004(M) 王女救出
コキュートスの離宮から王女を救い出して、ひたすら南へと歩く。
元近衛隊長である、ジャミル達が遅れているのは後始末をちゃんとしてくれたに違いない。今は一刻も早く、この呪われた地を去ることが肝心だ。
ハイレーネン公爵が付けてくれた数人の部下は、全て元近衛兵というのが俺の強みでもある。武術に優れた人物でなければ近衛の役職に就くことなどできないし、どんな命令でもリーダーには逆らわない連中だからな。
足の踏み場もないほどの勇者達と魔族の亡骸を踏みつけながら、コキュートスから距離を取る。
まだ動く者達もいるのだ。最後の力で俺の前に立ちふさがらないとも限らない。
どうにか10Rd(1.5km)ほど離れたところで、王女を岩の陰で休ませる。
長らく囚われていた割には憔悴した様子はなさそうだ。口数が少ないのは、今まで歩いてきた場所のおびただしい亡骸を見たためだろう。
「ここまで来れば一安心です。もう過ぐ仲間達が合流しますから、しばらくお待ちください」
「ありがとう……。確か、ハイレーネンに繋がる者とか?」
「後見人を引き受けて頂きました。マルデウスと申します」
今のところは、ハイレーネンとの繋がりを利用させてもらおう。古い家柄らしいが、初めて会った時に俺を見下した表情が今でも忘れられない。
俺を利用して王国の実権を握ろうと考えてるのが一目で分かったからな。
数百年も続けば貴族の腐敗は目に見えている。そいつらに一泡吹かせてやりたいものだ。
近くの灌木を使って小さな焚き火を作る。
この場で焚き火を作るのも考え物だが、ジャミル達に俺達の居場所を教えなければならないし、喉が渇いたことも確かだ。
女性達がポットを焚き火に掛けて、周囲を警戒している。
さすがに、この辺りに亡骸は転がってはいないが、あれだけの戦だったからには魔族達の落ち武者がいてもおかしくは無い。
「やはり、他の勇者達は全滅したのでしょうか?」
お茶のカップを配りながら女性の1人が聞いてきた。
「わからない……。だけど、いったいどこまで行きついたのか。100人以上の勇者達が仲間を率いてコキュートスを目指したんだ。勇者達の幾人かは戻ってくるだろう」
魔族からの王女奪回を図るため、トルガナン王国の国王は勇者募集の御触れを出した。
参加したリーダーの誰もに、勇者である証のメダルを与えて出発させたのだが、メダルを持つ者達は全ての費用が半額となる。
中には、王女救出なぞ考えずに商売に使う者達まで出る始末だ。
とはいえ、そんな連中はごく一部でしかない。大多数の勇者達は武器と食料を揃えて北に向かって歩き出したのだ。
俺達は1年遅れて王都を発った。
王女が捕らえられている場所は分かっている。
遥かな北の大地に建つ、魔族達の総本山コキュートス。その中の離宮に他ならない。
身代金である王女の体重と同じだけの金を期間内に差し出すことを拒まない限り、離宮でそれなりに暮らしているはずだ。
もし拒んだり、期間が過ぎてしまえばどうなるかは分からないが、生きてコキュートスを出ることはできないだろう。
俺達のパーティと何組かの貴族達のパーティが、他の勇者のコキュートス襲撃のタイミングに合わせて離宮から王女を救出したのだ。
ある意味、貴族間の根回しというやつだろう。コキュートスに向かい王女を休出したとなれば、王国の民草達は一斉に俺達を褒めたたえてくれるに違いない。
ある意味、王国の意思を一つにすることも可能なのだ。
「ただいま戻りました。残念ですが、同行した他の勇者達は魔族の襲撃に……」
3人の仲間と供に戻って来たジャミルが肩を落として報告してくれる。
「残念だ。となれば一刻も早く王女を王宮に戻すことが彼らの為でもある。一休みしたら、2人を先に向かわせてくれ。1人は王宮に、もう1人は馬車か馬を手に入れて欲しい」
「了解です。直ぐに向かわせましょう」
お茶を急いで飲み干した2人の若者が、鎖帷子をその場に脱ぎ捨てると南に向かって走り出した。
明日には荷馬車が手に入るかもしれないな。それまでは歩くことになるのだが、ここまで来れば、最初の計画はほぼ完遂できたも同然だ。
のんびりと王都に向かおう。王都までは50日以上歩かねばならない。
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粗末な荷馬車に乗れたのは3日目の事だった。
最初の町に来たところで1日体を休め、今度は全員が馬か荷馬車に乗ることができた。
コキュートスを発ってから20日目には、王女を立派な馬車に乗せることができた。一緒にやって来た兵士達が連れてきた馬に俺達が乗れたから、今度は王都に向かう速度を上げることができる。
それでも、王都まで50日を掛けてしまったのは、王女を乗せた馬車が思ったよりも速度が出ない為だった。
国王夫妻に王女を引き渡した後は、勇者の帰還の宴が3日も続く。
どうにか一段落したところで、ハイレーネン公爵の招きで俺達は王都の貴族街の一角を占有する公爵の館に集まった。
