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第59話 火遊び

 Sエリアの砂漠地帯で鳴り響く爆音。その正体は、ジュリイの撃ち出す魔法弾を、ダカシアがハンマーで打ち返していた音だった。ラチュラは二人の組み手の様子を見ながら、新たに仕入れた玩具に改造を施している。

 Bエリアに敗北を喫して以来、彼らの修行内容はますます激化している。トーナメントでは確かに負けた。しかし彼らは何一つ諦めてなどいない。スパーダだけではなく、彼らの三人もまたエルカへのリベンジを目標にしているのだ。


「ジュリイ、一旦休憩しよう。もう三時間もぶっ続けだ」


「もうそんなに経った? あたしはまだやれるけど」


「休憩も修行の一環ですよ。スパーダ様もいつもそう仰ってますし」


 ダカシアとラチュラの提案により、ジュリイも一時休憩を決めた。ラチュラの隣に座り、玩具の一つを手に取る。


「あんたも好きねぇ、こういうの。ガキじゃあるまいし。普通の武器を改造した方が強いんじゃないの?」


「失敬な。あなたにはこの玩具の良さが分からないのですか?」


「ぜーんぜん。大人の玩具なら興味あるけどね。今度人間界に行ったら、そっちを持ってきてよ」


 ラチュラがムッとした態度でジュリイから玩具を取り返した。ダカシアは二人のそんなやり取りには慣れっこで、もはや何も口出しする事はなかった。


「そういえば、スパーダ様は?」


「いつもの場所で瞑想中ですよ。トーナメントが終わって以来、ずっとあの調子です」


 ラチュラが玩具を弄くりながら答えた。そしてダカシアが言葉を繋げる。


「……顔には出さないが、一番悔しがっているのはスパーダ様だからな。最近のスパーダ様には、鬼気迫るものを感じる」


「スパーダ様もあたし達と一緒に修行すればいいのに……。瞑想なんかより、そっちの方が効率いいと思うんだけど」


「今までと同じやり方では駄目だと思ったのだろうな。あの方の見ている世界は、私達の見ている世界とは別物だから、私にもよく分からん」


 三人が黙りこくる。ダカシアの言う通り、スパーダは常に三人よりも遙か上にいる。満足な修行相手にもなれない自分達の無力さを痛感してやまないのだ。


「……おっ、遂に出来ました。新しい武器です。これは自信作ですよ」


 場を和ませるように、ラチュラがそう言って玩具を掲げ上げた。


「これは一見するとタワーの模型ですが、設置するとタワーのてっぺんから火山みたいに火の玉が発射されるんです。まあ、当然このままでは自分達にも被害が及ぶので、改善の余地がありますが……」





「面白そうだね。ボクにもそれ貸してよ」




 聞き慣れない声がいきなり話に割って入ってきた。三人が振り返ると、そこには子供が一人、岩の上に座っていた。


「誰よあんた?」


「ボクはネイクス。Nエリアから遊びに来たんだ」


「Nエリアだと? 小僧、お前この間攻めてきたボアとかいう男の仲間か?」


「仲間っていうか~……子分みたいな? そしてボクが親分だよ」


 全く緊張感を感じさせないネイクスに、三人は調子を狂わせられそうになりながらも、決して気は緩めない。敵である事は間違いなさそうだからだ。


「要するに、あなたがNエリアのボスというわけですか?」


「うん。別に子分がやられて怒ってるわけじゃないんだけどさ。やっぱり子分がやられたら次は親分が出てくるもんじゃない? あっ、ちなみに向こうで働いてた君達の子分は、もう全員やっつけたよ。だから、このエリアで残ってるのは君達とボスの四人だけだね」


「な、何だと!? いつの間に……!」


「今さっきだよ。暗殺ごっこしてたから、音も鳴らなかったし悲鳴も聞こえなかったでしょ?」


 その言葉に、ダカシア達に戦慄が走る。自分達が全く気付かない間に、既に他のSエリアの住人達が全滅していたなど、俄には信じがたい。しかし、そんな噓をつく意味も無い。ジュリイが、怒りの形相で魔力をその手に溜め始める。


