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11.商売人としてのクノウ

「それで、結局帝国とは約定を交わしたのでしょう?」

 カサンドラが帝国使者の話を聞いて尋ねると、クノウは頷いて返した。

「“移転先は商店国家で指定する”という条件を付けて、な」

「なるほど」

 肥沃な農地を取るも良し、貴重な水源として川辺を取るも良し、ということでカサンドラは一度納得した。


 しかし、すぐに引っ掛かりを覚える。

「それだと、王国と帝国は国境を接することになってしまうんじゃないですか」

「それもちゃんと手を打っている。帝国が王国から削り取る場所は、こちらが移転する場所を決める前に決定され、通知を受けることになった」

「帝国の新しい国境に合わせてこちらも壁を作れば良いわけか」


 商店国家はどう転んでも損はしない。

 社員の身の安全は重要であるが、それが確保できるならば、とことん利益を追い求めるのが商店国家のモットーである。

 金を稼ぐ。それが商店国家が掲げる唯一の目標だ。

「国境の移動制限は元手が少なくとも稼げる。第一、費用に基準なんて存在しないからな。金額はこちらが言うままのぼろ儲けだ。そう簡単に手放して堪るか」


「……話だけ聞いていると、悪徳商人そのままですがね。うっ……」

 クノウの鋭い視線で、カサンドラはしばりつけられたかのように身体が硬直した。恐ろしいまでのプレッシャーを感じる。

「悪徳だとか言われる商売人の多くは、別に法に触れていない。可能な限りのことをやって、最大の利益を得ようと努力しているに過ぎない」


 クノウの弁説は止まらない。

「第一、最大の利益を得るためにはただ高い物を売ればいいという訳じゃないぞ。価値に見合わない値段を付ければ当然売れないし、買う側がいなくなっても駄目だ。今回はまず無いと思うが、ライバルが出て来ないとも限らない」

 そして、クノウはカサンドラが考える限り、商人の一番醜い部分を表すような言葉を紡ぐ。


「良い商売人は、顧客を生かさず殺さず、衣食住のあらゆる場面に置いて自分に頼る様に仕向け、吸い上げられる限界の稼ぎを見抜き、願望を操り、理性のタガをほんの少しだけ緩めてやるものだ」

 カサンドラが息をのむ。

 クノウが言っているのは、権力でも武力でも無く、商売による人の支配だ。


「最終的には、世界征服、とか?」

「何をいっているんだか。政治なんて福祉やらインフラ整備やらで金が出ていくばかりで、まるで儲けにならない。そういう面倒ごとはやりたいやつにやらせておけばいいんだよ」

