左手
「お隣さんか!!」
彼の突然の声に驚き、左足を後ろに引いてしまった。
「ごめん。挨拶に行こうとしたんだけれど、留守だったみたいだから」
そう言って、彼は家に帰って行った。私は帰って良いのか、待っていれば良いのかわからずまよっていたが、彼はすぐに出てきた。手には、片手でようやく持てるような大きさの箱をもって出てきた。
「これ、引っ越しの挨拶に!」
彼は、私にその箱を差し出してきた。丁寧に熨斗まで付けてある。ありがとうございますと受け取ろうとしたところで、彼は手を引いた。
「もっていくよ。重いでしょ」
と言った。軽々しく箱を持ち上げる彼を見ていると、箱の重さなんてものはわからなかったけれど、親切に甘えることにした。きっと彼は悪くない人だと感じてしまったから、何を疑うこともないし、玄関までだろうとしか思わなかった。
「ありがとうございます」
と一言だけ言って、家の門を開けた。そして、階段を上がって、うちはある。玄関にしかインターフォンがないので、門がある意味は分からないのだけれど、生まれたときからそうであったので疑問を持つことはなかった。いまさらになって疑問を持ったのである。
「ここに置いておいてもらえれば」
彼にそう言いながら、靴箱の上を指さす。彼は、はいはいと陽気に言って玄関を入って言った。箱を置くと、彼は玄関から見渡すことのできる部屋を見渡すように首を動かした。なにかその動作に厭に感じた。
「お父さんとお母さんはいつも遅いの?」
彼のその声は優しく、私になにか気を使っているようにも感じた。
「今日は、帰っては……」
なぜそんなことを言ってしまったのかわからなかった。初めて会った人なのに、何を正直に答えているのだろうか。彼は、そっかと言って私の頭に左手を置いた。それは何か落ち着きを感じるものであったが、温度を感じることはできなかった。
「蕎麦は好き?」
彼はそういうと、私の腕をつかんで、彼の家へと引っ張っていった。私は、彼に流されるままに連れていかれたというよりは、ついていったのだ。
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