046(M) 土産用の宝剣
将軍の副官達が定期的に王都に集まり東への侵攻計画を立てることになった。
いよいよ俺の覇道が具体化することになる。
もっとも、後世の歴史家が俺をどう評価するか迷うかもしれない。領土拡大策は覇王の性格を帯びているが、絶対防衛圏内の平穏にも勤めるつもりだ。
外からは恐れられ国内からは尊敬される国王が理想ではある。
歴史上、中々いなかったんじゃないかな? 伝説ではそんな国王も何人かいるんだが、果たして実際はどうだったか、まるで記録が残っていないのをみると怪しい限りではある。
「将軍達は喜んでいるが、実際にはどうなんだ?」
「記録を調べてみたが、魔族相手の戦は何度もあったが、王国間の戦は100年ほど起こっていない。ある意味、隣国が攻めて来るとはどの王国も思っていないんじゃないか?」
副官の報告を聞いたのだろう。ジャミルが俺に問うてきた。
東西の王国との戦の経緯をクリスティが調べていたのだが、思いがけない結果が出てきた。そうなると西の王国との戦が何時あったのか余計に気になるところだ。出てきた記録が130年ほど前だというから、今ではどうでもいいことに違いない。
早めに友好条約を締結して、商人達の行き来を奨励した方が王国の発展に寄与できるだろう。
「そうなると、完全に奇襲を掛けられそうにも思えるんだが……」
「次の戦を考えればなるべく戦力を削ぎたくない。王都を奇襲してブルゴス王朝を打倒するとなると三分の一の兵士を失いかねない」
同一兵種なら数の差が戦を左右する。だが奇襲となった場合では、王都の門を固く閉ざして俺達を迎撃するのは確実だ。この場合は王都の内部の兵士の3倍以上の数が必要だろう。
それに運良く王都を手中に収めても、後方から残存兵力が俺達に牙を向くはずだ。
「なるべく王都から離れた土地で相手の戦力を奪いたい。敵の戦力はおよそ5個大隊。3個大隊を倒したら王侯貴族は王都を逃げ出すんじゃないかな?」
「救援に2個大隊では足りぬということか?」
ジャミルの言葉に大きく頷いた。
5個大隊程の大軍に2個大隊で挑むのは愚の骨頂だ。2個中隊も失わずに全滅させることができるだろう。
王都を遠巻きに囲んで兵糧攻めにすれば、半年は持たないんじゃないか? 最後に打って出るとしても体力の損耗が激しくては犬死するだけだ。
ある程度軍を指揮できるものが王都に残っているなら、再起を図って王都を離れるだろう。
もっとも、逃げる場所があればの話だが……。
「基本はリオンの島と同じで良い。俺達との戦力差を作ったところで王都の三分の一を囲んで王都への荷を制限すれば直ぐに逃げ出すさ」
ジャミルが感心した表情で俺を見ているけど、問題はリオン達だ。
何としても船が欲しい。島の封鎖には船が不可欠だ。島への道を遮断しても船による荷役の道を持っていたならまったく役には立たないだろう。
待てよ……。西のオランブル王国には港があったはず。海軍を小さいながらも持っているんじゃないか?
「リオン達の攻略の為にも、王女の輿入れは何としても成功させたいな」
「まだ何かあるのか?」
「あぁ、リオン達を完全孤立化させる良い方法を思いついた。だが、これは俺達の東侵の前に極秘で勧めなければなるまい……」
オランブル王国の船を使ってリオン達の島を遮断し、あわよくば南から上陸させることをジャミルに話す。
お化けでも見るような表情で俺を見ているが、それぐらいでなければあの島を攻略できないだろう。
それに、これにも落とし穴がある。もし、リオンが俺の考える戦力よりも多ければ、上陸前に壊滅しかねない話ではあるのだ。
「これにも、はみ出し者達の部隊が使える。なるべく王都の牢は無人にしておけよ」
「潰しても構わない部隊ですか……」
被害担当と言ってほしいな。上手く行けば褒美をやることもやぶさかではない。失敗する可能性が少し高いだけだ。
王宮御用達の工房に長剣を1つ作って貰い、宝石で柄を飾り立てる。
宝物庫の財宝はこんな時に使うものだろう。武器としてもそれなりに使えそうだが、これを持って戦はしたくないな。
宝石目当てに、傭兵どもが集まってきそうな気もする。
届けられた長剣を執務室で眺めていた時に、ジャミルが入って来た。俺の持つ長剣をおもしろそうに眺めたところで、軽く俺に頭を下げて暖炉の火でパイプに火を点ける。
吸わない奴だと思っていたが、たしなむということはするんだろう。あまり吸い続けると、長期戦がきつくなるぞ。
「今度はそれを下げるのですか?」
