017(M) 国王の思惑
翌日、俺はジャミルとクリスティを伴って、国王に内密な謁見を申し出た。
すでに、トルガナン王国の王女の婚約者であれば、国王は直ぐに謁見を許可してくれる。バラの間では無く、国王の私室の1つに招待されたことでも、俺の扱いはすでに王族と変わらないところに位置しているようだ。
暖炉の前に設えた豪華なソファーに俺達は座って、侍女が運んできたワインを飲んでいる。
とりあえずの近況報告は済ませたところで、国王は俺の会見目的を訪ねてきた。
「すでにお耳に入っていることとは思いますが、私の後見人であるハイレーネン公爵殿についてであります」
「昨夜の大火で一族が滅んだようじゃ。真っこと残念であったな」
「実は、私目にもその原因があったかと、この場を借りて釈明したいと思ったところであります……」
夜間の呼び出しを受けてハイレーネン家に行ったところ、公爵からの言葉は傀儡として上手く立ち回るようにとの指示と、さもなくば今までの勇者同様闇に葬るとの話であったことを説明する。
虚実を混ぜて釈明すれば、国王の内偵者もどこまでが嘘かは分からない。
俺の釈明を聞いていた国王があまり驚いていないところを見ても、やはり内偵者がある程度動いていたことを暗示しているように思える。
「お前がハイレーネンの呪縛を逃れようとしていたことは知っておるぞ。あ奴ではお前を傀儡の道具として使っても、王国内が今以上に乱れるだけであろう。ワシは、結果を重視する。今のままの立ち位置で良い。ワシの娘の良き伴侶として王国を富ませてくれるはずじゃ」
「それについてですが、公爵の言いつけで他の貴族の動向を探った結果がこれです。指示のままに、宮殿の書庫で私の配下が調査しておりました」
俺と国王を隔てる小さなテーブルに10枚ほどの書付を乗せると、国王はその1枚を手に取って眺めていたが、だんだんと顔の表情が強張ってきた。
「これは、税のごまかしではないか! これで民と我の間をつなぐ貴族とは呆れてものも言えぬ。他は……兵糧の抜き取りとは、これでは兵士の不満が出るばかりじゃ。
ハイレーネンはこれを使って他の貴族を操るつもりだったのであろうが、我が婿がその企てを阻止してくれておる。
マルデウス、この資料はお前が使え! 厳罰を持って対処して構わぬ。一時は国政に支障が出るやもしれぬが、それは新たな王国の生みの苦しみともいえるじゃろう」
「私めにできますでしょうか?」
「男爵が公爵を捕縛するのも問題ということじゃな? なら、こういう書付があれば可能であろう」
部屋の隅に控えていた侍女に筆記用具を持ってこさせると、直ぐに1枚の書状をしたためてくれた。
書状に自らのサインをして封蝋を落とし、自らの指輪を押し付ける。
国王の絶対信任状だ。簡易ではあるがその書状に逆らえる貴族はいないだろう。
俺に渡してくれた書状の中身を読むと、貴族査問会の議長に任命したことが書かれている。それもただの議長ではない。議長の判断で処断を許されていた。査問会の委員は議長が選ぶとある。これもいろいろと使えそうだ。
「成果を楽しみにしておるぞ。王国内の国民を味方にせよ。貴族にへつらうことは王国を滅ぼすことに繋がる」
「委員に将軍を招いてもよろしいでしょうか?」
「確かに、有効な手段じゃな。幸いにも直ぐに東西両王国と戦端が開かれるとは思えぬ。ワシの名を使ってもよいぞ。招集は可能じゃ」
段々とおもしろくなってきたな。
将軍達の恨みもかなりあるんじゃないか? ここはゆっくりと査問会の運営を考えねばなるまい。
国王に重ね重ねの非礼を詫びて、俺達は離宮に戻ることにした。
離宮の広間に仲間を集めると、直ぐに査問会の開催準備を始める。
「将軍を呼ぶのはどういうことだ? 俺達だけで十分とも思えるのだが」
「不正の影響が軍に及んでいたらどうなると思う? 俺達が裁可を下す前に、将軍達が過激な裁可を要求してくるんじゃないか?
