第46話 最強のバンパイア
スパーダ達の元に戻ったダカシアが、スパーダに一礼した。勝利こそしたが、カゲト以上の重体だ。腕の切断面を見ながら、スパーダが声をかけた。
「ダカシア、ご苦労だった。腕は平気か?」
スパーダの問いに、ダカシアは小さく頷く。
「はい。三日もすれば生え始めるでしょう。戦うのはしばらく無理でしょうが」
「そうか。それならいい。治療に専念しろ」
もう一度一礼するダカシアに、スコーピオが鼻を鳴らした。
「はん、だらしねえな。あの程度の相手に腕を持っていかれるなんてよ。俺ならもっと楽に勝ってたぜ?」
ダカシアがスコーピオを睨みつける。しかしスパーダがダカシアに目配せし、それを制止した。ダカシアが、その小さな殺気を引っ込めた。
「スコーピオ、俺の部下への侮辱は許さん。それは俺を侮辱するのと同じ事だと思え」
「……へ~い」
スコーピオはあからさまに不満げな態度でそっぽを向き、両手を頭の後ろで組んだ。流石のスコーピオも、スパーダには逆らえない。かといって、忠誠を誓う事も絶対にしない。スパーダがスコーピオをどう思っているかはともかく、スコーピオにとってはスパーダはただ利用価値があるから付いているだけに過ぎない。一時的に緊迫した空気が流れるが、何事もなかったかのように、スパーダが別の部下に視線を移した。
「次鋒はお前だ、ラチュラ。あの人間の女以外ならお前が負ける事はまず無いだろうが、油断はするなよ。まだ見せていない武器や戦法を使ってくるかもしれん」
「……分かりました」
ラチュラ……見た目年齢はレオンと同じくらいの若いバンパイア。そしてサンタクロースのように、大きな袋を肩に担いでいる。そしてバンパイアらしく、見るからに病弱そうな青白い肌と、ガリガリの体型をしていた。その上猫背で髪もボサボサで、前髪で目が隠れている。一言で言えば陰気だ。ダカシアもそうだったが、とても強そうには見えない。
しかし、ラチュラの準決勝での戦いを、既に皆が見ている。見た目通りと強さではない事は周知されているのだ。彼もまた、ダカシアと同じように、並みのバンパイアのレベルからは遙かに逸脱している。
ジャッジの魔法によって修復されたリングの中央に、次鋒の二人が向かい合った。
「どーも……よろしく」
ラチュラが気怠げに挨拶した。
「あっ、今あなたこう思ったでしょ。こいつやる気あるのか? って」
「……」
「失礼な人ですね。ありますよ、やる気。僕だって勝ちたいんですから。元々こういうテンションなんです……」
「まだ何も言ってないだろう」
その独特の雰囲気に、レオンは調子を狂わされる。だが、決して気は緩めない。準決勝でのラチュラは、対戦相手の剣による攻撃を全て躱した挙げ句に、ハンマーで一撃で相手の頭をかち割った。ハンマーと言っても、ダカシアが使っているような身長サイズの重量級ハンマーではない。それは何と、小さなピコピコハンマーだった。完全に相手をナメているとしか思えない武器だったが、現にそれで相手を殺しているのだ。
「ところで、あなた人間界に行ったことあります?」
「いや、無いが」
「僕はありますよ。幸い人間と似たような容姿なので、すんなりと溶け込めました。ちょっとした旅気分でね。太陽の光がネックでしたが、人間の血はなかなか美味ですから我慢しました。その人間界で僕が特に興味を引かれた物がありました。何だと思います?」
ラチュラが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「さあ……?」
「玩具ですよ。いやはや、人間の発想力っていうのは素晴らしいですよ。魔界でも誰か作ってくれればいいのに。仕方ないので持ち帰りました。あっ、誤解しないで下さいね。ちゃんとお金出して買いましたよ。それが向こうのルールですから」
「……よく喋る奴だな。何が言いたいんだ?」
陰気ながらもフレンドリーなラチュラに対して、相変わらずレオンは警戒心を解かない。レオンの一言に、ラチュラはムッとした表情を浮かべる。
「……せっかく旅の思い出話を聞いてもらおうと思ったのに。別に何が言いたいとかじゃないですよ。何となく僕とタイプが似てるから、ひょっとしたら友人になれるかもと思ったんですけど、仕方ありませんね」
ラチュラはそう言って、袋の中身をリングの上にぶちまけた。中から出てきたのは、数々の玩具やぬいぐるみだった。その山の中からラチュラは二つのリモコンを拾い上げ、両手に持った。
「……まさか」
「ええ。全部戦闘用に改造してあります。もちろん昨日使ったピコピコハンマーもね。これらの玩具全てが僕の武器です」
それぞれの武器は、片や銃火器、片や玩具。何とも滑稽な構図だが、壇上の二人は至って真剣だ。間もなく、次鋒戦が始まろうとしている。
「……では、そろそろ始めたいと思います。次鋒戦、開始ッ」
ジャッジの試合開始宣言に起こされたかのように、ぬいぐるみや玩具の兵隊達が立ち上がった。レオンは両手にハンドガンを持ち、それらに照準を合わせた。しかしすぐにその照準からは外れる事になる。ラチュラがリモコン操作すると、ぬいぐるみと兵隊達が一斉に飛び上がり、レオンに襲いかかった。
