074(R) 潮が引く前から
丸めた毛布を槍に通して坂道を歩いていると、少しずつ笑いが込み上げてくる。
隣で竹篭に入れた荷を背負っているユーリアが不思議そうな表情で俺を見ていた。
「どうなさったのですか?」
「いや、何かおかしくてな。考えてもみろ。俺達はトルガナン国王から男爵を拝命した貴族なんだが、こうやって荷を担いでいる姿を思うとね」
「そうですね」
ユーリア達も一緒になって笑い声を上げ始めた。
さらわれた王女を助けるため唯一コキュートスの宮殿にたどり着いたのだが、あまり出世したとは思えない。
「それでも数年前からすれば、島の人口は3倍以上に膨らんでるんですよ」
[それはそうだが、適正な配分ということも考えなければならない。この島を守るだけなら1個中隊もいれば十分だ。だけど、1個中隊の兵士をだせる人口は2000人近い人口が必要なんだ]
いびつな人口構成はやがて皺寄せが出てくる。
300軒ほどの人家を持つ町なら良いのだが、俺達の村は30軒を超えたぐらいだ。兵士に成れる年頃の連中だけを考えていると、俺達の将来はかなり暗いものになりかねないな。
「産業を常に考えているのは、そういうことですか……。現在は農業、牧畜、塩作り、それにボタンですね。ワインはまだまだ先になりそうです」
「出来れば加工産業が望ましい。農業や牧畜はどうしても面積を必要とするからね」
原材料を購入して、それを加工して売り出す。付加価値を高める産業は色々ありそうだけどあまり想い浮かばないんだよな。
時計回りに森を越えると北の陸地が見えてくる。なるほど、かなりの部隊が集結しているようだ。
「ハリウス、上を頼んだぞ!」
「みっともなければ乱入しますよ!」
ハリウスがそう言って下げている長剣を叩く。
ここは我慢して貰うしかないな。俺とケーニッヒの部隊とオリガンドの部隊で石垣の上の人数は20人を越えている。左右の広場に分かれても十分に戦えるはずだ。
その上、石垣の狭間に陣取るバドス達ドワーフ族も20人近い人数だ。あの機関銃を試せるんじゃないか?
石垣の上に作られた通路の真ん中は丁度門の上になる。すでに跳ね橋を上げてあるから、門は二重の扉になったようなものだ。
大砲を撃つのに不便かな? と思っていたのだが、撃つ時には跳ね橋を下ろすから問題ないとバドスが教えてくれた。
問題は無くとも、面倒には違いない。
ドワーフ族は変なところで凝り性なところがあるから、彼らにとっては大砲を撃つのに面倒と感じることが無いのかもしれないな。
「バドス、やって来たぞ!」
「ゆっくりしておれば良いものを……。まだまだ始まらぬようじゃな。もっとも今日の引潮は昼過ぎじゃ。挨拶ぐらいはやって来るじゃろう」
「そうだな。適当に答えておくよ!」
あまり笑わせるな! と言ってバドスは石壁の中に作った回廊に向かった。
おばさん達が広場の奥に作ったカマドで料理を始めたようだ。昼食用のスープかな?
パイプを咥えていたオリガンドに頼んで自分のパイプにも火を点ける。いつものように左側の広場にあるバリスタに毛布を置いて、槍を手に持った。
まだ潮は引かないようだが、ケーニッヒとオリガンドが並んで対岸を見ている。
その隣に行くと、槍を擁壁に立て掛けて望遠鏡を取り出した。
俺が望遠鏡を持ち出したのを見て、ケーニッヒもバッグから望遠鏡を取り出したから、今まで忘れていたみたいだな。
「なるほど、リオンが作った理由がこれだな」
「ほう、良く見えるな。俺も欲しいところだ」
「また作るよ。人数も増えたからね。だが、最初にやって来たブルゴス兵と違ってかなりやる気だな」
俺の言葉に2人が黙って頷いた。
対岸に見える煙は3筋だ。それもかなり離れた位置で上がっている。こちらをジッと見ている兵士達は昼食抜きということなんだろう。
「戦の前の腹ごしらえと、俺のいたところでは言うんだけどな」
「この世界でも似たようなものだ。奴ら全力で来るぞ。後ろで弓隊辺りが展開してるのかも知れん」
まるで懲罰隊じゃないか!
後ろに下がれば直ぐに、死が待っているとなれば九死に一生を掛けてやって来ることだろう。まして上手く俺達を倒せばそれなりの暮らしが保証されるということなんだろう。
あくまで約束であって、本当のところはどうなるか分からないが、後ろに逃げてハリネズミのように矢が付き立つことを考えれば前に向かってくるのかもしれないな。
「良いか、手心を加えようなんて考えるんじゃないぞ! 家族の為に死にもの狂いでやって来る。軍隊よりも士気は高い。技能で劣っても、士気がそれを補うんだからな」
オブリガントの大声が北の玄関にこだまする。
「「オオォ!」」
玄関の中や外から仲間の声が帰って来た。
相手が相手なら俺達も死にもの狂いだ。ここを抜かれたら、島の住民の虐殺が始まってもおかしくない。
仲間に迎え入れた以上、その生活を守ることが俺達の仕事のはずだ。
・
・
・
「道が見えて来たぞ!」
門の内側に作った広場でお茶を飲んでいた俺達に、石垣の通路の擁壁から身を乗り出すようにしてオブリがンドの仲間が大声で知らせてくれた。
「いよいよだな。バドス、砲弾を惜しむことはするなよ」
「ふっ、だいじょうぶじゃ。7割ほどが新型の長銃になっておる。リオン達もぬかるなよ!」
軽口を叩きあって、持ち場に戻る。
槍を持って陸地を眺めると、すでに進撃を開始したのか!
