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第52話 激闘決着

 エルカがゆらりと立ち上がった。スパーダの言っている事に異論はない。確かに、エルカは自分より強い者と拳を交えた経験は、スパーダに比べれば遙かに少ないだろう。だがそれでも負けるつもりは全くない。何故なら……エルカも己を磨く事に、一切の妥協をしてこなかったからだ。

 後天的に強くなったスパーダと違い、エルカは幼少の頃から強かった。ヤドックでさえも認める才能があった。だからと言って、その才能にかまけた事など一度もないのだ。

 エルカは力強い目でスパーダを見据え、再びソウルファイヤを発動させた。


「敵ながら尊敬に値するわ。あんたは、私の最高の踏み台よ。あんたのおかげで、私は更に強くなれる」


「俺もお前には敬意を表する。魔界の支配者となる最後の戦いにおいて、お前ほど相応しい相手はいないだろう」


「……行くわよ」


「来い」


 二つの拳がかち合った。指先から肩にかけて走るその凄まじい衝撃に、両者共に後方へ飛ばされる。足でブレーキをかけ、再び二人は真正面から突っ込む。今度は二人同時にお互いの顔に拳をぶち込んだ。ぐらつく体を先に立て直したのはスパーダだ。ガラ空きになったエルカの腹部に蹴りを入れ、それと同時に上半身に糸を巻きつけて、腕の動きを封じた。


「だああっ!」


 エルカが腕を広げ、力任せに糸を引き千切る。その一瞬の隙を突いて、スパーダがエルカの視界から消えた。エルカが背後に気配を感じ取る前に、スパーダは更に次の行動を起こしていた。エルカの背後から放出された糸が、今度はエルカの首に巻き付く。ほどく暇も与えず、スパーダは空に向かって飛び出した。エルカは完全に首吊りの状態になり、加速と共に糸が首をきつく絞めていく。


「……ぐっ……かはっ……!」


 地上百メートル程の地点でスパーダは止まり、糸で繋いでいるエルカをハンマー投げのように振り回し始めた。遠心力で更に首が絞まり、エルカが苦悶の表情を浮かべる。もう少しで引き千切れると思ったところで、逆にスパーダが自ら糸を切り離した。

 支点を失い、自分で飛ぶ事も出来ないエルカは、為す術なく飛ばされていく。その先にある物は、闘技場だった。まるで狙い澄ましたかのように、リングの中央にエルカの体は頭から突き刺さった。その衝突によって、激しい地鳴りと、リングの破片が辺りに舞い上がった。


「エ、エルカ!?」


 突然空から降ってきたエルカに、ベルーゼ達は驚きの声を上げる。ふらつきながら這い出てきたエルカは、既にソウルファイヤが消えかけている。それを見たヤドックが奥歯を噛み締めた。


(くっ……姫様、もはや限界です。これ以上無理に使えば、姫様のお命は……!)


 そんなヤドックに絶望を突きつけるかのように、スパーダがエルカの目の前にふわりと着地した。エルカが小さく笑う。


「ふっ……何よ、こんな所に投げ落として。意外と目立ちたがり屋なのね、あんた」


「魔界中の連中の脳裏に焼き付けておく必要があるだろう? これから魔界を支配する者の圧倒的な強さをな。それに誰も見ていない所で決着をつけて、ジャッジがそれを告げるだけというのも最後の試合としては味気なかろう」


 スパーダは、チラリとダカシア達に視線を送る。ここに戻ってきた理由はもう一つあった。見せてやりたかったのだ……ここまで同じ弱者として、共に死線を超えてきた仲間達に、自分達が頂点に立つその瞬間を。


(長かった戦いも、もうすぐ終わる。どんなに底辺にいても、俺達は決して諦めなかった。だからこそ、俺達は今ここにいる。だが、ここで負ければ全てが無となってしまうのだ。だから、絶対に負けられん……!)


 スパーダを覆う魔力が更に強まった。風前の灯火のエルカに対してスパーダのそれは、灯火をあっさりと飲み込んでしまいそうな灼熱の業火だ。ここに来てこれほどの余力の差を見せ付けられたBエリア側は、驚愕と絶望に陥ってしまっていた。しかし、当のエルカにはそれは感じられない。むしろ、その逆だ。


「……最っ高」


 そう呟いた途端、エルカの体からこれまでで最大の光が発せられた。さっきまで消えかけていた炎は、今やスパーダにも勝るとも劣らない輝きを放っている。ヤドックは、今にも飛び出してしまいそうな己の体を、理性で必死に押さえつけていた。


「まさか……お前にもまだそんな力が……? とっくに限界だったはずだ」


「限界ってのはね……超えるためにあんのよ!」


 相手がスパーダだからこそ、エルカはここまでの力が出せた。限界を超えた自分の力……そしてそれを用いても尚、勝てるかどうか分からないスパーダ。その二つは、エルカにとって最高の興奮剤となった。


「うおりゃああああーー!!」


「ぬうっ!」


 スパーダの防御を右のアッパーで力任せに弾き飛ばし、左のストレートでスパーダの胸部に深々とめり込ませる。しかし、スパーダは血反吐を吐きながらも反撃に出る。エルカの髪を掴み、思い切り引き倒して顔面をリングに打ちつけた。追撃しようとするスパーダに対し、エルカは即座に身を起こし、後頭部でスパーダの顎を打ち上げる。

