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4.小競り合いから始まって

 商店国家は南北に長い国土をいくつかのブロックに分けている。

 中央には本社ブロックがあり、他のブロックにはそれぞれの責任者が存在する。本社の監視が王国軍の接近を感知してすぐに他のブロックへの連絡が回ったが、敵の姿を確認できたのは本社ブロック周辺のみだった。

 各ブロックには王国と帝国を結ぶ通用路が存在するが、今は緊急時であるため閉ざされている。


 中に残された者たちは調査を受けた後に宿泊施設を宛がわれ、騒動が収まるまでは商店国家内にとどめ置かれる。

 元々定められていたマニュアルに従って動く商店国家の人々の動きは、王国や帝国からの商人たちにとって恐ろしげに見えたかもしれない。実際は幾度もの訓練によってそう動けるようになったのであって、会社として社員教育を行った結果に過ぎない。


「おい、なんでも王国から出兵してきたらしいぞ」

 宿泊施設の一角、食堂兼休憩所になっている広いホールで王国からの商人が呟くと、彼と同じ王国からの人々はそわそわと顔を突き合わせて声を潜めた。

「噂はあったし、少し前に小麦やら鉄やらの値段は上がったから、いつかはこうなると思っていたんだが……一体王様は何を考えているんだ?」


 商人たちは同士で作るネットワークで戦闘が近いらしいことは予想していた。規模からして相手が帝国では無く、この商店国家であろうということも。

 ただ、彼らにしてみても今回の襲撃は計算外の早さであり、まだ大丈夫だと思っていたところで巻き込まれてしまったのだ。

 商売が続けられるかどうかも彼らの気になるところだが、それ以上に自分たちの身の安全が不安である。彼らは、今滞在している国の敵国人なのだから。


「まさか王国が負けるとは思えないが……」

「負けないにしても、この国の強固な巨壁を突き崩せるかどうか。王国が出した兵数はかなり多いはずだが、それでもしばらくはかかるだろうさ」

 いくら珍しい物品を扱っていると言っても商店国家は小国。王国とまともに事を構えるとは誰も考えていなかった。ただ心配なのは、彼らが人質にされる可能性があるだ。

 貴族でもなければ人質にするなどあまり意味の無いことではあるが。


 しかし、彼らの予想は大きく外れることになる。



 攻撃が始まったのは、その日の夕刻だった。

 通常なら日没後なり日の出前を狙うのがセオリーではあるが、今回はまだ明るい時間から動き出している。

「恐らくは、軍勢の人数を見せることでこちらの士気を下げる目的があるかと」

 指令部と呼ばれる場所は、多くのモニターと通信設備が集まっており、数名の警備部所属のスタッフが待機するのみで、然程広い部屋でも無い。そこでクノウに報告をしているのは、警備部部長であるカサンドラという女性だ。


 ぴったりとした軍服を着たショートカットの彼女は、男装のようでもあるが、多少ヒールがあるブーツを履き、化粧もしている。ボーイッシュというには凛々し過ぎるが。

 そんなカサンドラは、手に持った馬上鞭を力いっぱい歪めながら低い声で続ける。

「こちらに条件を飲ませるための愚かな戦闘行為でありましょう? であれば、明るいうちに彼我の戦力差を明らかにし、本格的な戦闘になる前に我が国の降伏でケリを付けたいと考えているでしょう」


「目的は帝国だろうからな。ここで戦力を消耗すれば帝国へ入ってからの作戦に支障をきたすわけだし、カサンドラの想定に俺も同意する」

「はっ! ありがとうございます!」

「それで、お前ならどうする?」

 クノウの言葉に、カサンドラは凶暴な笑みを見せた。


「こちらの戦力を過小評価しているようです。斯様にクソ生意気な王国の虫けらどもには、相応しい最期を与えるのがよろしいかと」

 言葉も内容も乱暴なカサンドラに、クノウは顔を覆って気付かれないようにため息を吐いた。

 カサンドラは指揮官として優秀な人物だが、敵に対して非情に過ぎるきらいがある。クノウが特に厳命して密偵の処理を彼女ではなく自分に直接確認するようにしたのもそのためだ。