「上手く行ったのう……。これでワシの天下じゃ」
「とはいえ、まだ勇者が残っております。いずれはコキュートスの戦が終わったことに気付いて帰ってくるでしょう」
「すでに、国王の帰還命令書を持ってコキュートスに向かっておるよ。お前達の王女救出が告げられると同時に帰還命令書が出された。1個小隊が北に向かってるから、早い者なら数日中に王宮に出頭するであろうな」
「計画通りに処置します。となれば同行した貴族達の今後の行動も気になりますね」
「子供を1人失ったぐらいで、ぐらつくような者達ではない。お前の救出劇の片棒を担いだとなれば、それなりの発言権は得られるからな。それで十分ということになるだろう。高望みをしても、ワシを超えることにはならないはずだ」
子供ですら政略の道具ということなんだろう。まったく腐ってやがる。
侍女が俺達に運んできたワインは上物なんだろうけど、まったく美味いとは感じることができない。
やはり、俺達の計画を早めなければならないだろう。
数日が過ぎたころ、国王一家の晩餐に招待された。
会場は王宮の一角だが、この辺りは一般の貴族ですら入れない王族のプライベート区域だ。
近衛兵の案内から侍女の案内に代わり、俺が案内されたのは、王家にしてはこじんまりとしたリビングだ。
招待されたのはどうやら俺1人らしい。
勧められるままにテーブルの席に座り、国王達と歓談しながらの晩餐が始まる。
「どうじゃ、ワシの後継は王女一人、貴族の若者はそれなりにおるが、王宮で貴族の娘達とダンスに興じるような者達だ。一国を背に負うのはいささか不足でもある。おぬしなら……、と思うておるのじゃが?」
「私目は、幼いころの記憶さえ定かでない男です。王女のお相手には身分というものも必要でしょう」
俺の言葉を聞いて、国王が后と顔を合わせて微笑んでいる。王女は目を伏せてジッとしているが心持ち顔が赤らんでいる。
「勇者の称号で十分だと思うておるぞ。貴族の中からも勇者として名を上げた者達もおるようじゃが生憎と帰って来んかった。王女を救い出した者達こそ、ワシは勇者であると思うておる」
「そこまで思って頂けるのなら……」
俺の答えに今度こそ国王夫妻に笑顔が現れた。
「今の言葉、しっかりと聞いたぞ。ワシの娘、カリネラムと勇者マルデウスの婚約は確定じゃ。明日の朝には王宮で宣言しよう。……となれば、今の住家も変えねばなるまい。離宮には誰も住んではおらぬ。離宮で暮らすが良い。王女救出の労を担ってくれた者達を部下とすれば体面も保てる。資金はしばらくはこれを使うが良い」
ベルトに挟んだ革袋をテーブル越しに俺の前に差し出してくれた。
お辞儀をして受け取ったのだが、ずっしりとした重さだ。金貨が数十枚というところだろうか?
国王の晩餐会が終わったところで、近衛兵御用達の酒場に出掛ける。いつもならここで仲間達と飲んでいるのだが……。
素早く、酒場のテーブルを眺めると、階段の陰になったところにジャミル達がワインのカップを手にしている。
ゆっくりと彼らに近づき、直ぐに離宮に出掛けることを告げた。
「王女は救出しただろうに? 今更離宮なのか」
「そうじゃない。国王が俺達に褒美としてくれたんだ。いろいろと準備したいものがある。皆で来てくれないか?」
王宮の離宮と聞いてジャミル達が驚いている。王都の離宮は2つあるようだ。普通に離宮と言えば、王家の単なる離れ的な存在であり、もう1つの奥離宮と呼ばれる離宮は引退した国王が余生を送る住家ということだ。
「確かに離宮には誰も住んではいない。昔は国外の要人が来た時に提供する宿だったと聞いているぞ。そうか……、あれを貰ったのか」
ジャミルは場所を知っているようだ。
6人で王宮の中に入り、近衛兵に案内されて離宮の玄関を開いた。
かなりの大きさだ。俺達だけで使うには部屋数が多すぎる。
とりあえず、玄関近くの広間のテーブルに座って今後を考えることになった。
「侍女達を雇わなければならないわ。あまり軍資金は無いわよ」
「だいじょうぶだ。国王から軍資金を貰ってる」
テーブルの上に革袋を置いた。案の定、中には金貨が入っていた。侍女なら衣食住込みで月に銀貨5枚も必要にはならないだろう。とりあえずは5人を雇えば良い。金貨20枚を元近衛兵の女性に預けておく。いろいろと必要になるだろうからな。
「それで、本当にやるのか?」
「あぁ、少なくとも俺達の暮らし良くする必要がある。そのためには……、帰ってくるかもしれない勇者が邪魔になる。勇者が一段落すれば今度は貴族だ。王国には百害あって一利なしだ。軍人の方が何かと都合が良いし、指示にはきちんと従ってくれるからな」
「昔の仲間を集めて、できれば近衛兵を引き入れたいな。それは俺達に任せてくれ」
「体裁は私達の役目ね。ちゃんとするわよ」
これで、少しはこの王国を良くできるだろう。あわよくば周辺諸国に食指を伸ばして王国を大きくすることもできるんじゃないか。
もう一人の勇者達の動きです。
主人公視点では、もう一つの勇者の動きが分かりませんから、こんな形で物語を進めます。




