第八話 ブチ切れ
私は今日もカルミアに出勤した。正式に一員になってから二週間が立つ。当初の不安要素であったセクハラめいたことなら、今では多少は上手く交わせるようになった。そのことは私の中で非常に進歩したことだったと思う。しかし慣れた頃が一番気を引き締め時とはどの仕事でもよく言う。私が今日出勤したその日はいつもと違った。
今日は本指名がないので、フリーのお客さんの席に着いていた時だった。場内指名を取ることができず、別のお客さんの席に移ろうとした。
その瞬間、トイレに向かってユリが駆け足で走っていく様子が見えた。遠目であったのでわかりにくかったが、少し泣いていた様子に見えた。しかし、遠目であっても、非常に憤慨している様子であることはわかった。いったい何があったのだろうか?
「レイさん、お願いします」
私は沖田に呼ばれ、今キャバ嬢が着いていない席があることを知らされた。すぐその席に案内された。沖田の隣を歩いている時に、なぜか沖田は冷や汗を掻いていることが見えた。その理由は席に案内されたと同時にわかった。
席で待っていた男は20台前半で、見た目は安っぽいジャージ、日が経って毛元が黒、毛先が金の中途半端な金髪。パっと見の印象は田舎のヤンキーのような姿だった。とてもじゃないがこのキャバクラの高級感とは合ってない。TPOを弁えていないとはこの事だと思った。それがより一掃この場の空気が異色に感じさせる。他の席はキラキラした輝きと明るく楽しみの満ちた場所であった。それは本指名でも、場内指名でも、ヘルプでも変わらない。
しかしこの店で働いて今だこの席の感覚は感じたことはなかった。私は少ない経験ながらも現場を肌で感じ取れるようになった。その感を信じて私は一瞬で気を引き締めた。そして目の前のお客様に挨拶をする。
「レイです。よろしくお願い致し」
「はいチェンジー!」
「え?・・・」
「いやだからチェンジ!俺ガキは興味ねぇんだよ早くすっこんでろよ!」
私は彼の発言の意味が分からなかった。たしかキャバクラでの【チェンジ】とは席に着いたキャストが気に入らないので、別の子に変えて欲しいということだ。何か粗相をしただろうか?いや、したとしても絶った挨拶の、いや、挨拶を言い終わることさえできないたった三秒ほどの時間で何ができるというのだろう。私はこの理不尽とも言える出来事に頭が真っ白になった。
「すみません、何がいけなかったんですか?」
「いやだから顔!乳臭さが抜けてねぇから!わかった?」
条件反射的に当たり前の質問をしてしまった。真っ白になった頭の中にドス黒い赤の色が混じっていくのを感じた。怒り度40%
「乳臭さとは幼いさということですか?」
「というかはよ変われよ、めんどくさい女かお前は?ホレ!シッシ!!!」
怒り度60%
「いやただ納得いってないだけなんです。なぜチェンジなんですか?」
「はぁ?ウゼェ!どうせ若い女なんて未熟なバカばっかじゃん?バカと話すの疲れるからお姉さまがいいの!」
怒り度80%
「年で未熟さをなぜ計れるのでしょうか?若くてもたくさんの知識を知っている人はたくさんいると思うのですが?そういった人と話すのは楽しくありませんか?」
「うっせえよクソガキ、どうせ若いキャバ嬢なんて体売れば稼げると思ってんだろ?そんな楽な生き方しかしらねーやつと話してもつまんねぇの俺は!」
怒り度100%。
「私はこの18年間な、他の人に体を預けたことなんかねーよ」
「え?そうなの?んじゃ話は変わってくるわ!超ゲキレアじゃん!今日この後暇?アフター行こうよ!!!」
怒り度120%。私の怒りが頂点を越えたと同時に、先ほど泣いていたユリの姿が脳裏を過ぎった。そして次の瞬間私はその男性の胸倉を掴んでいた。
「お前か、ユリさんを泣かしたのわ」
「は?ユリってだれ?」
この男はたった今目の前で自分が泣かせた女性のことすらも覚えていないのか。それがさらに私の感情を逆なでさせた。こんな男にユリのあの笑顔が一瞬でも奪われたのかと思うと、私はこれ以上自分の感情を抑えることができなかった。
「・・・お前、○すぞ」
「え?」
「お前マジで○すわ。ぜってー○すわ。半○しじゃすまさねぇからな?」
「は?え?ちょ、え?」
「おらぁ、歯ぁくいしばっとけやお前。いいか?いいなぁ?いいよなぁ?」
「いや!ちょ!ま!」
「レイちゃん!!!」
私は男性を掴んでいる手とは反対側の手を麗に捕まれた。そこで初めて気がついたが、いつの間にか握り拳を振り上げて、それを男性目掛けて振り下ろそうとしていた。そして麗の目を見ると、いつの時か見た毅然として、それでいて灼熱のように熱い目をしていた。その目を見て私は一瞬で冷静になった。そして私は自分が仕出かした過ちに気がついた。
「お客様、申し訳ございません。少しお客様の声で他のお客様が驚いてしまっております。少し別の席にご案内させていただいてもよろしいでしょうか?あちらにVIP席をご用意させていただきました。そちらへどうぞ」
麗がその男性に深く謝罪をした。そして男性を別の席へ移させようそした。そこで男性も自分の席に厭いの目線が向けられていることに気がついたようだ。
「え?まぁ、いいけど?ッチ!」
男性は渋々立ち上がり、麗の案内通りに歩いて行った。しかし麗が案内していったのは客席ではなく、スタッフルームの方向だった。
「あ~、あの客終わったな~」
沖田はまるで少年の頃に見た悪夢を思い出すかのような、遠くを見つめる目線をして男性の行方を見ていた。私はその場で次はどうすれば良いか考えた。そこで最近読んだキャバ嬢の方が書いる本で、このような文面があったことを思い出した。
【何があっても動じない。それぐらいでないと、勝てない世界。楽しい時に笑顔でいられるのは当たり前のこと、嫌な事があったときに、笑顔でいられるのがプロです】
私はその本にかかれてあった言葉を思い出し、すぐ気分を変えて、別のお客様の所に向かって接客する。
それから15分後、また別のお客様の席に着くために席移動をする。するとその最中に先ほど私が憎悪の念に支配されそうになる原因を作った男性が、先ほどとは打って変わり、背中を丸めトボトボと頼りない歩き方をしてエレベーターの方に向かっていくのを見た。すると沖田はと言って降りていくエレベーターに向かって両手を合わせて「ご愁傷様!!!」と言った。
「あらレイちゃん、さっきはありがとう。よく我慢したわね」
先ほど見た毅然とした態度とは打って変わって、今度はいつも通りの柔らかい物腰の麗に戻っていた。
参考文献
小川えり:日本一売り上げるキャバ嬢の 指名され続ける力




