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第68話 相容れない者達

「エルカ……イアーナ姫は一体どうしてしまったというのだ? まさか、魔王に何かされたのでは……?」


 ノットは未だにこの状況が受け入れられない。ノットもアルマも、イアーナが子供の頃から何度か顔を合わせているが、エルカ同様に非の打ち所の無い姫だったと記憶している。それが魔物の仲間だなどと、俄には信じがたい。


「こいつは元々こういう女よ。子供の頃からね。それに、こいつらの親玉はベルーゼよりも遙かに危険な奴よ。んな事より、あんたらはさっさとここから逃げな」


「な、何だと?」


「外の魔物は粗方片付いてるから外はもう安全よ。逆にこの城はこれから戦火に包まれるかもしれない。いえ、この城だけじゃないわ。この国全体が戦場と化すわよ。だから、速やかにこの国から避難しな。イアーナは、さっきの奴のように簡単には倒せないわ」


 その言葉に、イアーナがフッと笑う。よく分かっているじゃないかと言いたげだ。


「し、しかしエルカ。お前を置いていくなど!」


「そうよエルカ。私達もここに……」


「やかましい!! ゴチャゴチャうっさいのよ! 国民を守る事が王族の務めでしょうが!」


 エルカの一喝に、ダンスホールの空気がビリビリと揺れた。あまりの迫力に、ノット夫妻や民達の心臓が飛び跳ねる。驚きのあまり暫し思考が停止するが、熟考すれば確かに言っている事は間違っていない。実際、彼らがここに残ったところで何も出来はしない。エルカの邪魔になるだけだろう。

 皆がそれを悟り、俯きながら出口へと歩き出した。赤いリボンの少女も、心配そうに何度も振り返りながらダンスホールを後にした。アルマはその目に涙を浮かべながら、最愛の娘を後ろからそっと抱きしめる。


「愛してるわ、エルカ……。どうか無理はしないで。お願いよ」


「……いいから早く行って」


 ノットが諭すようにアルマの肩に手を置き、名残惜しみながら共に連れ立っていった。国民を守る……自分でも、らしくない言葉だとエルカは思う。しかしエルカは既に、ベルーゼ襲撃の際に国民達を曝さなくてもいい危険に曝しているのだ。二度もそんな事をしたくない。

 エルカとイアーナ二人だけになったダンスホールに、束の間の静寂が訪れる。しかしこれから、人間界史上における最大規模のダンスが始まろうとしているのだ。


「あっさりと見逃すのね。あんたが下手な真似をしないように身構えてたけど、警戒して損したわ」


「今ここで彼らを殺す必要がないからよ。彼らは決して逃げられはしないわ」


「……どういう意味よ」


「うふふ、いずれ分かるわ」


 嫌な予感がエルカの胸中で膨れ上がる。しかし今やるべき事は、目の前の敵を倒す事だ。これまでに何人もの敵を粉砕してきたこの拳で、イアーナの命をその肉体と共に粉砕するだけだ。エルカは闘争心を奮い立たせ、戦闘態勢に入った。


「行くわよクソアマ!」


 いきなりのトップスピードでイアーナに詰め寄る。突き出された右ストレートをイアーナは手を添えるようにして受け流し、カウンターの肘鉄を突き出す。エルカは屈んでそれを躱し、同時に足払いを繰り出す。そしてイアーナがそれを踏み付けて止める。


「うっ!?」


 突如、踏まれた足が炎上し始める。エルカは、押さえつけているイアーナの足をすぐさま振り払い、距離を取ってから炎を気合いで吹き飛ばした。


「ちっ、魔法拳か……厄介な技だわ」


「ええ、脳筋のあなたには一生かかっても会得出来ない技法よ。そして極めれば、こんな事だって出来るのよ!」


 イアーナが駆け出し、エルカお得意の拳打のラッシュを繰り出す。エルカはその全てを的確にガードする。


(ふん、スパーダに比べれば大した速さじゃないわ)


 しかし、そう思った矢先であった。イアーナのラッシュがいきなりスピードを上げた。エルカもそれに合わせて手の動きを速めるが、徐々に追い付かなくなってくる。

 イアーナの拳がエルカの顔面を捉えた瞬間、エルカはそのタネを理解した。イアーナは拳を繰り出すタイミングに合わせて、肘から炎を噴射させていたのだ。更に腕全体に風を纏わせ、風に乗せて突風のようにラッシュを仕掛けていた。

 吹っ飛んでいくエルカの体は壁を突き破り、外へと飛び出した。空中で身を起こすと、既にイアーナがすぐそこまで追ってきている。


「くっ……!」


 エルカが身構えると、イアーナが何かをエルカに投げつけた。バーカウンターにあった酒瓶だ。エルカが咄嗟にそれをキャッチすると、その瞬間に酒瓶が爆発した。


「これが魔法拳の応用よ。直接相手に魔力をぶつけるだけでなく、物に魔力を宿らせる事も出来るのよ」


 エルカに追い付いたイアーナが、両手を組んで頭上に振り上げ、腹部に一気に振り下ろす。酒瓶の爆破に気を取られていたエルカは、ガードも出来ずにその直撃を食らい、真下にあった家畜小屋に叩き落とされた。

 突然の落下物に、牛や鶏がパニックになって暴れ出す。藁の中からエルカが這い出て、穴の空いた屋根を通して上を見上げるが、イアーナの姿が見えない。イアーナはエルカと違って空中でもある程度は自由に動ける。どこかに身を隠し、こちらの隙を窺っているのかもしれないと考え、エルカが周囲に探りを入れる。


