9.商談
商店国家クノウの西側には王国があり、現在は休戦の交渉中となっている。
だが、クノウが想像した以上に王国は金が無いらしい。
「正直に申しまして、私も追い詰められております……」
これで商店国家への訪問が五度目となる王国の使者、コーデル・ライトハルト伯爵はかなり憔悴した様子で弱々しく呟いた。
「王を始めとして、考慮していた規模の数百倍の損害となるご請求内容を受け入れることはできません。王からの親書というかたちで表向きは抗議しておりました捕虜の亡命に関しましても、実際は渡りに船でございましたよ」
王と財務関係の者たちは商店国家からの申し出にもろ手を上げて喜んだが、国民を奪われるということでもあり、抗議をしたという実績は必要だったらしい。
だが、それも焼け石に水で、人数が減っても日数がかさんだ分は増額されていくし、かといってすぐに支払いをすれば王政府の財政はかなり苦しくなる。
不幸中の幸いは、参加した貴族が少なく、王政府の対応に対する諸侯からの突き上げが然程強くないことくらいだろうか。
「それでも、国民からの視線は日に日に圧力を増しております」
「泣き言をおっしゃられても困りますな。私どもとしては当然の対価を求めているに過ぎません。不当な利益をあげているわけでもありませんし、これ以上の譲歩を求められても困ります」
汗をかきながら泣き落としに入ろうとする使者を前に、クノウは涼しげな表情を崩さない。
「私は王である前に商人であり、商店国家の民は私の部下でもある。彼らの生活を守ろうとしているだけですよ」
「そ、それは重々承知しておりますが……」
「本当ですか? 不躾にも武力によって私共の商売の妨害をし、しかも私の社員たちに危害を加えようとした。そのことについて謝罪も戴いておりませんが?」
すっかり黙ってしまった使者に、クノウは彼を圧迫した所でどうにもならないことを悟り、小さくため息を吐いた。
伯爵といえど、王やその周囲を固める中央政府の意向を覆すほどの発言力は無いのだ。
「では、分割で」
「えっ?」
「分割でのお支払いであれば、一度に支払う金額は少なくなりますよ。そうですね、年利十五%では如何でしょう? 五年間で支払い終えるということにすれば……」
すらすらと営業トークそのものの話し方でクノウが電卓を取り出して数字を打ち込む。使者には何をやっているかよくわからないが、「分割」という言葉には魅力を感じていた。
「おお、ひと月あたり金貨七百十三枚で済みますよ。これで如何です?」
「な、七百十三枚? 金貨三万枚ではなく?」
「ええ。毎月に分けて支払う形になりますので、多少の利子は発生しますが、五年間均等、毎月七百十三枚の支払いでも構いませんよ?」
「お、おおお……少しだけお待ちください、考えをまとめたいので」
使者は極力自分を冷静にさせようと荒い息を落ち着け、何か裏があるのではないかと考えた。
年利という言葉は耳慣れないが、金貸し自体は王国にも沢山いる。身の丈以上の贅沢をしたり、戦時招集などの緊急時に支度金が必要となった貴族たちに貸し付ける者たちもいるので、使者も利子の存在は知っていた。
だが、王国において利子といえば単利方式であり、借り入れが大きければその時に決まった利子が毎月あるいは毎年発生する。
利子に上限など無く、二割どころか三割を上乗せする業者や、利息の支払いを十日毎に設定するようなあくどい商売をするものもいる。
対して、クノウが提案したのは複利による計算であり、使者の知識では検算ができるわけではないが、数字だけ見れば随分と優しい方法に見えた。
「……何か、裏があるのではないかと思えてしまうのですが」
「うーん……私も正直にお話しますが、このまま王国との関係を停止したままでは、他の商売に差し支えますのでね」
現状、帝国人の出入りは許可しているものの、王国に所属する商人や人員の行き来は制限している。全ては戦後賠償が決着してから、というスタンスだったのだが、クノウの想定よりも期間が伸びてしまった。
「王国の政府はさて置き、商売人たちを待たせすぎるのは良くないのです。彼らは別の商売に切り替えてしまう可能性があり、一度我々との取引を元にした商売を止めてしまえば、再開には困難が伴う」
大きな商家であれば複数の販路を同時に動かすことでリスクヘッジを行っているだろうが、行商人の多くは個人でやっている小規模なものばかりだ。商売が出来なければすぐにでも干上がってしまう。
「大金を求めて話が長引くよりも、少々我々の実入りが減ったとしてもこれまで通りの商売が再開できる方が 儲けになるのです」
「お、王政府の威光よりも商人たちの都合をお考えとは、なんともはや……」
「なにも不思議なことではないでしょう? あなた方が悩んでいるのはお金のこと。国民が生活するのに必要なのはお金、貴族が贅沢できるのもお金があってのこと。金と商品を動かす商売人を活かさねば、国も立ちいかなくなるのは当然でしょう」
その点、商店国家は国家そのものが商家であり会社。クノウという国王が第一の商人であり営業マンであり経営責任者でもある。
「……わかりました。私どもの使節も帝国へ向かうことが出来ず、帰国もままならない状況が続いております。ここはクノウ陛下のお考えに沿って、どうにか我が王にも納得していただけるよう、言葉を尽くして参ります」
「前向きに話を進めていただけそうで良かった」
「いえ、行き詰っていたところに助け舟を出していただいたのはこちらの方です。きっと良い返事を持って再訪させていただきますゆえ、どうぞよろしくお願いいたします」
固い握手を交わし、久しぶりの笑顔を見せて使者が帰っていくと、クノウの後ろに控えていたイメルダが薄い笑みを浮かべた。
「お疲れ様でした、社長」
「ああ、あとは王国の連中が分割に飛びついてくれたら話は終わる」
その会話に、護衛としてイメルダに並んで立ち会っていたアイナが首を傾げる。
「五年も待ってあげて、それも金貨七百十三枚って、少なすぎない?」
損をした気分になっているらしいアイナに、クノウは呆れたと言って電卓の画面を見せた。
「お前の金じゃないんだが……良く考えろ。毎月七百十三枚。一年で八千五百五十六枚になるだろう? それが五年なら……四万二千七百八十枚!」
「一万二千枚以上増えるの? 五年で?」
ぼろ儲けには変わりないじゃない、とアイナは目を輝かせ、涎を垂らさんばかりに口元をゆるめてニヤついてる。
「気持ち悪い」
「なにおぅ!?」
一言で切って捨てたイメルダは、抗議するアイナを無視して次のスケジュールを告げる。
「三十分後には帝国からの使者と会談予定となっております。少し休まれては如何でしょうか」
「ふむ……では、そうする。執務室にいるから、時間になったら呼んでくれ」
「かしこまりました」
一礼してクノウを見送ったイメルダに、アイナは頬を膨らまて仁王立ちで向き合う。
「クノウだって、お金の話で顔がゆるんだりするでしょ?」
「あなたのだらしない顔と社長の凛々しいご尊顔を比べるのはやめなさい」
「ええ……」
冗談かと思ったアイナだったが、完全な真顔でまっすぐな瞳を見開いたイメルダを見て、引いた。
「あの……大丈夫? 洗脳とかされてない?」
「何を馬鹿なことを。そんなことより、早く社長の護衛をしに行きなさい」
「はぁい」
お互いを気に入らないと思いつつも、二人はそれぞれの仕事をこなしていく。




