第六話 本指名営業開始!仕事のモチベーションの取り戻し方
「レイです。今日はよろしくお願い致します。お隣よろしいですか?」
「あ、はい、どうぞ」
私は体勢を低くしてお辞儀をした後、田中の横に着く。正直凄く不安だ。まさか二日目で一人で接客することになるとは思わなかった。いくらリサーチをしても経験が少ないことによる不安からは抜け出せない。
「今日は連絡ありがとう。すごくためになりました」
「いえ、正直私もどんな内容を送っていいかわからなくて凄く不安でした。暖かい返答をいただいてこちらこそありがとうございます。」
「あの内容今日5回は見返しました。【アルコールをどれくらい飲んでいるかによって、異性の写真に対する採点が変わる】と、【人間は血中アルコール濃度が上がれば上がるほど、自分のことを魅力的な人間だと思う】でしたよね?あんまり見すぎて、常務に『お、お前もついに女ができたか!?』なんていい出すんだから少し焦っちゃいました」
自分が送った連絡がきちんと受け止められていることがわかり、少し嬉しくなり自然と頬が緩んだ。よくよく考えれば今まで男性から感謝されることはあまりなかったかもしれない。そういった意味では男性から相談や悩みを聞けるこの仕事はあんがい向いているのではと思った。
「でも、なんで今日は私を本指名してくださったんですか?」
「そうだね、まぁ自分の特訓ってのもあるし、単純に貴方に興味が湧いたってのもあるかな。僕は女性経験は全然ないから、正直綺麗な女性と話すのは苦手なんだ。でもレイさんとならちゃんと話せそうな気がするんだ。あ!いや!レイさんも物凄く綺麗だよ!でもなんていうか!雰囲気的な意味で話せそうって意味で!」
田中はすぐに自分の発言に対して訂正を加える。自分の表現では私に失礼だと思ったのだろう。しかし私目線でも田中は男性の中でも話しやすい部類に入る。恐らく田中は内公的なタイプだろう。こういうタイプは内に多く溜め込んでいることが多いので、私は好奇心が擽られる。私自身がガツガツくるタイプは苦手なのもあるが、本指名一人目のお客さんとしては幸運かもしれない。
「あ~、正直やっぱり少し緊張しているかもしれない。まぁ、だから修行って感じかな。ここに来たのは」
「そうですか、じゃあ今日はたくっさん私を修行相手にしてください。話を聞かせてください」
こうして田中への接客が始まった。最初は不安だったが、相手の話を聞きつつ、昨日の接客で麗も使っていた、て(天気)、き(季節)、ど(道楽)、に(ニュース)、せ(セックス)、い(田舎)、り(旅行)、す(スポーツ)、べ(勉強)、し(仕事)の「てきどにせいりすべし」を意識するだけで自然と会話が広がった。しかし、会話は続くが、面白みに欠ける。田中自身も時折口をモゴモゴし、何か言いたいことがある用にも思えた。そこに何が眠っているのか、そう思うと私の内から好奇心の獣が暴れてくるのを感じた。
「あの、何か悩みがあれば私でよければ話を聞かせてください」
私は少し話に間が空いた瞬間、正直に自分の好奇心に従い、田中の内に秘めるものを掘りつくそうと思った。
「じゃ、じゃあ、また早速ですが、また話を聞いてもらってもいいですか?」
「もちろんです」
「正直最近仕事にやる気があまり出なくて、別に不満があるわけじゃないんだけど、なんかやる気がでないって感じかな?それがここ一ヶ月ぐらい続いているんだよね。会社に必要な事務仕事っては分かっているんだけどさ、どうしてもやらなきゃやらなきゃ!って思うほどやる気がどんどん下がっちゃって。学生の時のテスト前みたいな感覚?って言ったらわかりやすいかな?」
なるほど、仕事の話か。それならばきちんと頭の中にインプットされている。しかし私がその悩みについて返答しようとすると、
「レイさん、お時間です」
黒服から私の名前が唐突に呼ばれ、セット時間終了の確認を即される。私は心の中で「チっ」と舌打ちをしてしまったが、すぐ様席を離れたくない場合の対処法に切り替える。
「田中さん、申し訳ございません。もう一時間経ってしまったしまったのですが、私もう少しここにいてもいいですか?」
「あ、はい、もちろん」
「ありがとうございます。すみません!お願いしまーす!」
私は黒服を呼び、時間追加の合図を出す。
「すみません、邪魔が入ってしまって。まさかそんな悩みを抱えていらっしゃったんですね」
「そうですね、仕事の効率が下がってるなと自分でも思うんだけど、どうにかならないものですかね」
「ん~そうですね~」
私は今日取り入れた知識を繋ぎ上げ、会話の導入と結論を頭の中で組み立てる。そして筋道を組みあげた瞬間、田中の目を見て話し始める。
「これは今日私が本で見たことなんですが、それについて1つ話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」
