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第60話 悪魔の手紙

 ベルーゼ城食堂。エルカは、心中に宿る苛立ちを全く抑えようともせず、骨付き肉を骨ごと齧りついていた。しかし、今回はピリピリしているのはエルカだけではない。未だかつてない重苦しい空気が食堂に流れていた。

 あれからエルカ達は、手分けしてレオンの行方を探した。もちろん最初はタルトの占いで探し出そうとしたが、以前イアーナを探そうとした時のように、邪悪な力に阻まれて居場所を特定する事が出来なかったのだ。だが、水晶玉が反応したという事は、少なくともレオンはまだ生きているという事になる。しかし、一向に行方は掴めない。それどころか、ネイクスの一味に破壊された他エリアの数々を見せ付けられただけに終わった。

 不安や焦り、苛立ちばかりが募る。いずれこのBエリアも襲撃に遭うだろう。その時、果たしてネイクスやイアーナに対抗できるかどうか。それは誰にも分からない。


「むっ。あれは?」


 ベルーゼが窓の外を見て言った。一羽のカラスがこちらに向かって飛んできている。その足で、紙切れのような物を掴んでいる。カラスは窓の近くまで飛んできてから、急旋回しながらその紙切れを投げ入れた。近くにいたタオが、それを拾い上げる。


「そういえばあのガキ、手紙を出すとかほざいてたわね。タオ、何て書いてあるの? ……タオ?」


 タオは目を見開き、ガタガタと震えていた。異変に気付いたベルーゼが心配そうに駆け寄り、エルカがタオから手紙を取り上げ読み始める。


『やっほー、ネイクスだよ。この前は遊びに来てくれてありがとね。今度Bエリアにも遊びに行くからね! でもその前に、人間界のフロッグとジャクシーに、ボクの子分達が遊びに行くよ。人間界の日時で言うと、十月三日の午後二時だね。子分達も楽しみにしてるから、いっぱい遊んであげてね! じゃ、そういう事で~』


「……な、何じゃと!?」


 ヤドックは血相を変えて、懐から懐中時計を取り出し開いた。十月三日、午後十二時七分。既に二時間を切っていた。


「何で……何でジャクシーとフロッグが?」


 タオがへたり込み、頭を抱えた。


「……イアーナだわ。あのクソアマ、帰り際にネイクスに何を吹き込んだのかと思えば。こんなギリギリで手紙をよこしたのも、私達が慌てるのを想像して楽しむためでしょうね。とことんムカつく連中だわ」


 ネイクスの最終目的はあくまで神への復讐だ。だが、今回のフロッグとジャクシーへの襲撃は、それとは何の関係もない。ネイクスの退屈しのぎ、そしてイアーナの嫌がらせ。それ以外の何物でもない。

 もはや一刻の猶予もない。このまま放っておけば、二つの国は確実に滅ぼされる。タオが顔を上げ、勢いよく立ち上がった。


「……私、ジャクシーに行きます」


「タオ、本気か?」


 ジャクシーに帰るという事は、即ち魔族化した自分の姿を、両親や国民達にさらけ出すという事。だが、タオももちろんそんな事は百も承知だ。


「とっくに捨てた故郷です……でも、だからといって殺されたり壊されたりなんて、されていいはずがありません。ジャクシーは、私が守ります」


 タオの目には、揺るぎない覚悟と決意が表れていた。言いたい事も言えず、何かあるとすぐに泣いていた弱虫のタオはもういない。そんなタオを見て、ベルーゼも一つの意志を固めた。


「分かった。俺も同行しよう」


「ベルーゼ様!?」


「一度は襲撃した国を今度は救いに行くというのも奇妙な話だが、一人で行くよりは二人の方がいいだろう」


「……ありがとう、ございます」


 一方、ヤドックは迷っていた。もちろんフロッグを放っておくなどあり得ない。今すぐに帰還しなければならないのだが、問題はエルカをどうするかだ。できれば目を離したくはない……かといって、連れて行けば今までひた隠しにしていたエルカの本性は、確実に王や王妃、そして国民達にバレる。それに、敵の情報が全くない以上、みすみす危険な場所へエルカを連れて行きたくはない。エルカもまだ万全ではないのだ。ソウルファイヤだってまだ使う事も出来ない。


(やむを得ん……ここは儂一人で)


「何ボサッとしてんのよ、ヤドック。私達もさっさと行くわよ」


 エルカのその言葉に、ヤドックだけでなくその場にいた全員が驚いた。エルカはいつも言っていたからだ。人間界など、二度と戻る気はないと。だからフロッグがどうなろうと、今更知った事ではないはず。ましてや、ヤドックの監視から逃れる絶好のチャンスのはずだ。それを、エルカは自ら蹴ったのだ。


