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『後悔』『忘却』『恋』そして

作者: スミンズ

   1


 「宇津奈さんって可愛いよなあ」そういいながら教室の全く真逆の窓側で女子たちとしゃべる彼女を見てたのは、俺の友人の高橋瀧屋だ。


 「うん。可愛いよなあ……。あの子、性格も良いしなあ。誰か彼氏でもいんのかね?」


 「それが居ないらしいんだ。お近づきになるのが難しいんかな?」


 「どうだろうなあ。駄目元で告ってみようかなあ」


 俺がふっとそう言うと、高橋が大笑いし始めた。


 「康也が?宇津奈さんに?ハハハ!無理だよ無理!お前男には大分辺りのよい性格だけど、女子に大してじゃまるでダメじゃん!」


 「あ、こら高橋!大声で言うなや。周りに聞こえるだろ?」


 俺がそう言ったときにはもう遅かった。


 「マジかよシブちゃん、宇津奈さんに告るって?」クラスメイトの男がそう言うと俺をつついてきた。


 「そりゃあハードルたけえな、渋谷以外にも狙ってる奴は居るからなあ、この高校にぎょうさん!」そういって違うクラスメイトも俺をつついてきた。


 「おい、みんな、ボリュームダウンだ、ボリュームダウン!」


 俺がそうみんなを落ち着かせる。それから俺は不意に宇津奈さんの方を見る。すると宇津奈さんは昼食を丁度食べ終わった頃のようで、女子たちとの会話が弾み始めたようだった。だがそんな状態の中、彼女は明らかに一度、こっちに眼をやってきた。


 俺は声を沈めてこういった。


 「おい!聞こえたかもわかんねえぞ、おい!」


 すると高橋はのほほんとした顔で俺を見ていた。


 「聞こえてたら聞こえてたでいいと思うけどねえ」


 そう言うなり回りの男たちは笑っていた。ふざけんな。俺にだって緊張と言うものがあるんだぞ。


   2


 放課後。俺は陸上部で、今日はそこまできつい練習をせず、各々夏の高体連に出る種目の記録を採って解散となった。高体連まではあと一ヶ月はあるけど、1年のときは恥かいたから挽回しないといけないというプライドもあり、あと一ヶ月がとても短いような気がした。


 ともかく今日は調整も兼ねてとっとと家に帰ってのんびりしよう。そう思いながら自転車に乗って学校を後にした。


 俺はスーパーやパチンコ屋が点在している広い通りを自転車で走る。だが帰宅ラッシュで車の量も歩行者の量も多くて、危ないところは仕方なく自転車を降りて歩いた。


 そんなかんだで家までの道のりも半分という所で、俺は信号待ちをしていると、不意に横から「浜谷くん」という声が聞こえてきた。俺その声に反応し、その方向を見ると、そこには制服姿のまんまの宇津奈さんがいた。


 「え?宇津奈さん。何でここに?」


 「何でって、だって私の家この近所だもの。それより、浜谷くんの家って何処なんだっけ?この辺りから学校に通う人も、大体バス通学だよ?」


 「え?ああ、ここをあと真っ直ぐ、あと4キロ位先だよ」


 「へえ、大変じゃない?」


 「いや、俺んちまではバスが直で繋がってなくて、地下鉄に乗り換えないと行けなくて不便なんだ」


 「成る程ね。……」そう言うと宇津奈さんは少しうつむいて何かを考えていた。


 「どしたの?」気がつくと信号は青になっていたが、それをひとまず置いて訊ねた。


 「うん。浜谷くん、どうかな?この近所にで味しい()()()屋さん(北海道や青森、茨城県西部では今川焼きをおやきという)があるの。一緒によらない?」


 「え、本当に?」突然のそんなお誘いに俺はテンパる。


 「嫌だ?」


 「そんなわけないじゃないですかッ」そう言うと取り敢えず自転車から降りた。


 そうしてそこから今まで気がつかなかったような小さな道へ入る。そこをしばらくすると、『おやき』の暖簾(のれん)をかけた小さな店舗があった。彼女につれられてそこへ入ると、「いらっしゃい」という優しそうなおばあちゃんが厨房の鉄板の前に座りながら挨拶来てきた。


