隣の席の美少女は、どうやら隠れオタクのようです。
きっかけは、担任の一言だった。
「今日、席替えするぞー」
一部の男子は、大声で「よっしゃあああっ!」と叫び(隣の席の女子に失礼である)、その他の者は近くの席の友達に別れを告げるなどしている。
どうせクラスは一緒じゃないか。
「はあ……」
俺には、席替えで一喜一憂するクラスメイトたちの気持ちが分からない。クラスが離れたなら多少悲しむのは分かるが、同じ教室に来る以上、休みでもなければ確実に顔を合わせる機会はある。強いていえば、視力の問題だろうか。
「じゃあ、まずは男子からクジを引いてくれ」
教卓で担任が何やら箱を抱えている。
「めんどくせえなぁ」
そう言いつつも、しっかりと列に並びクジを引く。無理に反発してクラスで浮いた存在にはなりたくないからな。
「ふむ……」
書かれた数字は『3』だ。この段階では席がどこの場所なのか、隣の女子が誰なのか分からないため、クラスの男子の殆どは、女子がクジを引くところをガン見している。
いや、男子が見たいのは、『あいつ』が引いた番号だろう。
そして遂に『あいつ』がクジを引く番がやって来る。『あいつ』は特に迷うこともなく一つの二つ折りの紙切れを取り、それを広げる。
そしてそれを、クラスの男子がこっそりと後ろから覗く。
そして、
「「「くっそおおおおおおおっ!!」」」
全員が、そんな声を上げて崩れ落ちた。
「え? ちょ、みんなどうしたの!?」
突如後ろで倒れた大勢の男子に、『あいつ』は心配そうに声をかける。それだけで男子達は幸せそうだ。
「ぐふぅ……。こ、幸太……」
地面に崩れ落ちた男子の一人であり、友人の真鍋凌也が、死んだ魚の目とほふく前進で俺に近づいてくる。ふむ、なかなかホラーだな。
「お、お前の隣の席は、あのスーパーハイパーギガントバイオレンス美少女の、堀田さんだ……」
「その小学生みたいな言い回しはなんだ」
素晴らしい超越した巨大な暴力(多分……英語苦手だから分からんけど)か……悪口じゃないかそれ?
「……そうか」
どうやら俺、高山幸太は学校一の美少女、堀田恵の隣の席になったようだ。
※
席替えで一喜一憂するクラスメイトの気持ちがわからないなんて言ってすいませんでしたっ!
堀田さん、めっちゃいい人ですやん。学校一の美少女って事で、近づきがたい人だと勝手に思ってたけど、めちゃめちゃいい人ですやんっ!
「あっ、高山くん、おはよっ」
ほら! 俺みたいな冴えない男子にも朝の挨拶をしてくれるんだぞ! 嫁に欲しいわっ!!
「ああ、堀田さん、おはよう」
はっ! いかんいかん。ついうっかり求婚してしまう所だった。よし、なんとか冷静を装って挨拶を返せたぞ。よくやった俺!
少し冷静に考えてみよう。堀田さんは、入学してから今までに、何人もの男子が告白し、振られてきた学校一の美少女だ。
髪は肩ほどまで伸ばされていて、毛先が少しカールしている。整った容姿にスタイル抜群、そして成績優秀と来た。
俺とは釣り合わねえなぁ。
「こ~う~た~」
俺がちょっぴり落ち込んでいると、後ろからやたらくらい声が掛かる。
「……どうした、凌也」
凌也は俺とは違いそれなりに整った顔をしているから、その腐った目が余計目立つ。怖い。
「お前っ! ちょっと来いっ!」
そう叫んで俺の腕を掴むと、男子トイレまで引っ張って走りだした。
「はあっ、はあっ……。な、何なんだよ」
「何なんだよ、じゃねえよッ! お前、いつの間に堀田さんとあんなに仲良くなってたんだよ!?」
悲鳴じみた声で叫ぶ凌也。やめろ、俺ら今男子トイレの個室に入ってるんだぞ。変に疑われたらどうする。
「な、仲良く見えるか? せいぜい朝の挨拶をする程度だと思うけど……」
「その朝の挨拶すら俺らは出来たことがねえんだよッ! お前、いつの間にモテ男の道を歩み出したんだっ……。仲間だとおもってたのにっ……」
「いや、間違いなくモテてはないぞ」
きっぱりと言ってのける。流石に俺も、挨拶された程度で好かれているなんて思ったりはしない。
「くっ、け、けどお前だけに挨拶するってのはなんとも……」
「席が隣だからじゃないのか? 隣人に軽く挨拶するぐらい変な事じゃないだろう」
「…………お前、堀田さんと挨拶以外で会話したか?」
微かな期待を込めた目で俺を見る凌也。その目を真っ向から受け止め、
「いや、授業とか、割と普通に会話はしてる」
「この裏切り者っ!!」
そう言って凌也は個室から飛び出し、猛スピードで走り去っていった。
「何なんだ……」
