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1.商店国家クノウ

「世の中はお金だ! お金をたくさん持っていることこそが至上なのだ!」

 数百人の視線を一身に浴びながら、これまで何度も繰り返し主張してきた座右の銘を叫んだ青年に、聴衆は感嘆の声を上げると同時に、ホールが割れんばかりの拍手を打ち鳴らした。


 ここは壁の中の国、商店国家クノウの中にある多目的ホールの一つだ。

 周辺の国家は科学も社会も発展しておらず、移動手段は馬車や馬が主流、水道も無く井戸から水を汲んで甕に溜めて使うのが基本という程度であるというのに、このホールには巨大なスピーカーなど音響設備が揃っており、青年の声もマイクによってボリュームアップされている。

 その気になればオペラやクラシックオーケストラも可能なホールだ。


「では、今月の定例報告会は以上とする。解散!」

 津波を思わせる勢いで立ち上がった聴衆が、壇上から引き揚げていく青年へと軽く頭を下げて見送る。

「お疲れ様でした、社長。本日の訓示も大変素晴らしく、国民……いえ、社員一同、より大きな収益を目指して邁進することでしょう」


「ありがとう、イメルダ。褒めてくれるのはありがたいが、まだ始まったばかりだからな。頼りにしている」

「はい。わたくしにできることであれば、何でもご命じ下さい」

 迎えたのは女性にしては長身であり、スラリとした体躯にタイトスカートのスーツを着た女性、イメルダ。その彼女から社長と呼ばれた青年こそ、この商店国家クノウの王であり、自らを社長と名乗る人物だった。


 クノウは、本名を久能ヨシカズと言ったが、どうにも現地の人々に名前が発音しにくいようで、最初の商談以来ずっと苗字だけを名乗っている。

 そう、商談である。

 便宜上国家となっているが、クノウは自身が率いる組織を政府ではなく商社であると考えていた。故に、彼は常にスーツ姿である。


 とある理由でこの世界に飛ばされて来て以来、彼は第一に金を稼ぐこと目標としていた。

 世界を越えた際に得た特殊な能力と、生来の貪欲さにより、ほんの数年で現在の地位を築き上げた。秘書室長を務めるイメルダを始めとした部下たちは全て現地で“採用”した者たちだ。

「ご報告がございます。マーケティング調査部からサンプルの回収に成功したということで、担当課長が面会を求めております」


「わかった。社長室で聞くから呼んでくれ。……いよいよ動き出したか?」

「どうやら、王国の方が先に動いたようです」

 小さく頷いたクノウは課長を呼びに行くというイメルダと別れ、そのままホールを出た。

 普段は多くの人々が行きかう大通りに面しているが、今は厳重な警備によって道路は封鎖され、数千人が遠巻きに彼の姿を見ている。


 その手には双眼鏡などの望遠器具の他、カメラや携帯電話による撮影をしている者も散見され、さながら現代の国家元首のような扱いだ。

 強固な警備体制を体現するかのように屈強な男たちがそれぞれサブマシンガンやPDWなどを手にしてクノウの周囲を固める。ホールの玄関から目の前に停車している自動車までの短い距離だが、警備人数は十人以上だ。


「本社へ」

「かしこまりました」

 車に乗り込み、警備の一人が静かにドアを閉じた直後、運転手からの問いにクノウは短く答えた。

 そしてたどり着いた本社ビルへと入ると、彼の姿を見た者たちが道を譲り、首を垂れる。


 その姿は支配者のそれであり、彼の権力の強さの証明でもある。

「お待ちしておりました」

「……早いな」

社長室前で直立不動のまま待っていたイメルダの姿に苦笑し、クノウは彼女が開いてくれた扉を抜ける。


 そこでは、後ろ手に手錠をかけられた一人の少女と、その両脇に二人の男、そしてもう一人、先ほどまで何の変哲もない農夫然とした格好をしていた男性が、今はスーツ姿に着替えて応接セットで待機していた。