 「こんにちは、おばちゃん」


 「あ、こんにちは」俺も宇津奈さんに習って挨拶した。


 「あらあら、宇津奈ちゃん、男の子を連れてくるなんて初めてね。彼氏さん?」おばあちゃんはそんなことをいたずらっぽく言ってきていた。


 「ウーン、違うかなあ、ね?」宇津奈さんは何故か俺に全ふりしてきた。


 「あ、ちょっとそこでたまたまあって、俺、お腹も空いてて彼女が美味しいおやきやがあるってここに連れてきてもらって。ああ、だから」


 「なにいってるのさ!まあ、仲の良い友達だよ!」彼女はそう言うと俺を軽く叩いた。


 「成る程ね。まあ宇津奈ちゃんの知り合いなら安心だわ。お茶、出してあげるから待っといてね」


 おばあちゃんはそう言うと一旦見えない所へ言った。俺らは入り口すぐの丸テーブルの席に腰をおろした。今は俺ら以外に客がおらず、静かな時が流れていた。


 それからちょっとするとお茶が二つ出てきた。それからおばちゃんは「今日は何を食べるのかい?」と訪ねてきた。俺は取り敢えず宇津奈さんにお任せしておいた。


 「うん、じゃあつぶあん二つ!」


 「そうかい、今日はお金入らないよ。」


 「え?いいの?おばちゃん」


 「良いとも良いとも。まあ、ゆっくりしてなさい」


 それから俺は取り敢えず出されたお茶を啜る。それは濃い緑茶で、俺の大好きな味だった。


 「渋谷くんて、言葉選びが下手くそだね」おばあちゃんがおやきを焼き始めると不意に宇津奈さんは笑いながらそう言ってきた。


 「しょうがないだろう?こう二人でいたら、本当にカップルみたいじゃん」


 俺がそう言うと、宇津奈さんは突然俺の顔に顔を寄せてきた。綺麗な眼と唇が目の前にあった。


 「ど、どうしたの?」どぎまぎした態度で俺は訊ねる。


 「昼」


 「ひ、昼?」唐突にそう言われても俺には何のことか分からなかった。


 「惚けないでよ!ひ、る、に、浜谷くんは言ったよね?『告ってみようかなあ』って、私を見て」


 「あ」俺は近くにあった宇津奈さんの顔から少し遠ざかった。


 「もしかして、聞こえてた?」


 「バリバリ聞こえてました、残念ながら」


 彼女がそう言うと、そこに丁度よくふたつおやきがきた。


 「何々、結構面白そうな話ね」おばちゃんはそう言うと笑いかけて、鉄板の横に腰を降ろした。


 「ねえ宇津奈さん。その話ってここでします?」そう言うと宇津奈さんはもう一度顔を俺にグッと寄せる。


 「うん。カップルみたいじゃん、って振ったのは渋谷くんじゃない?」


 「………」


 「じゃあ質問。渋谷くん、私に告ってみようかなあ、って思っているのは本当?」


 本題を彼女はポンと言ってきた。成る程、彼女はさっぱりした性格らしい。仕方がない、ここで嘘ついてごねるのはよろしくない。


 「本当だよ。宇津奈ちゃんが好きだなあって思ってたんだ」


 「………そう。じゃあ良かった!」そう言うと宇津奈さんはただでさえ近かった唇を俺にグッと寄せてきた。それから、その彼女の唇が、俺の唇にフワッと触れた。それは潤いのある唇で、俺のものとはまるで正反対に艶やかだった。


 というか………。


 「いきなり!いや、え、うれしいけど、え?おばちゃん?誤解だよ!」今にも吹き出しそうな顔をしているおばちゃんを見て俺はそう言う。もう一度俺は宇津奈さんを見ると、彼女はふっと笑っていた。今まで見せたことの無いような笑顔で。