「姫様、しかし……」


「あんたの言いたい事は聞かなくても分かる。ただ、あのクソガキにこれ以上私の所有物を壊されるのが、我慢ならないのよ」


「……姫様の本当のお姿を、皆にお見せしても構わないのですね?」


「この際仕方ないわ。これで民衆共が殺されたら、それこそ今まで何のために愛想振りまいてきたのか分からなくなるから。十八年間の私の努力が全て無駄になるなんて我慢ならないわ」


 あくまで自分自身のためだとエルカは冷たい口調で言い放ち、鼻を鳴らしてそっぽを向いた。しかし、ヤドックは知っている。国民達にいつも向けていたあの笑顔は、あれもまた一つの真実なのだという事を。エルカは自分が思っている以上に、国民達の事を大切に思っている。ヤドックは、改めてエルカに対して敬意を評した。

 常に姫としての完璧を目指していたエルカ。エルカが思う完璧な姫の定義の中には、国民達を脅かす害悪を、自分の手で駆除するという事も含まれている。今回はベルーゼの襲撃とは訳が違うのだ。絶対にネイクスの好きにはさせない。無意識にではあるが、そう固く心に誓った。

 そんなやり取りを見ていたベルーゼが、何かを思い付いたように足早に食堂を出て行った。食堂から最も近い個室にあるタンスを開け、目当ての物を懐にしまってから食堂に引き返す。


(さて……俺はどうすっかな。やっぱり戦力バランス的に考えて、タオちゃんの方を手伝った方がいいよな)


 一人静観してたカゲトがそんな事を考えていると、食堂に戻ってきたベルーゼと目が合った。


「カゲト、頼みがある」


「分かってるよ。俺も手伝ってやるぜ」


「いや……お前はここに残っていてほしい」


「は?」


 何故……カゲトは一瞬考えたが、すぐに分かった。フロッグとジャクシーを同時に襲撃すれば、Bエリアは確実に手薄になる。そこを攻め込まれればイチコロだ。もちろん主要メンバーは誰一人殺す事は出来ないが、ネイクスならサプライズなどと称して、快楽目的でBエリアの魔物達を皆殺しにしかねない。


「分かった。留守番は任せな」


「すまん。余所者のお前にこんな事を頼めた義理じゃないんだが、他に頼める者はいないんだ」


「水くせえ事言うなよ。共に戦った仲間だろうが。だが、一つだけ断っておく。もしネイクス自らが攻めてきたら、俺はタルトちゃんだけ連れて全力で逃げるぜ。もちろん他の連中も逃がせるだけ逃がすが、保証は出来ねえぞ。帰ったら城が瓦礫になってたとしても、文句は言うなよ?」


「ああ、それでいい。感謝する」


「話はまとまった? なら、とっとと行くわよ」


 エルカ、ヤドック、タオ、ベルーゼの四人は、カゲト達に見送られながら、大急ぎで城を出て人間界に繫がるゲートを目指した。

 ゲートを抜けた先は、無人島の地に走る亀裂。そこから飛び出した後は、タオの背にエルカが、ベルーゼの背にヤドックが跨がり、まずは大陸を目指して全速で飛行する。その途中、ベルーゼが懐からさっきの物を取り出し、後ろ手にヤドックに渡した。


「むっ? 何じゃこれは」


「使いたければ使え。それがあれぱ、エルカも余計な心配をする必要はないだろう」


「……なるほど、確かに。じゃが、貴様に礼は言わんぞ」


「分かってる」


 ベルーゼとタオの飛行速度は流石に凄まじく、船では大陸まで五時間かかる距離でもあっという間だった。大陸に着いた後は、エルカとヤドックが地上に降り立ち、二手に別れる事になる。


「じゃあエルカ、また後でね!」


「ええ。ベルーゼ、タオを死なせんじゃないわよ」


「無論だ。こっちの心配はいらん」


 ベルーゼもタオも、トーナメント前とは見違えるほどに頼もしくなった。ジャクシーに来るネイクスの手下がスパーダクラスでもない限り、二人が組んで負ける事はないとエルカは確信する。そして、ベルーゼとタオはジャクシーに向けて飛び立っていった。


「さあ、姫様。我々も急ぎましょう」


「そうね。私達に喧嘩を売った事を、とことん後悔させてやるわ」


 エルカとヤドックが、フロッグに向かって弾丸のように走り出した。ここからフロッグまでは、馬車で更に数時間はかかる距離だが、二人が全力で走ればそれよりも遙かに速く到着する。とはいえ、もう時間がない。二人は全くペースを落とすことなく走り続けた。

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