061(R) トルガナン王都の噂
嬉しいことに、ブドウがようやく収穫できるらしい。
知らせを受けてバドスが直ぐに出掛けて行ったが、少し経ってからがっかりした表情で帰って来た。
「確かに実るじゃろうが、まだ数が足りんのう」
ベンチに座ったバドスは、ユーリアの差し出したワインを嬉しそうに受け取って小さな声で呟いてる。
「まだ、花も咲いてないんでしょう? 実ったなら、次に繋がるでしょうに。でも、最初は一生懸命世話してくれた子供達に分けてあげるべきでは?」
「俺もユーリアに賛成する。先ずは実ったことを祝うべきだな。数年はワインを買い入れることになるだろう。それは仕方あるまい」
一面にブドウが実るのはまだまだ先のようだ。
それでも、実までになったんだからな。確実にワインは近付いてるんじゃないか。
「ところで、浜の砦は?」
「ロディ達に手伝って貰っておるし、農民達も日当目当てに働いておるからな。来春までには完成できるじゃろう。強いて課題を上げるなら、大きな石が足りんぞ」
浜の砦の石材は船着き場を整備した時の廃材だからな。東西の岬が岩場であることを利用したのだが、切り崩しが足りないんだろうか?
人力で崩すのはドワーフと言えどもかなり困難ということになるんだろう。洞窟は掘り易いと言っていたから、岩盤の質が違うのかもしれない。かといって陸地から運ぶには距離があり過ぎるのも問題だ。
となると……。
「ロディ達に船で運ばせることになるんだろうな。これから夏だから海中の石も動かせるだろう。ところで小石はあるのか?」
「小石ならたっぷりと岩場にあるわい。だが、あれを使うわけにはいかんぞ」
小石と砂はたっぷりある。ボタン作りで穴の開いた貝殻の始末に困っている話をしていたな。後必要なのは……、粘土ということになるんだが、ロディ達に聞けば知ってるかもしれないな。陸地で狩をしていたはずだ。
「火薬作りが一段落したから、石を作ってみるか。少し面倒なんだけどな」
「石運びをせんで良ければ誰もが賛成するわい。何が必要なんじゃ?」
セメントは石灰と粘土を焼いたものだと聞いたことがある。貝殻は海水中のカルシウムから作られているから、貝殻を焼いて細かく砕いた粘土と混ぜれば出来るんじゃないかな? それを小石や砂と混ぜて型枠に入れれば、ひょっとしてということになるかもしれない。
「それで固まるんか? まあ、やってはみるが、リオンの知識は偏っておるからのう」
「だからひょっとしてと言ってるだろう? 上手く行かなければ、石の接着に使った例の接着剤を使う手もありそうだ」
「フム……。砂は無理じゃが、小石は可能じゃろう。数タルを商人に頼んでおくか」
そんなことで俺達の島の夏が訪れた。
子供達は浜で遊び、大人達は塩炊きや砦作りに精を出す。俺もロケットに火薬を詰めるのはこの時期になる。冬は静電気が怖くてとても仕事にならないからね。
真っ黒な手をして広間に入ってくると、ユーリアが魔法で汚れを消し去ってくれる。島で暮らす女性の全てにユーリアはこの魔法を教えているようだ。
風呂が無いから体の汚れを取る唯一の方法だし、食器洗いや野菜の汚れも取れると農家のおばさん達には好評らしい。
夏が終わると、畑は黄色く麦が色づいてきた。
浜の砦は土台が石組だけど、門やその上に作った櫓はコンクリートモドキで作られている。本来なら鉄筋を入れて強度を上げなければならないんだが、コンクリートブロックをアーチ状に組み上げて上部構造体の重量を分散してある。ローマは1日で作れなかったのが良くわかる。
ドワーフ好みの彫刻が施されたから、遠目に見れば立派に見える。
「まあ、こんなもんじゃろうな。櫓は段々畑の高さに合わせてあるから、出入りも楽じゃろう。門を上げてしまえばロディ達とトマスの仲間で十分に阻止出来そうじゃ」
「大砲は、あの狭間か……」
「小型が2門。大型の長銃は移動して使えば良かろう。門に大砲は置けぬから、これを使えばいい」
バドスが取り出したのは、銃身を8本を並べた物だ。確か初期の機関銃にこんなイラストがあったな。考えることは同じということになるんだろう。
「一度に8発を撃てる。ワシ等の撃つ長銃よりも銃身が短いが、中に詰める弾丸はミーシャ達が使う弾丸3発じゃ」
「実質は24発を撃てるってことか? 面白そうな仕掛けだな。北の玄関にも欲しいところだ」
「石垣の上の広場で良かろう。2つ備えるつもりじゃが、次を撃つには面倒じゃぞ」
要は使いどころだ。先の戦でも石垣の上では白兵戦を演じている。その時に使えば少しは間を持たせることができるだろう。
