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10.第二ラウンドの開始

「ほんとに来たよ」

「懲りない連中ですね。ですが……」

「うーん。確かに困った」

 前回の戦闘から約二ヶ月。巨壁の上で王国軍が再び押し寄せてくるのを見ながら、クノウはイメルダと話していた。

 今回は指令室では無く、直接戦場での指揮をするために壁の上へと出てきている。そして、イメルダは当然のようについて来ていて、アイナは仕事としてクノウと共にいた。


 そして、カサンドラもいる。

「とりあえず、前回と同じように……」

「駄目です」

「駄目って……ちょっと待てよ! なんでイメルダが止めるんだ」

 不満を言うカサンドラに、クノウはため息を吐いた。


「前回、弾丸をばら撒きすぎだったんだよ。正直言って、今回も同量の弾薬を使われたら商店国家全体の備蓄が枯渇する。第一、前回の捕虜受け入れだって完全に終わってないんだよ」

 クノウから言われるとカサンドラも反論できないようで、悔しそうに歯を食いしばりながらも黙っていた。


「それじゃあ、どうするの?」

「まあ、考えはある。とりあえずは門を閉鎖して戦時警戒態勢へ以降。向こうさんが動き出すまで待つとしよう」

「承知しました」

 命令を受けてイメルダが無線で指示を出すと、警告音と共に通用口のシャッターが閉ざされる。


「さぁて、前回は戦闘前に使者がやって来たが、今回はどうするつもりかね?」

 前回来た使者の顔を思い出し、彼はどうしただろうかと気にしながらも、クノウは用意された寝椅子に転がった。

「寝て待つとしようか」

「お飲み物をお持ちしますね」


「じゃあ、コーラで」

「あたしも」

「自分で取って来なさい。それに食堂での提供されるお茶以外は有料ですからね」

「ちぇー」

 クノウの飲み物を用意するために歩き出したイメルダに、アイナも付いていく。


「緊張感が無いな。それにあいつ、護衛なのに離れても良いのか?」

 カサンドラが呆れた、と声を出すと、クノウはネクタイを緩め、ジャケットを脱ぐ。

「この場所なら問題無い。それにカサンドラもいる」

 クノウからジャケットを渡されたカサンドラは丁寧に袖をまとめて腕に掛けた。イメルダが帰ってきたら渡すのだ。この役割を譲らないと後が怖い。


「それにしても、帝国は何を考えているやら」

「帝国? 今相手をしているのは王国では……」

「ん? ああ、今のは独り言。政治の話だよ」

 そっち向きの話はわからない、とカサンドラはすぐに興味を失くしたらしい。

 とにかく直接戦闘に突入した場合すぐに対応できるよう準備を進めることに彼女は専念する。


「社長。この際だからドローンを使わせてくれませんか? 担当者の訓練をしておきたいし、運用についても実地で確認したいので」

 カサンドラの言葉に、陽の光を眩しく感じながら細目を開けたクノウはしばらく考えた。

 商店国家の警備部隊と土木工事部が運用するドローンは、四つのローターを使って空を飛ぶリモートコントロール機で、カメラを搭載して静止画や動画の撮影、リアルタイム映像の送信なども可能な期待だ。


