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翌日、出社の準備をしてホテルのロビーに行くと、同じ会社の人間が数人、会社までの送迎マイクロバスを待っていた。
工場はここから車でおよそ十分のところにあり、出張者はこのバスでまとめて通勤するそうだ。
工場に到着し、俺はまず今回世話になる品管部の部長に挨拶に行った。
部長は日本人だ。
日本からの出向者で、もう三年ほど中国にいると言う。
白髪まじりのとても優しそうな人で、すぐに打ち解けることができそうだった。
部長に連れられて工場の総経理、いわゆる社長に挨拶をし、その後は工場内を案内してもらった。
とても広く、一度案内されたくらいでは道を覚えられなさそうだ。
生産ラインは機械化されているものもあれば、びっくりするほど大勢の女性従業員が手作業で組み立てているところもある。
「人件費の安い中国では自動化するよりも人を使ったほうが安上がりなこともあるんですよ」
と、部長が教えてくれた。
「ここで仕事をしているライン工の中国人の月給は日本円にしてせいぜい一万五千円前後です。これでも、最近の人件費の急上昇でかつてよりはかなり引き上げられているんだが。もう、人件費節約のための中国進出はあまり意味がなくなってきているね」
俺も、人件費が引き上げられていることは聞いたことがある。
しかし、それでも月給が一万そこそことは驚きの数字だ。
350元のホテルがそれなりに立派なはずである。
あるラインでは角谷さんも見かけた。
なにやら組立装置のようなものの操作をしているようだ。
男社会からまったく脱却できていない我が社にとっては、技術の第一線で働く女性は非常に珍しく見える。
今日一日は、工場を見学したり一緒に仕事をする人たちとの顔合わせや打ち合わせをしたり、という時間でほぼ終わった。
明日からは短い期間で仕事を終わらせるために忙しく働かなければならない。
定時になり荷物を片づけている俺に、部長がにこにこと笑顔で話しかけてきた。
「丸山さん、今夜は一緒にお食事どうですか? 中国に来ている日本人はほとんどがホテル住まいなので、いつも何人か一緒に食事をしてから帰っているんですよ」
「助かります。正直、今日はどうしようかと思っていたんです」
「初めてじゃ、どこに行っていいのかもわからんだろうしね。それに、あまり治安はよくないから、なるべく二人以上で行動したほうがいい」
お言葉に甘えて、というか他にどうしようもないので、俺は一行について行くことにした。
部長の案内でタクシーで移動し、居酒屋のような店に入る。
日本人御用達の店なのだろうか、メニューに日本語が併記してあった。
今夜は数人の男性社員と紅一点角谷さんが一緒だ。
この輪の中に入ると、俺と角谷さんは当然、若手になる。
初日ということで若手の歓迎会ムードになり、おじさんたち先輩社員は俺たちを気持ちよくもてなしてくれた。
本当はこちらが気を使わなければいけないのだが、今日は特別ということで。