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2.アイナの決断

「なによ、これ……」

 早速、とイメルダの案内で更衣室へと向かっているアイナは、『本社』と呼ばれているらしい建物の中を歩きながらすっかり疲れた顔になっていた。

 最初は「お金が稼げる!」期待に心が支配されていたが、あれこれと説明を受けているうちに商店国家クノウの“異常さ”に気付かされたのだ。


「イメルダ、と言ったよね。ちょっと良い?」

「“さん”を付けなさい、アイナさん」

「……イメルダさん」

「なんですか?」

 斜め前を歩いているイメルダがようやく立ち止まり、振り返った。長い髪にタイトスカートのスーツを着こなす彼女の姿は、美人ではあるがオフィスレディを見たことが無いアイナからすれば異様だ。


「色々聞きたいことはあるけれど、この国……王様はカイシャと言っていたけれど、どういうこと? “カイシャ”ってなに? 社員とかなんとか、よくわからないんだけれど」

「具体的には、後程資料を渡しますからそれを読んでください。……文字は読めますね?」

「大丈夫」

「結構。ではかいつまんで説明します。この国“商店国家クノウ”は、国民全員が一つの店舗に勤める従業員だと思ってください」


 アイナは首を傾げる。

 彼女が考える商店は、家族経営か精々数名の従業員を雇っている程度のものだ。豪商と呼ばれる人でも数百名も抱えていればもはや町の役人よりも発言権が強い。

「あなたが考えているものを、もっと大規模にしたものです。商店国家では農畜産業や漁業などの生産業をはじめ、食品加工に衣類、日用品などの製造業、飲食や介護も含むサービス業にいたるまで、全て国家が管理し、国民が従事しているのです」


 全て国民は社員として肩書があり、それぞれの希望や能力に応じた職が与えられ、働きに応じて国家から給料が支払われている。

 アイナは準社員である。商店国家に所属して最初は見習いとして適性と会社への忠誠を確認し、準社員として実地研修を進め、晴れて社員として本格的な所属部署で働くことになる、とイメルダは再び歩きながら説明を続けた。


「でも、歳を取ったり怪我をしたりして働けない人とかいるんじゃない?」

「休業中も最低限の生活が出来るように国が保障しています。治療を受けるのも無料です。治療院も国が運営しているのですから」

「すご……」

 話を聞くだけだと天国だ、とアイナは思った。治療院を利用できるのは一部の金持ちだけだというのが王国の常識なのだから。


 それに、仕事ができなくなれば家族に頼るか道端で物乞いをするしかない。それが当たり前で、腕っぷしを頼りに金を稼いでいるアイナにとっても、大きな怪我をすれば待っているのはそういう運命か、死だ。

「なんか、都合がよすぎる話って感じがする」

「でしょうね。さっきも言いましたが、あなたは運が良いのです」


「……怪しいって言っているんだけれど」

「私からすれば、あなたも怪しい人物の一人ですよ」

 アイナの顔が引きつるのを見て、イメルダはため息を吐いた。

「あなたとて本当に心から我々に信用されていると思っていたわけでは無いでしょう? あなたは()()()()信用を築く必要があるのです」


「じゃあ、どうしてさっきは……」

「先ほどのあなたの言葉に関しては、嘘は無いと確認したからです」

「そんな、魔法みたいなこと、できるはずが」

「社長には可能なのです。さあ、あまり時間がありません。私も暇という訳ではありませんから、あなたの宿舎まで急ぎましょう」


 本社の近くにある“宿舎”は三階建ての低層マンションであり、基本的に本社勤務の者が臨時の宿として利用したり、亡命者を一時的に泊めておく宿泊施設として使われている建物だった。

「……何がどうなっているのか全然わからない」

 アイナがあてがわれたのはシングルルームだったが、浴室やトイレだけでなく、ミニキッチンなども揃っている。


 冷蔵庫やエアコンなど、何もかもがアイナにとって見たことも無い存在だ。

「説明書はこのファイルに全て入っています。管理人がいますから、何かあればインターフォンで連絡を」

 とだけ言って、案内して来たイメルダは早々に帰ってしまった。

「い、いんたーほん?」


 何が何やらわからないままぽつんと取り残されたアイナは、貴族が使っているのかと思えるような柔らかなベッドに腰を下ろし、白を基調にした“未来の部屋”の中で途方にくれていた。



