第十一話 無気力客!仕事のできる人の方法解説
「はぁ、俺はホントだめだ。いつだって仕事ができない人間扱いされる」
私の前で肩を落としているのは不破という男性だ。昨日キャバクラの門を開き、初のキャバクラ童貞を卒業したという。しかし見るからにうだつが上がらなさそうな見た目をしている。ヒゲの剃り残しは当たり前、ヨレヨレのシャツに手入れされていない靴。これだけでもキャバクラの高級感溢れる内装とのギャップがあって疎遠される要素が満載なのに、トドメに自己否定の連呼だ。これでは昇進などするわけもない。同僚の他のキャバ嬢も「あの席には着きたくない!不幸が移りそう!」とまで言われている始末だ。
「なぜ不破さんはそんな扱いを受けているんですか?」
私は失礼を承知で1つ質問を投げかける。周りのキャバ嬢は彼を疎遠にするが、私は自分の中でどうも引っかかる感じがしたのだ。
「なんでってそりゃ、仕事ができないからだろう。もうこの会社には10年は経つけど、遅刻はするわ、仕事は忘れるわ、取引先にも迷惑かけるわ、まぁ他にも色々やらかしちゃったけど、まぁ自分でもよく解雇されないなと思うよ。そこは会社に感謝してるよ」
不破は「はぁ~」とさらにため息をつく。私が席についた5分間で恐らく5回はついているだろう。1分に1回ペースはさすがにこちらの気分も沈んでくる。他のキャバ嬢が疎遠にした理由がわかる。
「不破さんは最初からそうだったんですか?」
「最初って、新入社員の頃ってこと?いや、最初の頃はそりゃ頑張ったよ?でも途中から俺はなんでこの会社に入ったんだろう?この先ずっとこの仕事を続けるのか?ってことを考えたらやる気がどんどんなくなってきちゃって。だからと言ってやめる勇気がないから今の会社に居座り続けているって感じかな?」
不破はまたため息をついた。これで6回目だ。正直ここまでネガティブとなると、心の中でイライラが募ってくる。これが仕事でなければ背中を叩いて「ウダウダ言ってねぇで前だけ向いてとっと仕事しろや」と言ってやりたい。
ただここまで不破の話を聞いて、私はもやもやしていた違和感がよりハッキリと感じられる。ここまで無気力になるには何か原因があるはずだ。私は彼の心の奥底にある物に手を伸ばしたくなった。彼は何を抱えているのだろう?正直疎ましさもあるが、私は自分の好奇心に素直になり身を任せる。どうにかして奥にあるものを引き出したいと思ったのだ。
「理由はわかりませんが、とにかく今は不破さんは仕事ができないサラリーマンという認識でよろしいですか?」
「はっきり言うね。まぁその通りだからいいけど」
「じゃあ仕事ができるようになったらいいな~とは思いませんか?」
「まぁそりゃ思うけど、なに?キミがなんかアドバイスしてくれんの?キャバ嬢のキミが?」
不破は私を見て鼻で笑った。その態度は普段なら少しイラっとしたが、今この好奇心に満ちている私の心理状況では些細なことだ。
「アドバイスというほどのものではありませんが、私趣味が読書なんです。そこで気になる内容を不破さんの話を聞いているときに思い出しまして、それについて少し話させていただいてもよろしいですか?」
「別にいいよ」
不破は大きく欠伸をして、まるで「まぁ全然当てになんかしてないけど」とでもいいたげな態度を取る。そして私は自分の持つ知識を彼に話そうとしたその瞬間だった。
黒服から「お時間です」との一声がかかった。これは不破の席に付いてから15分が経過し、他のキャバ嬢が私に代わり彼を接客するという意味だ。不破はキャバクラには特に誰を指名するわけでもなくフリーで来ている。となれば複数のキャバ嬢が交互に彼の相手になる。
普通ならここで私は席を離れなければいけないのだが、キャバクラでは【場内指名】という制度がある。場内指名とは、本指名の子がいない場合や、本指名の子とは別に場内(キャバクラ内)で気に入った子がいる場合の指名方法だ。これを利用して不破に私を【場内指名】させれば、私はこの席を離れなくて済むということだ。