イカダの数は6個も見える。イカダの上で櫂を使っているが、道を進む連中もロープを引いているようだ。
門を壊すための太い柱も、何本か見える。先頭集団は盾をもっているな。木製ではなく、金属製のようだ。
「ほう、かなり準備はしたと見える」
「イカダが面倒だな。前の時も足場に利用していたぞ」
「これをやるよ。火を点けて5つ数えたらドカン! だからな」
オブリガンドとケーニッヒに手榴弾を2個ずつ分けてあげた。前回も役に立ったから、今回も意外と使う場面があるんじゃないか? もっと作っとくべきだったかな。
敵軍が道の中ほどまでやってきたが、道はまだ海の中だ。膝付近まで海水に入れながらこちらにやって来る。
冬に近づいているから海水はかなりの冷たさだろう。だが、一人として列を乱す者はいないようだ。
「覚悟をしてるようだ。手強いぞ」
「ならば、早めに楽にしてやらねばなるまい」
自らを死兵と知って向かってくる連中程怖い相手はいない。
前回の連中もそうだったが、あれはマルデウスに助けられたようなものだ。今回はそうもいくまい。
しかも、道が現れていないから、ロケットやバリスタの威力が軽減してしまう。初戦は銃でやり合うしかないようだな。
長銃の射程に入ったところで、バドス達が銃撃を始める。
1射ごとに前列の兵が倒れていくが、直ぐに後続の兵士がその空きを埋める。
「矢が来るぞ!」
銃撃の音に負けないような大声が上がる。俺達は木製の盾を擁壁に置いただけの簡単な屋根の下に素早く身を寄せた。
扉を叩くような音を立てて矢が盾に突き刺さる。
火矢が混じっているようだが、木製の盾にはたっぷりと水を掛けてあるから、早々燃え上がることも無いだろう。
下の広場にもかなり矢が降り注いでいるようだが、悲鳴が聞こえないところを見ると、上手く避難したみたいだ。
直ぐに矢の雨が止む。次は……、直ぐ近くで蛮声が上がる。やって来たか!
手槍を鷲掴みにして盾から飛び出した。振り返って擁壁を見ると、10個以上のハシゴが擁壁に立て掛けられている。
「これは骨だぞ! リオン死ぬんじゃないぞ」
「この砦があれば十分凌げる!」
一旦、左右の広場近くまで下がって槍衾を作る。
たちまち、擁壁から身を乗り出した敵兵が長剣を振るって俺達に迫って来るが、銃撃を受けて次々と倒れていく。
後ろに下がって、松明で火を点けた手榴弾を石垣の向こうに投げると、大音響を上げてハシゴが2つほど倒れて行った。
接近戦は、銃よりも手榴弾の方が使えそうだな。
ケーニッヒも俺に倣って手榴弾を投げたようだ。ハシゴが減った分石垣に上がって来る敵兵が減ったようにも思える。残りは1個だから使い所が難しいな。
今の状態なら、槍と銃撃でどうにかできる。
突然後方から鋭い弦の音がした。
遠くから炸裂音がしたからハリウス達がバリスタを使ったのかもしれない。
それに続いて砲撃の音がした。
いよいよ海の道が姿を現したようだ。
乾いた銃撃音が連続するのは、あの機関銃ということだろう。
少しは役に立っているのだろうか? 擁壁に近づけないから全体の状況が見えないんだよな。
「イカダが4つ新たに近付いとるぞ!」
バドスの野太い大声は、乱戦の中でも良く聞こえる。
「リオン、交代だ。後ろで銃撃を頼んだぞ!」
長剣を構えたケーニッヒが俺の前に出ると、近付いた敵兵を両断する。
「了解だ!」
数歩下がったところで、石垣に背を向きバリスタに目をやると、農民兵達がバリスタの弦を数人がかりで引いていた。
トマスが半数をこちらに回してくれたんだろう。
「次のボルトを放ったら、クロスボウで援護してくれ。敵兵の数が多すぎる!」
「了解です。6人が救援に来ました。たっぷりとボルトを持ってきましたから任せてください」
まだ若い農夫だが、普段から鍬を振るうだけあって腕力は俺より上なんじゃないか?
彼らのクロスボウは50m程の射程を持っているからな。バリスタから石垣までは30mにも満たない。彼らなら狙いを外すことはないだろう。