「自分だって王じゃ無いか……」

「土地を取得するための方便に過ぎない。俺は自分を社長だと思っている」


 カサンドラがどう返すべきか言葉を探していると、イメルダとアイナが戻ってきた。

「社長、お飲み物をどうぞ」

「ああ、ありがとう」

 氷が入り、ストローが差し込まれたグラスを受け取る。

 キューブアイスもビニールのストローも、もちろんコーラもそれが入っているガラスコップも、この国以外ではまず見られない物だ。


 夏に冷たい飲み物が飲める。

 炭酸が入った甘い飲み物、子供でも溢さず飲める中折れのストロー、目でも楽しめる透明なグラス。

 王国でも帝国でも、ぜいたく品と言うには高価すぎるものだが、この国ではありきたりな物であり、クノウに頼らず製造されている物品でもある。

 カサンドラにしても、元は王国の民で、クノウが生み出す銃器に魅せられてここにいるのだ。


 それを全て奪われて、また王国の片隅で商売を細々と続けて暮らす日々に戻れるかと言われると、ハッキリ言って生きていける自信は無い。

 寒い冬、薪の節約の為に限界まで我慢して暖炉に火をつける。

 熱い夏、窓を開けたくとも防犯を考えて汗だくで寝苦しい夜を過ごす。

 汲んでおいた水は、そのまま飲むのは怖いから一度沸かして温いものを飲む。


「地獄だな」

 人間、多少劣悪だろうとその環境しか知らなければ、自分を不幸だとは思わない。不遇な環境に置かれているなど想像もしない。

 だが、暑さにうんざりすることも、凍死に怯えることもない生活があると知り、実際に味わってしまうと、何があっても手放したくはならない。

 カサンドラは、それを身を以て知っている。


「どうしたのですか?」

「……社長の話を聞いて、自分がどれだけ幸運な人間か考えていただけだよ」

「今さら何を言っているのです。それだけの地位に有りながら、まだ理解していなかったのですか?」

 イメルダの説教が始まりそうだと察したカサンドラは、慌てて持っていたクノウの上着を差し出した。


「これはお前が持っておいた方が良いだろ? わたしはこれから戦闘の指揮をしなくちゃいけないからな」

「社長の……わかりました。私がちゃんと預かっておきます」

 奪い取る様に上着を受け取ったイメルダは、丁寧に織り畳んで余計な部分に皺が寄らないように注意して、腕に抱えた。


「状況はどうなのですか?」

「見てみろ」

 用意されたモニターに映し出されているのは、先ほど許可を得て飛び立ったドローン搭載のカメラからリアルタイムで送信されているものだ。

 かなり高空から撮影しているのか、一人一人の判別は付かないが、全体の規模はわかる。


 王国軍は左右に広げているわけでは無く、どちらかといえば丸く固まったような陣形を作りつつある。

 巨壁のどこか一点に戦力を集中するつもりでいるようだが、攻城兵器のようなものは見当たらない。

 だが、それ以上の問題があった。


「人数が……何万人ですか、あれは」

「十万弱と言ったところだな。奥に別の集団がいるようだが、あれは輜重隊だから無視しても良いだろう」

「それにしても、とても正気とは思えない人数ですね」

 イメルダは呆れた様子で呟いていたが、カサンドラの方は違う。商店国家に対して人海戦術は友好的だからだ。


 コーラを口にしたまま、クノウはまだ動かない。

 視線をモニターへ戻したカサンドラは、敵の動きを注視しながら、隣で暢気にストローを咥えていたアイナからコーラを取り上げ、一口啜る。

「あっ、ちょっと!」

「あとで一杯おごってやる。それより、お前は王国の貴族関係に詳しいか?」


「前の仕事関係で、少しは知っているけど?」

「この紋章に見覚えは?」

 ドローンの高度を調整した映像には、軍全体のやや後方にいる一集団が映されている。他の兵士とはまるで違う、流麗な曲線を描いた鎧を見につけている馬上の人物のすぐ背後に、大きく紋章を施したフラッグがはためいていた。


「良く見えないけど。多分、シャカーテン伯爵家の紋章かな?」

 アイナはその家の当主が王国の軍を率いる将軍の一人であると説明し、立派な鎧を着た人物が当主本人だろうと語った。

「なら、今回の指揮官はコイツか」

「たぶんね」


 ならば、とカサンドラはクノウの近くへと進み出た。

「社長。指揮官が判明したので、ここは長距離狙撃で終わらせませんか。敵の軍勢が多すぎますよ、これは」

「だめ」

「ええ……」


 ばっさりと却下されたことで、カサンドラは脱力してしまった。とても戦闘前の雰囲気では無い。

 彼女としてはもっと厳つい男たちと顔を向い合せて厳しい戦闘の予感をビリビリ感じたいところだったのだが、緊張感すら漂っていないのだ。

「帝国の連中が働く時間を作らなくちゃいかん。第一、まだ帝国からの軍勢はたどり着いていないのだろう?」


 クノウの問いに、イメルダが答える。

「報告によると、あと三時間程かかるとみられています」

「三時間後に国境。それから商店国家の通路を抜けるのに数時間かかる。半日は足止めして、帝国の軍勢にもそれなりに“活躍”してもらわなくちゃあならない」

「相手の将軍を潰せば、とりあえず帝国はらくになるんじゃないの?」


 カサンドラからコーラを取り返したアイナが尋ねると、クノウは身体を起こした。

「王国が逃げても困る。あくまで帝国の言い分としては『商業国家を正式な手続きで通った時点で王国軍と接敵。これを撃退して領地も手に入れた』という形にしたいわけだ」

 戦わずに王国が逃げたとあっては、名分が立たない。

 居ない間に土地をかすめ取ることも可能だが、帝国は通常の戦闘で勝利することに拘っていたし、クノウとしてもそうして貰いたかった。


「俺たちが王国の土地を削り取ることはしないし、帝国の代行をする理由も無い。やったところで、大した儲けにもならないうえ、それを始めると王国の稼ぎが減って、俺たちが吸い上げる分が減る」

 だから、とクノウは待機して現状維持を命じる。

「帝国と王国の怪我人が増えれば、請求金額も増える。とにかく今は、お互いに傷つけ合って、俺たちに金を払う必要性が高まるように仕向けるんだ」


「さすが社長。全ての行動は我が社の利益に繋がるのですね」

「戦闘で儲けるのは鍛冶屋だけだと思っていたけれど、治療とか、そういうところでお金に換える方法もあるのね!」

 イメルダとアイナが同調しているのを、カサンドラは疎外感に苛まれながら苦い顔をして見つめていた。

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