「お願いです不破さん。このままだと私は席を離れなければいけません。なので私を場内指名していただけませんか?そうすれば私は話の続きをすることができます。お願いです。私を場内指名してください」
「ん~どうしようかな~」
私はこの好奇心に満ちた心のままこの場を離れたくない。その一心で不破に頼み込んだ。不破は「う~ん」と悩み、自分の顎を摩る。
「まぁ別にいいよ、少しキミの話にも興味あるし」
「ありがとうございます。すみませーん!」
不破の場内指名の了解が取れたので、黒服に場内指名の合図を送る。
「では先ほどの話の続きをさせていただきますね」
正直さっきは悪い意味でいいタイミングで時間が来てしまったので、タイミングの悪さに悪態を付きそうになってしまった。しかし、今となってはそれが自分の飛ばす弓のような役割となった。私は弓から放たれた矢のごとく、自分の思うがままに話を進める。
「まずリチャードテンプラーさんという方をご存知ですか?」
「いや、知らないな」
「その方は、幅広いビジネス分野で30年以上のマネージャー経験を持ち、ビジネス、お金、人生全般を扱った自己啓発書を数多く執筆しています。2003年に創設したWhite Ladder Press出版社は、わずか4年でイギリスで最も成功した出版社となりました」
「そうなんだ。世の中にはそんな人もいるんだね。俺なんて10年同じ会社で働いてるのに後輩にはどんどん抜かれていって、ホントまいっちゃうよ」
「そのリチャードさんの言葉をいつくか借ります。その中で不破さんの中でピンとくるものがあるといいのですが」
「まぁ、とりあえず聞かせてよ。真偽半分で聞いとくから」
「では少し長くなりますがよろしくお願い致します。これは私も本を読んだのですが、その中に誰よりも成果を出す方法というものがあります。それは、
【自分の存在感を際立たせる】
だそうです。もし、あなたがたくさんの雑務をこなしていたとしても、周りの人も同じように雑務をこなしているなら、それ以上がんばったとしても、人目にとまることはない。でも、ここで職場全体の能率を上げる方法をレポートにまとめて上司に提出したら、とたんに一目置かれる存在になれる!リチャードはこのように考えているそうです。与えられた業務を淡々とこなしていても、周りも同様に淡々とこなしているならば、周りの人となんら変わりがない、大勢いるスタッフのひとりに数えられるだけだでしょう」
「あ~、なるほど、確かに一理あるかもな~、正直俺は言われたことだけをやってるだけだからな」
「そこで、周りと違う何か、周りの効率化であったり、成長を促せる提案などをすれば、周りの人とは違った目で見られるのではないでしょうか?」
「うん、まぁ確かにそうだよな。でもな~正直正論というか、なんというか、それだけじゃどうもやる気になれないよねぇ~」
「ではそれに加えてさらにこのように考えるのはどうでしょう?誰よりも成果を出す方法というものは他にもありまして、それは、
【組織全体の動きに興味を持つ】
ということです。あなたは巨大な組織を動かす歯車の一つにすぎないかもしれないが、一歩下がって全体を見ることができなかったら、歯車としての仕事も満足にこなすことはできない。と、言っています。要は与えられた仕事は単純作業だったとしても、会社全体から見たときに、その仕事はどういう役割を持つのかを理解しているのとしていないのでは、大違いであり、分からない場合は上司に聞く。そうすることで、会社全体のことを考えていることが伝わるものだ!と考えていたのでしょう」
「ん~、まぁ確かにそれは少し面白そうだよね。なんか自分の役割みたいなものも理解できる気がするし、自分しか持っていない情報を掴むのはちょっと優越感に浸れるよね。それはちょっと心に響いたかな。【組織全体の動きに興味を持つ】か、覚えておくよ」
今まで気だるそうなしゃべり方をしていた不破だが、ここに来て声に活気がでてきたように見える。その声になぜか私の好奇心がさらに疼いてしまった。彼の心の奥底にはどんな物が潜んでいるのだろう。私はそれを確かめずにはいられなかった。
