034(M) マデリーの戦傷
カリネラムと王都の治安について話してあら1か月も過ぎたころ。
3人の神父と10家族の農家に連れられて、数十人の若者が辺境に旅立って行った。
農具と当座の食料は国王である俺からの贈り物だ。1個小隊の兵士が随行していったから、彼らが盗賊になることは無いだろう。
3年後が楽しみだな。果たして彼らは自活できるだろうか?
さらに、人を贈ることも可能だろう。ある意味開拓団として辺境を守る役目も将来は果たしてくれるに違いない。
彼等を見送ったところで執務室に戻ると、ジャミルと一緒にワインを飲む。日中だから小さなカップだが、1つの課題がこれで片付いたことを2人で祝おう。
次の計画を話そうとしていると、回廊を駆けてくる足音に気が付いた。
何かあったのだろうか?
俺達の目が扉に向けられたとき、扉が叩かれた。
近衛兵が短く相手を確かめて扉を開くと、血相を変えた近衛兵が息を整えながら、俺達に敬礼をする。
「申し上げます。先ほど、マデリー殿が重傷を負って運ばれてきました!」
「何だと! 副官は一緒ではなかったのか?」
「マデリー殿を宮廷医師団に引き渡して後に、出頭するとのことです。取り急ぎ私がご報告に参りました」
ジャミルと近衛兵の話を聞いて状況は理解できた。先ずはそれで良い。
詳細は副官が無事なら聞くことができるだろう。
「ご苦労、済まんがクリスティをこの部屋に呼んでくれ。マデリーの副官は怪我は無かったようだな」
「軽傷を負ったようですが、陛下へのご報告に問題があるようには思えませんでした」
近衛兵に小さく頷くと、再び敬礼を返して執務室を去って行った。
これは状況を分析する必要がありそうだな。銃以外の兵器をリオン達が使ったことも考えられる。
それほど待つことも無く、マデリーの副官が執務室を訪ねて来た。
部屋の真ん中にあるテーブルの椅子を勧めたところで、近衛兵にワインを運ぶように伝える。
かしこまって俺達の前に座っているがどうやら右側に怪我をしたらしい。真新しい包帯が軍服から見えている。
「どうやら負けたようだな。あの人数では勝つことはできぬだろう。牢の住人達の最後が王国の為になればそれで良かったのだが、お前達まで負傷するとは想像すら出来なかった。詳しく話してほしい。特に、陸と島、干潮時に現れる道の関係も見知った範囲で報告してくれ」
「恐れ入ります。陛下の軍に被害を与えたことは副官たる私の未熟さゆえのこと。適切な助言ができなかったことを恥じ入るばかりです。
それでは、戦の流れとおおよその位置関係をご説明いたします。何か、筆記用具があればお貸しくださりませ……」
紙に書かれた位置図でおおよその戦場の様子が分かる。
陸から島へは横幅20Cb(6m)長さ6Rd(900m)ほどの道が干潮時にだけ現れるらしい。
道は岩交じりの砂地らしいから、馬車を使うことは困難だと話してくれた。
見張りの連中からも、リオン達は陸地で荷物を受け取って、島へはラバを使って運んでいると言っていたのはそういう事情があったからなんだろう。
道が島に到達する場所には簡単な砦が作られているらしいが、石の色を見るかぎり、かつてそのような目的で作られた設備を手直ししたようだ。石壁の高さは、砦を守る兵士の姿からおよそ10Cb(3m)とのことだ。何か所かに狭間を設けて、そこからクロスボウや銃を使って防戦したらしい。
砦の周囲は少し広場のようになってるらしく、左右に展開して急峻な岩肌を梯子で登ろうとしたが、岩壁の上からも攻撃されたようだ。
かなり砦の機能に精通した人物がいるということになるな。
「最初にマデリー殿と一緒に砦に1Rd(150m)ほどまで近付き、王国が貴族政治を止めたことを伝えました。ところが、リオン殿は先代国王より賜った以上、この領地は我等のものだと宣言しまして、我等こそ領地を侵す者だと罵る始末でした……」
「それは予想していたことだ。それで攻撃は?」
次の干潮時が夜半になると分かったところで、10本の梯子を作り時を待ったようだ。
潮が引き始めて道が現れたところで、陸地より1Rdほど先に武器の入った籠を置いて、囚人達に砦攻めを命じたらしい。
囚人が道を進み始めると、陸地側の道を荷馬車で閉じ、2個小隊が石弓で囚人達を狙う……。これで、囚人達は砦攻めを成功させない限り生還の道が絶たれたことになる。
「囚人達の後方1Rd(150m)を1個小隊の石弓兵が付いて行きました。砦攻撃の仔細を確認するためです。私共は、陸地の荷馬車の上から状況を眺めることにしました」