「ちっ! やはりそう来るか!」
予想はしていたが、いざこうして複数で攻められると焦る。レオンは再び狙いを定め、トリガーを連続で絞った。風穴を空けられ、中の綿を撒き散らすぬいぐるみ。バラバラになって吹っ飛ぶ兵隊達。しかし数が多すぎる。サブマシンガンを使ったとしても、この数では対処しようがない。
一体の可愛いクマのぬいぐるみが、レオンの顔の目の前に飛び上がり、腕を振りかぶった。
「ぐはっ!」
顔面を殴られた。ぬいぐるみとは思えない硬度と衝撃。追撃をかけるように、兵隊達がその手に持ったライフルでレオンを狙い撃つ。銃弾から逃れるため、レオンはブーツのジェットで舞い上がった。
「……何!? こいつら……!」
それを読んでいたかのように、レオンの目の前にはラジコンヘリが三機もホバリングしていた。装着された機関銃は、しっかりとレオンに向いている。撃たれる直前にレオンは手を翳し、指輪から光のシールドを展開させた。その銃弾の威力はさほど強くはなく、問題なく防ぎきることが出来る。
レオンがシールドで身を守りつつ、もう片方の手に持つハンドガンのトリガーを絞り、三機のラジコンヘリを正確に撃ち抜いた。
「あまり人の玩具を壊さないで下さいよ」
「!」
背後では、ラチュラがピコピコハンマーを構えていた。レオンがシールドを向けようとするも間に合わず、その重い一撃を無防備な背中に受けてしまった。
「うっぐぁ……!」
ピコンという間抜けな音からは想像もつかない衝撃。レオンは受け身を取る間もなくリングに激突した。ラチュラが再びリモコンに持ち替えて操作すると、下で待ち構えていた数体のぬいぐるみがレオンに向かって走りだした。レオンが反撃しようとするも、玩具の兵隊達にライフルでハンドガンを撃たれ、遠くに弾き飛ばされてしまった。丸腰になったレオンを、クマとウサギとペンギンのぬいぐるみが襲いかかる。
「はは、チェックメイトってやつですねぇ」
高みの見物を決め込んでいるラチュラが、勝ち誇った笑みを浮かべる。しかし次の瞬間、レオンを中心に爆発が起こり、ぬいぐるみや兵隊達が全て吹き飛んだ。手榴弾のピンを既に引き抜いていたのだ。だが当然これは捨て身の戦法だ。レオンもただでは済まない。
「……くっ」
全身火傷だらけになり、その場に膝を突いた。小粒な連中は全て片付いたが、肝心の本体は未だに無傷だ。ラチュラがレオンの目の前に着地し、レオンを見下ろした。
「あーあ、全部壊してくれちゃって。僕のお気に入りだったんですよ、まったく」
ラチュラの手にはヨーヨー。指に紐を巻きつけたまま、レオンの顔目掛けて投げた。飛び散ったレオンの血が、リングに青い斑点をつける。ぶつけてからそれを引き戻し、また同じようにぶつける。ラチュラはそれを何度も何度も繰り返す。お気に入りの玩具を壊された恨みを晴らすかのように。
「思ったより丈夫ですね。まだ意識があるなんて。少し疲れてきましたよ」
「……ふ……ふふふ」
この状況に似つかわしくないレオンの態度に、ラチュラが怪訝な顔をする。
「何がおかしいんです? 気でも触れましたか?」
「接近してくれるのを待っていたよ。ロックオン完了だ。もう逃げられないよ」
ラチュラが、レオンがいつの間にか何かをその手に握っていた事に気付いた。八角形の金属片…………その中心からレーザーポインターのような赤い光が、ラチュラに向かって伸びている。
その金属片が輝きながら展開し、レオンの右肩から手先に至るまでを包み込む、一体化型の大型の電磁砲に変形した。パワーの充填も既に完了している。
「何です……これは!?」
とてつもない危機感に見舞われたラチュラが、地を蹴って飛び立った。
「爆ぜろ!」
電撃を纏った極太の波動砲が、その大砲のような銃口から発射された。その凄まじい反動にレオンの体は後方に吹っ飛び、装着していた右肩が悲鳴を上げる。レオンは肩を押さえ、痛みに歯を食いしばりながら立ち上がり、その波動砲を目で追った。
「くっ……!」
ラチュラが必死の形相で場内を飛び回るが、その波動砲はどこまでも追ってくる。一度ロックオンした相手は、たとえ地の果てまでも追いかけるのだ。ラチュラは、今度は観客席の方に向かって飛び、その目の前で止まり背を向けた。
「うわ、何だこいつ!」
「馬鹿野郎! こっちに来るんじゃねえ!」
「ひいい! 弾がこっちに飛んでくるぅ!!」
近くの観客達が悲鳴を上げ始めた。ラチュラは、波動砲を充分に引きつけてから、ギリギリのタイミングでそれを避けた。後ろの観客席にぶつけてやり過ごすつもりだ。しかし、その目論見は外れた。
「はっ!?」
波動砲は観客席に突っ込む事なく鋭角に曲がり、再びラチュラを追いかけた。電磁砲のロックオンは絶対に外せない。ラチュラは下にいるレオンをチラリと見た。
(先にあっちを叩くか……いや、あいつだって黙ってやられるわけがないし、攻撃すればどうしたって飛行速度が緩む。どう足掻いてもこれは食らうしかない…………それならば……!)
