8.最初の三人
商業国家クノウにおいて、最重要人物は国王であると同時に社長であるクノウだ。彼自身についてはあまり詳しくは知られていない。
国民の間では、不思議な能力を持ち、短期間でこの国家を築き上げた偉人としての側面だけが尾ひれを付けて噂になっているのみだ。
前触れも無く表舞台に登場し、あっという間に王国と帝国の間に強大な城壁と共に国を作り上げた彼は、こことは違う世界からやってきたとも言われている。
そして、彼の下に三人の『役員』が存在する。
商業国家の民から“最初の三人”と呼ばれる役員たちは、クノウの右腕であり商業国家の実務的な責任者である。
国家としての組織作りに最初から協力し、急成長を続ける商業国家の要であった。
一人はイメルダ。
普段はクノウの秘書としてスケジュール管理を行い、日々上がってくる決裁に対して最重要であるもの以外はクノウの代役としてサインをする。
クノウへの奉仕を第一にし、彼の邪魔になるもの全てを憎悪するなどと言われているが、多分にやっかみを含んだ噂とされている。
イメルダ正確な肩書は『秘書室長兼専務取締役』である。
最初の三人の中でも最高位の肩書であるが、彼女自身が自分のためにその権限を振るうことはほとんどない。
冷淡さを思わせる面立ちだが整った容姿であり、人前にあまり姿を見せないこともあって近づきにくい印象を与える人物でもある。
二人目はオズヴァルド。
生産管理及び財政という、商社としての側面に関しての責任者である彼は、普段からクノウの知識と生み出された道具を研究し、日々国家の生活を向上させ、利益を上げることに腐心していた。
彼自身は金儲けそのものには大して興味が無く、ただただ新しい技術に触れることを喜ぶ一種の変態である。
茶色い髪を伸びるままにし、ろくに髭も剃らないような人物だが、それでも彼は常務取締役であり、イメルダに次いで大きな責任を負う立場にある。
そして三人目のウルデリコ。
彼は国家の人民管理及び行政指導など、商業国家の国としての側面に関しての責任者だ。
戸籍を管理する最高責任者であり、国家の隅々まで彼の目が届いているとまで言われている。
細長い商業国家はいくつかのブロックに分けられ、それぞれのブロック長が存在するのだが、その総責任者としてオズヴァルドと同様、常務取締役の肩書を持つ。
赤い髪を常にぴったりとオールバックに整え、切れ長の目は常に書類と町の様子とに向けられている。
常に商店国家が誇る洋裁技術の粋を集めた三つボタンのスーツを着ており、背中を丸めているようなところは誰も見たことが無い。
社員である国民たちの生活を守ることが最大の使命であると信じている彼も、見た目はまともだが、ある種の偏執狂であった。
そのウルデリコが社長室に飛び込んできたのは、王国からの使者が高額な請求書を抱えてすごすごと帰った日の夕方だった。
「社長、よろしいですか?」
ギラリと光る眼鏡の奥からは、人を射殺さんばかりの強烈な視線がクノウへと向けられている。
ウルデリコがそういう目をしている時は何らかの問題が発生した時で、きちんと話を聞いて解決しておかないと、後で大変なことになるとクノウは知っている。
「聞くよ、最優先で」
「ありがとうございます」
イメルダに予定の調整を伝えたクノウは、自分の席に座ったままでウルデリコの言葉を待った。
「まず、先日の戦闘による人員の増加についてですが、八百名弱が希望したうち、怪我の回復が遅れている者以外は就業先が決まりました。人事異動の関係で全員ではありませんが、ほとんどがすでに働き始めています」
クノウが予想していた通り、王国からの使者が来る前にかなりの人数が亡命を希望してきた。そして、一部の怪しい人員を除いて入社試験を行い、素行に問題が無い者たちの多くを受け入れることになった。
地元に家族を残してきた者の中には、商店国家に残留したいとは考えるものの踏ん切りがつかないという者もいる。
そういった者たちにも、入国のチャンスがあるかも知れないとは吹き込んでおく。ただし、粗暴な者や犯罪者、王国のスパイではないかと思われるものは別だ。
「面接官として彼らの審査に立ち会いましたが、我が国に馴染むのにそう時間はかかりますまい。ただ……」
「どうかしたか?」
