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第76話 絶望

 カゲトも一旦二人と合流し、並び立った。ネイクスは相変わらず隙だらけで余裕を見せている。作戦会議をしたければ、ご自由にといった態度だ。ベルーゼが小声でスパーダに声をかける。


「スパーダ、奴の強さは今更説明する必要はないと思うが、瞬間移動には気を付けろ。お前が戦った時には、まだ奴はそれを使えなかったはずだ」


「瞬間移動だと?」


「おう。消えたと思ったら、瞬時に別の場所に移動しやがるんだ。予備動作も何もねえから、見切るのは至難の業だぜ。全く予測がつかねえ」


「……」


 スパーダは改めてネイクスを凝視する。余所見しながらアクビをしているが、次の瞬間には目の前に現れてもおかしくないという事だ。


「その魔法の存在自体は俺も聞いた事はある。だが、実際に見てみないと対処も何も無い」


「気を付けろよ。お前が来た事で、奴はもう暫く遊ぶつもりのようだが、いつ本気で殺しにくるか分からんからな」


「お前に言われるまでもない。それより、エルカはどうした? 奴はここにはいないのか?」


 二人は言葉を詰まらせ俯いた。数秒の沈黙の後、カゲトが口を開く。


「エルカは殺された……。人間界で、あの野郎の手によってな」


「……そうか。残念だ」


 話が終わった事を察したネイクスが、意識を三人に向け直す。一歩、二歩と、ゆっくりと歩き出す。恐らく、どこかのタイミングでいきなり瞬間移動して驚かせるつもりだろうと、ベルーゼとカゲトは見当を付ける。ネイクスが消える瞬間を見逃すまいと、今まで以上にネイクスの挙動を注視する。しかしスパーダだけは、違う所に意識を向けていた。


「……飛べ!」


「!?」


 スパーダが飛び上がり、ベルーゼとカゲトも考えるより先に地を蹴る。その直後、今まで立っていた地点が突然噴火し、火柱の蛇が飛び出してきた。スパーダは既に溜めていた氷の魔法を放ち、猛吹雪によって火柱の蛇を消し飛ばした。それを見たネイクスが、スパーダに拍手を送る。


「あはは、凄い凄い。流石に二度も同じ手は食わないか」


 スパーダはその勢いのまま、ネイクスに突進した。唖然としていたベルーゼとカゲトも、慌ててそれに続く。三人同時にネイクスの間合いに入り、三方向から同時に連続攻撃を仕掛ける。流石のネイクスも防御や回避に追われ、この状態から反撃に移る事は難しい。


(ん~……やっぱりこのお兄さんが加わるだけで大分違うね。あんまり油断してると、また痛い目を見そうだね)


 ネイクスが消えた。ベルーゼとカゲトが消えたネイクスを探し始める前に、スパーダは既に手を打っていた。スパーダの指先から放出された糸が、三人を守るように半球状に囲んでいたのだ。

 ネイクスはスパーダの背後に現れると同時に拳を突き出すが、糸が張られていると気付いた時には既にまんまと拳を絡め取られていた。


「あっ、またやっちゃった」


 スパーダはここぞとばかりに、出していた糸を全てネイクスに向け、ぐるぐる巻きにし始める。しかしネイクスは、ここで再び瞬間移動をした。巻かれていた糸と共に姿を消し、数十メートル離れた位置に姿を現す。そして魔力の放出と共に、身を纏う糸を吹き飛ばした。


「ちっきしょう! せっかく捕まえたってのに!」


「くっ、やはり一時的に動きを封じたところで…………ん!?」


 ベルーゼが気付いた。ネイクスもハッとなって振り返る。しかし既にスパーダの拳が眼前に迫っていた。立て続けにスパーダの拳打がネイクスの体に叩き込まれていく。再びネイクスが瞬間移動で退避し、三人から離れた位置に現れた。


「そっか、ミスったなぁ。糸を通じてボクと繫がっていたから、お兄さんも一緒についてきちゃったんだね」


 まだ覚えたて故に、ネイクスは自分の魔法の特性を把握しきれていなかった。ネイクスの服も一緒に瞬間移動しているのだから、ネイクスに触れている物は全てくっついていくのではないかと、スパーダは予測を立てていたのだ。ベルーゼとカゲトは、改めてスパーダの戦闘センスに舌を巻いた。

