僕と君と
僕は元々、地球調査だとか、侵略だとか全く興味がなかったんだ。
ただ、地球という惑星にどんな人たちが住んでいて、地球の景色がどんなものなのか…
それが知りたかったんだ。
僕は月村 宙。
地球で言う『宇宙人』の僕が、この惑星に来てからもう数年が過ぎていた。
僕の住む惑星の人間は『記憶操作』と言う能力を持っていて、その能力で人々の記憶を操作することで、この町に難なく溶け込むことが出来た。
この数年の間に、僕は絵描きとして働くようになり、この惑星の様々な地へ行き、その光景を絵として描いてきた。
そして、この惑星のことも色々と知った。この惑星の現状を知ったら、僕の惑星の面々はきっと侵略は諦めるだろう。
-この惑星は長くは保たないだろうから-
でも、僕は母星にそんな報告もせず、帰ることもなく、今だにこうして地球にいる。
理由は、この地球で『恋』と言うものを経験してしまったからだ。
相手は、柴原 京。
僕とは幼なじみと言うことになっているお隣さんだ。
彼女は明るくて、お節介な所があった。でも、とても良い子だった。
僕の両親が、共にいないと言う記憶が入っている彼女と、その両親はよく僕のことを気に掛けてくれていた。
僕は彼女と一緒に過ごす時間が一日の中で何より好きだった。
彼女といると楽しかった。
でも、こんな風に彼女と過ごせるのはいつまでだろうかと、ふと思った。
彼女にはいつか好きな人が出来て、僕から離れて行く日が来るだろう。
もし、僕が地球人だったなら、他の誰かではなく僕自身が君に告白でも何でもしていたのだろうけれど…
僕では、君を幸せにしてあげることは出来ないから
君は、僕が本当は宇宙人で、君の記憶の中にいる僕は偽者だと知ったらどう反応するだろうか。やはり怒るのだろうか?
それによって、もし君が僕から離れて行くようなことがあったとしても、それでも僕は構わない。
君が悲しむ姿は見たくはないから…
ある日、彼女は二人で公園にでも行こうと誘ってきた。
僕が快く了承すると、彼女はとても嬉しそうにしていた。
その時の僕は、まだまだ地球でのそういうシステムを知らなかったからか、はたまた、ただ僕がそう言うのに疎いだけだったのか、あんなことになるとは思いもしていなかった。
今は夏から秋に変わろうかと言う頃で、昼間はまだ少し暑かったが、風は心地良かった。
公園にはたくさんの子供たちが遊び回っているらしく、子供たちの声が広い公園の入り口まで響いていた。
僕たちは公園内を暫く歩いて、中央広場まで来るとお互い芝生の上に腰を下ろした。
ここは木々に覆われていて、都内であるにも関わらず、ここは都心の空気とは違う空気が流れている感覚がした。
「ここでお昼にしようか?」
「そうだね」
僕たちは和やかな空気の中、そこで昼食を取ることにした。
彼女は料理が上手く、お弁当の中身も綺麗に飾り付けられていて、食欲をそそられた。
お互い会話をし、盛り上がりながら食事をしていたが、ふと彼女は神妙な顔付きになり、「宙くんはさ…好きな人とかいるの?」と聞いてきた。
僕は、突然のことで戸惑った。すると彼女は、「ただ聞いてみただけだから、気にしないで」と慌てた様子で言ってきた。
僕は、彼女に本心を言うことにした。
これで最後になるだろうから…
「いるよ」
その答えに彼女は食いついてきて、「誰? 誰? 私の知ってる人?」と尋ねてきたが、その後すぐに「言いたくなければ、言わなくてもいいからね? ごめんね」と肩をすくめた。
「いるよ。目の前に」
僕が答えると、彼女は涙を零し、「私も…私も宙くんのことがずっと好きだったの」と答えた。
これは予想外だった。
答えが逆のものだったなら、踏ん切りが付けられると思っていたから。
でも、もう後には引けない。
君には幸せになってもらいたいから。
僕は泣く彼女を抱き、最初で最後になるであろうキスをした。
そして…
「ごめん…」
僕は彼女の額の中心を軽く突いた。その瞬間、彼女は意識を失い、僕の胸の中に倒れこんだ。
彼女が次に目覚める時には、僕の記憶は一切無くなっているだろう。
「…これでいいんだ…」
自分に言い聞かせて、彼女を抱えて彼女の家まで来た。
そこで僕は、彼女が目覚める前に彼女の両親の中にある僕の記憶も消し、僕との思い出と思われるものは全て消した。
一枚の絵を残して…。
それは初めて描いた彼女の絵だった。
眠り続ける彼女に別れを告げ、自分の家に戻ると一通の手紙が来ていた。
それは母星からのものだった。
その日、僕は地球を離れ、母星に帰ることにした。
「待って!! 行かないで!」
私は去って行こうとする男の人に向かって、泣きながら叫んでいた。
そこで私は目覚めた。
その時の私は、とても悲しくて切なくて、心の中にぽっかりと穴が開いてしまったようで…
夢の中の男の人は顔はよく覚えていないが、確かに悲しげな顔をしていた。
私は寝ていて気付かなかったが、昨晩UFOが出たらしい。朝、家を出ると町中がそのことで大騒ぎになっていた。
どうやら、お父さんとお母さんも気付いたら寝ていて、そのことは知らなかったらしい。
私は、大学に行っても気分が優れなかった。
「都、大丈夫? なんか元気ないよ?」
「そんなことないよ。大丈夫。」
心配してくれる友人たちに、私はそう言って笑って見せたが、友人たちは納得行っていない様子だった。
「あ、もしかして『想い人』とうまくいかなかったとか…?」
「え…? 想い人…って?」
「都ちゃん言ってたじゃない! 幼なじみの想い人に告白するんだーって」
私には友人達が何を言っているのか理解出来なかった。
『想い人』って何?