残された俺は、小便をしていた男子生徒から白い目を向けられるのであった。
※
「高山、このプリント、堀田の家に持って行ってくれんか?」
翌日。その日は珍しく、堀田さんが休んでいる。どうやら風邪らしい。
クラブ活動もしていないので、授業が終わり帰宅しようとしていた俺に、担任が声を掛けてくる。
「別に良いですけど……。俺、堀田さんの家知りませんよ」
「ああ、そうか。すまないが、堀田と仲が良さそうな女子に聞いてみてくれるか?」
「……分かりました」
堀田と仲が良さそうな女子か……。誰だろう。あまり気にしていなかったからな……。
「恵の家なら、私の家の近くだけど案内しようか?」
「え?」
俺がクラスメイトの女子の顔を思い浮かべていると、唐突に後ろから声を掛けられた。
「……柳さん?」
クラスメイトの柳乙葉だ。
「柳さん、堀田さんの家知ってるの?」
「うん。だから案内は任せなさい!」
そう言ってどんと胸を叩く。その時にプルンと胸が揺れたため、紳士としてキチンと目を背けた。
「そう、ありがとう」
「気にしないでいいよー。恵もきっと喜ぶし」
「……何で堀田さんが喜ぶの?」
「え? ……あ、ああっ。な、何でもないよ。ア、アハハハ」
明らかに誤魔化し方がおかしい気がしたが、本人が何でもないと言ってるのなら気にしないでおこう。
「さて、それじゃ行こっか」
そう言って柳さんは歩き始める。その姿勢の良さから、俺はあることを思い出した。
「あれ? 柳さん、今日弓道部行かなくていいの?」
俺がそう尋ねると、柳さんが意外そうに俺を見つめてくる。
「おやっ? 知っててくれたんだ、嬉しいね。高山君って他人に興味ないのかと思ってた」
「そんな事ないよ。ただ、道具持ってるのを見かけたことがあったからね。それで? 今日大丈夫なの?」
「今日は自由参加の日なんだ。へーえ、高山君って他人に無関心な訳じゃないのか……」
「な、何でそう思ったの?」
「え? だって、普段接しない人には等しくさん付けだし、真鍋くんとかのごく一部の男子にしか砕けた口調で喋らないじゃん?」
……そんなに差があっただろうか? あまり自覚がないんだが。
「でも、みんなそんなもんじゃないの? 堀田さんや柳さんだって、俺の事君付けだし。……俺のこの口調は、あまり親しくない人と馴れ馴れしく話すのが苦手だからだけど……」
「そうなんだ。普通の口調でもそんな違和感ないと思うんだけどなー」
「緊張してあんな喋り方出来ません」
「あははっ! 高山君、面白いねぇ」
そう言うと俺の目を真っ直ぐ見つめ、
「じゃ、今は? 緊張してるの?」
「っ!」
その言葉に、俺は大切なことに気づいた。
俺、今女子とふたりきりで帰ってるんだ。
それを意識した瞬間、ボッと顔が熱くなる。
「あははっ! 可愛い反応っ」
するとそこで、柳さんはすぐ側の一軒家に視線を向ける。
「ほい到着。ここが恵の家だよ」
確かに表札には、『堀田』と書かれていた。
「ありがとう、柳さん。助かったよ」
「いーってことよ。面白いこともわかったしね」
そう言うと柳さんは、手を振って去ってゆく。
「変わった人だったな……」
普段の俺なら、間違いなく苦手なタイプの人だろう。でも何故だろうか。嫌な感じは全くしなかったし、ここまでの道のりは普通に会話が出来た。
「少しは女の子耐性がついたのかな」
そんな悲しいことを呟きながら、俺は堀田家のインターホンを押す。
しばらくして、
「はーい?」
明るい女性の声が聞こえてきた。しかし、それは堀田さんのものではない。母親だろうか?
「あ、あの。堀田さんにプリントを持ってきた、高山という者ですが」
インターホン越しの会話などほとんど経験ないので、思わず声が上擦ってしまう。
「あら、あなたが高山くん?」
「え? は、はい」
なんだろう。俺の事知ってるのか?
「ああ、ちょっと待っててくださいね」
そして、家の中からドタドタという足音が聞こえてきて、玄関が開かれる。
出てきたのは、優しい顔つきの40歳ほどの女性だった。
「初めまして。堀田の母です」
そう言って丁寧に頭を下げる堀田さん母。
「あ、こ、これは御丁寧に。高山幸太と言います」
つられて、俺も頭を下げる。
「ささっ、どうぞ上がって」
「え? い、いや、俺はプリントを私に来ただけで……」
「遠慮しなくていいわよぅ」
断る暇もなく、俺の腕を掴んで家に招き入れる。
「熱も下がって暇してるから、話し相手になって上げてくださいな」
「は、はあ……」
別に堀田さんと話せるのは嬉しいのだが、堀田さん母の笑顔がなんか怖い。なんか企んでるのか?
