硝子の錬金術師3
ドラゴン。
どんな物か語らなくてもだいたいの人なら想像できるだろう。
それほどまでに強力かつ凶悪で有名な存在だ。
それでも説明するなら超巨大で翼が生えて空も飛べて火を吹いたりもするめっちゃ強いトカゲのようなモノ。
ドラゴンにも種類が沢山あるのでどんなタイプかはしっかり聞いてみないと分からないが…まず、人間が普通に戦っても勝てる相手ではない。それはどのドラゴンでも共通。
その身体を覆う鱗は並の剣じゃ傷をつける事もできず、魔法ですらダメージを与えるのは難しい。
それでいて知性も高く、ダメージを与える武器を手にする事ができたとしても空飛ばれ距離を開けてから火を吹かれただけで人間は死んでしまうだろう。
ドラゴンに会う。
それだけで絶望していい。
唯一の救いはドラゴンは数が少ない事。
そして人間はドラゴンにとって食料としてすら特別意識もされていないという事。
食べれなくはないけども、他の獣と変わらないので襲ってでもこないかぎりわざわざ狩られたりしない。
…唯一じゃないな。
まぁいいや。
ともかく、ドラゴンは人間を襲う理由がない。
なので基本的に人が行く事もない僻地で暮らしているのだ。
「基本的にドラゴンが人里にまで来る事はないんだが…例外的に一つ人里の側を通る事がある」
「そうなの…?怖い…」
「安心しろモニカ。この辺りはその例外からも離れているからよっぽど安心だ」
例外というのが渡り鳥ならぬ渡りドラゴンとでも言うべき物だろうか。
数10年から数100年単位の、ドラゴンの気紛れで住処を移動する。
とはいえドラゴンが住処にしそうな場所は限られている。
オレはそこまで竜の生態に詳しくないから住処の条件にまでは詳しくないが現在存在が確認されているドラゴンの住んでいる場所も、住処になりそうな場所もここから遠く離れている。
「ドラゴンが住処を移動する際も基本は問題がない。むしろ私の故郷ガーマヴィンではドラゴンが街を通過すれば生物の覇者が通る道と代々縁起がいい物とされている。私が生まれてからは一度もそう言った事はなかったが」
「…と、いう事はガーマヴィンにはドラゴンの住処候補が近くにあるのか?」
「あぁ。竜の街とも呼ばれる事があるくらいだからな。結構有名だと思ったが…」
地理にはそれなりに知識があるが、流石にその街の風習とかまでは知らないしな…。
オレが冒険家とか傭兵で金を稼いでいた時もガーマヴィンがある地方とは別の所で仕事していたし。
「そしてそのドラゴンの住処候補だが…先月、大きな地震があり動物達が住めるような状況じゃなくなったのだ」
「あぁ…そういや動物達が街の方にまで流れてきてガーマヴィンは大変な事になっているとか聞いたな。その分仕事が増えたから一緒に行かないかと昔に仲間に誘われたけど…まさか?」
「ドラゴンの住処として使えなくなった。そして獲物が街に流れてきたという事は…想像がつくだろう」
獲物を追いかけてドラゴンが街にくるかもしれない。
そしてタイミングは悪く、住処を移動しようとしている傾向のドラゴンがいるらしく…。
「…我々騎士団の作戦としては倒せないまでも追い払えればいいのだ!ドラゴンは慎重な生き物だから街に辿りつく前に傷を負わせれれば…!」
「えっと…流石に無理じゃないですか?こんな辺境の錬金術師にそんな期待されても」
「おい」
モニカに失礼な事を言われてしまったが…まぁ普通の反応だと思うし仕方がない。
本来ならもっとちゃんと有名な錬金術師に頼むなり、事情が事情なので街でお金を出し合ってまともな装備を整えるんだろうが…。
ガーマヴィンも大きな街ではあるがそんな裕福な街ではない。
というか、流石に4000万とか用意できるのは本当に貴族たちが集まった王都とかでないと無理だろう。