 だがスパーダの猛攻にも、ネイクス相手では到底決定打にはならない。スパーダは、痺れが残る自分の手に目を落とした。鉛を殴ったような感触だった。もちろん実際の硬さは鉛の比ではない。途中で逃げられはしたが、仮にあのまま何千発殴ったところで、ネイクスを倒す事は出来なかっただろう。

 スパーダは少し考え、ベルーゼとカゲトの元へ合流した。そして、また小声で話を始める。


「……おい、カゲトとか言ったな。奴の胸の傷は、お前がつけたのか?」


「ん? あ、ああそうだが。でも全然効いちゃいねえよ」


「だが傷を付ける事は出来たという事だな?」


 ベルーゼはスパーダの意図を察し、口を挟んだ。


「スパーダ、手短に策を言え。奴がいつ襲い掛かってくるか分からん」


 ネイクスは、退屈そうに寝そべって頬杖をついていた。しかしネイクスがどんな態度でどんな姿勢でいようと、決して気を抜く事は出来ない。


「これは俺の見立てであって確証はないが、奴の瞬間移動には二つの制限がある。移動可能距離は約五十メートル。そして、一度使った後は二~三秒は次の瞬間移動は出来ない」


 もっとも、今後の訓練次第でどうなるかは分からんが…………という言葉は省いた。今言う必要はない。


「更に弱点を一つ挙げるなら、移動直後には一瞬の隙が出来る。まだ慣れていないせいか、完璧に狙った場所への移動が出来ていないせいだろう。だから自分がどこに出現したのか確認するための隙が出来るんだ。そこを突く」


「しかし、どうやって?」


「奴が消えてから姿を現した瞬間に、俺が糸で奴を拘束する。その隙に奴の急所を貫け。斬撃よりも刺突の方が遙かに殺傷力はある」


「……!」


 理には適っている。肉斬骨断の刃なら、程度はどうあれネイクスに傷を付ける事は可能。さっきはベルーゼがネイクスを羽交い締めにしていたから、貫通してベルーゼに刺さるのを避けるため……そしてスピードと命中率を重視して斬撃を繰り出した。だがスパーダの策が成れば、刺突という手段も充分に選択肢に入る。

 僅かだが希望が見えてきた。カゲトはジワリと滲み出る手汗を、自分の袴で拭った。


「へっ、いいのかよ俺が決めちまって。お前さんも手下の仇討ちをしたいんじゃねえのかい?」


「勝利のための最善策。俺が戦闘中に考えているのは、常にその一つだけだ」


 ダカシア、ラチュラ、ジュリイの死に顔がスパーダの脳裏を過ぎる。だが、重要なのは自分の手でネイクスを仕留める事ではない。より確実な方法でネイクスを倒す事だ。


「……分かった。なら俺も最善を尽くすぜ。ぜってーに奴の薄汚れた魂を、この肉斬骨断で刈り取ってやる。だが、一つ懸念がある」


「何だ」


「奴が姿を現した瞬間にお前さんが糸で拘束……そこまではいい。だが、俺が間に合うか? どこに現れるか分からない場所に、たった二~三秒で駆けつけられるか? そこが問題だぜ」


 それを受けて、ベルーゼがカゲトの肩に力強く手を置いた。


「奴が消えたらすぐに俺の背に跳び乗れ。俺のスピードなら、五十メートルの移動などほんの一瞬だ。二~三秒など長すぎるぐらいだ」


「……頼もしい男だな、お前さんは。よし、そんじゃ頼むぜ」


 やるべき事は決まった。カゲトはその刃に、己の全てを乗せる覚悟を決めた。

 ベルーゼも乱れていた呼吸を整え、平常心を呼び戻す。失敗は許されない。恐らくこれが最初で最後のチャンスだ。ベルーゼはかつてない程に集中力を研ぎ澄ませた。成功のビジョンを何度も脳内で再生させた。


「……行くぞ!」


 スパーダの合図と共に一斉に地を蹴った。スパーダが先陣を切り、その後ろにベルーゼとカゲトが近い距離を保ちながら続く。寝そべっていたネイクスも、それを見てようやく立ち上がった。


「長かったねぇ。作戦会議はいいけど、あんまり待たせないでよね」


 スパーダの肘鉄からの裏拳をネイクスが受け止める。続けて地を滑るような水面蹴りから、顎を狙ったアッパーカット。しかしこれも防御される。エルカを苦しめたスパーダの高速の攻撃も、ネイクスには通じない。

 ベルーゼもネイクスの間合いの外から魔法で援護するが、スパーダの攻撃に対する対処のついでのように処理される。

 しかし、ここで焦りや驚きを感じる事はない。最初から狙いは一つしか無いのだから、他の事を考える必要などない。


(……来る!)