「……ガキの遊びに付き合ってる暇はないのよ!」


 ジュリイがネイクスに、三メートル級の火球をぶつけた。弾けた火球がネイクスを包み込むように激しく燃え上がる。しかし、ネイクスは微動だにしない。ネイクスが僅かに体内から魔力を放出させると、その炎は一瞬にして消し飛んだ。


「なっ……!?」


「火遊びはボクも好きだよ」


 ネイクスが、マッチ棒のように指先を手の平に擦って火を灯し、その小さな火をデコピンの要領でジュリイに向かって飛ばした。


「……! 離れろぉ!!」


 ダカシアが叫ぶと同時に、三人がその場から飛んで退避した。地に落ちたその火種は、油田に落ちたかと思うぐらいに瞬時に広範囲に燃え広がり、砂漠は一時火の海と化した。


「な、何て魔力なの……あり得ないわ、あんなの」


「何故あれほどの手練れが、サウザンドトーナメントに出てこなかったのだ……?」


「ど、どうします? スパーダ様に知らせに行きますか?」


「冗談じゃないわ! あんなガキ一人相手に、スパーダ様の手を煩わせるなんて言語道断よ。あたし達だけで仕留めるのよ!」


 いきり立つジュリイを宥めたいところだが、ダカシアもラチュラも本心は同じだった。ネイクスには得体の知れない危機感を感じるが、いつまでもスパーダに頼ってばかりいられない。彼らにも、スパーダの部下という誇りがあるのだ。

 三人が散り散りに飛び、それぞれ別方向から攻撃を仕掛けた。ダカシアがハンマーでネイクスを攻め立てる。怒濤の攻撃にも、ネイクスは表情一つ変えずに躱していく。ガラ空きの背中をラチュラが水鉄砲で撃つが、背中に目でも付いているかのようにそれも躱す。


「あんた達どきな!」


 その声にダカシアとラチュラが退避。上空で魔力を溜めていたジュリイがそれを一気に解き放ち、さっきの物とは比べ物にならない程の巨大な火球を撃ち放った。


「…………フッ!」


 ネイクスがそれに向かって軽く息を吹きかけると、その暴風に押し返された火球がジュリイに返っていく。


「キャアアーー!」


 ジュリイに着弾した火球が、上空で大爆発を起こす。爆煙の中から、全身が焼け焦げたジュリイが真っ逆さまに砂地に落下した。


「ジュリイ!」


「人の心配してる暇なんてないよ?」


 いつの間にかダカシアの背後に回っていたネイクスが、その背中に痛烈な蹴りを浴びせる。吹っ飛んだダカシアの体は、そのままラチュラを巻き込んで岩壁に激突した。


「うぐっ……な、何て奴だ」


「信じられない……奴の強さは、常軌を逸していますよ」


 あの小僧、まさかスパーダ様よりも……いや、そんな事があるはずがない。三人は同時にそう思った。スパーダよりも強い者などいるはずがない。スパーダを破ったエルカ相手でも、もう一度やれば今度こそスパーダが勝つと、彼らは確信しているのだ。


「あーあ、準優勝エリアの代表でもこんなもんかぁ。魔界全体のレベルが落ちたのか、こっちの大陸のレベルが低いのか。千年前のあっちの大陸では、もっと強い奴がいっぱいいたのに…………んっ?」


 何かを感じ取ったネイクスが、後ろを振り返った。そこに立っていたのはスパーダ…………待ち望んでいた者のご登場に、ネイクスの口元がほころぶ。


「ス、スパーダ様!」


 スパーダは倒れている部下達を見回し、再びネイクスに視線を戻した。


「……貴様、何者だ」


「Nエリアのボス、ネイクス。よろしくね、お兄さん」


 Nエリアのネイクスという名に、スパーダはピクリと反応を示す。以前Sエリアを襲撃したボアは、スパーダによってあっさりと倒された。だが目の前にいるネイクスは、ボアとは明らかに格が違う。スパーダは既にそう認識していた。


