053(R) 石炭が届いた
今年の収穫はかなりの物だった。
どうにか、穀物は自給できるまでになったことを先ずは皆で喜ぶことになった。
村の広場で、簡単な収穫祭を催したができれば恒例行事にしたいところだ。ハリウス達が陸地の林でし止めたイノシシを焚き火で炙って、ワインの樽から好きなだけ酒を飲む。子供達やご婦人方はジュースになるのは仕方がないけどね。
「どうにか、自活できるまでになりましたな。塩の生産で足りない分の食料は買うことができます。子供達に腹一杯の食事を出せるのですから、この島に移り住んでよかったと皆が喜んでおります」
「塩田が4つにもなったからな。問題は焚き木だ。なるべく島の森は使わずに陸地から運んでくれよ」
「それも、海の道が整備されましたから荷馬車で運べます。ロディ殿達が運んでくれる焚き木が多いものですから、焚き木小屋をさらに1つ作ったほどです」
喜色を浮かべたトマスに頷いておく。
確かに焚き木の量はかなりの物になっている。数台の荷馬車を使って運ぶ焚き木は俺達の館と塩炊き用に10束ずつ下ろされ、残りは村人に分配されているようだ。
広場に歩く道すがら、農家の軒下に焚き木が高く積まれているのを見ている。
いつ、この領地が封鎖されるか分からない以上、運べるものは運んでおくに越したことはない。
夜が更けたところで、俺達は広場を後にして館に戻る。
館の広間に昔の連中が集まって改めてワインを飲むことになった。この島に来てもうすぐ4回目の冬がやって来る。
「リオンに付いてこの島に来た当時とは雲泥の差があるのう。来年の収穫は行商人に穀物を売ることになるじゃろう」
「現金収入の1つが何とか軌道に乗りましたが、もう1つはまだまだ時間が掛かりそうですね」
ハリウスの言葉に頷く外にないな。確かにブドウ畑はまだ実が着かない。すでに300本近くの苗が植えられている。来年には少しは取れると思ってるんだけどね。
「何しろ酒じゃからのう。ワシも楽しみでしょうがない」
バドスが豪快に笑っている。釣られて男達が笑うのを、困ったものだという感じでユーリア達が見ている。
「オリックやロディ達が陸地の偵察を兼ねて焚き木を集めているのだが、この頃あの猟師達の姿が見えないそうだ」
「王国の密偵達だろう? 見えないのは良いことじゃないのか」
ケーニッヒが確認するように俺を見る。
確かにおかしな話だな……。行商人達の荷車まで確認するような連中が姿を見せないとはね。
「そういえば、町に長屋がたくさん作られてたわ。宿があるのに変な話だと思ったんだけど……」
「村の方にも変化があったんじゃないか?」
「荷車の注文が増えて雑貨屋が喜んでたわ」
そういうことか……。
東の王国に動きがあるということだな。様子を探るために俺達を見張っていた連中が東に動いたということになるんだろう。
そろそろやって来る行商人が、その辺りの情報を教えてくれるに違いない。俺も陸地に行った方が良いだろうな。
「たぶんだけど、東の王国に動きがあるということに違いない。村は戦になれば直ぐに町へと逃げられるようにしているんだろう。かなり早い段階でマルデウスは情報を掴んだようだな。となれば、俺達をどうするかということにもなりそうだ」
「要衝であることは確かだ。行商人からの情報だけでの俺達の状況を掴むことはできる。この島に1個大隊を駐屯させることができれば、どちらがどちらに進軍するにしても役立つことは間違いない」
ケーニッヒが確認するように呟いた。
「やって来るぞ! 準備はできておるのか?」
「バドスのおかげで新たな長銃もできたからな。船でやって来ても何とかなりそうだ。だが、その前にやることが1つあるんだ」
ロディに西の村の村長に手紙を託す。
この地で東を睨むと約束しているからね。どんな状態でも、約束は約束だ。
「まだ見てはいないのだが?」
「状況証拠で十分さ。マルデウスだってすでに知っているはずだ。だけど、俺達がここにいることを忘れては困るからね」
騎馬隊を作ったということは側面攻撃を考えているのだろう。この世界の軍隊は歩兵中心だから正面同士で睨み合ったら戦闘が膠着状態になることはすぐに分かる。そんな状態になった時に横を攻撃すれば容易に敵を翻弄できるだろう。
狙いとしては不味くない考えだ。となれば……。
俺達の島を目前にした時に背後を襲うことなど容易なものと言えるだろう。
東の王国の狙いは俺達の島だ。
俺達の戦力がまだ整わない内に大規模な戦に巻き込まれたくはないからね。
「まったく……。リオンぐらいだぞ。敵を敵にぶつけることを考える奴は」
「とはいえ、マルデウスが動かなければ俺達が相手にすることになる。だいぶカートリッジや大砲の装薬も作ってはあるけどね」
冬が終われば早めに火薬にしておかねばなるまい。その前に、先ずは硝石の純度を高めるか……。