 土木部では橋梁工事など人の目で確認することが難しい場所をチェックして工事計画を立てたり安全確認を行ったりという用途で使われている。

 警備部では、今回のように観察対象が遠い場合に上空から監視する為に使用する。

 長時間の使用はできないが、人的被害を出さずに高空から密かに監視が可能であるため、有用であるとされている。


「前回は敵の陣容が端まで見えましたが、今回は人数が多いので上空からの敵情観察が肝要かと」

 もっともらしいことを言っているが、大型望遠鏡を使えば敵の大まかな数は解る。カサンドラはまだ実戦投入していない道具を運用してみたいという気持ちの方が強い。

 それを知りつつも、クノウは許可を出した。


「ありがたき幸せ!」

「くれぐれも、矢で撃ち落とされたとか間抜けなことにならないようにしろよ?」

「もちろん、お任せあれ! ……おい、聞いたな? すぐに担当者に用意させろ。モニターはこっちにも寄越せ」

 許可を得てすぐに行動に移したカサンドラは活き活きしている。


 それを横目に見てから、太陽の眩しさに完全に目を閉じたクノウは、数日前、王国の使者が帰ったあとに帝国の使者と会談したときのことを思い出していた。



「間違いなく、王国はもう一度貴国へ攻め込んで来るでしょう」

 クノウとの会談で挨拶もそこそこに断言したのは、帝国からの使者だった。

 貴族然としていた王国の使者とは違い、帝国の使者は文官そのもののような雰囲気であり、平坦で事務的な口調で話し続ける。

「王国は今回の戦闘で大きな金銭的負担を負うことになります。交渉の進捗については存じ上げませんが、多くの捕虜を得たことは私のところにも情報が入っております」


 王国からの者と同様、帝国からも商人が出入りしているのだから、その中に内部情報を帝国中枢に売っている商人がいてもおかしくは無い。

 あるいは、最初から諜報員を商人に仕立て上げて送り込んでくる場合もあるだろう。

 それくらいはクノウも承知していたし、所謂“産業スパイ”扱いとして重要な部分は隠し、一般の商人以上に踏み込んでこなければ放置していた。


 いちいち一人一人を細かく調査するのも手間と費用が発生してしまうし、見分けるのも難しいからだ。

 ただし、立ち入り禁止区域に無断で入ろうとするような輩がいれば、それは警備部がしっかりと“処理”することになっていた。

「なるほど。帝国がお持ちの情報は正確なようですね。ですが、あまり商売の秘密を覗かれるのは私も従業員も好みません」


 そう言えば、とクノウはやや緊張気味の表情を見せている使者へと視線を向ける。

「先日も帝国からの商人が一人、無理に私どもの本社に忍び込もうとしましたので、大変申し訳ないが、処分させていただきましたよ。報告は送っていると思いますが」

「ぞ、存じております。その説は我が帝国の国民がご迷惑をおかけいたしました。その人物については家族へと連絡をしております」


 当然、帝国にとって商店国家の国内において裁かれたことに異論はない。ここで自分たちが送り込んだ人物であるから解放をなどと言い出せば、商店国家を通じた王国への行き来はもちろん、商店国家から流れる商品をストップされかねない。

 これが商店国家が誕生したばかりのころならいざ知らず、夜でも明るい電気照明や食料を長期間保存できる冷蔵庫。そしてそれを可能にする発電機など、すでに帝国の上層部が手放すことが出来なくなっている商品は無数にある。


 発電機を動かすための灯油などが止められるだけでも大ダメージなのだ。

 帝国は数人の諜報部員とその家族を見捨ててでも、商店国家とのつながりを失うのは避けたいというのが本音だった。

 自国でも開発ができるように技術を盗めればそんな立場に甘んじている必要も無いのだが、文字通りガードの固い商店国家の技術情報は未だにまるで掴めていない。


 王国側はまだ商店国家に対する依存度が低いのか、あるいは一気にどうにかできると考えて挑んだのかは帝国でも推測の域を出ないが、いずれにせよかなりのダメージを受けているのは間違いないだろう。

 帝国はそれらの情報も掴むのに必死だが、それ以上に商店国家との取引が無くなるのは避けたかった。


「そうですか。色々と手間をおかけします」

「とんでもない。国家を運営する上では重要なことですとも。大事にならず、こちらとしてもホッとしております」

 前半は建前。後半は本音である。使者はこの話題から避けたい一心で、言葉を続けた。

「王国は今回の失点を取り戻そうと、再び無謀な挑戦をする可能性が高いと見ています」


 続きを促すようにクノウが頷く。

「一つには人的な被害が王国の軍全体からすれば少なく、諸侯に声をかけることで人数の上では先日の戦闘に比して数倍の戦力を用意するのは難しくないことがあります」

 人的被害は少なく、輜重隊はほぼまるまる残っている。

 今の王国の指導者からすれば、兵はまだ国中の貴族が持っており、それらが疲弊することは中央集権を強化するうえで王にとってマイナスにはならない。


「ですが、再び敗れれば賠償金はまた積み重なってしまうことになる。その程度のことは考えているのでは?」

「その賠償金も、兵を動かす理由になります」

 クノウが首を傾げる。

「どういうことですか?」


「先日の戦闘の規模は大して大きくないと聞いております。であれば、もっと規模を大きく、準備も整えて貴国と当たり、互いにある程度の損害が出たところで『痛み分け』とする提案をしてくるのです」

 それは商店国家が成立する以前、帝国と王国が国境を接していた際に幾度か発生した状況であり、どちらの国も同じことをやって経験があるらしい。


「ですから王国が一方的に金を失う状況に追い込まれている今、状況をリセットする為に行動を起こす可能性は大いにあります」

 説明を聞くクノウの脳裏には、借金取りと大喧嘩して『こっちが酷く殴られたから、これでチャラな!』と叫ぶ男の姿が浮かび、ちょっと違うな、と苦笑いする。

「そこで、一つ我が帝国から提案があります」


 使者は一枚の紙を広げた。それは商店国家周辺の地図である。

「王国を退けるのに、我が帝国も力をお貸しします」

「なるほど。ありがたい提案ですが、もちろん無料では無いのでしょう?」

「もちろんです。貴国とは友好的でありたいと考えておりますので、フェアな取引にしたいと考えております」


 帝国からの提案は、わかりやすいものだった。

「戦後に得られた王国の一部の土地を、我が国に譲っていただきたいのです」

 クノウは納得した。

 帝国も王国も、自分たち商店国家を挟んでもまだ尚、互いに食い合いを止められないのだ、と。

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