「……もしアイナがカサンドラの預かりになったら、今頃拷問くらいはしていたかも知れないな」

「何か?」

「いや、こっちの話だ」

 クノウがちらりと後ろを見ると、モニターに映る望遠カメラの映像、戦闘準備を行っているらしい王国軍の動きをイメルダが睨みつけるように見つめていた。


 彼女たちが会社に向けている忠誠心の篤さには感謝こそすれ迷惑などと思ったことは無いクノウだが、時々怖くなるときもある。

「具体的な作戦を」

「はっ。既定の防衛マニュアルに基づいて巨壁まで敵を引き付け、銃撃による殲滅を提案します。ですが、一つお願いがございまして……」


 頬を染めて照れたように願い出たカサンドラは、一見すると大人の女性が可愛らしいところを見せている微笑ましい光景に見えるが、彼女の性格を知っているクノウは嫌な予感しかしていない。

「……聞くだけ聞いておく」

「ありがたき幸せ」


 カッ、と音を立てて踵を鳴らしたカサンドラは、一度大きく深呼吸をしてから、クノウの目をまっすぐに見つめる。

「例の新兵器を使用したく」

「あれか」

 クノウは彼女が指している“新兵器”が何のことかは理解していた。


 モニターに映る敵の人数を見たクノウは、数秒ほどの沈黙のあとで結論を出した。

「……許可する」

「はっ! では小官は現場での指揮がございますので失礼します」

 指令室はその名の通り、高官が指示を出すための設備が整った部屋なので、彼女が自ら現場に出る必要は無い。自分が戦場に立ちたいだけの言い訳だろう。


「敵が動き出しました。各部署へ連絡。迎撃用意」

「カサンドラがいる部署は彼女に任せて良い。他の部署はここでモニタリングしながら随時指示を送る」

「承知しました」

 モニターで動きを確認したイメルダの冷静な声が響き、クノウの指示を受けて指令室のスタッフが慌ただしく各所へ連絡を回していく。


 全ての連絡が終わった時点で、敵はまだ進み始めたばかりだ。突撃体制ではあるが、まだ駆け出してはいない。

 相手の動きが遅い、とクノウは感じているが、有線無線を問わず即時の連絡体制が整っている商店国家と、未だに弓と槍が主武装でほとんどが簡素な革の胸当て程度の防具を着け、一部の指揮官だけが馬上で金属鎧を着ている程度の王国軍では、当然比較にもならない。


「滑稽なものですね。全て見られているとも知らずに」

 イメルダが汚物でも見ているかのような目でモニターに映る敵軍へ向けて呟いた。

「条件が違う。彼らだって文字通り必死なのだから、あまりそういうこと言うべきでは無い」

「失礼いたしました」

 イメルダもカサンドラ同様、自国陣営以外に対して辛辣な視点を持っているらしい。わかっているからこそ、クノウは商売に関わる役職に彼女たちを付けていないのだが。


「接敵します。敵は王国側第一ゲートへ集中の模様……交戦開始」

 イメルダの実況を聞きながら、クノウはわずかに顔を顰めた。

 これが商店国家として初めての交戦である。死人やけが人が出ず、物質的な損害が出なければ最上の結果であるが、商売と同じく戦闘も想定通りに行くことの方が少ないだろうとは想像していた。


 そう、クノウにしてみても実戦はこれが初めてだった。

 王として社長として、“商売の正念場”はここから始まると彼は感じている。ようやく作り上げた会社が、競合であり顧客である王国と帝国を相手にどう立ち回るか、多くの社員たちに示さねばならない。

「戦況は逐一報告を。前線にいるカサンドラに念を押しておいてくれ『使者が来たら殺すな』と」


 報告があった敵勢力は三千程度。それくらいが相手ならば、戦って殲滅することは難しくない。

 しかしそれではクノウの目的には合致しない。

 あくまで彼の目標は商社としての成功、つまり金儲けなのだから。

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