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第71話 最強vs最凶

 最強の人間ヤドック。最凶の魔族ネイクス。この二人が戦う事になったのも、エルカとイアーナ同様に必然的な運命だったのだろう。しかし共通点の多いエルカとイアーナの二人と違って、ヤドックとネイクスは何もかもが対照的だ。人間と魔族、老人と少年、努力と才能、陽と陰、白と黒。そして、二人がこれまでに歩んできた全て。


「へえ……やっぱり凄いや。エルカ以上のパワーだ。だけど、それでもボクには敵わないよ」


 ネイクスが先に仕掛けた。先ほどエルカに放った無数の閃光。しかし、ヤドックには閃光ではなく、その攻撃の形がはっきり見えていた。全ての攻撃をいなした後、逆にネイクスの胸部に掌底でカウンターの一撃を見舞う。


「えへっ」


「!?」


 ヤドックの背後の地面から火柱の蛇が、大口を開けてヤドックに襲い掛かった。鋭い牙がヤドックの筋肉に食い込む。


「温いわ!」


 ヤドックの後ろ蹴りが蛇の下顎を打ち上げた。衝撃に耐えられず、蛇がその瞬間に爆散する。そこら中に飛び散った火の粉が周囲の家屋に降り注ぐと、次々と家屋が激しく燃え上がっていく。


「あーらら、やっちゃったね。そんな事ばっかりやっていると、この国が焼け野原になっちゃうよ?」


「いずれにしても貴様はこの国を滅ぼすつもりじゃろう! ならば、貴様を殺す事のみに儂は全力を尽くす!」


 ヤドックから間合いを詰め、激しく攻め立てる。貫手突き、肘打ち、回し蹴り、掌底打ち、水面蹴り、裏拳、跳び膝蹴り、踵落とし。激しさの中にも洗練さがあり、洗練さの中にも一撃一撃に重さがある。流れるような怒濤の連擊の対処に追われながらネイクスは思う。

 完璧だ……正に非の打ち所がない。戦いの全てを知り尽くしている者の動きだ。ヤドックには、恐らく弱点など存在しないのだろう。


「でもさ……だったらそれ以上の力で叩き潰せばいいだけの事なんだよね」


「むっ!」


 ネイクスが更に魔力を解放し、それで生じた突風がヤドックを吹き飛ばす。ヤドックが着地して体勢を立て直すと同時に、ネイクスを見て驚愕する。ネイクスの背中から伸びている、墨汁で塗り潰したような八匹の漆黒の大蛇が、獲物を見るような目でヤドックを見下ろしていたからだ。


「見せてあげるよ、ボクの『ヤマタノオロチ』を……」


 漆黒の大蛇が一斉にヤドックに襲い掛かった。更にネイクスも同時に飛び出し、ヤドックに蹴りの連打を浴びせにかかる。流石のヤドックも躱しきれるはずがない。捌ききれるはずがない。致命傷を避けるので精一杯だ。


「うおおっ!」


 一匹の大蛇が大口を開けながら、真上からヤドックの体を包み込み、全身を飲み込んだ。しかしその大蛇はすぐに弾け飛び、中からヤドックが回転しながら飛び出した。

 だが、あくまで大蛇はネイクスの魔力によって作られた物。一時は霧散しても、ネイクスの魔力が尽きない限り何度でも蘇る。すぐに八匹に戻った大蛇の群れは、ヤドックを挑発するようにゆらゆらとその身を揺らしていた。

 ヤドックは片膝を地に突き、額からは止めどなく汗が滴り落ちている。ソウルファイヤを発動する機会がそもそも今までほとんどなかった上に、この状態で戦う必要も当然無かった。それ故に、肉体への負担がヤドックの想像を遙かに上回っている。


「お疲れみたいだね~。お年寄りは無理しちゃ駄目だよ」


「……黙れ小僧。この程度の事で、いちいち図に乗るな」


 ヤドックの言葉を無視するように、ネイクスは煽り続ける。


「ねえねえ、今どんな気持ち? 何十年も必死で頑張って修行してきたみたいだけど、それが十年しか生きていないちびっ子に、いいようにやられちゃってる気分っていうのは? ボクには多分一生味わえない事だろうから、教えてほしいな~」


