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第54話 新たな脅威

 ベルーゼ城のエルカの自室。エルカはベッドに横たわったまま、見慣れた天井をボーッと眺めていた。

 エルカはあの後すぐにベルーゼ城に連れ帰られ、ありとあらゆる治療を施された。しかしスパーダから受けた傷よりも、ソウルファイヤによって消耗された魂の方が問題だった。魂を外部から治療する事は出来ない。エルカの生命力に賭けるしかなかったのだ。

 だが結果として、エルカは一命を取り留めた。五日間も眠ったままだったが、それから一ヶ月経った今ではもうほとんど回復している。戦う事だって可能だ。ヤドックも今回ばかりは気が気でなかったのと同時に、あそこから回復したエルカの生命力の強さに改めて驚いた。

 エルカは、ベッドの横の椅子に座り読書にふけっているヤドックをチラリと見た。念願のサウザンドトーナメント優勝を果たしたエルカにとって、最大にして最後の問題がこのヤドックだ。今は大事を取ってこの城への滞在をヤドックは黙認しているが、完治次第すぐにフロッグに連れ戻されるのは明白だ。


(どうしたもんかしらね。ソウルファイヤを使えば、流石に平常時のヤドックは倒せる。でもヤドックもソウルファイヤを使える……使われれば当然、強さは再び逆転するわ。なら発動と同時に不意打ちすれば……いや、成功する気がしないわね)


 あーでもない、こーでもないと、思考がぐるぐると出口の無い迷路を彷徨う。ここまで来て諦めるわけにはいかない。ヤドックを倒すのが無理なら、せめて何とか目の届かない所へ逃げなくては……。そんな事を考え始めた時、誰かが部屋をノックした。開けて入ったのはタオだ。


「あっ、エルカ起きてたんだ。ご飯出来たよ。ヤドックさんもどうぞ」


「かたじけない。姫様、参りましょう」


「ええ、そうね。どっこらせ、と」


 エルカはわざと重そうに体を起こした。まだ完治までは遠いと、ヤドックには思わせておく必要がある。もっとも、ヤドックはそんなエルカの演技などお見通しなのだが。

 食堂には、既に他の者達が全員揃っていた。カゲトも、トーナメントが終わってからもずっと居座っている。当面は行く当ては特にないらしい。

 しかし、レオンとタルトの姿は以前から無い。エルカが目を覚ましてから三日後、レオンはタルトを連れてLエリアへと帰っていったのだ。タオはその時、最後にもう一度タルトに意思確認をしたが、タルトの答えは変わらなかった。しかしタオのレオンに対する信頼は、サウザンドトーナメントでの戦いを通して確かなものとなったので、それ以上は何も言わずに二人を見送った。レオンならタルトを不幸にする事はない。そう思ったのだ。


「……姫、お口に合わないでやんすか?」


 低いテンションで料理を口に運ぶエルカを見て、スケ夫がハラハラしながら声をかけた。


「え? いや、別に。ちょっと考え事してただけよ」


 サウザンドトーナメントが終わってからは、ベルーゼ城は静かなものだ。唯一怒声を上げるエルカがこの調子なのだから、当然といえば当然だ。エルカによる地獄のような特訓も、トーナメント終了後は全くやっていない。手下達は死ぬような思いでそれをやっていたのだが、無ければ無いで寂しさを感じていた。


(……何なのかしら、この虚無感は。ヤドックを看破する方法が見つからないから? でもそれだけじゃない気がするわ)


 エルカ自身も分かっていないが、これは王者故の虚しさというものだった。幼い頃から夢見ていた魔界。その魔界最強を決めるトーナメントで、見事優勝を果たした。その事自体はエルカ自身もこの上ない達成感と喜びを得た……それは間違いない。

 だが、これで終わりなのだ。今後も魔界の強者達は、死に物狂いで修行してエルカに挑んでくるだろう。しかし、挑戦者としてのエルカはもう終わったのだ。上から見下ろすよりも、下から駆け上がる方が性に合っている。挑戦は受けるよりもする方が楽しい、そういう事だ。強いて言えば、ヤドックという最後の目標もあるにはあるのだが、それはエルカの虚無感を埋める物とはまた違っていた。


「……ん? おい、何だあれ? 何か飛んでくるぜ」


 魚の骨をしゃぶりながら窓の外を眺めていたカゲトが何かに気付いた。他の者達の視線もそこに集まる。見ると確かに、何かが飛行していてこちらに向かってきている。どうやら、一人乗りの小型の飛行艇のようだ。しかし、何か様子がおかしい。紙飛行機のようにフラフラしていて、今にも墜落してしまいそうだ。


「……!? タルト!!」


 タオが悲鳴のような声を上げた。体が小さくて見えにくいが、確かに運転席に乗っているのはタルトだ。しかも、頭から血を流していてぐったりとしている。一目でただ事では無いと分かる。

 タオが窓から飛び出した。ベルーゼもその後を追う。あとほんの数秒で墜落するところで、タオとベルーゼが両翼を抱え上げ、そのままゆっくりと地上に降り立った。エルカ達も大急ぎで外に出て、三人の元へ駆け寄った。


