041(R) 島に雑貨屋を作るには
200杯分の桶で運んだ海水から取れた塩の量は、およそ10kg以上だった。
1Br(2kg)をきちんと天秤で計って布袋に入れる。一掴み程余分に入れたから、計量的には問題ないだろう。いわゆるオマケというやつだ。
秋が深まるまでに、5回ほど塩炊きをして23袋程の分量を作りおえた。
「商人との事前調整で10Brで銀貨2枚になる。都合4枚になりそうだな」
「我等の貴重な現金収入になります。確かに焚き木の量が問題ですが、これは冬の間に陸地から運んでも良いでしょう」
トマスの表情は明るいものだった。まだまだ自給できない農業だが、それを穴埋めできる産業の見通しが立ったことを喜んでいるんだろう。
俺としては、もっと多くの塩ができるかと思っていたんだけどね。今度の冬には塩田をもう1つ作っても良さそうだ。
それに、潮汲みを楽にするために塩田近くまで潮の用水路を作るのも良いだろう。
まだまだ資金は豊富だからな。作るんだったら今の内になる。バドス達に頼めば立派なものが作れるかもしれないな。
「塩がもっと濃くなれば、それだけ塩炊きが楽になるのですが……」
「そうだな。だが、限界はあるんだ。実験をしてみるよ」
これ以上溶けない飽和濃度があるはずだ。それを見極めるのも必要だろう。塩分濃度計も、もう少し使いやすいものが欲しいところでもある。
その夜の集会でも塩作りが話題に上がる。
商人達から品物を購入するだけでなく、売ることができることを皆が喜んでくれた。
「ならば、この冬にもう1つを作れば良いじゃろう。それで倍の塩が取れる」
「もっと、海水の濃度を上げることは私が実験してみるわ。ベルティ、手伝ってくれる?」
俺の説明を聞いてバドスとミレニアがそれぞれ役割を分担してくれた。ハリウスはオリック達と陸の林から焚き木を運んでくれるそうだ。
「南に船を運んだから、魚も獲れる。羊やヤギも順調に増えているが、まだ毛糸で編んだ製品を売れるまでにはなっていないな。農家の連中に年間で銀貨5枚以上の稼ぎを与えたいものだ」
「そうなると、この島に必要になる物があるわよ」
「あぁ、店が欲しいな」
島の住民の必要な品々をベルティ達が聞きいれて、商人達から買い込むシステムは、雑貨屋に近いものがあるのだが、第三者から見れば累積赤字の雑貨屋に外ならない。
住民が自給自足出来かねる状況だから仕方がないことではあるのだが、銀貨数十枚がその赤字補填に使われているとミレニアが教えてくれた。
「自分の稼いだお金で、家族に必要な品々を買えるということですな」
「理想だが、もう少し先になるだろうな。先ずは自給自足が出来なければ論外だ」
トマスが遠くを見る目で呟いたところを、やんわりと釘を刺しておく。
とはいっても、それを早める方法はいくらでもありそうだ。俺達で島の住民に仕事を発注すれば良い。
インフラ整備の仕事には事欠かない状況だからね。すでに数本の金塊は手放してしまったけど、それで得た金貨の残りは未だに300枚以上残っているそうだ。
町まで行かないと、金貨で買い物ができないところが問題なんだよな。
「だが、リオンの事だ。来年には作ろうと考えてるんじゃないか?」
「俺達の所にやって来る行商人に頼んでみるつもりだ。そろそろ嫁を貰う歳だろうし、この島に自宅を設けても良いんじゃないかと思ってな」
向こうの都合もあるだろう。王国軍が攻めてくるような場所に自宅を作るのは、平和主義者の多い商人達にとって問題外である可能性が高いことも確かだ。
数人が一緒に動いているから、一人ぐらいは俺の話に乗ってくれるとありがたいんだけどね。
「王都の納税が終われば商人達がやって来るだろう。冬越しの食料も買わねばならん。その時の交渉次第だろうから、頑張ってくれよ」
ハリウスの言葉に、取り合えず頷いておく。あまり交渉は得意じゃないからな。
「ところで、だいぶ畑も広がりました。将来の農家に為に開墾は続けていますが、冬至の祝いに羊を2匹間引きしてもよろしいでしょうか?」
そんな祝いもあったんだったな。教会があるから、式は任せられるだろう。ワインを2樽も準備すれば良いか……。
「管理は任せているから、好きにしてもかまわんぞ。放牧地が狭くなったわけではないんだな?」
「開墾を済ませた野原に放っています。広さは問題ありませんし、冬越しの干し草にも困ることはありません。今のところ羊とヤギを合わせて30を超えていますが、2倍にはできるのではないかと」
そうなると、チーズ作りも始めたいところだ。農家の連中が知っていればいいんだが。
「羊は毛糸の原料だが、ヤギは?」
「チーズを作っています。まだ自分達で消費するぐらいの分ではありますが」
「将来を見据えて、数を増やしてくれ。間引きはトマス達の一存で構わんからな」
羊の肉も魅力だが、ヤギのチーズも魅力がある。チーズなら商人に売れるんじゃないかな?