 ヤドックは思い出す。これまでの人生を振り返る。物心ついた時から親はなく、武闘家の師と共にひたすら鍛錬に明け暮れた。師が亡くなってからも己を磨き続け、そしてフロッグの兵卒となってからは国のために戦い続けた。後に兵士長となり、大臣となり、掛け替えのない守るべき物がたくさんできた。

 ネイクスは、それらを全て否定し、そして自分が守るべき物を破壊しようとしている。それだけは、絶対に阻止しなければならない。たとえ、この身が朽ち果てようとも……。


「……やはり貴様を倒すには、この命を捨てねばならぬようじゃな」


 ヤドックがそう呟き立ち上がった。ネイクスは首を横にかしげる。 


「ん~? 自爆でもするつもりなのかな? 止めときなよ。たとえ刺し違えてもボクは倒せないよ」


 ヤドックが両足を広げ、両の拳を握り、前かがみの姿勢を取った。そして目を閉じ、軽く深呼吸をする。


(五分……いや、ほんの三分でもいい! 蘇れ……あの頃の力よ! 全盛期の肉体よ!)


 ヤドックの筋肉が更に膨張した。そしてソウルファイヤの白い炎は、天を突く勢いで激しく燃え盛る。


「ぬおおおおおおおおおお!!!!」


 大爆発でも起きたかのような暴風が辺りに吹き荒れ、周囲の家屋が次々と吹き飛ばされていく。気が付くとネイクスの目は、無意識にヤドックに釘付けになっていた。綻んでいた口も、きつく結ばれている。


「……えっ?」


 風が止むと、自然と声が出た。心の準備万端でビックリ箱を開けたら、中から銃弾が飛び出してきたような訳の分からない疑問符が、ネイクスの脳を満たす。

 その脳が激しく揺れた。視界がぐるぐると回転する。頬に痛みが走る。たった今殴られた……ネイクスがそう認識したと同時に、第二擊がネイクスの背を打つ。今度は蹴り上げられたようだ。打ち上げられながらも、ネイクスが見失ったヤドックの姿を探す。しかしどこにもいない。

 ────いや、いないのではない。見えないのだ。一瞬白い影が横切るのが目に映る程度で、今何をしているのか、どのように動いているのかが全く認識出来ない。

 第三擊は腹部に走り、ネイクスは地面に叩きつけられた。身を起こす間もなく、ヤドックの追撃は続く。防御する余裕すら与えられず、まるでサンドバッグのようになっていた。


(痛い……ちょっと待って……おかしいよ。もしかして……ボク今やられてる? どうして? 調子悪いのかな?)


 痛い。分からない。痛い。分からない。脳内にその二つの言葉が代わる代わる浮かぶ。しかし、これ以上好きにさせるわけにはいかない。突然の出来事のせいで失念していた背中のヤマタノオロチを起動させ、今は確実に真正面にいるはずのヤドックを襲わせた。

 …………はずだった。全ての大蛇の頭が一瞬で爆ぜた。ヤドックはネイクスへの攻撃の合間に、大蛇の頭を全て潰したのだ。ヤマタノオロチを再構築する暇はない。する意味もない。ネイクスは為す術なくヤドックに打たれ続ける。ネイクスはここでようやく認識した。今のヤドックは、自分のパワーを上回っている。自分は今、この男に確実に追い詰められている、と。


(神ならいざ知らず……たった一人の人間に、このボクがここまでやられるなんて。そんな事、あっていいはずがない!)