「タルト! しっかりして!」


 タオの呼びかけに、タルトがうっすらと目を開け、朦朧とした意識の中でタオ達の顔を認識した。


「……皆……さん? 私、生きて……るんですか? うっ……!」


 タルトが体の痛みに目をきつく閉じた。とにかくまずは手当を……ヤドックのその言葉に、タルトは首を横に振った。


「……私の事はいいです。それより、すぐにLエリアに来て下さい。大変な事が起こってしまいました」


「何があったの? レオンの奴にDVされたって言うなら、今すぐにでも殴り込みに行くけど?」


 流石にそれはないだろう……と誰かがエルカに言う前に、タルトがそれを否定する。


「いえ……他エリアの襲撃に遭ったんです。相手はたった一人の男でした。どこのエリアの者かは分かりませんが……恐ろしい強さでした。レオンさんも抵抗したのですが歯が立たず、私だけを逃がすのが精一杯で……」


 他エリアの襲撃……その答えに、その場にいた全員が首をかしげた。それは考えにくい事だからだ。

 優勝が決まり、エルカが意識を失った後、レオンも壇上に上がって全エリアに向けてこう告げた。今後一切のLエリアへの攻撃を禁止する、と。それを無視してLエリアへ攻め込めば、当然その瞬間に魂は破壊される。

 ならば代表メンバーにはならなかった手下か。メンバー以外なら命令に従う義務は無いのだ。だが、それもおかしい。エリアの代表メンバーにもなれなかった輩に、レオンが歯が立たないなどという事があるはずがない。

 とにかく考えるのは後だ。タオがエルカとタルトを、ベルーゼがカゲトとヤドックを背に乗せ、Lエリアへと飛び立った。

 全速前進で飛ばした結果、あっという間にLエリアに到着した。その変わり果てた景色に、一同は愕然とする。集落は完全に崩壊してあちこちから煙が上がり、全てのロボットは完全に破壊されている。もはや再興は不可能だろう。


「ひどい……どうしてこんな……」


 タオが無念の表情を浮かべ、タルトも目を伏せて俯いた。エルカ達は、辺りを見回してレオンの姿を探し歩いた。この状況では、レオンも生存は絶望的……。だが、そう思っても口には出さなかった。一時間ほど歩いたが、レオンの姿は見つからなかった。瓦礫を引っくり返しても、影も形も無い。レオンの所持品も見つからない。という事は何とか逃げ延びたのか……それとも、その男に何らかの理由で連れ去られたか。ならば、その男は一体どこの誰なのかを知る必要がある。


「ねえ、タルト。その男の特徴は覚えてる?」


 タオがタルトの肩に優しく手を乗せて問いかけた。タルトが僅かに身震いし、口を開いた。


「……道化師のような出で立ちをした男です。狂ったように笑いながら、魔法で次々とロボット達を破壊していきました。レオンさんの銃弾も、魔法で全て防がれて……。あっ、そういえば、ネイクス様の命により……と言っていたのを覚えています」


「ネ、ネイクスだとお!?」


 叫んだのはカゲトだった。普段は物静かなカゲトが突然大声を上げたので、皆が驚きの視線を向けた。


「カゲト、あんた知ってんの?」


「……あ、ああ。まあ、な」


 カゲトは冷や汗をダラダラと流し、体は恐怖で震えていた。当然こんなカゲトも、今まで誰も見た事がない。


「ネ……ネイクスは、Nエリアのボスだ。つまり、俺の出身地の……な」


 Nエリア……サウザンドトーナメントで唯一不参加理由不明だったエリアだ。エルカ達は完全に魔界を掌握したつもりでいたが、Nエリアだけは支配下に置いていなかった事を、カゲト以外は完全に忘れていた。


「気に入らないわね。サウザンドトーナメントに出てこなかったチキンのくせに、終わってからいきなり出てくるなんて。しかも、Bエリアに攻め込んでくるならまだしも、Lエリアを襲撃したっていうのがますますムカつくわ」


 エルカは苛つきを露わにしながら、指の骨をバキバキと鳴らした。しかし、カゲトは俯きながら首を横に振った。


「違う……。トーナメントに出なかった理由は分からんが、あいつはそんなんじゃねえ。恐怖なんて感情は、微塵も持ち合わせちゃあいねえんだ。あるのはただ一つ。無邪気という名の、最悪の残虐性だ」


 カゲトはカラカラになった喉を潤すために、腰に付けていた酒瓶を口に付け、一気に飲み干した。しかし、今は全く酔える気がしない。


「エルカにサウザンドトーナメントに誘われた時、正直乗り気じゃあなかった。そんな所に出て、ネイクスと鉢合わせするのは御免だったからな」


 エルカは思い出した。その時のカゲトの様子に違和感を覚えた事を。あれは、ネイクスへの恐れから来る物だったのだ。


「それでも参加を決めたのは、もしかしたらエルカならネイクスを倒せるかもしれないと思ったからだ。まあ、結局奴は現れなかったから、取り越し苦労だったがな」


「ち、ちょっと待てカゲト。Nエリアにそんな強い奴がいるなんて、今まで一度も聞いた事がないぞ。特別強くも弱くもない、取り立てて特徴のないエリアだったはずだ」


 ベルーゼが慌てて口を挟んだ。カゲトがベルーゼに視線を移す。


「順を追って話してやるよ。ちと長くなるがな」


 カゲトはそう言って、トラウマとも言える思い出したくない過去を掘り起こし始めた。

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