「くすくす……泥だらけで汚らしい格好ね。あなたにはお似合いだわ」


 左後方の扉からの声。エルカは弾かれたように、振り向き様に扉を蹴破った。しかし、そこは農具入れで、イアーナの姿は無い。


「どこを見てるの? こっちよこっち……」


 また後ろから聞こえて振り返るが、やはりいない。エルカはふと、足元に転がっている石ころに目が止まった。いや、これは石ころではない。ダンスホールの壁の破片だ。


「ほらほら。こっちだってば、お馬鹿さん」


 破片が喋った。破片に魔力で声を吹き込み、家畜小屋の中に落としていたのだ。エルカが全てを悟った瞬間、後ろの壁をぶち破ってイアーナが突っ込んできた。エルカの反応が遅れ、イアーナのつま先がエルカのこめかみを完璧に捉えた。エルカの体は再び外に飛び出し、家屋や店、馬車、街灯、街路樹、あらゆる物を薙ぎ倒し、数百メートル先にあった公園の池に落ちる形でようやく止まった。


(あ……の……アマァァァ!!)


 エルカは怒りに身を震わせて池底を蹴り、水面から飛び出した。そのまま池の畔に着地すると、髪や服からポタポタと滴り落ちる水が地面に染みを作っていく。その中には、こめかみから滲み出てくる赤い血も混じっていた。今でも頭の中がガンガンする。しかも体中に痺れが残っている。この痺れも魔法拳によるものだろう。

 顔を上げると、イアーナが建物の屋上から屋上へ飛び移りながら、猛スピードでこちらに向かってきていた。エルカの姿を認めると、高くジャンプしてエルカの手前で砂埃を上げながら着地した。


「あら……首を撥ねるつもりで蹴ったのに、骨すら折れてないなんて。それに蹴ると同時に電気も流し込んでやったのに、それも大して効果無いみたい。思った以上に頑丈なのね」


「……あんなチンケな蹴りじゃ、ハエも殺せないわね」


「下らない強がりに付き合う暇はないの。それがあなたの限界なら、もうそろそろ終わりにするけど?」


「限界? 寝言は寝てから言いな。こちとらまだ、三十パーセントの力しか出してないのよ!」


 何かが爆発したような衝撃と共に、エルカの全身が一瞬にして黄緑色の炎に包み込まれた。実際に炎上しているわけではない。これはエルカの魂の燃焼……ヤドック直伝のソウルファイヤだ。

 スパーダとの戦い以降、後遺症のせいか何度試しても、湿気たマッチ棒のように発火させる事は出来なかった。しかしここに来て、エルカは本来の力を完璧に取り戻していた。エルカにとって、実戦に勝る特効薬はないという事だ。


「……忘れてたわ。そういえば、あなたそんな事も出来るんだったわね。トーナメントで見させてもらったわよ」


「あっそう。なら自分が今からどんな目に合うかも、当然分かってるわよねぇ?」


 エルカが内に宿る全ての殺気を剥き出しにして、威嚇するように指や首の骨を鳴らしながら歩き出す。

 イアーナは確かに強い。しかし、スパーダには遙かに及ばない。当然、ソウルファイヤを発動させた今のエルカとは、力の差が明確に出ている。それなのに、イアーナの表情からは一切の焦りの色が見えない。そして無表情のイアーナが俯き、うっすらと白い歯を見せる。


「…………ふ……ふふふ……うふふふふふ…………あーっはっはっはっはっは!」


 イアーナが顔を上げて、大口を開けて笑い始めた。到底笑っていられる状況ではないはずなのに。エルカにはイアーナの意図が見えない。それとも狂っただけか。

 その笑いがピタリと止み、イアーナが気を入れた瞬間、イアーナを中心に爆風が周囲に吹き荒れ、その身は黄金色の炎に覆われた。魔法拳ではない。これは間違いなく、イアーナの魂の炎の輝きだ。


「……!!」


「なぁに? その顔は。あなただけの特権だとでも思ったの? あまり笑わせないで頂戴。あなたに出来て私に出来ない事なんて、何一つ無いのよ」


 イアーナは魔界に来てから、完全独学でソウルファイヤを会得した。禁じられた技法として文献に載っていたのを読んでいて、存在自体は子供の頃から知っていたのだ。

 だからトーナメントでエルカがソウルファイヤを使ったのを見て、イアーナは逆に少し驚かされたのだ。しかしそれと同時に、お互いがソウルファイヤを使った場合、自分の方が上に立つという確信も得る事になった。


「ほんの数秒の間だけだったわね。あなたが私の上に立ったのは。うふふふ」


「……ほんっとに……どこまでもどこまでも……心底クソムカつく女だわ」


 エルカの怒りのボルテージが急上昇し、それに呼応するように炎もより一層激しく燃え上がる。エルカは怒りで我を忘れ、無駄なエネルギーを消費しないように必死で理性を保つ。火力も落ち着いたところで、エルカが構えを取った。


「あんたもソウルファイヤを使えた事に関しては、正直驚かされたわ。でもだからといって、あんたが私の上に立っているなんて失笑ものね。その勘違いを、これから身をもって正してあげるわ」


「さて……勘違いしているのはどちらの方かしらね……」


 この二人が同じ時代に生まれたのは偶然に過ぎない。そして、それぞれが一国の王女として生まれたのも偶然であるし、戦いに対する非凡な才能を持ち合わせたのも偶然だ。しかしそんな二人がこうしてぶつかり合う事になったのは、恐らく必然だったのだろう。

 思想も立場も真逆のこの二人の、和解や共存は不可能。どちらかが消えるしかない。エルカか……それともイアーナか。神ですら分からないその答えは、お互いの拳だけが知っていた。

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