「いや、こんなものを下げて戦には行きたくないな。だいぶ春らしくなってきた。マデリーの方もそろそろ準備が整ってるんじゃないか? これは、土産だよ。いらないのかもしれないが、これで俺達が婚約、それに続く婚姻に関心があると思わせられれば上出来だ」
返礼としても良いだろう。向こうだって手ぶらでは来ないだろう。
互いにそれなりの品を交換することに意義がある。
「少し値段が釣り合わない気もしますが、向こうも悪い気はしないでしょうね。上手く行けば良いのですが……」
「面食いなら問題ないだろう。ところで、このまま向こうに輿入れするような場合は、侍女を何人か連れて行くことになるんだろうか?」
俺の問いに答えてくれたのは、執務室に現れたクリスティだった。
やはり数人は随行することになるらしい。初老のご婦人が付き添って、向こうの侍女と10年ほど一緒に身の回りの世話をするとのことだ。
「多くは嫁ぎ先の王国に骨を埋めることになるわ。独身の高齢者となると王宮の侍女の中では限られているから、すでに内諾を取っているわよ」
「クリスティの配下も入ってるんだろう? まったく抜かりが無いな」
高齢者を選ぶのは、王宮内で反意を計画しても実行に難があるとのことらしい。いったい何時の時代の話なんだかわからないな。
だが、それをあえて考えるのもおもしろそうだ。
「それなりの風貌だけど、【メルト】が使えるわよ。親戚とは疎遠だし、老後を考えると王国の為になるならと協力を約束してくれたわ」
「だが、命は無いぞ!」
最後に自分の身を犠牲にして【メルト】を放つのだろうか? 自己犠牲を伴った魔法の効果は通常の2倍以上だと聞いたことがある。
断末魔の魔導士が放つ【メルト】は、コキュートス前の戦場で遠くに見たことがあったな。確かに大きな火炎弾が炸裂していた。
「でも、長くは待てないわよ。輿入れして5年後が目安じゃないかしら?」
「その間に、東を制圧すればいい。ジャミル、副官達の集まりに東侵後の戦の備えについても検討させてくれ。
東に1年、1年の間を置いて今度は西に向かう。だが、絶対に次の戦の方角を教えないでくれよ。できれば、さらに東を目指すように誘導してくれ」
「了解だ。となると、さらにその後も続くということになるな?」
「東と西の軍隊をそのまま使えるんだから、さらに領土を増やさねば損をするぞ。現在の王国を3倍にして、周辺に将軍達の領地を与えるつもりだ。1個大隊が周辺にいれば他国もおいそれとは攻め込めない」
辺境伯のような感じになるんだろうな。ある程度の自治を認めて経営は全て任せればいい。王国の防壁として機能して貰おう。
長剣を夕食時にカリネラム達に披露する。
出来栄えに目を瞠っていたが、オランブル王国の王子への贈り物だと伝えたら、先の御妃様は俺を褒めてくれた。
「良い兄上を持ったことを喜びなさいな。たぶん王子達も何らかの贈り物を持参するでしょうけど、返礼には十分な品です」
「ヨロイか長剣かで悩みましたが、ヨロイは次の機会にいたします。王宮御用達の工房がこれほどの細工の腕を持っておるとは私も驚いた次第です」
「なるべく早くに越したことはありませんが……。上手く行くでしょうか?」
「こればっかりは私も想像できませんが、上手く行かなければオランブル王国の王子の審美眼が疑われることでしょう」
ある意味、見合いのようなものだ。互いが気に入らねば破談になってしまうが、一つの出会いを互いが演出したことで平和条約と通商条約を取り交わせえば十分じゃないかな。
それから半月も経った頃、西の国境線近くに駐屯している将軍から書状が届いた。
書状には、王子と王女が出会う日時と場所が掛かれている。20日後ということだから十分に間に合うだろう。
早速、マデリーを呼んで実行を伝えることにした。
「準備は全て出来ています。軽騎兵の1個小隊が同行し、その後ろにジャミルが竜騎兵2個中隊で控えますし、西の大隊も私達が見える位置まで移動することになっています」
「準備が全て出来ていることを確認して場所に向かってくれ。王女達と侍女は馬車を使うだろうが、マデリー王女と一緒にいてくれ」
直ぐに頷いたところをみると、最初からマデリーは王女と共に行動することにしていたようだ。
1個小隊の騎兵が警護する3台の馬車ということになるらしい。
贈り物の長剣は絹の布に包んである。それを棚から下ろしてマデリーに預ける。
恭しく俺に頭を下げて部屋を出て行ったけど、さてどうなる事やら……。
のんびり待てば良いのだろうが、残った仲間はクリスティだけになるな。
色々と書庫や商人達の噂を調査しているらしいが、中間報告をしてもらおうか? 案外おもしろそうな噂を聞くことが出来るかもしれない。