 「私も、浜谷くん好きだよ。ホントだよ。ね?もし良ければ付き合ってくれない?」


 「ツキアウ?」今まで望んでいたそんな台詞を、いざ言われてみると不思議なもので、なんかそんな言葉初めて聞いたような感覚に陥った。


 「駄目なの?」


 「ウウン!そんなわけないじゃん!宇津奈さん、お願いします!」


 プルプルとした心持ちで俺は言う。彼女としてはどんな心持ちなんだか。あまりに爽やかなカップル成立に不可解さを覚えながらも、俺は眼で彼女を見つめる。彼女はそれでも少し恥ずかしそうにしながら、「ありがとう」と呟いて、おやきにかぶりついた。


 俺もそれにならっておやきをかじった。成る程、これは美味しい。そして、そのおやきは、とっても()()()()味であった。


   3


 ぶっちゃけ彼女が俺と付き合うと言うのは、何かの気まぐれに過ぎないと思っていたのだけど、LINEのアイコンに俺とのツーショットを使ってくれているから、少なくとも俺が嫌に扱われてないと解った。


 だがそんなこともあり俺と宇津奈さんが付き合っているのが公になった。宇津奈さんに振られたという男たちが俺を名指しに不思議がったり、はたまた宇津奈さんを変人扱いしたりしていた。正直自分でも人気者の宇津奈さんが俺を彼氏にしようと思ったのかは分からない。だが瀧屋は喜んでいた。


 「女にお前の良さは伝わらねえと思ってたけど、ようやく気づいてくれたのが宇津奈さんだったわけだ。お前異性にはとことん裏手だからな、彼女に出来たからにはあんまへなへなしてたら彼女も逃げてってしまうぜ?」


 なんだこいつ?と思いつつ俺は聞いたが、どうやら瀧屋はマジで俺を心配してるようだった。


 ある日、学校の授業が全て終わり、放課になると宇津奈さんが俺に直ぐよってくると、「今日さ、寄り道しない?」と言ってきた。断ることなぞ出来るわけもなく、俺は聞いたが反射的に「いいよ」と応えた。


 最近宇津奈さんはバス通学を辞めて自転車通学にシフトした。俺のせいだとも思えるが、どうやら彼女自身でも自転車通学の気楽さが解ったのだろう。まあともかく今日は二人で自転車を走らせて、彼女の家の近くのショッピングモールへ行った。


 元々俺はこういうとこ来ても本屋かCDショップでウロウロするのが定番だったが、彼女は服の飾ってある店やアクセサリーショップなどを見回った。俺もそれについて行けば、何かと「このバック、似合うと思う?」だの「これ、シブちゃんにあうと思うよ!」だのと言ってくる。俺はそれに慎重に受け答えるも、どうやら彼女は満足のようだ。


 だが、そんな彼女の趣味に俺は、何故か既視感を覚えた。


 取り敢えず俺らはショッピングモールのデートをなんとなく成功させていた。少なくとも話は弾んだし、きっと回りからも仲の良いカップルだと見られるであろう。ともかく、居心地は良かったのだ。


 だがそんな居心地の中、俺らは不意に中学生と思わしき3人のグループが、今にも一人の気弱そうな子に殴りかかろうとしていた。俺はその傾向を見逃さなかった。不意に俺は叫んだ。


 「「やめろ(やめて)」」


 そんな叫びが二つ重なった。ひとつは俺だ。だがもう片方は、宇津奈さんだった。


 そんな二人の叫びが、平日のショッピングモールに響いた。すると殴りかかろうとした三人が大人しく去っていった。俺はそれから気弱そうな男の子に寄る。


 「大丈夫かい?」俺はそう声をかけた。男の子はひとつ、こっくりと頷いた。その反応を見てから俺は訊ねた。


 「何故襲われた?」


 「………」


 「大丈夫だ。俺は誰にもその理由を誰かに言うでもない。ましてやさっきの連中に告げ口なんかしない。安心して言ってみなよ」


 「……。僕ただ静かにしてたんだけど、いつもちょっかいしてくるんだ」


 彼はそう小さくいう。だがそれに応えたのは宇津奈さんだった。


 「あれがちょっかいだって?あれはイジメだよ!確実に!」


 突然彼女はそうキレた。彼女がこんな風にキレる人だということは知らなかったが、何かとホッとした。だが彼女は本当に『マジギレ』をしていた。まるで自分の家族がいじめられたレベルにまでキレていた。