晩秋にやって来た行商人達はいつもの倍の荷物を運んできた。言わずとも、俺達の危機を知っているようだな。
「だいぶ、荷が多い気がするが?」
「例の石を手に入れました。荷馬車1台で銀貨5枚でどうでしょうか?」
思いがけない話に思わず目が丸くなる。牛が引く荷馬車の積載量は300㎏程度だろう。それが5台分とはかなりありがたい話だ。気前よく25枚の銀貨を積んで、その上に5枚の銀貨を上乗せする。
「運べるだけ運んでくれ。ところで、東の王国は?」
「ありがとうございます。その石は北東の部族が知っていました。塩で交易が可能ですからこれからも御引き渡し出来そうですが、問題はリオン様が言った通りで東の王国がかなりの部隊を国境近くに集結中です。この後はしばらく私共も陸地からではやって来られますまい。春先に船ということでどうでしょうか?」
やはり陸送は無理だと商人達も考えているようだ。
それでも、船で運んでくれるなら俺達にとってはありがたい。
「船便なら、5割増しでも構わん。ただし、竿の先に赤と白の布を巻いて、10Cb(3m)ほど伸ばしてくれ。それが味方の印だ」
俺の言葉に頷いてくれたから、敵船と間違えて攻撃することは避けられそうだ。
「塩の値段を2割ほど引き下げて販売していますから、人気は高いです。いくら作っても販売できますから、来年もよろしくお願いいたします」
「ああ、伝えておくよ。それと、気を付けて帰ってくれ。お前達が戦に巻き込まれると俺達が困ってしまう」
俺との商談を終えると、ユーリア達と商談を進めている商人達の方に男が歩いて行った。
もう少し、皆の様子を見ていよう。焚き火でパイプに火を点けているとケーニッヒが焚き火越しに俺の前に座った。
「オリック達が王国軍を見て引き返してきた。少し遠くまで狩りに行っていたらしいが、林での焚き木取りは控えた方が良さそうだ」
「斥候がかなり潜むだろうな。ハリウスに伝えてくれよ。塩炊きをしなければいつも通りに冬を越せるはずだ」
上手い具合に、石炭が運ばれた。バドス達がどんな反応を見せるかが楽しみだ。
商談が終わって行商人達が去っていく。
農機具や塩を荷馬車に積んで北に向かって進んでいく行商人達は、次はどこに向かうんだろうな。
バドス達の作った農機具はかなり人気があるらしい。
攻めて来た兵士達の武器やヨロイを潰したものだから、元々の材質が良かったということなんだろうな。
「島の暮らしの問題はただ一つ、海の道ができる時間だな。だいぶ引いては来たが、渡るにはもうしばらく時間が掛かりそうだ」
「そのおかげで守られてると思えば文句も出ないだろうさ。一応、見張りは出してるんだろう?」
「ハリウスのやることに抜かりはない。ロディ達が出ているはずだ。杭と溝が有効とは言ってもなあ……」
前回の戦で陸地に作った倉庫を燃やされてしまったから、今では簡単なテントを行商人達が来た時に張るぐらいなものだ。
確かに頼りないことは間違いないが、攻めにくいことも確かなんだぞ。
もっとも、そんなことになる前に逃げることが重要だから、船を2艘岸に繋いである。夏ならば泳いでということも考えられるけど、冬の海は泳げたものではない。
焚き火に集まった連中の愚痴を聞きながら時間を潰すのもたまにはいいだろう。胸にため込むよりもマシには違いない。
皆の不満はやはり人口が少ないことにあるようだ。確かに女性の数も少ないから嫁を貰うのも大変だろう。口減らしを考えている貧村から招くことも考えなければならないかもしれないな。これはユーリア達に任せておこう。
「道が開いたぞ!」
大声が海辺から聞こえて来た。どれ、俺達も島に帰るとするか。
館に戻ると、麻袋を開いて石炭を桶に取り出して焚き火の中に放り込んだ。果たしてちゃんと使える物なんだろうか? 色は確かに石炭なんだが……。
「何を始めたんじゃ? 石を焚き火に入れるなぞ、他の者が見れば気でも触れたかと思われるのが落ちじゃ」
「まあ、見ててくれ。これが燃える石と言われる石炭なんだ。ちゃんと火が点くかどうか確認してるところさ。火が点くようなら、バドス、炉の温度をさらに上げられるぞ!」
俺の言葉に、目を丸くして焚き火の中を覗いている。
あまり驚いていないということは、バドスは石炭を知っているのだろうか?
「ドワーフ族の言い伝えにも燃える石はあるのだが、どんなものかは分からんかった。これがそうだとすれば、鉄の錬成をさらに進められるのじゃが……」
「俺としては炭の消費が減ることが大事だ。北東の部族の縄張りで手に入るらしい。塩と交換ということで容易に手に入るとのことだった」
「ならば、塩田を広げねばなるまい。確かに燃えておる。炎の色は青じゃからかなりの温度に違いない」
使えるということだな。バドスに荷車5台分を手に入れたことを話すともろ手を挙げて喜んでいる。
直ぐに広間を飛び出していったから仲間と洞窟に運び込むんだろうな。