「おはよう。よく眠れたかね?」

「……おはよう、ございます……」

 一夜明け、朝早くからカメラ付ドアフォンを通して呼びかけたクノウに、寝ぼけたまま対応したアイナ。彼女は備え付けのナイトガウンを羽織っていた。

「おや、カメラには驚かないんだな」


「昨夜は大変だったのよ……」

 ファイルの説明書を読んで冷蔵庫の便利さに驚き、エアコンの快適さと温水シャワーの心地良さ、トイレの清潔さに感動したあと、空腹を覚えた彼女はインターフォンを使ってみたらしい。

「まさか離れた人と顔を合わせて話すことができるなんて思わなかった」


 驚かせたことを詫びた管理人は食事だけでなく、あれこれと説明をしてくれたらしい。

 初めて口にするような食事を楽しみ、ワインまで味わったというアイナは、たった今クノウが訪問するまで寝こけていたのだ。

「それで、何の用?」

「決まっている。仕事だよ」


 金を稼ぎたいんだろう? とクノウが問うた直後、モニターのスイッチを切ったアイナはものの十数秒で服を着替えてドアを開いた。

「何をすればいいの?」

「昨日言っただろう? 俺の護衛だ。要人と会うから、秘書のふりをして近くに立っていてくれ」


 それから二十分後。

 アイナは謁見の場とされている場所で陽炎のようにゆらゆらと立っていた。

「おい。シャキッとしないか。初日からそんな調子で、大金が稼げるようになるわけないだろう」

「自動車ってやつに酔ったのよ……それに、会談の相手が王国関係者だなんて、聞いてなかったんだけれど」

「言ってないからな」


 会談場所は、王国や帝国と同程度の技術で造られている建物のようで、石を積み上げて固めた壁と磨かれた石の床は、アイナにとっては貴族の家などで見たことがある光景だった。

 懐かしい、と感じてしまったのは、あまりにも濃く、衝撃に満ちた一晩のせいだろう。

「王国から使者が来ている。何やら話があるらしいぞ?」

「それって……」


 アイナは捕まってしまった密偵だが、もし自分が商店国家側にいることがばれてしまえば、裏切ったと受け取られるのは間違いない。

 しかし、その心配を知ってか知らずか、クノウは最初に出会ったときと同じように、涼し気な表情を浮かべている。

「あたしよりいくつか上の年齢ってところだろうけれど、どこまで肝が据わっているんだろう。もしかして、何も考えていないんじゃ……」


不安を抱えたまま会談は始まった。

「クノウ国王陛下。今回は急な謁見の依頼、誠に申し訳ございません。にもかかわらず、快くお許しくださいましたこと、心よりお礼申し上げます。この件につきまして、オシデ王国使者でございますこのわたくし、コーデル伯ライトハルトが必ずや……」

「堅苦しい挨拶は苦手です。どうか楽にしてください。どうぞお口に合うかどうか、我が国で特産の菓子をご用意しておりますから」


 ライトハルトと名乗った中年の使者は、挨拶を邪魔されてやや不愉快に感じたようだが、そこは使者として最低限のポーカーフェイスはできるらしい。

この世界にはまだ存在しない、ロールケーキという珍しい菓子を気にしつつも、早々に本題へ入ることになった。

 丁寧な口調ではあるが、どこか商売人のような雰囲気で、クノウは単刀直入に話すように求める。若い王である彼の性急さをどう受け取ったのか、ライトハルトは少しだけ落胆したようにも見える。


「我が国からの依頼はただ一つ。貴国を通過する費用を一部免除いただきたいのです」

「……具体的には、どのような条件でしょう」

 顔色一つ変えずにクノウが問う。

 商店国家クノウが多額の外貨を稼いでいる二つの柱は、西側の王国と東側の帝国に所属する商人への(秘匿技術を使った)先進的な商品販売と、通行税だ。


 クノウも理解していることだが、商人は商売の経費として高額な通行税を支払い、一部だけ解放されている商店国家内の商店で仕入れを行い、自国へ戻って売りさばくことで利益を得る。

 しかし、外交上の行き来をするための役人がそういった商売をするわけにもいかず、王国も帝国も共に費用負担は馬鹿にできないものになっていた。


「正直に申しまして、あまりにも高額では無いかと思います」

「私はそうは思いませんが?」

「わたくし共、王国はそう考えているのです。よくお考えください。一町民がひと月に稼げるのは精々金貨二枚。それに比して貴国を通過して帝国へ入るのに同額の費用が発生するのです。これではとても……」