「これはケリーマクゴニガルさんというスタンフォード大学で健康心理学を専攻されて教鞭を振るわれてる方なんですが、その方が言うには仕事のやる気が起きないと、不満を言うときは、たいていの場合、自分が持っている強い意欲・やる気を満足させる具体的な方法が見つけられないだけだそうです。そうした欲求が満たされないために、仕事をしようとするエネルギーが無くなってしまうのです」
「なるほど、たしかにその通りです」
「なので、やる気不足が問題なのではなく【自分の欲求を満たす方法を見つけることが大事】ということです。そしてそれをひとたび気づけば、本当の問題に取り組むことができるようになります。なぜなら、たとえ仕事に満足できなくても、仕事に対する考え方や、仕事への取り組み方を変えることで、そうした欲求を満たすことができるからです」
「そうか、仕事自体に問題を置くのではなく、その背景にある物に目を向けるということですね?」
「そうです。そして、そのための1つの方法で、
【ジョブ・クラフティング】
というものがあります。これは、やらされている感がある仕事、をやりがいのある仕事に自ら変えていく手法です」
「そんなことができるんですか?」
「そんなに難しい方法ではありません。具体的に言うと、①関係性、②自主性、③熟練の3つの【根本的なモチベーション】を満たす方法と考えることです。例えば①だと、他者やコミュニティー、大切にしている大きな目的・目標とのつながりを感じるためにどうすればいいか?②なら人生の質を左右するような行動や選択を自由に取るためにどうすればいいか?③なら個人的に満足できるような上達や学びがあることがないか?等を考えればいいと思います。まぁ当たり前のことですが、なんのためにこの仕事やっているのかわからないってのはモチベーションがあがらないですよね?ただ田中さんの場合仕事に役に立つってことは理解していらっしゃる様子だったので、何の役に立つか?についてなどを考えてはどうでしょうか?」
「そうですね、正直日々の忙しさで根本的な目的や目標みたいなものがふわふわしていたかもしれません」
「ちなみに、やる気が起きるカギになる【3つの質問】というものもあるのですが、これも喋ってもいいですか?」
「ほぅ、それはなんですか?是非知りたいですね」
「それは、あ!」
私はフっと田中のグラスを見るとすでに空になっていたことに気がついた。すぐにお酒を注ぐ。お酒を楽しむ場所でもあるのにお酒がそっちのけではお酒に対しても、それを飲むお客さんにも失礼だ。
「申し訳ございません。少し話に夢中になってしまって、キャバ嬢失格ですね」
私はすぐ様自分の非を認め、素直に謝罪する。
「なに、気にしないでください。僕が好きで聞いているのですから。それよりも話の続きを聞かせてください」
「ありがとうございます。では続かせていただきますね。その質問とは、
①職場で一番大切な人間関係は何か?その関係を深めるために何ができるか?
②仕事で、あなたの個人的な貢献によって支えられている『目的』『ビジョン』『大きな計画』は何か?
③自分のキャリアをどう育て、どう伸ばしたいか?そうするための一番手っ取り早い方法は何か?
という質問です。例えば①は、職場での人間関係をじっくり考える他の方法は、同僚を知る機会を進んで探し、後輩を指導し、仕事で出会う人の役に立つようにすることも含まれます。そして②を言い換えるなら、メールに返信したり、報告書を提出したり、数字を計上したり、会議に参加したりするとき、その作業の裏にある『なぜ』に対する一番いい説明は何か?を整理することです。」
「そうか、確かにそこに目を向けることは今まであまりしなかったかもしれませんね」
「これを仕事中に意識すれば、恐らく田中さんの悩みを少し軽減できるのではないかと思うのですが、どうでしょうか?参考になりましたか?」
ここまで自分が話したいように話をしてしまったが、ここにきてフっと不安がまた過ぎった。しかし田中はすぐに「そうですね、これは勉強になりました。ありがとうございます」と返してくれてホっとした。すぐに熱くなりやすいのは私の悪い癖だ。
その後は仕事の詳細な話や同僚の笑い話になり、自然と時間が過ぎていった。
「レイさん、お時間です」
再び黒服に呼ばれた。私の出勤時間の終了とセット時間の終了の時間になった。私は今度こそ席を立った。
「では田中さん、私はこれで失礼します」
「あ、もうこんなに時間が立ってしまったんですね。本当にレイさんは色んなことを知っているんですね、勉強になりました」
「いえ、まだお時間がありましたら是非またいらしてください」
こうして私は本指名初営業は終わった。
参考文献:ケリーマクゴニガル,スタンフォードの心理学講義「人生がうまくいくシンプルなルール」