 反撃に出たネイクスの手刀がヤドックの腹部に突き刺さり、ヤドックの動きが一瞬止まった。続けて首を狙って突き出したその手は、ヤドックによって掴み止められた。更に突き刺されている手も掴まれ、ネイクスは身動きが取れなくなる。


「ハア!!」


「うっ!?」


 目一杯反動をつけてからの突き蹴りがネイクスの胸部に炸裂する。ブチッという音と共に、両腕をヤドックの手の中に置き去りにしたまま、ネイクスの体は一棟のホテルに突っ込み、衝撃で崩れ落ちた瓦礫の中に埋もれた。


「……くっそぉ」


 ネイクスは瓦礫の中に身を潜めながら、引き千切られた両腕を再生させた。しかし、痛みやダメージは当然残っている。


(あんな滅茶苦茶なパワー、長続きするわけがない。一旦身を隠して、時間切れを待ってやる。もしあの状態を解こうものなら、その隙を突いて殺して……)


 そこまで考えたところで、突如ネイクスの周りの瓦礫が吹き飛び、一切疲れを見せないヤドックが目の前に立っていた。


「隠れんぼは下手くそのようじゃな、小僧」


「なっ……」


 ネイクスが咄嗟に魔法弾を放つが、ヤドックの平手で明後日の方向に弾き飛ばされる。驚く間もなく、ヤドックがつま先でネイクスの顎を蹴り上げ、浮き上がったネイクスの脇腹に飛び蹴りを放った。再びネイクスの体は吹っ飛ばされ、フロッグタワーの脇にある家屋の壁に背中を強打させられる。


(つ、強い……!)


 完全に想定外だった。神以外に自分より強い者が存在するなど、ネイクスは夢にも思っていなかった。

 ヤドックがネイクスに迫る。ヤドックは一秒でも早く決着をつけるべく、ネイクスに休む暇を与えない。ネイクスは打開策を思い付かないまま立ち上がり、苦悶の表情を浮かべながらヤドックを迎え撃つべく構えた。


「待ちなさい!」


 その声に、ヤドックの動きがピタリと止まり振り返る。声の正体は……イアーナだった。イアーナが、未だに気を失ったままのエルカの髪を左手で掴んで引き起こし、右手は喉を掴んでいる。


「それ以上ネイクス様への無礼は許さないわ。すぐに止めなければ、エルカの喉を握り潰すわよ!」


「ぬう……!」


 ヤドックは戸惑った。イアーナとの距離は十メートル前後。ヤドックのスピードを持ってすれば、イアーナに反応させる事なく攻撃する事は恐らく可能。しかし、そのショックでイアーナの右手に力が入ってしまう可能性もある。とはいえ、このまま言いなりになったところで、二人とも殺されるのは確実。ならばイチかバチか……。

 ヤドックのその思考は、時間にしてコンマ一秒にも満たなかった。しかし、一瞬見せたその隙は、ネイクスがヤドックに決定打を与えるには充分だった。


「はっ!?」


 ネイクスの指先から、ヤドックの左胸目掛けてレーザーが放たれた。そのレーザーは心臓を掠り、背中から突き抜け、フロッグタワーも貫通して空へと消えていく。ヤドックが左胸を押さえながら倒れ込む。決定的な一撃……。一瞬にして形勢は逆転してしまった。膨張していたヤドックの筋肉は萎み、魂の白い炎も消えていく。


「うぐ……あ……」


 呼吸すらもままならず苦しむヤドックを、ネイクスは先ほどまでとは打って変わったニヤついた顔で見下ろす。


「はは……はははは……残念だったねぇ、お爺さん。あと少しでボクを倒せたのにね。イアーナ、ナイスだったよ」


「もったいないお言葉です、ネイクス様」


 イアーナがエルカの髪から手を放し、頭を垂れた。ネイクスがヤドックに視線を戻し、観察する。恐らく、ヤドックにはもう戦う力はない。胸に開けた風穴のダメージに加え、限界を超えた力の反動が如実に出ている。放っておいても死ぬだろう。

 だがネイクスは、この短時間の間に人間の底力というものを二度も見せつけられた。もしかしたら、最後に何かやる可能性もある。不用意に近付くのも、遠くから攻撃を仕掛けるのも僅かながらにリスクを負う。それよりも、確実に消し去る方法がある。


「……イアーナ、おいで。ゲームはもうお終い。このちっぽけな国を爆破するよ」


「承知しました」


 ネイクスが手の平を上に向けて異次元のゲートを形成すると、そのゲートからコウモリのような翼の生えた真紅の大蛇・サラマンダーが召喚された。イアーナがその背に乗ると、サラマンダーは翼をはためかせて浮かび上がり、ネイクスも地からそっと足を離した。