 彼はクノウが入室したのを見て、飛び上がるようにソファから立ち上がって一礼する。

「社長! 多忙な中、お時間をいただきまして誠に恐縮です」


「堅苦しい挨拶は不要だよ。そんなことよりも……彼女か?」

 クノウの視線は、警備部隊に囲まれたまま、後ろ手に縛られて膝を突いているアイナへと向けられている。

 猿ぐつわを噛まされて睨みつけてくるアイナに対し、クノウは特に感情の見られない相貌で見つめ返していた。


 しばらく無言の見つめ合いが続いたあと、クノウは椅子には座らずデスクの端に軽く腰を掛けるような格好で立ったまま腕を組んだ。

「報告を」

「はっ。王国からの依頼を受けて我が国家に潜入するつもりだと言っておりましたので、捕縛いたしました。持ち物から名は“アイナ”、家名などは無いと思われます」


 武装を解除されたアイナは、自分が農夫だと思い込んでいた男が課長と呼ばれる商店国家クノウの一員であったことにも驚いていたが、それ以上に自分が殺されずに何らかの責任者と思しき青年の前に連れて来られたことに、きつく睨みながらも絶望していた。

 自分の間抜けぶりもさることながら、この後、知りもしない質問にまで拷問付きで答えを求められるのは分かり切っている。


「改めて聞こう。ここを目指した目的は?」

 課長からの報告書へと目を通しながらクノウが問うと、一人の警備部員がアイナの猿ぐつわを外した。

「……答えたら、解放してくれるの?」

「答え次第では」


 クノウは最初、彼女が“処分”されずに自分の前まで連れて来られたことに疑問を憶えていたが、報告書に記載された一文に心が惹かれた。

 これがわかるあたり、警備部の担当課長は自分のことを、そしてこの商店国家を理解しているらしい。

 クノウの期待を裏切らなければ、アイナという女性の処遇はかなり変わる。


「王国に依頼されて、この国の内情を調べにきたのよ」

「なるほど。我が商店国家の内実を知ろうということが、どれくらい危険なのか承知の上でか?」

 アイナは頷いた。

 王国とも帝国ともに商店国家の内容に関しては良く知られていない。通過は有料であり、かなり高額である。都市に住む青年が一ヶ月に稼げる金額は最低限必要で、荷物によってはさらに加算される。


 無理に押し通ろうとする者も絶えないが、その半数は追い返され、残り半数は行方不明になる。しかし、ここで生産されている便利な道具や珍しい食品は高値で売れるうえ、王国と帝国の政府にも外交の必要があり、人の出入りは多いのが現状だった。

 結果、二国の富は商店国家に吸い上げられる形になり、商店国家の秘密を探る為の動きは加速しつつある。


 その動きの一つが、アイナのような雇われエージェントの派遣だろう。

「報酬が良かったのよ。命をかけてもお金を沢山稼げるから、請け負ったの。自信も有ったんだけれど……」

 クノウはニヤリと笑う。

 アイナの言葉は、彼の価値観に合致したのだ。


「そこまでして金を稼ぐ理由は?」

「決まってる。お金をたくさん持っていることが人としての価値を上げることになるからよ。お金があれば自由が味わえる。住むところも、食べ物も、病気だって治せるんだから。お金で命が買えるようなものじゃない」

「気に入った!」


 パン、と大きな音を立てて両手を打ち合わせたクノウに、アイナは目を丸く見開いている。

 突然のことに驚いている彼女の肩に、クノウの手がそっと置かれた。ピクリと緊張したことに気付いたクノウの声は、優しい。

「俺のところで働かないか? 安心して良い。我が商店国家はクリーンでホワイト。どこの部署もアットホームで社員同士の仲は良いし、初心者でも先輩が丁寧に指導してくれる。年齢は若いが君の能力次第で給料はどんどんアップしていくぞ!」


「ほ、本当に……?」

 命が助かるだけでなく、新たな稼ぎ先が見つかったことで、アイナの瞳は絶望から希望へと変わる。

「もちろん本当だとも。俺は自分の社員に嘘は吐かない。そうだな、まずは俺の専属警備役になると良い。それでこの国家……この会社について知ってから、何をやって稼ぐか自分で決めると良い」


「あなたは運が良いわ。クノウ社長が御自らスカウトしたから、見習いランクを飛ばして準社員ランクからスタートできるわ」

「おまけに社長付きともなれば、勤務評価も上がりやすい。運が良いな、お前は!」

「そ、そうなの? いいことなの?」

 イメルダや担当課長から口々に幸運を祝われて、手かせを外されたアイナは戸惑いながらも笑みを浮かべて頭を掻いた。


「我が社は君を歓迎する。俺と共に大金を稼ごうじゃないか!」

「はい! よろしくお願いします!」

 クノウからぐい、と引き上げられるようにして立ち上がり、固い握手を交わしたアイナ。

 彼女は気付いていない。自分以外の誰も、目が笑っていないことに。

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