 そして魔界の運命を賭けた、最後の殴り合いが始まった。一撃一撃が、確実に相手を死に近付ける。そのあまりの凄まじさに、場内は誰一人として声を発しなかった。ただ手に汗を握り、戦いを見届ける事しか出来ない。

 ソウルファイヤのリミットの十分など、とっくのとうに過ぎている。それでもエルカは、その炎を一切弱める事はしなかった。今のエルカを支えている物は、勝利への欲求、そして執念だけだ。悲鳴を上げる魂と肉体を、その精神力が黙らせ、拳を前に突き出させる。

 そんな中でも、スパーダはあくまで冷静にこの戦いの終着点を考えていた。これまでに培ってきた戦いの勘と、今まで見てきたエルカの癖や性格から判断し、一つの結論に至った。


(渾身の力を込めた、右の正拳突き……それがこいつのフィニッシュブローだ。こいつは最後に必ずそれを狙ってくる)


 エルカは、先程から右の拳を強く握りしめておきながら、あまり積極的にそれを使おうとしない。防御やフェイント、そして軽いジャブ程度だ。


(恐らくそれは俺でも受け止める事は出来ん。だが注意深く見ていれば、回避する事は充分に可能。その瞬間、俺の勝利が決まる……!)


 このまま殴り合いを続ければ、どちらが先に倒れるか分からない。それならばと、スパーダは敢えて隙を作った。エルカを誘い込むために……。


「うぐっ!」


 エルカの蹴りをわざと食らってよろめいたのだ。その瞬間、エルカの目が光った。最大の好機を逃すまいと右腕を目一杯引いた。それがスパーダの罠だとも知らずに。


「くたばれぇぇーーーっ!」


 文字通り魂を込めたエルカの渾身の右ストレートが、隙だらけのスパーダの顔面に放たれた。決まった……エルカだけでなく、誰もがそう思った。だが、全てはスパーダの目論見通り。スパーダは体の向きを変えながら身を引き、その拳をやり過ごした。エルカは感じるはずの手応えを感じないまま、バランスを崩してそのまま前のめりに倒れていく。


(勝った!)


 しかし、スパーダにも予期せぬ事態が起こった。エルカは倒れそうになりながらも、咄嗟に脚を上げて踵をスパーダのこめかみに打ち当てていた。考えてやった事ではない。防衛本能がエルカの脳に命令を下し、体を突き動かしたのだ。

 だが、それはスパーダの動きを一瞬止めただけに過ぎない。スパーダは瞬時にその手に魔力を込めて鋭い手刀に変え、エルカの後頭部に照準を定める。依然エルカはバランスを崩したままだ。


「今度こそ終わりだ!」


 終焉を告げるその手刀を突きだした。直後にエルカが振り向く。もはや防御も回避も絶対に不可能。だが…………エルカは死ななかった。ベルーゼは久しぶりにその光景を見て、改めて思い出した。エルカは……そういう戦い方が出来る女だという事を。


「なっ……」


 スパーダが突きだした手刀は、エルカの歯で挟まれて止められていた。ほんの一瞬でもタイミングがズレていたら、確実にエルカの顔面は貫かれていたはずだったのだ。

 エルカがスパーダの指を噛んだまま、これまでに誰にも見せた事のない、邪神のような笑みを浮かべた。


(来る! 正真正銘、最後の一撃が……!)


 しかし、スパーダは異変に気付く。体が動かないのだ。それだけではない。エルカの動きが、極端に遅い。だが確実にその右の拳を、スパーダの顔面に向けて繰り出してくる。こんなスローな攻撃は亀でも避けられる……本来ならば。しかし、やはり体は動かせない。まるで止まった時間の中を、エルカだけがゆっくりと動いているかのようだ。

 拳が眼前に迫る…………あと十センチ……五センチ……一センチ。ここでようやくスパーダは気付いた。



 ────自分が、既に殴り飛ばされていた事に。



 スパーダは地面に大の字になりながら空を見上げていた。ここは千年島の端の方だろうとスパーダは見当を付ける。島の中央のリング上から、こんな所まで吹っ飛ばされたという事だ。

 何故あの瞬間がスローモーションになったのか……答えは簡単だ。そのあまりのスピードと衝撃に、脳の処理が追い付いていなかっただけの事。既に殴られた事にすら気付かず、避けようと藻掻いていたのだ。

 最初にソウルファイヤでの一撃を食らった時も、殴られたと気付くまでタイムラグがあった。しかし、最後のあの一撃はその次元すら遙かに超越していた。

 もはやスパーダに戦う力は残っていない。スパーダはゆっくりと目を閉じ、そして口を開いた。


「…………ふっ……見事だ」


 闘技場では、誰もがスパーダが飛び出していった壁の穴を凝視した。ジャッジが未だに試合結果を出さないからだ。終了か、それとも続行か。Bエリアサイドも、Sエリアサイドも、祈るような思いで待ち続ける。そして……遂にジャッジが手を高々と上げた。


「……十秒。勝者、Bエリア・エルカ。Bエリア、サウザンドトーナメント優勝です」

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