「いかんせん、新規補充が兵士達ばかりでしたので警備部希望や肉体労働に適した人材に偏り過ぎています。技術職に回せる人員が足りません」
ウルデリコは遠回しに『なぜ輜重隊も捕縛しなかったか』と言いたいらしい。だが、余計なリスクを負って社員に犠牲を出すのはクノウの本意では無い。
「器用な奴もそれなりに混じっているだろう? 年齢が高くて力仕事がキツイって奴もいるはずだ。その辺から選んで教育することでどうにかしろ。その調整の為にお前がいるんだろうが」
「……わかりました」
抱えていたファイルを一度閉じて、沈黙したままクノウと視線をぶつけていたウルデリコは、数秒の間をおいてうなずいた。
「では、私の裁量で人事異動を行います。そしてもう一つ、こちらの方は私の職掌からは若干外れた部分になりますが」
そう前置きして、ウルデリコはもう一度ファイルを開いた。
「先日の戦闘でもそうですが、警備部が火薬を始めとした消耗品を使いすぎているのではないかと。ただでさえ製造スタッフの数が足りていないのに、ああも湯水のように弾を使われては困ります。あの戦闘馬鹿のカサンドラに社長からも一言注意をお願いしたい!」
そんなにか、とウルデリコが出した書類を見て、クノウは思わず「うえっ」と悲鳴を洩らした。
ウルデリコが配置した分、警備部の人員が増えているのもあるが、それ以上に実弾訓練や爆発物を使った訓練が妙に増えているのが訓練スケジュールを一目見ればわかる。
弾薬は原材料だけクノウが作り、製造は信用が置けるスタッフのみで運営する工場で行っているが、ストックが心許ないらしい。
「オズヴァルドはあの戦闘馬鹿に好意的で、自分の試作品を試してくれるからと注意をする気は全くない様子。私からは逃げ回るので、如何ともし難く……」
「わかった、わかった。俺だって、余計な弾薬生成に時間を取られたくないからな。他に作らなくちゃならないものは沢山ある」
だから注意はしっかりしておくから、製造バランスの調整を頼むとクノウが言いかけたところで、アイナが入ってきた。
「お疲れ様でーす。ねえ聞いてよ、カサンドラってば『一万発撃って初めてヒヨッコ』だなんて言って、毎日毎日射撃訓練させるのよ。次はハンドガンだ、次はショットガンだ、次はフリントロックライフルだー、なんて。もう火薬が爆ぜる音で耳が痛いったら」
警備部の制服を着なれたミニスカートタイプにアレンジしているアイナは、ずかずかと社長室に入ると、シャツの前を引き延ばしながら空調が効いた社長室の涼しさをたっぷり味わっていた。
「そうそう、薬莢とかも金属でしょ? 勿体ないなぁって思うけど、野外訓練の後でもカサンドラは拾わせてくれないんだよね。戦場には薬莢が降り積もってて当然だーって。踏んだら転んで危ないし、あれだって集めたらそれなりのお金に……」
「今の話、詳しく聞かせてもらおうかね」
「あ、お客さんが来てたの? ごめんなさい」
たっぷりと愚痴を言ってからウルデリコの存在に気付いたアイナは、胸元を押さえて照れ笑いでごまかした。
だが、ウルデリコははぐらかされない。
「薬莢を野外で放置? 一万発? ……いや、気が変わった。君に話を聞くよりも、カサンドラの馬鹿に直接問いただすべきだろうな。社長、よろしいですね?」
「任せる。金を無駄にするのは俺の本意じゃない。時には締め付けがあるくらいが丁度いいだろうさ」
一礼してウルデリコが去っていくと、アイナは気まずそうにクノウを見る。
「なんか、タイミング不味かった?」
彼女は警備部の仕事と訓練を行った後、クノウの護衛を行って二重の任務をこなすことで残業手当を得ていた。
全てはお金を貯め、同時に評価を上げて正社員になる為である。
「仕事で来たんだ。態度はさておいて、来たこと自体は別に問題じゃない。彼もお前に怒っている訳じゃないから、安心していい」
手元にあった書類を整理して片付け、溜息と共に立ち上がったクノウは、アイナについてくるように命じた。
「社内の案内と見回りも兼ねて、ちょっとウルデリコに加勢してくるとしよう」
そう言って、アイナを引き連れたクノウは、秘書室にいたイメルダに後を任せて歩き出した。
イメルダはクノウを止めない。社内で利益を上げようと日々切磋琢磨している社員たちを見るのが、そして商品が売れて、出入りする人々からお金が入ってくる現場を見るのが、彼の何よりの娯楽だと知っているから。