「トーナメントの試合観てたよ。惜しくもエルカに負けちゃったけど、お兄さんも凄く強いよね。ボクも是非遊んでほしくて、こうやって遠路はるばるやってきたんだ。だから遊ぼうよ、いいでしょ? ね?」


 ネイクスが手を合わせて首をかしげた。まるで子供のおねだりだが、言っている事の意味は、「これから殺し合いをしよう」だ。部下を痛めつけられ、宣戦布告までされて、断る理由などスパーダにはない。


「いいだろう。だがその前に、場所を移させてもらうぞ」


「えっ、場所? ああそっか。子分三人が巻き添え食わないようにって事か。お兄さんって見かけによらず優しいんだね。でも、その必要はないよ」


 スパーダがハッとなり飛び出そうとしたが遅かった。ネイクスの三本の指から発せられたレーザーは、既にダカシアとラチュラとジュリイの眉間を撃ち抜いていたからだ。声一つ上げる間もなく三人はその場に突っ伏して絶命した。


「貴……様……」


 スパーダの怒りに、ネイクスはこの日一番の笑顔を見せた。


「あれ? もしかして怒っちゃった? あははは、お兄さんも怒るんだね。てっきり感情なんか見せないのかと思ってたよ。珍しい物が見れて嬉し……」


 最後まで言わせなかった。既にネイクスの全身に糸が巻き付き、高々と持ち上げられていた。そのままぐるりと振り回し、近くの岩山に思い切り叩きつける。それも二度、三度、四度と、岩山が完全に崩れるまで続いた。

 今度は糸に繋げたままのネイクスを引き寄せ、拳の連打を浴びせる。糸で隠れていてネイクスの様子は窺えないが、確実に手応えはある。

 スパーダはネイクスを真上に放り投げ、糸を切り離した。そしてスパーダの手から波動砲が放射され、ネイクスを巻き込みながら雲の上まで突き抜けていった。

 数十秒後、黒焦げの糸の塊が雲を抜けて地上に向かって落ちてきた。脱出はされていない。ネイクスは未だにあの糸の中にいる。砂地に墜落したそれは、轟音を立てながら砂埃を広範囲に舞い散らせた。スパーダが用心しながら、ゆっくりと近付いていく。


「……!」


 糸が動いた。蓑虫のように這いずり回り、やがてブチブチと音を立てて糸を引き千切っていく。中から出てきたのは、何事もなかったかのように涼しい顔をしているネイクスだった。


「ふう~、ビックリした。いきなりだもんなー。ちょっとだけ痛かったよ」


 ネイクスが首を左右に傾け、骨を鳴らす。そして服に付着した糸や砂を払い落とした。


(ほとんど効いていない……だと)


 スパーダは、未だかつてない危機感を感じていた。今まで戦ってきた者達とは、決定的に何かが違う。魔界という野良犬の巣に、突如肉食恐竜が現れた……そんな気分だった。


「まあでも、やっぱりお兄さん凄いよ。ボクが今まで痛みを感じたのは、千年前に神と戦った時だけだもん」


「千年前……神だと?」


「……あっ、ごめん噓ついた。この前、新しく使い始めた枕の使い心地が悪くてさ。寝違えて首痛くしちゃったんだっけ。あははは」


 ネイクスが照れ臭そうに、頭を掻きながら笑った。しかしその照れ笑いは、すぐにゾッとするような薄ら笑いに変わる。


「……それじゃ、今度はボクのターンだね。ちょっとだけ本気出してあげるよ」


 ネイクスの拳が、スパーダの腹部に深々とめり込んでいた。いつの間に間合いを詰めていたのか、スパーダには全く見えなかった。


「がっ……」


「ほいっと」


 ネイクスが膝を曲げ、崩れ落ちそうになるスパーダをアッパーカットで打ち上げる。そのまま体を半回転させ裏拳を叩き入れると、スパーダの体は地を滑りながら吹っ飛んでいく。それが止まると同時に、スパーダの周囲の地中から四本の巨大な火柱が飛び出した。その火柱が蛇のように姿を変え、スパーダを飲み込もうと大口を開けて見下ろす。


