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翌日の日曜日、角谷さんとロビーで待ち合わせをすると、とりあえずタクシーで一番近くの繁華街に行くことにした。
彼女は、Tシャツにジーパンという出で立ちだったが、これはあまり綺麗な格好をしたり高価そうなものを身につけると、スリなどにも狙われやすいからだという。
「オシャレしてなくてごめんなさいね」
と彼女は車の中で謝った。
今日は彼女の提案で、観光地ではなく”その辺の町並み”を見に行くことにした。
その地域の大型スーパーだったり、商店街だったり、小さな公園だったりだ。
適当なところでタクシーを降りて辺りを見回すと、休日ということもあってとてもたくさんの人が歩いていた。
角谷さんはここには何度か来たことがあり、俺をいろんなところに案内してくれた。
工場の中にもカルチャーショックはたくさんあったが、町中に出るとその比ではない。
また、観光客がいない分この土地の人たちの生活が垣間見える気がした。
この楽しみ方はひょっとしたら出張ならではかもしれない。
普通に中国に旅行しようと思えば、北京だの上海だの香港だのに行くだろうし、こんなところ来ようとは思わないだろう。
”観光地”としての面白味はまったくないのだから。
例えば大型スーパーでは、食料品や日用品の物価の違いが良くわかる。
一元や二元で買えてしまう野菜があるのに対し、家電のコーナーを見ると、日本製のデジカメなどは日本と変わらない値段がついている。
工場の従業員にとっては、日本製デジカメはおよそ給料二ヶ月分をはたかなければ買えない代物なのだ。
スタバのコーヒーもしっかり二十元ほど取られるので、これは約五千円でコーヒーを飲む感覚なのかもしれない。
しかし、そうかと思えば中国製のスクーターは日本円にして二万円程で買える。
正直、金銭感覚がよくわからない。
大型スーパーには専門店なども入っていたが、その中に偽物屋が堂々と軒を連ねているのも驚きだった。
角谷さんの案内とちょっとした解説でこの日一日、とても楽しく過ごすことができた。
おいしい本場の中華を食べることもできたし、土産物屋には売ってないような土産を買うこともできた。
角谷さんはもう明日の飛行機で日本に戻る。
今日の便がいっぱいで、しかたなく月曜の便にしたそうだ。
「でも、そのおかげで、丸山さんと出かけることができてよかったです」
などと、角谷さんはうれしいことを言ってくれる。
「丸山さんはいつ日本に帰るんですか?」
「俺は今週の土曜日に。本当は金曜移動で土日はゆっくりしたかったんだけど」
「いいじゃないですか。私なんて休む間もなく火曜から仕事ですよ?」
ホテルに戻り、俺の部屋の前でおやすみの挨拶をする。
「おやすみなさい。今日は本当に楽しかったよ、ありがとう。明日は気をつけて」
角谷さんは朝早くに出発してしまうので、別れの挨拶も込みだ。
「こちらこそ、ありがとうございました!あと一週間、お仕事がんばってくださいね。じゃ、おやすみなさい」
彼女は小走りで自分の部屋に戻っていった。
俺も部屋に入り、ふと携帯を見ると祐子からのメールがたくさん入っていた。
あれだけパケット料金が高いと言ったにも関わらず。
祐子のことはすっかり忘れていた。
というより、もうどうでもよくなっていたのかもしれない。
今までだって、なんとなくずるずると付き合い続けていただけなのだから。
ぎゅうぎゅうに詰め込んだ仕事が忙しかったこともあり、それからの一週間はあっと言う間に過ぎていった。
相変わらず毎日が飲み会だったが、最終的にはそれにもいつのまにか慣れていたし、一日の疲れを洗い流す砂っぽいシャワーにも慣れてしまった。
海外志向がまったくなかった俺だったが、いざ来てみれば貴重な体験ができたように思う。
祐子とはあれからなんとなく気まずいままだ。
メールもほとんどしていないが、帰って家が散らかり放題なのは嫌なので、帰る日とおよその時間だけは連絡しておいた。