「戦場から6Rd(900m)ならば、冷静に状況を見ることができるだろう。私もその場にいれば、お前の位置にいるに違いない」
砦攻略はそれなりに激戦だったらしい。
クロスボウ、銃ともに次の攻撃に時間が掛かるのが問題だな。城壁上で白兵戦まで行われたようだ。
「突然、砦から何かが投げ落とされました。それほど大きなものではなかったようですが、地面に落ちたところで炸裂したようです。炸裂光は私のいた場所からも見ることができました」
グレネード? ということだろうか。厄介なものを作ってくれたな。
だが、それでも人数的な制限を考えれば俺達の方に勝ち目はありそうだ。
「その後です! 突然、島から流星が空に向かっていくつも飛んだのです。綺麗なものだとマデリ―殿も感心して眺めていましたが……、突然私達の所に火炎弾のようなものが炸裂して、10人以上が焼け死にました。マデリー殿も直ぐ近くで炸裂したものですから……」
言葉が尻つぼみになり、嗚咽に変わる。
話からすれば、綺麗な流星が原因だったのだろう。
「負傷者の手当てを直ぐに始めました。マデリー殿が重傷を負ったため、直ぐに従軍していた介護兵に手当をさせて一足先に王都に向かわせました。翌日、炸裂した付近を調べたところこのような破片をたくさん見つけた次第です」
転んでもただでは起きなかったか。
布に包まれた破片をテーブルに乗せてくれたところで、ジャミルと一緒にその破片を調べてみた。
どうやら元は円筒形だったらしい。かなりの厚さだが、内側が焦げているな。火薬を使った何らかの兵器に違いないが、木製の筒に火薬を詰めたらその場で爆発してしまうんじゃないか?
やはり、もう少し突いてみる必要がありそうだ。
「良くやってくれた。本隊まで被害があると想定しなかったのは国王である私の不徳とするところ、許してくれ。となると、砦攻略は失敗ということになるな?」
「翌朝は海の道は消えており、砦付近に動くものは見受けられませんでした」
報告に来た副官に改めて礼を言うと、ワインのカップを勧める。
失敗を理由に更迭されるとでも思っていたのだろうか? 優秀な軍人はそう簡単に手に入るものでもない。
マデリーの具合によっては、この副官に軽騎兵を預けても良さそうだ。
ゆっくりと養生するが良いと言って、副官を送り出したところで、ジャミルとクリスティと共に、副官が残した戦場の地図をもう一度眺めてみる。
「流星のように見えたものって何かしら?」
クリスティが呟いた言葉が、たぶん俺達の共通の疑問に違いない。
「王宮に博士達がいたはずだ。クリスティには博士達にこの話を聞かせて意見を聞いてきてほしい。それとだ。魔法でそのようなことができるということは無いのか?」
ジャミルも頷いているところを見ると同じ考えを持ったのかもしれない。2人でクリスティに顔を向けた。
「あるわけないわ。この距離でよ。広域破壊を行う【メルト】にしても半Rd(75m)は届かないのよ」
「他の王国からやって来たとなれば?」
「私は聞いたことも無いけど、先ほどの士官の怪我はどう見ても火傷よね。それも博士達に確認してくるわ」
カップに残ったワインを一息に飲むと、クリスティが執務室をさっさと出て行った。魔導士とは思えない動きだな。他の宮廷魔導士達はゆっくりとした仕草で動くんだが。
「とはいえ、とんでもない兵器です」
「確かに、リオンが俺の立場なら周辺王国は数年も経たずに刈り取られてしまいそうだ」
あいつを辺境の片隅に追いやったのは、ある意味、この世界の為にもなるのだろうか?
俺以上に、この世界を翻弄しそうな気がしてならない。
「先ほど、火薬と言っておられましたが?」
「火薬なら、この種の兵器を作ることができる可能性がある。もっとも、俺の知る火薬は爆発する粉薬だ。原料の1つが硫黄であることは知っているが、それだけでは不可能だ。ある種の発明品に近いのだが、皆目見当が付かん」
火薬の色は黒だった。硫黄は黄色だから、何らかの混ぜ物があることは分かっている。それが何なのか。それと材料の混合比率。さらには大量に作るための方法……。
書籍があれば良いのだが、博士達が管理している王宮書庫にあるとも思えん。あれば最高なんだけどな。
「もう囚人はいないんだろう? となると、傭兵を使うか」
「帰ってくる者もおりますまい。切り取り自由と前金銀貨1枚で良いでしょうか?」
「成功報酬は、10倍ということだな。やってくれ」
貴族の私兵達を始末できそうだ。使える奴は軍に組み込んだようだが、使えない連中が多いとマデリーが報告してくれたのを覚えている。
いずれ治安を乱すことになりそうだから、早めに摘んでおくことも必要だろう。