「ちっ!」


 火柱の蛇が襲いかかると同時に、真上に高くジャンプして回避。当然ネイクスはこれを読んでスパーダの上を取っていた。しかし、スパーダもまたこれを読んでいた。瞬時に頭上に蜘蛛の巣を張り、傘のように身を守った。


「おおっ?」


 ネイクスの突き出した足が蜘蛛の巣にかかり、その動きを封じた。引き千切ろうと手を出すが、これも絡め取られ、ネイクスはドツボに嵌まっていく。藻掻くネイクスの眼前に、スパーダが掌を翳した。


「消え失せろ。永久にな」


「!」


 零距離から放たれた、ありったけの魔力を込めた魔法弾。顔面にそれを食らったネイクスは、魔法弾に押し込まれる形で、音速を超えるスピードで吹っ飛んでいく。そしていくつもの岩山を破壊してから、サボテンの群生地に突っ込み、それと同時にここまでネイクスを連れてきた魔法弾が大爆発を起こす。最期には砕け散ったサボテンが舞い上がり、ボトボトと砂地に散らばった。

 スパーダはネイクスの生死を確認するため、先程と同じように気を緩めずに近付いていく。しかしいくら何でも、今のを食らって無事でいられるはずがない。だが、もしこれでも倒し切れていなかったら……。

 そんなスパーダの心中を嘲笑うかのように、ネイクスはムクリと身を起こした。スパーダが奥歯を強く噛み締めて足を止める。ネイクスは額から滴る青い血を指で拭い、先の割れた細い舌で舐め取った。


「……今のは痛かったよ。ちょっとじゃなくて、普通に痛かった。ましてや自分の血を見る事になるなんて、夢にも思っていなかったよ」


「化け物め……」


「凄いねお兄さん。本当に凄い。楽しいよ。でもやっぱり、痛いのは嫌なもんだね。痛めつけるのは好きなんだけどさ」


「……!?」


 スパーダの足元からまたしても火柱の蛇が飛び出し、スパーダの体に食らい付いた。そのまま空に向かってぐいぐいと上昇していく。体内にまで食い込む鋭い牙を通して、灼熱の炎が全身に流れ込む。


「ぐああっ……!」


 牙の痛みと炎の熱さ。地獄の苦しみを味わいながら、スパーダは雲の上まで運ばれていく。火柱の蛇が上昇を止めた。そして、とぐろを巻くようにぐるぐるとスパーダの体を包み込んでいく。地上のネイクスはニヤリと笑い、上空のスパーダに軽く手を振った。


「バイバイ」


 火柱の蛇が花火のように弾け、Sエリア全域をまばゆく照らす閃光が走る。そしてその爆風によって、地上では激しい砂嵐が巻き起こる。その砂嵐をネイクスは、まるでそよ風にでも吹かれているかのように、爽やかな心地で全身に受けた。


「ん~、いい運動になった。さて、もうエルカにお手紙届いてるよね。ボクもそろそろ準備して……あっ、でもその前に」


 ネイクスが振り返り歩き出す。その先には、ラチュラが残した玩具が転がっていた。


「これでちょっと遊んでから行こっと。んーと……おっ、動いた。へえ、面白いなぁこれ。あはは、あははははは」


 誰もいなくなったSエリア。その広大な砂漠の中で、玩具の音とネイクスの笑い声だけがいつまでも響き渡っていた。

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