「さ、ここよ。入って入って」
「……は、はい」
困惑しながらもノックしようとした俺を見て、
「そんなの必要ないわ。恵ちゃーん、お客様よー」
躊躇なく部屋の扉を開けた。
「へっ? あ、ちょ、こ、こんにちは堀田さ……」
俺は、そこで言葉を止めてしまった。そこに広がる光景が、全く予想していたものと違ったから。
「へ……た、た、高山君っ!?」
慌てた様子の堀田さんは、黒い丸ぶち眼鏡をかけ、何やらキャラクターがプリントされたシャツを着て、ベッドに腰掛け本を読んでいた。
そしてその本が、一目でライトノベルだと分かった。
「ちょ、ちょ、何で高山君がここにっ!?」
慌てて本を隠すも、服を脱ぐわけには行かないため、両手でなんとかプリントされた部分を隠している。
「え、いや、学校のプリント私に来たら、折角だから入れって……」
「お母さんっ!!!」
涙目で堀田さんが叫ぶが、「ふふふ、ごゆっくり~」と言って堀田さん母はどこかに行ってしまった。
「あ、あ、あわわわわ」
完全に混乱している堀田さんは、今にも倒れそうだ。
「……え、えーっと。か、風邪は大丈夫なの?」
恐る恐る尋ねると、帰ってきたのは懇願だった。
「お願いっ! 学校の皆にはばらさないでええええっ!!」
涙を流して頭を下げる堀田さん。しかし、それも仕方ないのかもしれない。学校一の美少女で文武両道な堀田さんの部屋が、様々なアニメのタペストリーや布団カバーが飾られていて、本棚にはぎっしりとラノベや漫画が詰まっており、その部屋にいるの時の堀田さんがこんな格好をしているものだから。
「ふふっ」
思わずそんな笑みが漏れてしまった。そしてそれを見た堀田さんが不安そうに、
「はっ!? これを弱みに私をめちゃくちゃにするつもりなのね!?」
「違うよっ!?」
発言が完全にいつもの堀田さんじゃなくなってる……。でも、それはそれで面白かった。
一通り笑った俺は、鞄からブックカバーがかかった一冊の本を取り出す。
そして堀田さんに見えるように、ブックカバーを外す。
「……え、えっ!?」
大きく目を見開いて俺の本を凝視する堀田さん。
そう、俺が持っていた本は、先ほど堀田さんが隠した物と同じシリーズだったのだ。
「何、で、高山君がそれを?」
「こういうのが好きってことを学校で隠してるのは、堀田さんだけじゃないってことさ」
そして俺は、満面の笑みで、
「堀田さんも隠れオタクだったんだね」
そう言うと、堀田さんは同じく笑みを浮かべ、
「高山君も、なんだね」
※
「いやー、驚いたなー。まさかあの高山君が、隠れオタクだったなんて」
何度も頷きながら、堀田さんはそう呟く。
「あの高山、って何さ。俺なんだと思われてるの?」
苦笑混じりに俺が返す。ちなみに今の俺は、堀田さんの本棚を凝視していた。うーむ、なんとも俺と趣味が似ている……。
そこでふと俺は、一つ気になったことを尋ねてみる。
「堀田さん、なろうの作品も読む?」
返事は、俺が期待したものだった。
「うん、読むよ。高山君も読むの?」
「うん。ねえ、お気に入りの作品とかって、ある?」
数秒ほど「うーん……」と考えてから、
「『異世界転生した童貞は、魔王が女と知り勇者を目指す』……かな……」
「……堀田さん」
その表情は『やってしまった!』と書いてあるようなものだった。しかしそれも仕方ないだろう。相手にオタク趣味があると知っただけで、堀田さんはまだ俺らの趣味が似てるってことを知らないんだ。そこでこのなかなかインパクトの強いタイトルを選べば、やってしまったと思うだろう。
でも、
「神」
「へえっ!?」
いきなり神呼ばわりされた堀田さんは、思い切り動揺しているが、それを横目に俺はスマホを取り出す。
そしてなろうのページを開き、ユーザページを見せる
「……なになに『投稿作品一覧』……これがどうし……えっ?」
驚くよなぁ。やった、予想通りのリアクションだ。
「『異世界転生した童貞は、魔王が女と知り勇者を目指す』って、これまさか!?」
「そうそう。俺、それの作者なんだ」
「ええええええっ!?」
なんか、嬉しいなぁ。実際に読者に会えたってだけで嬉しいのに、こんなリアクションしてもらって。
「し、知らなかった……。高山君に、こんな才能があったなんて」
「ははは……。と、ところでさ……」
言え! 言うんだ俺! お互いの趣味がわかったところで、俺はまた一歩踏み出すんだ!
「こ、こ、今度、一緒に、本屋行かない……?」
出来たッ!? 女子を誘うっ! 絶対に不可能と思われていたことを、俺は学校一の美少女相手にやって見せたのだ!
……ってか、そんなまじまじと俺の顔を見ないでくれよ。せめてイエスかノーだけでも答えてくれ。
そして、
「…………そうだね。行こっか、本屋」
満面の笑みでそう言われ、危うく心を奪われるところだった。