第56話 ボクの名はネイクス
ニーダ城内に入った途端、エルカ達は面食らった。城内の内装が、あまりにも想像とはかけ離れていたからだ。
壁一面がパステルカラーで彩られ、天然の芝生になっている床には、そこかしこに玩具やお菓子の食べ残し等が散らばっている。奥の方には小さな線路が敷かれていて、それは壁に空けられている穴の向こうまで続いている。城全体が子供部屋になっていると言っても過言ではない。
「こ、これは一体……どういう事なんでしょうか?」
「どうもこうも、奴の趣味に決まってるだろうよ」
カゲトが吐き捨てるように言った。エルカにとっては、ネイクスの趣味などどうでもいい。問題は、ネイクスがここにいるのかどうかだ。辺りを見回し、ネイクスの気配を探る。
その時、どこかから汽笛のような音が聞こえてきた。線路が続いている穴の奥からだ。
「ガタンゴト~ン、ガタンゴト~ン、間もなく終点でーす」
どこにでもいるような子供の声。だが、その声を聞いた途端に、カゲトは反射的に後ろに下がり、その手は無意識に刀を握っていた。ネイクスが近付いてくる……五人に緊張が走った。
穴を抜けてゆっくりと出てきたのは、遊園地にありそうな小さな機関車……そして、それに跨がったネイクスだった。エルカは、頭から足まで舐めるように観察した。どこをどう見てもただの子供だ。しかも綺麗に整った髪や顔立ちや服装を見るに、そこそこ育ちの良さそうな、所謂どこぞのお坊っちゃん。それがエルカ達の第一印象だった。カゲトが言っていたような異常さは全く感じられない。
「ハロ~。ボクのお城へようこそ!」
ネイクスがニコニコしながら手を振り、止まった機関車から降りた。
「さっきの戦い、上の方から見てたよ。皆やっぱりすごく強いんだね。流石、サウザンドトーナメントで優勝するだけの事はあるよね」
エルカ達がピクリと反応した。ネイクスは少なくとも、サウザンドトーナメントの事や、エルカ達がBエリアの者達である事は知っている。
「……そんな事より、聞きたい事があるの。Lエリアのレオンって人、今ここにいる? いるなら今すぐ返して」
タオに視線を移したネイクスが、キョトンとした顔を浮かべる。
「えーっと、確か銃使う人だよね? さあ、知らないよ。Lエリアを攻め落とせって子分のマシムに命令したのはボクだけどね。やり方とかは全部任せてあるから、ボクは知~らない。マシムもまだ帰ってきてないし~」
ネイクスが何の悪びれもなく言い放った。無邪気という名の最悪の残虐性……カゲトのその言葉の意味を、タオはこのやり取りだけで分かりかけてきた。
「お前は何者なんだ? 目的は何だ」
タオから意識を逸らさせるため、ベルーゼが口を挟んだ。タオが下手にネイクスを刺激する事を恐れたのだ。
「うーん、どうしよっかなー。まあいっか。久し振りのお客さんだし、特別サービスで話してあげるよ。ボクの事を」
ネイクスはそう言って、大きなゴムボールの上に腰掛けて頬杖をついた。
「自己紹介が遅れたね。ボクの名はネイクス。よろしくね、お兄さん。さて……まずお兄さん達は、サウザンドトーナメントは誰が主催しているのか、考えた事あるかな?」
ネイクスの問いに答えられる者はいない。
「あはは、分かんないよね。正解は、魔界の神様でした! ……あれ? あんまり驚いてないね。もしかして予想はしてた? うーん……じゃあ、何のためにやっているかは分かる?」
「知らないわよそんなもん。単なる暇潰しでしょ」
エルカが苛ついた態度で答える。そのエルカの神経を逆撫でするように、ネイクスは両手をクロスして、不正解を示すバツマークを作った。
「ブッブー! 正解は……魔界のバランスを揺るがす程の強さを持った者をあぶり出し、そして消すためだよ」
エルカ達の頭に疑問符が浮かぶ。そんな様子を見て、ネイクスは実に愉しそうに笑みを浮かべた。子供にありがちな、大人が知らない事を知っているという優越感に浸っているのだ。
「神はね、魔界の平和は望んではいないけど、安定は望んでいるんだ。そして恐れているんだよ。自分を超える存在が現れる事をね。神といえど全知全能じゃない。だから、ああやって自然と魔界の強い人達が集まる場を設けて、戦いの様子を高見から見物してるってわけ」
「何故お前がそんな事を知っている。まるで神から直接聞いたような口ぶりだな」
「……えへへ、その通りだよ。何故なら……千年前、圧倒的な強さでサウザンドトーナメントで優勝したボクは、神に粛清されたからね」
更に浮かぶ疑問符。十年前に生まれたネイクスが、千年前のサウザンドトーナメントに出場出来るはずがない。それに、千年前に最強と呼ばれたのはホーネッツのはずだ。ネイクスの言っている事は、エルカ達にはさっぱり分からない。
しかし、エルカとタオは思った。以前どこかで似たような話を聞いた事がある気がすると。考えても今は思い出せなかった。
「君達が今何を考えてるのかは分かるから、順を追って説明してあげるよ。ボクは粛清されながらも、何とか魂だけは消されずに生き延びる事が出来た。そして、転生出来るぐらいまでに回復した後、ここのエリアボス夫婦の受精卵に乗り移ったんだよ。まあ、正確に言うと乗り移ったと言うよりは、食い殺して居座ったって感じなんだけど。一から肉体を復元するのは時間がかかるからね。ちなみに、前世のボクは享年七歳で、今よりも更に幼かった。神様もチビッコ相手に非道いことするよねー」