「ま……待て……!」


 ヤドックが這いずりながら、追い縋るようにネイクスとイアーナに手を伸ばす。しかし無情にも、既に二人は手の届かない高度まで上昇してしまっていた。ネイクスとイアーナは、そんなヤドックを勝ち誇った笑みを浮かべながら見下ろしていた。



 *



「い、一体どうなっているんだ!?」

「この透明な壁は何なんだ! どうやっても壊せないぞ!」

「ちくしょう! 俺達をここから逃がさないためか!」


 一方その頃、エルカの指示により避難していたノット達は、街の出口まで来たところで途方に暮れていた。ネイクスの結界は、国全体をドーム型に囲っているのだ。あらゆる手を尽くしたが、彼らにはどうする事も出来ない。ましてや、力尽くで破壊するなど永久に不可能だ。


「……あれ、なに?」


 赤いリボンの少女が、フロッグタワーがある方向の空を指差した。他の者達もそちらに目を向ける。その目に飛び込んできたのは、一人の少年と、翼の生えた大蛇と、それに乗る一人の女……。


「あ、あなた……あれって……!」


「間違いない……イ、イアーナ姫だ! エルカは……エルカはどうなったんだ!?」


 イアーナが無事という事は、エルカは……。最悪のシナリオが、ノット達の脳裏に過ぎる。

 人々に絶望の眼差しを向けられているとは露知らず、ネイクス達は結界の天井をすり抜け、その上に足をつけた。対象にとっては脱獄不可能な牢獄も、ネイクス達にとっては自分の意思で出入りは自由であるし、こうして上に立つ事も当然出来る。

 ネイクス達が立っているこの場所は、結界の頂上であり中央でもある。ここからなら、真下に広がるフロッグが一望出来るのだ。ネイクスはその場に片膝を突き、結界に手を置いた。


「さあてと、フェスティバルの最後は大きな花火って相場が決まってるよね。ド派手にいくよ~!」


 一体何をしようとしているのか、ノット達は固唾を飲んでその様子を見続ける。次の瞬間とてつもない光が辺りを包み込み、一瞬の熱さを感じた後、彼らはすぐに何も感じなくなった……。


 爆発、爆発、爆発。爆ぜる、砕ける、弾け飛ぶ。ネイクスとイアーナの眼下に広がる炎、閃光、爆煙。それらは結界の外に出る事は決してなく、その巨大な半球の中だけで巻き起こる。人々や動物達の命、数百年続いたフロッグの歴史、それら全てを奪い去る無慈悲な花火は、それから五分ほど続いた。もはや煙まみれで何も見えないが、あれほどの爆発の後だ。下がどうなっているのか、確認するまでもないだろう。


「う~~~ん。花火っていうのは、いつ見てもいい物だね! 満足満足」


 ネイクスはその場で仰向けに寝転がり、大の字に手足を広げた。


「それにしても、些か計算外でしたね。まさかあのヤドックがあれほどの力を秘めていたとは。ネイクス様をあそこまで追い詰めるなど、直に見た私でも未だに信じられません」


「そうだね。イアーナやエルカもそうだけど、人間の可能性って凄いと素直に思ったよ。本当に危ないところだった。でもね……」


 ネイクスが体を起こし、ニヤリと笑った。


「もう覚えたよ。神と戦うのはまだ千年先だけど、いい予行練習になった。自分より上の存在を知るっていうのは……そしてそれと戦うっていうのは、とってもいい経験になるんだね」


 イアーナは気付いた。ネイクスの魔力が、先ほどからどんどん溢れ出してきている事に。まるで今までは卵の中で眠っていて、それがたった今孵化したかのように。

 イアーナは確信する。もし万が一、またヤドックのような強者がネイクスの前に立ちはだかっても、次はこうはいかないだろうと。そしてネイクスこそが、神に代わってこの世の全てを手中に収める者だという事を。

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