 百戦錬磨のスパーダの勘が警鐘を鳴らした。ネイクスが僅かに口角を上げると、その直後に姿を消した。カゲトはすぐさまベルーゼの背に跳び乗る。ベルーゼは下手に自分でネイクスを探そうとはせず、スパーダの動きにだけ注目する。

 八時の方向……距離は十五メートル……高度は二十メートル。スパーダの勘が一瞬でネイクスの出現場所を割りだし、目視する間もなく糸を大量に放出した。


「わっ!」


 ネイクスは、いきなり眼前に糸が迫っていた事に驚き、反応が遅れた。糸は一瞬でネイクスの全身を覆い、更に両手を後ろに縛り上げた。

 ベルーゼは既に飛び出していた。その背に乗るカゲトはベルーゼの肩に足をかけ、そのスピードに乗ってカタパルトのように自らも飛び出す。

 狙いは、ネイクスの眼球だ。糸で見えなくなっているが、カゲトの腕なら外す事はあり得ない。そこを突けば骨に阻まれる事もなく、更に脳という鍛えようのない一撃必殺の急所をそのまま貫ける。

 そして……全世界の命運がかかった刃が今、魔界の災厄に向けて放たれた。


(くたばり……やがれえぇぇ!!)






 ────その刃は、届く事はなかった。


 確かに貫いた。風穴を空けた。しかしそれはネイクスの眼球ではない。カゲトの胸が、ネイクスの口から放たれた怪光線によって貫かれていた。ネイクスの口と同じ大きさの穴が、ポッカリと空いていたのだ。


「カ……カゲトォォーー!!」


 ベルーゼの叫びも虚しく、カゲトは力無く真っ逆さまに落ちていった。一人、スパーダはネイクスを凝視する。手さえ封じれば反撃される事はないと思っていた。脚よりも刀の方がリーチが長いから、あそこから切り返されるとは想像の外だった。

 スパーダは己の最大の誤算に拳を握りしめた。決して侮っていたわけではなかった…………ネイクスが、スパーダの策の上を行っただけだったのだ。それも、いとも簡単に。

 ネイクスが糸を吹き飛ばし、纏わり付いている細かい糸も手で直接払い落としていく。


「まっ、そう来るとは思ってたよ。いい作戦だったとは思うけどね。ちなみに今の怪光線も、使ったのは今回が初めてだよ。何となく出来そうな気がしたからやってみたら出来ちゃった。怪獣みたいで、カッコいいでしょ? あはははは」


「くっ……」


 スパーダは何も言い返せない。次の策も思い浮かばない。スパーダは今までどんなにどん底にいても、絶望という感情とは無縁だった。だからこそ、奴隷という身分からSエリアのボス、ひいては魔界全体でもトップクラスの実力者にまで上り詰めたのだ。そのスパーダが今、初めて戦意という物が崩れ落ちていくのを感じていた。

 ベルーゼが、横たわるカゲトの元へ駆けつけ抱き起こす。カゲトの胸や口元からは、今も血が止め処なく溢れ出てきている。もはや助からない…………誰が見てもそう思えるような状態だった。それでもベルーゼは、どうしても諦めきれない。


「カゲト! しっかりしろ!」


「…………すまねぇ……しくじっ……ちまった……ぜ」


「ああその通りだ。お前が失敗したせいで、奴はまだピンピンしているんだぞ。このままじゃ終われないだろう!? 家族の仇を討つんじゃなかったのか! もう一度やるんだ!」


 ベルーゼが、不器用な言葉でカゲトを鼓舞する。それが可笑しくて、カゲトはフッと笑った。妻と娘の仇討ちは出来なかったが、最期にいい仲間を持てたと、心からそう思った。


「ベルーゼ…………俺はもう……ここまでだ。だから……頼みがある。奴を倒してくれとは言わねえ……。だがせめて…………一矢報いてくれ。俺達の意地ってやつを……ネイクスに……ぶつけてくれ」


 それが、死に行く仲間の最期の願いだ。ベルーゼはそれに応えるべく、カゲトの手を強く握りしめて頷いた。


「……任せろ。必ず奴に一泡吹かせてやる」


「へへ……ありがとよ……」






(マキ……エリ…………今からそっちに行くぜ。駄目な親父だが……温かく……迎えてくれよな……────)

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