ネイクスの口調からは怨恨や悔恨などの感情を読み取る事が出来ない。大人気ない神を、ただ小馬鹿にしているだけのような口調だ。
「そして、サウザンドトーナメントの事だけどね。ボクが千年前に参加したのは、この大陸のサウザンドトーナメントじゃあないんだよ。ボクが十年前に海に流されて漂流した、向こう側の大陸で開かれたものさ」
……ネイクスのその言葉に、エルカ達はお互いの顔を見合わせた。
「ベルーゼ。あんた、魔界にはこの大陸しか存在しないって言ってたわよね」
「そのはず……だが……」
そのやり取りに、ネイクスは馬鹿にするように笑った。
「あっはっは。やっぱりそう思われてたんだ? あるんだよ、このNエリアの遥か北に、もう一つの大陸がね。ボクは偶然にも、千年の時を超えて再び向こうの大陸に戻ったのさ。そして、これは意図してなかった事だけどなんだけど、ボクって向こうではちょっとした伝説になってるらしくてさ。向こうでボクを拾ったのが、たまたまボクの狂信者達だったんだ。その狂信者達を引き連れて、五年前にまたこっちの大陸に帰ってきたんだよ」
次々と明らかになる、魔界の新たな新事実。それをまさかこんな小僧に聞かされる事になるとは、ベルーゼは夢にも思っていなかった。
「で、結局あんたは何がしたいわけ? 何で今更出てきて、Lエリアを手下に襲わせたのよ」
「面白いから」
「あ?」
「だって、こんなに強い体を持って生まれてきたんだよ? それを試したいと思うのが普通でしょ? 物を壊したり、弱い者いじめしたりすると、スカッとするのが普通だと思うんだけど。それを子分にやらせて高みの見物するのが最近のマイブームなんだよね。ちょっとした軍師気分? 向こうの大陸では前世で散々遊んだし、今度はこっちの大陸で、チェス感覚で遊ぼうと思ってね」
タオが怒りを露わにし、それを察したベルーゼがタオの肩を慌てて掴んで抑えた。スコーピオの時のように、今にも飛びかかりそうだったからだ。
「あなたはそんなくだらない事で、レオンさんやロボット達を……!」
「そうそう! そういう怒った顔とか、怯えてる顔、悲しい顔、悔しい顔、そして死んでいる顔。そういうのを見るのも大好きなんだ。しょうがないよねぇ、ボクってこういう性格だもの」
ネイクスがそっぽを向きながら、ポケットから取り出したペロペロキャンディーを舐め始めた。その態度は正に、どこまでも自分主義な、良心の欠片もない生粋の魔族だ。
「本当はさ、こっちのサウザンドトーナメントにも出てみたかったんだ。でも、神に見つかったらまた粛清されちゃうからね。仕方なくこの十年間は大人しくしてたよ。でもトーナメントが終われば、神は安心してまた深い眠りについちゃうからね。これからは思う存分、ボクのやりたい事が出来るよ」
「そのやりたい事っていうのが、あんたの言う弱い者いじめ? ガキらしい低俗な目標だこと」
エルカの煽りにも、ネイクスは笑顔で応える。
「それだけじゃないよ~。ボクを粛清した神を、悔しがらせてやるんだ。魔界の安定を望む神が、千年後に目覚めたら滅茶苦茶になってたらどう思うかな? しかも、一度は粛清したはずのボクの手によってね。そして、その頃にはきっとボクは神以上の力を手に入れているはずさ。ビックリするだろうね~。その時こそ、直接復讐してあげるつもりさ。今度こそ負けるつもりはないよ」
ネイクスは当然のように、千年後での神への復讐を口にした。普通の魔族ならどんなに長生きしても八百年ぐらいが限界だが、一度は死んで甦ったネイクスにとって、千年生きる事など容易い事なのだ。
「……残念ね。あんたのその計画、破綻するわよ」
「へえ。どうして?」
「今ここで、私にぶっ殺されるからよ」
エルカが一歩前に出た。ヤドックが加勢に入ろうとするが、エルカは目で制した。一人で多数相手にする事はあっても、一人を相手に多数で戦った事は一度もないし、今後もする気はない。
「しかし姫様……あの小僧、今はまだ力を抑えていますが、得体が知れません。それに、今までの話が全て真実だとしたら、姫様でも勝てるかどうか分かりませぬぞ」
「いつも言ってるでしょう。格上上等。神に目を付けられる程の強さってのが一体どの程度なのか、見てみたいわ」
闘志をたぎらせるエルカに対して、ネイクスの反応は薄い。興味なさそうにエルカに背を向けた。
「今はいいや。エルカはこの大陸では最強なんでしょ? だったら最後でいい。ボク、好物は最後に食べるタイプなんだ。他のエリアを全部壊してから遊んでもらうよ。だからもう少し待っててね」
エルカは聞く耳も持たず、拳を握りしめながら、その無防備の小さな背中に向かって走りだした。
「だから、待っててってば」
ネイクスが振り向いた瞬間、部屋中が一瞬で異様な空気に包み込まれ、エルカの足がピタリと止まった。足だけではない。体全体が、金縛りに遭ったように動かないのだ。全身に鳥肌が立ち、寒気と息苦しさも同時に押し寄せてくる。ベルーゼも、タオも、カゲトも同じだ。
(な、何よこれ……体が動かない。しかも震えてる。どうして……!?)
