016(M) ハイレーネン公爵
リオン達に王宮の2階のテラスから矢を射掛けたらしいが、【メルト】の炎に全て焼かれたそうだ。
ハイレーネン公爵の差し向けた刺客は、途中で見失ってしまったらしい。こっそりと後を付けたジャミルの配下によって刺客は全て亡き者にしたらしいが、死人に口なしとはよくも言ったものだと思う。
刺客の持ち物に、公爵が身分を保証する書付が出てきたことを知って思わず知らせを告げた配下に銀貨を投げてやったほどだ。
「これで、十分ということですか?」
「あぁ、十分だ。矢を射掛けた連中は拘束したな?」
「仮にも、男爵位を持った者に王宮から矢を射ったのです。国王陛下の威信を傷つけたことは重大ですね」
「今夜中に首を刎ねるんだ。これで貴族の後ろ盾を持った近衛兵は半減したということになるな」
敵対勢力の弱体に繋がるなら幸いだ。
すでに、王宮の近衛兵の半数は俺達の意で動いてくれる。明日からは些細な不手際を理由に俺達の意に反する近衛兵を追い出すことができそうだ。
「問題は公爵ですな」
「昨日、5日後に来いと言っていたろう。ちゃんと館に向かうさ。配下と共にな」
「大きな館ですから、周囲を囲む兵だけでも1個小隊以上になりますな。私は一緒に参りますが、他には?」
「クリスティと近衛を2人で十分だろう。館は灰にしても良い。俺達が中に入ったら、館の扉と窓を全て塞いでくれ。玄関を除いてな」
ハイレーネン公爵には5人の子供がいるが、まだ誰も縁組を行っていないようだ。10人以上の召使や20人近くの私兵がいるが、私兵は屋敷の別棟で暮らしているから、近衛兵が何とかしてくれるだろう。
「外はマデリーに指揮をさせましょう。ですが、本当に行動に移しても問題は無いのでしょうか?」
「王国内の謀反は重罪だ。王女救出に向かった勇者を殺したのは十分に謀反に値すると思うが?」
「私達を諫める貴族は、片棒を担いだと見なせると?」
「そうだ。クリスティの内偵も上手く使わせてもらうつもりだ。上手く行けば失脚。良くて長期の謹慎だ。俺達の計画の邪魔にはならん」
失意の中、領地に向かうことになるだろうが、途中で賊に襲われるのはこの世界では良くある話だ。
とりあえず、現状の計画に問題はなさそうだな。
公爵の計画が消えたところで、俺達の計画が始動し始める。
約束の当日。
月が出てからということだが、下限の月の出は遅い時間だ。
早めに夕食を済ませた近衛兵達が足早に王宮を出て行った。ジャミルは当初の2倍の兵を差し向けるようだ。マデリーの指揮の元、私兵を早々と始末してくれるに違いない。
「それにしても月の出が遅く感じるわ」
クリスティは一暴れしたいということなんだろうか? 俺とジャミルは苦笑いだ。
すでに上着の下には鎖帷子を着こんでいる。クリスティは個人用の防壁を魔法で作れるということだが、俺達にまで効果を広げることができないらしい。
剣と魔法の世界ではあるようだが、魔法の効果がそれほど高いとも思えないところがあるな。
「どうやら、月が出たわよ。そろそろ出かけましょうか?」
「あぁ、待たせると煩いのが貴族という種族らしいからな」
俺達は席を立つと執務室を出る。宮殿を出る時に2人の近衛兵が俺達に加わる。ジャミルが近衛兵の中から剣に秀でた2人を選んだらしい。
宮殿の前にある広場を横切ると、宮殿から南に延びる大きな通りはシンと静まり返っている。明かりを得るためのロウソクや油は貴重品だ。
大きな店も夕暮れ時を終えたところで店を閉めている。どちらかと言えば、この通りの1つ東側にある通りの方が今時は賑わっているはずだ。
その通りに面して、いくつもの酒場や、娼館が並んでいる。
最初の通りを右に曲がる。この通りは貴族街だ。南に下級貴族が住まい、北側には広大な敷地を持った供給貴族が住んでいる。
この区域の警備は宮殿の近衛兵が出張っているのがおかしなところだ。王宮警備以外ならば王都の警邏隊で十分だと思うんだが……。
そんな一角にハイレーネン公爵の館があった。館には爛々と明かりが灯っている。無駄遣いの極みだな。
それとも俺達の為に明かりを灯して待ちわびていたのだろうか?