 使者と向かい合って座るクノウの後ろ、立ったまま話を聞いているうちに、アイナは使者が可哀想になって来た。始めは自分のことが発覚しないかと心配していたが、杞憂だったとわかると、途端に同情心が湧いてくる。

(そうようねぇ。改めて考えてみると、相手国への駐在文官やら護衛の武官、それに大使とその侍従。諸々合わせて金貨が数十枚。連絡役と護衛が行き来するだけでも金貨二十枚は軽く必要になるものね)


 そのまま思考が逸れていったのは、アイナの“金儲けへのこころざし”ゆえのことか。

(あれ? ということは、ただ人が通るだけでこの国には金貨が二枚。往復で四枚。一日で百人通れば四百枚? ちょっとちょっと、ぼろ儲けじゃないの! この国どれだけ稼いでるのよ!)

「むふーっ、むふーっ!」


「あの、お付きの方の様子が……」

「あ、し、失礼しました」

 お金の計算でつい鼻息が荒くなってしまったアイナは、赤面して俯いた。

 ふとクノウと目が合うと、笑っている。

 笑われた、と恥ずかしさにより肩を狭めるアイナを他所に、クノウは話を続けた。


「お話はわかりました。ですがお受けできないお話ですね。私どもはどなたからも平等に通行税を頂いております。如何な理由があろうと、どのようなお立場であろうと、減免に応じるわけには参りません」

「……失礼ながら、陛下はお若い。そしてどうか、互いの国力についてもお考えいただき、冷静なご判断をお願いしたいのですが」


「国力……なるほど、確かに」

 クノウはにこやかに頷いた。

 使者の言葉は脅しである。応じなければ武力に物を言わせるという脅迫なのだが、それを理解したうえでなお、クノウは笑っている。

「ですが、それを考慮しても王国のご期待にはお応えできそうにありません。お話がそれだけであれば、お引き取りを」


「よろしいのですか、きっとこぅ……」

 言葉の途中で、クノウは手を上げて制した。

「その先はおっしゃらない方がよろしいでしょう。あなたは今どこにいるかわかっていますか? どうか、あなた自身のためにも、ここはこのままお引き取りを」

「失礼ながら、商店国家クノウは小国。この立地も元はと言えば王国の土地をかすめ取った様なものではありませんか!」


 次第に語気が強まる使者を前に、クノウは右手を差し出して見せた。

「何を……うっ!?」

 一瞬のことだった。

 クノウの右手には先ほどまでに無かったはずの真新しいクロスボウが握られていた。

 息を呑んだのは使者だけではない。後ろにいたアイナも同様だった。


「この国が一夜にして国境の壁を築いたことをお忘れですか? それに土地はきちんと所有者から買い取ったもの。自分の土地を自分の国として独立した。それから五年以上がたちますが、王国からも帝国からも文句を言われたことはありませんがね」

 正確には文句を言おうにも相手の正体が不明であり、調査員を送ろうにも全て無駄に終わっているため、手をこまねいている状態なのだが。


「実力行使をご所望なら、どうぞ試してみると良いでしょう。例えばこの新型のクロスボウ。ボルトが五本同時に装填できる優れものですが……さて、これを帝国側だけが手にすることになってもよろしいので?」

「な、なんという……」

「私どもを脅すのは勝手ですが……冷静なご判断をお願いしますね」


 肩を落とし、案内役に連れられて使者が退室したのを見送ったアイナは、座ったままカップのコーヒーを傾けているクノウに恐る恐る声をかけた。

「さっきのも、この国の技術、なの……?」

「まさか」

 テーブルの上に置かれたクロスボウを室内のスタッフに渡したクノウは、右手をかざして見せた。


「これは俺の能力。この国を形作る壁を作り出し、我が社の礎を作った力だよ」

 嘯いた彼の右手には、真っ白な角砂糖が二つ生み出されていた。

「俺が“知っているもの”を生み出す能力。魔法と言っても良い。限界はあるが、これこそ我が社最大の秘密であり、商店国家が難攻不落である証拠だ。さて、アイナくん」

 クノウは驚きに声も出せないでいるアイナへと意地悪な笑みを向ける。

「君はこの秘密を知ってしまった。残念だが、もう引き返せない」


「何を言っているの?」

 強がるアイナだったが、声はわずかに震えていた。

「お金を儲ける側に付いたあたしはこれから『どどーん』と稼ぐのよ! この程度のことで怯むわけないじゃない!」

「それは良かった。では、君の活躍に期待している」

 カップへと砂糖を放り込み、クノウは満足げに頷いた。

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