 「ああ、あれはイジメだ。我慢する必要などないから、とっとと親にいうんだ。どうせ言ってないんだろ?親は絶対に味方になってくれる」


 そう言うと彼は解ったか解ってないのか、深く俺にお辞儀をして、どこかへ駆けていった。


 「にしても宇津奈さんも、イジメは嫌いなの?」俺は一様一段落して、彼女に話す。


 「……。シブちゃんだって、だってそうでしょう?」


 そういうと彼女はショッピングモールの道の真ん中で泣き崩れた。俺はそんな彼女の姿を見て、こんな彼女の姿を見たことがある気がした。だが、俺はいつも彼女を遠くから見てただけで、彼女の喜怒哀楽を知ったのはつい最近のはずで………。


 まてよ……。もしや!


 忘れたいはずの昔の記憶が、突然ふっと蘇っていった。するとそんな昔の記憶に、彼女がいた。宇津奈さんが、泣いていた!


 「そうか……。もしや宇津奈さんて、俺の妹の親友だっていう、ウッチャンだったんだ……」


 俺がそう言うと、彼女は何故か「ごめんなさい!ごめんなさい!」と叫び、更に顔を沈め、泣いていた。


   4


 「そう。私がシブちゃん、いや、康也くんの妹の夏奈の親友だった、ウッチャンだよ」


 ショッピングモールのベンチに俺らは腰掛けて、泣き止んだ彼女は口を割った。


 「まさかそうだったとは。正直俺はあの頃を必死に忘れようとしていたから、宇津奈さんと夏奈の葬式の時に出会っていたことも忘れていた」


 「仕方がないよ。正直私は康也くんに顔を会わせるべきじゃないんじゃないか、と思って、できる限り距離を置こうとしていたの。中学のころ、夏奈はイジメを理由に自殺した。私はそんな彼女を救おうと色々話をしたり、イジメっ子に文句つけたりした。だけど夏奈は耐えきれずに自殺しちゃった。正直自分のせいだと思った。だから夏奈がよく自慢していた10ヶ月しか変わらない同学年の兄という人にはできる限り顔を会わせないようにした。康也くんは入学の時に病気してたからそのまま病院の近い校区外の中学校にいると夏奈から聞いていた。だから私は康也くんと中学では顔を合わせなかった。だけど高校で偶然にも、康也くんと同じ所に入っちゃった。だけど今まで以上に私は康也くんを遠ざけようとした。だけど康也くんの人柄のよさに私は好きになってしまって、それで私は康也くんに近づいてしまった。ひどいよね?私って」


 「………君のせいじゃない。俺だって、あいつの心にちゃんと接することが出来てなかったんだ。その点では俺が悪い。それにプラス、昔に出会ってたのに君を忘れてたなんて、俺のほうが酷いさ」そう俺は言って広い専門街を見つめる。


 「いいんだよ。そんなの。でも私安心したよ。ちゃんと康也くん、夏奈の言ってた通り、いつもは大人しいけど責任感の強くて、なんだろう。なんか本当になんだろう………?」彼女はもう一度涙を流し始めた。だから俺は彼女の肩を手で撫でてやった。


 「おやき、このショッピングモールの服。なにか懐かしいと思ったら、そういうことだったんだ。おやきは良く夏奈がお土産に買ってきてくれてたんだ。そんな夏奈と共に過ごしてくれた宇津奈は、俺にとっても大切な人に変わりない。君が責任を問われるわけないさ。君はだって夏奈の大親友だったんだろう?」


 「うん!だけど夏奈と康也は違うよ。夏奈は昔からの友達、康也は好きな人。違うんだ。だから、私は康也と夏奈を一緒にしない。だから、私は、夏奈も康也も絶対に忘れないから……!」


 そう彼女はいった。


 「あの記憶には君もいた。夏奈もいた。忘れたい記憶だけど忘れちゃいけない記憶。そうだね。俺も君も夏奈も、絶対に忘れないさ。これは俺らの約束さ」


 「うん」彼女は目をこすってそう頷いた。

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