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0.Prologue

新作同時四作品開始の一つです。

「世の中はお金よ! お金をたくさん持っていることこそが至上なのよ!」

 馬車に揺られながら力強く語っている女性はアイナといった。馬車と言っても幌の無い台車を駄馬に引かせているだけのもので、彼女は手綱を持って馭者をしている農夫へと話しかけている。

 国境周辺は基本的に荒地だが、川の支流が細く流れ込む場所がいくつか存在し、天然のため池となっている場所も多い。その周辺を開墾して農地にしている者がいる。馬車をあやつる農夫もその一人だ。


 彼ら開拓民は膂力も度胸もあり、王国民の中でも特に豪胆な人々だと言われているが、背中越しに向けられた農夫の視線は、不安を孕んでいた。

 自宅がある町から畑へ向かっている彼は、国境へ行きたいというアイナに声をかけられて乗せてやったのだが、物々しい装備をしている彼女の目的を聞いて不安になってきていた。


「だからって、国境の国に入るってのは……」

「危険だって言いたいんでしょ? でもね、危険だからこそ稼げるの!」

 アイナは台車の上で立ち上がった。

 その腰には細身のサーベルが四本も下げられ、足や腕にも投げナイフが複数固定されている。防具と言えば薄い皮のブレストプレート程度の防具しか付けていない。


 アイナのような、腕っぷしで依頼をこなす者たちは少なくない。町にも村にも、街道や荒野にも王国の兵士たちはいるが、商隊の護衛や奪われた金品の奪還、土地の奪い合いなど危険な仕事はいくらでもある。

 王国の法の目が届かない場所は多く、不正や強盗による被害はまず補償されない。

 そのために、アイナのような者たちが金次第であれこれと荒事を片付けるのだ。


 だが、今の彼女がやろうとしていることは、民衆からの依頼では無い。

 王国民から“国境の国”と呼ばれている国へと密入国し、情報を持ち帰るための諜報員として王国からの依頼を受けて潜り込むのだ。

 わかりやすく体の良い捨て駒であり、報酬は高額なれど生きてそれを受け取れるかどうか、素人でも怪しむような内容だ。


 それでも、アイナは引き受けた。聞こえは悪いが金に目がくらんでのことであり、それだけ腕に自信があるからだ。

 馬車を雇う金すらもケチって農夫に依頼をしたあたり、徹底している。

 そんな話をしているうちに、農夫の馬車は国境の近くへとやってきた。そこには、つい数年前までは存在していなかったものがある。


「はあ~……これが噂の“巨壁”ね」

 日よけ代わりに被っていたフードを持ち上げたアイナが見上げたそれは、名前の通り巨大な壁だった。

 高さは十数メートル。彼女が見たことがある構造物の中で王城に次いで大きい。地平線の彼方まで続く壁の端は地平線の彼方まで続いていて、右を見ても左を見ても、つるりとした材質が良くわからない白い壁がひたすら続く。


「単なる壁じゃあないぞ。この向こうはすぐ帝国ってわけじゃない。幅五キロメートルの細くて長い国が、こっち側と向こうの帝国の間にあるって話だ」

 馬車を操る農夫が話しているのを、アイナは頷きながら聞いていた。

 壁のこちら側は王国――――オシデ王国であり、壁を越えた東側はレーント帝国だ。ここは国境直前の場所であり、周囲は荒れ地と開墾された畑が入り混じる場所になっている。


「ここでいいわ。わたしはここで夜を待つから」

 そう言って台車の上からひらりと飛び下りたアイナは、フードつきのマントを脱いで背中の荷物にしばりつけた。腰に提げたサーベルが揺れるが、音を消すために布を巻いた鞘は、わずかに衣擦れの音だけを鳴らす。

「改めて思うが、随分と物々しい装備だな」


「荒事専門でやっているのよ。一日あたりの報酬が良いから。それに、いくら備えていても過剰じゃないわ」

「そうかね。だが、気を付けるんだな」

「ええ、噂の国に入るんだもの。それも非合法に。最大限に……あれ?」

 話の途中、ちくりとした痛みを感じた長後、アイナの視界が歪み始めた。


「どうなって……」

 霞んでいく視界の中、農夫がいつの間にか小さな金属製の何かを握っているのを見つけた。そしてアイナは意識が途絶える直前になって、ようやく自分の腹に小さな矢のようなものが突き刺さっていることに気付く。

「残念だが、あんたのような輩を水際で食い止めるのが俺たちの役目でね」


 力無く(くずお)れたアイナの前で農夫がそう呟くと、先ほどまで誰もいなかったはずの周囲にいつの間にか数名の人影が現れていた。彼らの装いは、そのまま特殊部隊のそれであり、全員がマスクとゴーグルで顔を隠し、油断なくライフルを構えている。

 そのうち一人が倒れているアイナの首に指を当てて脈を確認し、農夫を見上げて頷いた。

「課長。こいつは始末しておきますか?」


 課長、と呼ばれた農夫は「やめておけ」と制止した。

「社長から外部の人材についての調査命令が出ている。特にこういう“何でも屋”みたいな連中は特に情報をもっているだろうし、王国が出した依頼の内容も気になる。とりあえずは留置所に放り込んでおけ。上には私から報告しておく」

「はっ!」


 短い返答をして組み立て式の簡素な担架を作りアイナを運んで行く姿を見送った農夫は、久しぶりの任務を終えた解放感に大きなため息を吐いた。

 そして、目の前にある巨大な壁を見上げる。

「ようやく家に帰れるな。まったく、王国での暮らしは昔は快適に感じていたものだが、すっかり今の国に慣れてしまった」


 恵まれた自分の環境に苦笑しながら、農夫は乗って来た馬車に乗り込み、再び馬を進め始めた。

 目的地は壁の向こうにある国。

 五年前、王国と帝国の間に突如として現れた壁。その中に存在する国は、今や誰もが噂しているが、その内容についてはほとんど知られていない。


 わかっているのは、王国と帝国の国境を完全に遮断し、いくつかある通行路を潜ってのみ行き来が許されること、その際に少なくない“通行税”が発生すること。

 そして、その国が『商店国家クノウ』という名前を名乗っていることだけだった。

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