」

「いや・・・そんなことはない」


 そこで五十嵐は突然歯切れが悪くなった。その反応を私は見逃さなかった。


「あら、そうなんですね。意外ですね」

「ホント近頃の若者は行動力がない!ワシの若い頃はもっと思い立ったら即行動!を実践していたものだ。なのに今の若者ときたらまるでわかってない!考えるヒマがあったら体を動かせ!だから業績が悪化するんだ。そして無責任に辞めていく!」


 なるほど、今の一言で五十嵐の立場が理解できた。中小企業の重役と謳っているが、実情は崩壊しつつある。想像に難くないが、五十嵐の高圧的で原始的な考え方に部下が付いていけなくなったのだろう。となれば本来五十嵐はここまで高圧的な態度を取れる立場ではないと判断した。今はまだ羽振りがいいが、もうすぐ堕ちていく。そんな予感がした。そこで私は1つの案を提案してみた。


「なるほど、お仕事お忙しそうですね。そこで最近本を読んでいて1つ気になる点があるのですが、その点について話してもよろしいですか?」

「な、なんだそれは?」

「部下を行動に移させるために必要な事、という話です」

「はっ!お前がそれを言うのか?面白い、話を聞いてやろう」


 五十嵐は鼻で笑った。まるでキャバ嬢に何ができるとでも言わんばかりの態度だ。しかしその了解を得たが最後、私は自分の中で組み立てた話をする。


「マイケル・ボルダックさんという方をご存知ですか?」

「なんだそいつは?聞いたことがない」

「世界各国にクライアントを持つ成功のコーチングをしている方で、数千人の受講者を前にセミナーを行う国際的なスピーカーでもあります。これまでボルダックの著作は日本で4冊出版され、いずれもベストセラーとなりました。そして自分がコンサルティングした人は何億という利益を出しているのに、当の本人は年収が一億円となる奇妙な人です」

「それがどうしたんだ?ワシにその人物を出して何を言うつもりだね?」


「まずすぐ行動に移すために重要な結論の1つをいいますね?それは、


【先送りしたくなった目標に対する見方を変えて、目標達成したくなる大きな理由を持つこと】


という点です。先送りしたくなるのは、先送りすることが、【快感に感じるから】だとボルダックは言っています。人間としては、変化したくないので、どうしてもやらない方向に行ってしまう。それを防ぐためには、自分自身が感じる苦痛を快感に変えることが必要です。なぜそう結論付けたかというと、行動しようとしても、なかなか第一歩を踏み出せない。なんてことありませんか?」

「ワシはそんなことないがな」

「そうですね、五十嵐さんは確かにそうかもしれません。しかしあなたの部下は違います。そのとき、行動力のない人間の足にしがみついているのは、ビリーフです。ビリーフとは、"信念であり、確信の度合いの高い思い込み"のことです。 失敗や挫折などがもとで、「私には無理だ」「どうせできない」と思い込んでしまう。ボルダックは、このような"自らの可能性を閉じてしまうようなビリーフ"のことを、


【リミティング・ビリーフ」(自分を制限する思い込み)】


と呼びます。このリミティング・ビリーフを打ち破り、目標に近づく一歩を踏み出す。そのための手段のひとつが、「大きく考え、大きなゴールを設定する」ことです」

「これは私も学生時代に思い当たる節があるのですが、私は小学校、中学校の頃から勉強が苦手でした。教科書を見るだけで眠くなり、なんの役に立つかわからないからという理由もありますが、何より自分自身が勉強や物を覚えることが苦手である、と思い込んでいたように思えます。なので、高校生の時もそんなにしていません。しかし、今では多くの本を読み、人に接客をする仕事で話をする事前情報として多くの物を学んでいます。この私が小学校・中学校でかつて陥っていたリミティング・ビリーブを打ち破るためにどんな思いや決意をしたかというと、貧困から脱却し、絶対就職活動を成功してやる!という思い、そしてその後キャバ嬢として成り上がる決意です。その思いや決意を経て今私は多くの本を読んでいます。私自身もこんな風に四六時中本を読むことになるなんて想像もできませんでした。このようにリミティング・ビリーブを打破し、目標達成したくなる大きな理由を持つこと。この方法をまず考えて、部下に提案してみてはいかがでしょうか?」