私には幼なじみなんていなかったはずなのに…
私は何かを忘れてしまっている。大切な何かを…
あれから何度も思い出そうとしたけれど、何も思い出せなくて、思い出すきっかけになればと、その『想い人』との思い出の品を探したけれど、あったのは部屋に飾ってある一枚の絵だけだった。
その絵を見ていると、ぼんやりとその人らしき人は思い出されては来るのだが、顔がどうしても出てこなかった。
それから数ヵ月後、大晦日に家でも大掃除をすることになり、私も自分の部屋を掃除していた。
掃除機をかけていると、何かが吸引口にくっつき、ゴミが吸えなくなってしまった。何がくっついたのかと、掃除機のスイッチを切り、吸引口を見ると、何かの写真が張り付いていた。
その写真には、私と知らない男の人が写っていた。
いや、きっと私はその人を知っていた。
胸が苦しくなり、泣きそうになるのだから。
この人が、友人達が言っていた私の『想い人』に違いない。そう確信した瞬間、彼との記憶が戻ってくるような感じがした。
そして、全てを思い出した。
私は、その写真と彼が私の為に描いてくれた絵を胸に抱き、彼にもう一度会いたいと強く願った。
あれからどれだけの月日が過ぎたのだろう…
僕は今だに彼女への想いを断ち切れずにいた。
僕がいない間に母星は変わった。昔は侵略目的で他の惑星へ赴くことが多かったが、今では友好関係を結ぶことの方が多いようだ。
その為か、侵略目的で地球に向かったはずの僕への処分も無くなった。
「こっち帰ってきてから元気ないみたいだけど、どうしたよ?」
僕の本来の幼なじみが、外を眺めている僕にそう声を掛けてきた。
ここの外の景色も地球の景色とあまり変わらない。ただ違うことと言えば、地球より文明が進んでいて、地球より機械の数が多いことだろうか。
「なんでもないよ」
僕が素っ気なく答えると、ヤツはプロレス技をかけてきた。
「嘘つくんじゃねぇーよ!お前と何年付き合ってやってると思ってんだ? あ?」
「く、苦じぃ~ギブ! ギブ!」
「参ったか」
ギブアップした僕に、ヤツは満足そうに踏ん反り返って見せていた。
「で? 本当にどうした? 地球で何かあったのか?」
今度は真剣な表情で聞いてきた。僕は観念して、地球であったことをヤツに話した。
「お前はそれでいいのかよ?」
「いいも何も彼女は地球人で、僕はこの星の人間なんだぞ!?」
「そんなの関係ねぇだろ。少なくとも俺はそう思う。幸運にも俺らの惑星の人間と地球人は外見的には全く違いがねぇ。違うとすれば『能力』のあるなしぐらいだろ。まぁ、後のことは何とかなるさ」
適当なヤツだなぁ…と思いつつも僕はヤツの言葉で、自分の気持ちに正直になろうと思った。
「ありがとう。お前のお陰でなんか勇気が湧いてきた気がするよ」
「おう! まぁ、そうと決まれば善は急げだな」
そして、僕は地球へ行く為の手続きを済ませ、地球へと旅立つこととなった。
「じゃあ、行ってくるよ」
「気をつけてな。今度、俺にもその彼女紹介しろよな!まぁ、向こうからこっちに戻ってくるのはなかなか難しいだろうが、なんなら俺がマイ宇宙船で迎えに行ってやるしな」
「あ、あぁ…」
そして、僕が乗った宇宙船は動き出し、地球へと向かった。
君は今どうしているだろう…?
誰か他に好きな人が出来たのだろうか?
例え、どんな結果になっていようとも僕はもう迷わない
”君を愛している”
地球では新年を迎えていた。僕がいなかった間にも確実に時が流れていたことを実感させた。
でも、僕が住んでいた家もそのままで、まだ誰も住んでいないようだ。
隣には君の家。
「宙くん…!?」
どこかに行っていた帰りなのか、手には荷物を持って彼女が僕を見つけて、ひどく驚いた様子でこちらに向かって歩いてきた。
「そうだよ。…ただいま」
彼女の歩みは速くなり、最後には走ってきた。
そして、僕の胸に飛び込む彼女を、僕は受け止めた。
「僕の記憶…消したはずだったのに戻ったんだね」
「宙くんの記憶が無くなっていたのは宙くんのせいだったの!?」
「信じてもらえないかもしれないけど、僕はこの惑星の人間じゃないんだよ。だから、人の記憶を消すことだって出来る。僕は、君たちから見れば宇宙人だから、君を幸せにすることは出来ないと思ったから…だから君の記憶を消して母星に帰っていたんだ」
僕は彼女に僕の全てを話した。彼女は疑うことなく、真剣に聞いてくれていた。
「でも、今は違う。僕は地球人ではないけれど、君の幼なじみではないけれど…君を好きだ。こんな僕で良かったら付き合ってもらえませんか?」
僕は改めて彼女に告白した。すると、彼女は泣き笑いで「はい」と答えた。
どんな試練や苦難が待っていようとも、二人でなら乗り越えられる…乗り越えてみせる