戦闘が長期に渡る場合は、ほんのちょっとした時間も勝負を左右することがあるからな。これはそれなりに使えるということになる。
待てよ……。
「この仕掛けだが、こんな形にすれば3回連射できるぞ」
「3つの仕掛けを円筒に取りつけるのか? なるほど、銃身が多くはなるが、3回使えるとなればおもしろいところじゃ。任せとけ。鉄はたっぷりとあるからな」
簡易版だが機関銃が3丁になりそうだ。マルデウスの軍は大軍だろうから、準備するに越したことはないだろう。
となると、カートリッジ作りにも励まないといけないだろうな。俺一人で作るから1日の生産量は30個程度だ。戦闘員が50人以上に増えているから、常に15個以上常備させたいところだ。その上に予備のカートリッジも必要になるし、大砲用に火薬を詰めた袋も用意することになる。
取入れが済んでも、塩炊きは継続しているようだ。農家の現金収入だからトマス達もがんばっているんだろう。
そんな塩を引き取りに商人達がやって来る。今年は住人が増えたことから荷馬車1台分の穀物を買い込むことになったようだ。
「石炭に穀物と鉄。それに硫黄と硝石を運んできました。硝石の質はそれなりですが量を多くとのことでしたね」
「開墾は進んだけど、農家も少し増えたからね。昨年は自給できたが今年は少し足りないみたいだ」
そんな話を商人とするのも、商人達からマルデウスが俺達の状況を知ると思っているからだ。
再び穀物を買い込んだ時にどんな反応を示すだろうか?
俺達の畑作が上手く行っていないと思うか、それとも島の人口が増えたと思うか……。
互いの状況を思いめぐらせるのも静かな戦いと言えるんだろうな。
「前に王都に変わったことがあれば教えてほしいと言われましたね。不思議な話を王都近くの町で聞きましたよ。王都の方角から空にいくつもの真直ぐな雲が上がったそうです。その後には、晴天で雷が鳴り響いたとか」
マルデウスも火薬の実験をしているということなんだろうな。
空に真直ぐ上がる雲はロケット弾だろうし、雷のような音は大砲ということなんだろう。
「それに似たような話はそれだけか? 小さな音がたくさん聞こえるような話は聞かなかったかな?」
「それだけです。マルデウス陛下は知恵者との噂ですから、たぶん新たな兵器ではないかと噂が広がっているようですよ」
大砲を小型化すれば銃になると思ったが……。待てよ。マルデウスは火薬を知ってはいるがその製法までは知らないはずだ。となれば、初期の火薬を扱う職人を何処からか探したということも考えられる。
初期の火薬で銃を作るのは無理なんだろうか? 初期の火薬は狼煙用のロケットで使われたような話を聞いたことがある。
爆発力よりも燃焼ガスの噴射力を重点にした火薬ということも考えられる。俺の作ったロケットも硝石の配分を変えればそんな火薬になるんだろうか?
少し実験してみる価値がありそうな気がするな。
・
・
・
「何だと! マルデウスがロケットと大砲を作ったということか?」
「商人の話を聞く限り、間違いなさそうだ。だが、威力はこっちのが上だとは思っている。しかし、数が問題になるだろうな」
俺の言葉を聞いて皆が少し落ち着いて気がする。さっきまでは大騒ぎだったからね。
「それに、俺達の島の地理的条件も考えてみてくれ。陸地から攻めるには海の道だけだし、海側の攻め手は南に開いた湾だけだ」
「その両者に砦を築いたということだな。だが、大砲でなら訳なく砦を破壊できるんじゃないか?」
「そうだ。破壊できる。……良く聞いてくれよ。たぶん俺達の大砲が相手の大砲よりも飛距離があるはずだ。だが、相手は数でそれを補うことができる。湾内に攻め入る船も数十になるんじゃないかと考える次第だ」
武器が劣勢なら数で補う。それぐらいは直ぐに考え付くだろう。それに対抗するには俺達の武器の数を増やすことで対抗できるだろう。
「要するに、小さな大砲を作るということじゃな? 問題は運ぶのが面倒な事じゃが……」
「浜に3門、玄関に2門で十分だろう。やって来るのは1度だけだろうから、小型のロケットを用意する。上陸手まで水平発射を行えばかなりの被害を出せるはずだ」
飛距離は500m程度で十分だ。その分数を用意すればいい。湾の東西から十字砲火を浴びせれるのも、あらかじめ用意したロケット弾を発射するだけなら人数はあまり必要じゃないからね。
湾の東西のロケット発射地点の整備、発射台の製作と、浜に面した新たな射点の整備、皆で手分けしてやらねばならないな。
それでも島の住人は少しずつ増えている。
嵐の規模が分かれば嵐に備えることもできるだろう。