「そんなもんわかっておる!でもそれだけじゃあ絶対に変わらん!お前みたいに20年も生きていない人にはわからない!この会社で15年も部下を指導してきたのだから!」


 五十嵐はより一層怒りを露わにする。15年も指導したのに成果が出ないんですね?と喉まで出掛かってしまったがすぐに飲み込んだ。


「そうですか、ではこんなのはどうでしょう?人間が即行動するために必要な本質的な要素として挙げているものがあります。それは当然のことといえば当然なのですが、


【自己規律】


です。成功を収めた人は、快楽を遅らせることに長けており、自己規律を守れる人です。」

「そんなこと当たり前じゃないか!」

「ですよね。それは当然のことです。受け入れることができる短期的な不快感、不快適さにも個人差がや段階があります。いきなり自分が快適と感じることができる領域を大きく越えて不快なことに挑戦すると、その行動が習慣になる前にやめてしまいます。習慣にならなければ、本来得たかった結果を手にすることはできません」

「ではどうすればいいかと言うと、まずは無理のない範囲で快適な領域を出て自分に負荷をかけ、それに慣れたらさらに快適な領域を出て、また自分に新しい負荷をかける。これを繰り返していけばいいのです。これを部下に実践させようとするならば、その部下のできると思っている領域の少し上の課題を出し、それを乗り越えることができたらまたもう少し難しい課題を出すということです」

「・・・そんなこと、わかっておるわ」


 彼は苦虫を噛み潰したような表情をした。おそらく自分の半分ほどしか生きていない、しかも女性にここまで言われて屈辱感のようなものを感じているのだろう。しかし私はお客さんの要望に答えているたけで間違ったことを言っているつもりはない。


「例えば私はヨガを毎日やっているのですが、それに加えてスクワットなどの筋トレも最近取り組んでいます。しかし日々肉体的に疲れている中で、最初は中々実践できませんでした。そこでまず30回程度ならできると思い、毎日30回ほど取り組みました。そこで30回程度なら2・3分で終わることに気がつき、もっとできるのではないか?と思い始めました。そして50回、60回、70回と回数を増やしていき、今では毎日100回取り組んでいます」

「100回か、それは凄いな」


五十嵐は素直に私を褒める。おそらく今でこそ面影はないが、若き頃はスポーツで全国上位に食い込んだ経験があるため、肉体的な努力は認めてやろうと言ったところだろう。


「見てください私の足、結構筋肉ついてるでしょ?なんなら触ってみます?あ、これは私が承認しているのでおさわりOKですよ?」


 私は少しドレスをずらし、自分の脹脛を触らせる。正直男性に自分の体を触らせるのには嫌悪感がある。話の流れでやってしまったが、彼の手が私の脹脛に置かれた瞬間背筋がゾクっとした。


「ちなみにボルダックは「めんどくさい」「明日やればいいや」「ほかにやることがある」「忙しいしお金もないからやっぱり無理」、人間なら誰しも、こんなことを考えたり、やるべき課題をほったらかしにしてしまったことがあるはず。ただし、


【もしも先送りをしてすぐに行動できないことで悩んでいたとしても、性格や人格に問題があるわけではない】


と言っています。自分自身に失望したり、否定する必要がないのは、「すぐにやれない人など存在しない」からです。すぐに行動に移せないことで困っている人は、単に「すぐやれない状態」にあるだけ。たったそれだけです。私たちの行動は、私たちの感情が原因となって決まるもの。つまり、行動できないという結果は、行動できないような感情が原因となって生まれているということ。だとすれば、行動できる状態さえつくれば、誰でもアクティブになれる。というわけです」

「なので、上司である五十嵐様が、以上の点を考慮して部下に接してやれば、自然といい方向に進むのではないかと思います」

「フン!そんなもの!机上の空論だ!」


 五十嵐は残りのウイスキーを一気に飲み干した。そして5秒ほど沈黙が流れた後、重そうな口を開く。


「・・・しかし、その案を取り入れてやらんでもない」

「そうですか、ありがとうございます。ここまで長く私ばかり話してしまって申し訳ございません」

「本当だ!まったく!本当に時間を無駄にした」


 口ではそう言いつつも、その後時間が経ち私が席を離れようとしても「ワシにここまで時間を使わせたんだ!もう少しここに残れ!」と言って、私を場内指名し続けた。そしてそれを繰り返し、合計約1時間、私は五十嵐の話を聞いた。四回目の場内指名は流石になく、五十嵐はそこでようやく席を立った。「ったく!キャバ嬢の分際で何を俺に言い聞かせようとしたんだ!ほんと時間の無駄だった!」そう悪態を付きつつエレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターの扉が閉まってから、同僚のキャバ嬢の何人かが私の心配をしてくれた。しかし彼の接客をしていた私はというと、彼のそんな姿を見て少し可愛く思えてしまった。正直ワガママな子供をあやす母親とはこんな心境なのだろうと思う。ひょっとすると私は子育ての才能があるとも思った。今日はそんな自分の可能性を感じる一夜だった。


参考文献

『行動の科学』,マイケルボルダック


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