それは、エルカが初めて味わう感情……恐怖というものだった。まるで体内の全ての細胞が、ネイクスという生物を拒絶しているかのようだ。そして、エルカはこうも思った。こいつとだけは戦いたくない……と。そんな事を思ったのも、生まれて初めての経験だった。
タオは、込み上げる吐き気を必死で堪える。そこに立っているだけで、動悸が激しくなっていくのだ。かといって、座り込む事も出来ない。膝を曲げる事すら出来ないのだから。
純粋な魔族であるベルーゼとカゲトは、エルカとタオ以上に敏感にネイクスの魔力を感じ取っていた。
不安、恐怖、焦燥、悲壮、混乱、不快、嫌悪、絶望…………ありとあらゆる負の感情が、心の底から止めどなく溢れ出てくる。体中に纏わり付く、闇よりもどす黒いネイクスの魔力が、それを無理矢理引っ張り出しているかのようだ。
(あの小僧……何という奴じゃ。魔界の神に粛清されたというのは、嘘でもハッタリでもない。奴は、あまりにも危険すぎる……!)
唯一人ネイクスの威圧に耐えているヤドックでも、この年齢にしてここまでの力を見せるネイクスに、驚かずにはいられなかった。何より恐ろしいのは、ネイクスはまだ子供だという点だ。つまり、これからいくらでも伸び代はあるという事。千年後なら神をも超えているというのも、今なら納得出来るだろう。
「あは。皆大人しくなったね。てわけだからさ、今日はもう帰ってよ。また今度ね」
「……ふざ……けんな!!」
エルカは、震える両脚を平手で思い切り叩いた。怒りの感情で恐怖を消し飛ばし、再びネイクスに向かっていった。しかし、またしてもエルカの動きが止まる。ヤドックが、エルカの腕を掴んでいたからだ。
「何掴んでんのよ、ヤドック。放しなさいよ」
「そんな精神状態で奴に突っ込んでいってどうなるか、想像できない姫様ではありますまい? そんな物は、勇気でも何でもない。ただの無謀です」
「……」
そんな事は当然エルカも分かっている。だが、どうしても許せなかった。今まで散々強い者を求めていながら、いざその絶対的な存在が目の前に現れて、怖じ気づいてしまった自分の事が。このままでは納得など出来るはずがない。
しかし、ネイクスに勝てるイメージが砂粒程も湧かないのも事実。そんなエルカの様子を、ネイクスは笑いながら見ていた。
「じゃあこうしよう。まずはボクのペットと戦ってみてよ。その戦いぶりを見て、ボクが戦うかどうか決めるよ」
「ペットですって……?」
「うん。あっ、ちょうど下りてきたみたい」
階段の上から聞こえてくる足音。全員の視線がそこに集中する。上の階は暗くて何も見えない。暗がりの中から、そのペットとやらの姿が徐々に視認出来るようになってきた。そしてその正体が明らかになった時、エルカとタオとヤドックは、自分の目を疑わずにはいられなかった。
「イアーナ……!」
そこにいたのは、人間界から魔界に攫われた三人目の姫。ガラパ国のイアーナだった。イアーナは微笑を浮かべながら、冷たい目でエルカ達を見下ろした。
「ふっ……久し振りね。エルカ、タオ」
「イアーナ……ど、どうして?」
タオは訳が分からないといった顔だ。エルカは驚きはしたものの、すぐに納得した。何故なら、エルカは知っていたからだ。イアーナが自分と同じように、ただの姫ではないという事を……。