それに将軍達にとっても貴族に対する恨みを晴らす機会を与えたという恩義を売れると思ってね。後々を考えると、俺という存在を知ってもらいたいところではあるんだ」
布石は大事だ。
直ぐに役立つことは無くとも、それがあるのとないのでは後の対応が違ってくる場合もある。無駄な投資かも知れないが、俺の計画には将軍達の協力が是非とも欲しいところだ。
「だけど、精々降格よ。貴族社会は無くならないと思うけど?」
「財産の没収を行う。不正で手に入れた金額の2倍だ」
「それは払えんだろう。没落では済まないぞ」
「となると、彼らはどうする?」
俺の言葉にテーブルに着いたかつての仲間達が考え込んだ。
「俺達が狙われる……。それを逆に使うんだな?」
「そういうことだ。査問会が始まったら常に近衛兵を率いて動くんだぞ。暗殺は連中の常とう手段だからな」
そんな話をしながら自分達の護衛の手配を行う。近衛兵の四分の三を掌握できたところだ。常に一個小隊を近場に置けば十分だろう。
東西の将軍と王都近郊に駐屯している将軍に査問会への参加招集を行うと、直ぐに集まってくれた。自分達が対象で無いなら、おもしろい催しと彼等には映ったんだろう。
王宮にある執務室に、将軍達が次々と訪ねてきたところで査問会の趣旨を説明し、協力をお願いする。
将軍達と貴族はどちらかと言えば相反する立場ともいえる。おかげで貴族の紐付きがいないこともありがたいところだ。
明日から査問会が始まるという日に、最後の将軍が訪ねてくれた。
近衛兵が案内してきたのは、筋肉質の偉丈夫と少しやせ形の人物だった。どちらも鎖帷子を着こんで、長剣を下げている。顔のあちこちに傷があるのはそれだけ修羅場を潜り抜けて来たに違いない。
窓際のデスクで査問会の進行を考えていた俺だったが、2人の来室を見ると直ぐに席を立って、部屋の中央に置いたテーブルに2人を案内した。
「王女救出の勇者殿がワシを呼ぶということに驚いたが、査問会とは穏やかではないな」
「すべてはハイレーネン公爵の奸計によるものと……。私すら踊らされていた状況です。その手が他の貴族にも及んでおりましたので査問会という場を作るよう国王は私に命じられました」
「だが、我等は文官ではない。彼らの罪状がどのような判例と重なるかまでちょうさするのは問題があろう」
「すでに内偵は済んでいます。それを彼らに知らせた時に彼らがどのように弁明するか、その虚実を将軍達に見極めて頂きたい。生死を掛けた戦場で数々の虚実を見極められたはずです。私には将軍達が適正ではないかと国王に具申したところ、国王は賛意を示して頂けました」
俺の言葉にいかつい表情に笑みが刺した。侍女が持ってきたワインをおいしそうに飲んでいる。
俺の指示ではなく、国王自らが賛意を示したということが嬉しいのだろう。
「国王の命では致し方あるまい。及ばずながら手をお貸しすることになるであろうが、軍法に詳しい者を連れて来た。彼の同席も問題あるまいか?」
「願っても無いこと。私も裁可を委ねられて当惑していた次第です。できれば2度と起こらぬようにしたいところではありますが……」
俺の言葉に笑いながら頷いている。俺の真意が分かったのだろうか?
「ところで、将軍の幕僚には計算高い者がおられますか?」
「輜重の管理は面倒なところがある。貴族出身の兵士に監督させておるのだが、今回の査問会次第では奴らの更迭も考えねばならん。頭が痛いところだ」
「問題はそこにあるのです。貴族を厳格に罰した場合、我等の輜重管理を行う者がいなくなる恐れが出てきます。たぶん他の将軍達も同じではないでしょうか?」
軍法に詳しいという痩せた男が俺達の話に割って入って来た。将軍が何も言わないところを見ると、彼を重要視しているのだろう。
ここからが交渉になるな。
彼らもできるなら厳罰にしたいが、その後を考えると手心を加えることになると考えているようだ。他の将軍も同じだからこの王国のアキレス健とも言えそうだ。
「私は小さな部隊は動かせても、将軍のように大規模な部隊の運用はできません。ですが、他の将軍も同じ悩みを持っているようです。これが一番不思議な事でした。
各大隊への軍資金は定額です。それを使って兵士の給与を支払い兵士に食事を与え武器を補充する。何も軍隊で無くても良さそうな話だと思った次第。
大きな商会なら今まで以上に安く物を手に入れられるでしょう。不正があれば、商会を取り潰すことも可能ですし、直ぐに他の商会を利用することも可能でしょう」
俺の話を聞く内に2人の顔から笑いが消えた。
ジッと俺を見つめている。
「確かに方法ではある。となると輜重部隊である1個小隊は?」
「弓兵に転向させる位は可能でしょう。長剣を使えずとも、矢を放てれば使う場所はいくらでもありそうですが?」
俺の顔をしばらく見ていたが、やがて破顔すると豪快に笑い出した。
「ワッハッハ……。確かに男爵殿の言われる通り、どこにでも使えそうじゃ。できれば商会を探して貰えんだろうか? 戦は得意だが、人探しとなるとそうもいかん」
「お安い御用です。査問会はしばらく続きそうですから、これはと思う商会を探して見せましょう」
「済まぬ。……そうだ。手土産を忘れていたな。生憎と辺境で暮らす日々だから、碌な物がない。戦場で拾ったものだが受け取って頂ければありがたい」
痩せた男が取り出したものは見事な飾りの付いた短剣だった。ケースに付いている宝石だけでも相当な値段が付きそうだぞ。
「ありがたく頂きます。ですが、査問会の手心は無しでお願いいたしますよ」
俺の言葉に、も言う一度笑い声を上げて立ち上がる。
「それは別だ。拾い物を持参したに過ぎぬ。それでは明日を楽しみにしておるぞ」
俺達に丁寧に頭を下げると部屋を出て行った。
これで将軍が全員揃った。テーブルに残された短剣を手に取ってみる。
将軍達の手土産は全て武器だったけど、隣国の将軍達が身に着けていた品だったのだろう。ある意味戦利品だから自分達で自由に使っていたんだろうな。
それまで規制したくは無いが、ある程度は対策を考える必要もありそうだ。