「ちなみに用意できる金額は?」
「500万…いや、頑張っても800から1000万が限界だろう」
「本当に無茶ですね…クレイオスさんも何を考えて…」
「まぁうまくいけば100万くらいあれば倒せないにしても追い払う事武器くらいは作れるんじゃないか?だからオレを紹介したんだろあの馬鹿は」
ちゃんと説明もしない辺りはアイツらしいが…。
ドラゴンを退治する剣なんてそれこそ伝説の魔剣、聖剣クラスの武器や材料が必要だろうが追い払うくらいなら運があればなんとかなるかもしれない。
…まさかとは思うが、あの馬鹿は悪運の強いとか言われてるオレに武器の準備だけでなく追い払う事までやるようにとか言ってないだろうな。
「………?て、店主殿。今なんと言った?」
「…お兄ちゃん、変な見栄とかはいらないよ?クレアさんやホントに困ってる人に失礼だよ!」
「ん?なにが?」
流石にドラゴンと向かい合うのは勘弁なんで武器を用意したらクレアさんに押し付けよう。
パパッと作れる物でもないので準備にとりかかろうと席を外そうとしたら…。
「まてまてまて!本気でたった100万の武器でドラゴンを追い払う武器を作るのか店主!?」
「詐欺はダメだよお兄ちゃん!そんな汚い事をして稼いだお金でご飯食べても美味しくないよ!?」
「ぬぐぁっ!?」
右と左からそれぞれ座っていたクレアさんとモニカに腕を引っ張られる。
そのまま体制を崩し、再び椅子に座る形になった。
…1人は義妹だけど綺麗な金髪2人組に腕を捕まれるとお兄ちゃんちょっとドキッとしちゃうね。
つーか、詐欺とか何とか失礼だな。クレイオスが説明しないもんだからオレが説明しないとダメ?
「…ドラゴンの鱗はかなり強固です。武器も魔法も基本的に効きません。けれど全身が鱗に覆われている訳ではありません」
「…どうして丁寧口調?」
「良いから聞けモニカ。あと、クレアさんも」
口の中や鼻の中、目。それに鱗も一部はがれているところもあるかもしれない。
そこならば限定条件を持ちつつも強力な武器…という物でも少しはダメージを与えられる。
この限定条件を持つ武器は…。
「消耗品としては高額だが100万もあれば作れる…簡単に言えば魔力爆発ナイフだ。ナイフの小さな刀身に魔力を溢れんばかりに圧縮する。そうすれば一時的な模倣だが暴走した魔剣のような火力を誇るナイフができあがる」
「そ、そんな事ができるのか?」
「まぁ爆発ナイフというよりホントに暴走ナイフだな。普通に使おうとしたら30秒ほどで使い手ごとぶっ飛ぶ爆弾っみないなもんだけど、ドラゴンでも柔い部分に刺せればダメージを与えられるだろ」
聖剣や魔剣ほどではないが高額な鉱石が必要なので100万はする。
それでいてその鉱石は安全な使い方が確立されていないので一般的には本当に暴走ナイフしか作れない。
オレみたいななんちゃって錬金術師ではなく本当に高名な錬金術師なら、上手く魔力を抽出して別の魔法具の素材にしたりできるんだろうが…そこまでオレは技術がある訳でもないし。
さらに問題として、いくらドラゴンが人間を見向きもしてないとはいえ攻撃する前に敵認定してきたら…どうしようもないしな。
小さなナイフ一つででドラゴンに挑むっていうのもどれだけ度胸がいるのかも分からない。
普通の長剣などを作成しようとすると魔力の圧縮率が足りなくなったりするので本当にナイフしか作れないし。
こんなバカげた挑戦をするのは世界に1人いれば十分だ。
そしてオレは絶対にごめんだ。
「店主殿は…クレイオス殿もだが、もしかしてドラゴンと対峙した事があるのか…?」
「…ノーコメントで」
絶対に思い出したくもない思い出だ。
それなのにクレイオスの奴、オレに押し付けてきやがって…。
今度あったら絶対にぶん殴る。