門を開けて、館に続く石畳の道を歩く。両側は見事な庭になっているのだが、暗がりではそれを見ることも出来ない。
玄関に灯った明かりを頼りに歩いていくと、玄関の扉を叩く。
直ぐに執事の1人が駆け付けて俺達を館の中に入れてくれる。
「公爵の招待でやって来たのだが」
「存じております。公爵は客間にて男爵をお待ちでございます」
執事の案内で玄関から遠くない一室に案内された。
館の内側の部屋だ。前に来た時には、客間の窓から中庭を見ることができたが、それも無駄遣いに俺には思えたものだ。
「旦那様。男爵殿御一行が参られました」
「よく来たな。お前は下がってよいぞ」
声だけが聞こえる。ソファーの背もたれが無駄に高いから隠れてしまっているようだ。
とりあえず俺達は部屋の中に足を運ぶ。近衛兵は扉の左右に立って俺達の会談を見守るようだ。
「まぁ、座ってくれ。酒を用意してある。手酌で良いぞ」
「それでは遠慮なく……」
俺の言葉に、クリスティが3人分のカップにワインを注いで渡してくれた。
一口飲んだところで、用件を聞いてみる。
「ところで、呼び出された理由が分かりませんが?」
「最後の勇者を逃がしたのは問題だぞ。これからどうするのだ? 場合によっては政敵に利用されかねん」
この期に及んで、まだそんなことを考えているのか?
すでに、自分の首に長剣が添えてあることが分からないのだろうか。
「2つ問題がありますな。1つは王宮より男爵位を賜った勇者に矢を射掛けたこと。もう一つは王宮を出た勇者の足取りを追えなくなったことです」
「まったく困ったことじゃな。ワシが口添えしようと思っておったが、すでに処刑されていた。次の近衛兵を選ばねばならんが、後を上手くはこんでもらわねばならん。それより、ワシの放った刺客は身元をばらすことはなかったろうな?」
刺客を始末されたことはすでに知っていたか……。だが始末した者を知ることは無かったようだ。
「すでに警邏の手で警邏長官より国王に報告がなされたようです。この館に近衛兵が派遣されるのは時間の問題になっておりますぞ!」
俺の言葉に真顔になって大きく目を見開いた。
「チッ! それを握りつぶすのが貴様の役目ではなかったか!」
「いえ、私の役目は国王陛下の忠実な僕にすぎません。勇者殺しの陰謀はトルガナン王国への反逆と見なし、ここで処刑することが国王の判断です。自殺は見過ごすとのことですが……」
ねつ造した国王の裁定状を公爵に突き付けた。
「国王に知れたのか……。早めに死んでおればよいものを……。待て、今自殺を見過ごすと言ったか?」
俺が頷くのを面白そうに眺めている。
「そうか……。飼い犬に手を噛まれたということだな。今はそれで良いかも知れん。だが、マルデウスよ。陰謀を企むものは陰謀に倒されるということも覚えておくことだな」
ゆっくりとソファーから腰を上げると、棚の一つから酒のビンを取り出し、奥の板を取り除く。隠し扉ということだろう。その奥にあった小瓶を取り出して先ほどまで飲んでいたカップに中身を入れて、ワインを注ぐ。
「すでに館を取り囲んでいるだろう。だが、ハイレーネン家は潰れんよ。貴族でなくとも、お前の野望の邪魔をするぐらいはできるはずだ」
俺の顔を眺めると、カップを高く掲げて一息にワインを飲み干した。
にやりと笑みを浮かべて、その場に倒れる。
ジャミルが素早く公爵に首に手を当てて脈を確かめ、俺の顔を見て小さく頷いた。
「どうやら手を汚さずに済んだな。毒の小ビンは証拠品として差し出そう。クリスティ、館に火を放て。俺達の役目は終わったようだ」
客室を出たところでクリスティがホールの天井に向かって【メルト】を放つ。
紅蓮の炎が一気に燃え広がったところで急いで玄関に駆けだすと外からもう一度【メルト】を館の中に放つ。
近衛兵がどこからか持ってきた丸太を使って玄関の扉を固く閉ざす。すでに館のあちこちに火が回ったようだ。館の中から逃げ出そうとした者達が叫び声を上げているが、主人と共にここで死んでもらうことになるな。
「さて、帰ろうか。私兵達の始末は?」
「全員倒しました。全ての私兵の喉を突き通していますから、確実です」
「ご苦労、後は王都の警邏に任せれば良い」
俺達を見とがめる者は誰もいない。
警邏隊の連中も、今頃は王都の夜の繁華街で酔っぱらいの取り締まりにさぞかし忙しい時刻だろう。
明日には、クリスティの調査結果を元に貴族の粛清を始めることになる。今夜はゆっくりと休んでおきたいところだが、粛清を行うための査問会の準備も始めなければなるまい。
貴族達の慌てふためく様を考えるだけでも笑みが浮かぶ。
王国の大手術をいよいよ始められるのだ。