「さらにその誰よりも成果を出す方法にこんな物もあり、
【自分の仕事を楽しむ】
という物が推奨されています。リチャードは、仕事を楽しんでいない人に対しては、いったい何をしているのだと問いたい。もし自分の仕事が楽しくなかったら、仕事をする意味などまったくないのではないか。とも読者に投げかけていました。」
「それはその通りだよね、たしかにそうだ。それは正しいよ。だから今の俺は意味なんかまったくないと思うね」
これは少し失敗したと思った。ただでさえネガティブな不破に仕事に対する姿勢に挑発するような言葉掛けは逆効果だった。私はすぐに思考転換させる。
「ではここで少し質問をさせていただきますね?不破さんは今社内でどういう立ち位置にいらっしゃるのでしょうか?」
「どうっていうか、まぁ浮いてるって表現が正しいかな?」
この言葉を聴いて、私の頭の中の知識が再度点と点が結んでいった。
「じゃあこんなのはどうでしょうか?あくまで自分の身を守るという意味で受け取っていただきたいのですが、
【孤高のいい人でいる】
というものもあります。これは、周囲の騒乱に惑わされずに、自分を冷静に保ち続け、淡々と行動するという意味です」
「いい人ってワードが気になるけど、これはなんかしっくりくるな」
この言葉を聴いて私は少し心の中でガッツポーズができた。同時に彼の心の奥にある物の1つが掴めたきがした。これは彼の、いや、おそらくだれの心にもあるものだが、【マイノリティーであり、他とは違う特別な人間でありたい】という欲求があったのだと思う。そう思うと彼の最初の発言の「俺はなんでこの会社に入ったんだろう?この先ずっとこの仕事を続けるのか?」という疑問も当然のように聞こえてくる。
「不破さんのおしゃった今のそのポジションって実は凄いことなんじゃないですか?そんな“孤高の存在”であること。それを10年間も続けることは、キャバ嬢の私から見ても難しいことです。難しいからこそ、一目置かれる存在になり、信頼される。そうマインドセットを変えることはできませんか?」
「う~~~~ん」
不破は腕を組み、そのまま難しい顔をして動かなくなった。しかし20秒ほどその体勢を保った後、口を開く。
「うん、いいね。それはなんか~、心に染みる感じがするよ」
そう発言した時の彼の顔は心の重荷が少し軽くなったような感じがした。そしてまたタイミング良く黒服が時間の終了を告げる。不破は他のキャバ嬢の接客を受けるつもりはないこと意思表示し、席を立った。私は不破をエレベーターへ案内する。
「今日はありがとう。少し気分が楽になったよ。といっても家に帰って風呂入って寝たら忘れちゃうかもだけど」
「その時は私が不破さんに営業連絡します。私のこの15分間の力説を文章で書いて送るのでどうか忘れないでください」
「さっきのをかい?それは確かに忘れようがないな」
不破は「ははっ」と軽く笑う。その横顔には昨日から今日の来店時にかけてみた無気力な感じが少し取れていた。相変わらず髭の剃り残しは気になるが。
「明日からはほんの少しだけ仕事を頑張れそうな気がするよ」
「それはよかったです。ちなみにリチャードはこうも言っています。
【社内政治や、足の引っ張り合いには巻き込まれない。あなたは“孤高の存在”だ。そんなあなたは、周りの人間にとってどんな意味をもつだろう?あなたは群れと一緒に狩りをしないかもしれない。しかし群れは信頼できるホンモノのリーダーを求めるものだ】
どうかそのポジションに誇りを持って明日も仕事頑張ってくださいね」
「信頼か、難しいかもしれないけど頑張ってみるよ、じゃあね」
不破はエレベーターの扉が閉まる直前にサっと手を振り、私は深く礼をした。私は今日のこの出会いで、またこの仕事の面白さを感じたのだった。
参考文献:
リチャード・テンプラー,「できる人の仕事のしかた」,2012年