「ワシ等もそろそろ本格的に鍛冶を始めたい。火力を高めるには良質な炭が欠かせんが、鉄鉱石と一緒に商人に手配するぞ」
「ドワーフ族が作るならそれなりの値段で売れるはずだ。ミレニア達と調整してくれ。それに作ってほしいものがあるんだ。後で個人的にお願いする」
「また、変わった武器なのか?」
「いや、どちらかというと文化を作ることになる」
俺の言葉にバドス以外の連中も頭を捻っている。ドワーフが文化を作るなどということが考えられないんだろうか?
俺の考えている文化は、バドス達が協力してくれない限りできないものなんだけどね。
ユーリアと一緒にベッドに入ったのは深夜になってからだった。会議がいつの間にか宴会になってしまうのはいつもの事なんだよな。
俺達が自給自足出来る前に、酒で財産を無くしてしまいそうだ。
「会議で話してたことだけど、文化って何を考えたの?」
「あぁ、あれかい。本を作るんだ」
「この世界の本は、全て教会の修道士達が書き写した写本だけよ。島の教会で暮らす子供達に写本をさせるの?」
「いや、そうじゃない」
ベッドから抜け出して、暖炉傍の小さなテーブルにユーリアを誘って、俺の考えている本の作り方を簡単な絵に描いて説明を始めた。
本を作るには写本という手を使うのだが、1冊を作るにはかなりの手間が掛かる。その上、背表紙をなめし革などで作るから高価になってしまうのが問題だ。
年間に作られる本の数は、王国内で100冊に満たないだろう。高価だから、王侯貴族、それに教会等が独占してしまうのも問題ではある。
「そこで、同じ本を大量に廉価に作る方法を考えたんだ。基本は、活字という金属の小さな駒なんだけどね……」
枠に文字を刻んだ駒を並べて、上に墨を塗り紙を乗せて押し付ければ駒の文字がそのまま転写される。
駒をたくさん必要とするし、正確に寸法を合わせなければならないけど、一度並べれば同じ物がたくさん印刷することができる。
そんな紙を束ねて、厚紙で背表紙を作れば立派な本になるはずだ。
「これを使って子供達に文字と読み方を教えられる。神官と調整して最初の1冊を決めれば良いだろう。教義の書かれた本であっても、読むことができる本を誰でも手に入れられるなら立派な文化と言えるんじゃないか?」
「そんなやり方があるのね……。そうなると、計算についても何かあるんじゃなくて?」
算盤はすでに考えているから、頷くことで答えておく。
すでに東の方が明るくなってきた。寝坊するのは確実だけど、そろそろ寝ることにしよう。
活版印刷用の活字の駒の製作は、バドスが快く引き受けてくれた。精密な作業が必要だということが気に入ったようだ。それでも製作は親戚の子供達を使うらしいから、ドワーフ族の腕の検証をしたいということもあるんだろう。
銅で作ると言ってたから、一番喜ぶのは材料手配を行う商人達かもしれない。
塩作りが終わって10日程過ぎた頃にやって来た商人達は、上質な塩に驚いていた。
これなら岩塩よりも高く売れると言っていたけど、値段は約束通り10Br(20kg)で銀貨2枚になる。20Brを売ったからトマスが俺達に80Dを税として納入し、残りを潮汲みと塩炊きをした農民達で分配することになった。1人10Dも渡らないだろうが、この島での初めての現金収入ではある。
「俺達の島に雑貨屋を作ってくれると助かるんだが……」
「雑貨屋と問屋を合わせたような店になるんでしょうね。見ての通り、行商人仲間も増えましたし、十分に利益で家族を養えるとは思いますが、店を作るとなると……」
店を建てるということは商人達の間では一つのステータスということになるらしい。
店構えを持つ家作り、店に置く品々、家族の生活道具等々で銀貨数十枚が必要とのことだ。行商人達も、そんな店を夢見て頑張っていると話してくれた。
「店は俺達で作ってやる。島の暮らしは自給自足にまだ足りないから、どうしてもお前達から一括購入して分配している。それに村で結婚式をすれば所帯道具一式が俺達から贈られるぞ」
「そうなると、店に並べる商品だけを考えれば良いということになりますね。かなり魅力的なお話です。皆と相談して返事をさせてください」
掴みはできたということだな。
これで来年には小さくとも雑貨屋ができるだろう。そうなると村人の現金収入を増やす工夫を考えるのが俺の仕事になりそうだ。