ラチュラは後ろを振り返り、体を丸め、両腕を交差させて頭部をガードした。そして遂にラチュラに着弾した波動砲が、空中で大爆発を起こす。凄まじい爆風、それと同時に周囲を無差別に稲妻が襲った。
パニックになり逃げ惑う観客達。危うく味方のベルーゼ達にも当たりそうになるが、しばらくするとそれも徐々に収まっていった。そして爆煙も消えていき、ラチュラの姿も見え始める。
「……くそっ」
レオンが思わず口に出した。ラチュラは生きていた。ズタボロになりながらも、電磁砲の一撃に耐えきったのだ。ベルーゼやカゲトもその目を疑った。ヴィトルのような筋肉の鎧を纏っているわけでもなく、むしろ軽く殴っただけで倒れそうな貧相な体をしているラチュラが、あの大爆発の中から生き延びたのだから。
ラチュラがニヤリと笑った。レオンは改めて思い知った。Sエリアの、底知れぬ強さを……。
「……危なかったですよ。本当に死ぬかと思いました。小細工をする暇すらありませんでしたからね」
ラチュラが降下し始め、再びレオンの前に降り立った。二発目はないと見越しての事だ。あれだけのエネルギーを再度放出するには、充填に必ず時間がかかる。それに、二発目を撃つにはレオンの体の方が限界だ。ラチュラが懐に手を入れ、新たな玩具を取り出した。ハンドガンに似ているが違う。
「ああ良かった、壊れてなかったみたいだ。これ、知ってます? 水鉄砲ってやつです。中身は空っぽですけど問題ありません。水は僕の魔力で作るんで」
ラチュラがその銃口をレオンの太腿に向けて引き金を引いた。
「うわあっ!!」
超高圧で噴射された水が、レオンの太腿を貫いた。レオンはたまらずその場に膝を突いた。
「ウォーターカッターって技術が人間界でありましてね。こうやって小さな噴射口から水を一気に出すと、硬い物でも切れちゃうんです。本来は研磨剤を混ぜるみたいですけど、もちろん僕とこの水鉄砲には必要ありません」
ラチュラは、今度は銃口をレオンの眉間に向けた。疲労困憊、満身創痍……ここからレオンが逆転出来る望みは限りなく薄い。しかし、ダメージを受けて弱っているのはラチュラも同じだ。そして懐にはまだいくつかの武器が残されている。まだ百パーセント希望が潰えたわけではない。最後の抵抗……レオンが懐に手を差し入れた。
「レオンさん駄目ぇ!!」
タオの悲鳴にも似た叫び声に、レオンの手が止まる。ベルーゼやカゲトも、何事かと思いタオに目を向けた。
「レオンさん……降参して」
「な、何を言っている? カゲトに続いて僕まで負けたら、もう後が無いんだぞ!」
「まだ二敗でしょ。残り三戦勝てば、皆生きて優勝できる。でもレオンさんがこのまま続ければ、きっと殺されるよ。私、何か間違ったこと言ってる?」
気丈な態度を崩さないタオ。レオンだけでなく、ベルーゼとカゲトも驚きを隠せずお互いの顔を見合わせた。ただ一人エルカだけは、表情を変えずにその様子を傍観していた。
「し、しかし僕は……」
「レオンさんはもう充分にチームに貢献してくれたよ。ここで負けても、タルトとの結婚話は無くなったりしない。でも死んだら、結婚どころか二度と会えなくなるんだよ?」
「うっ……」
タオの言葉の意味が、レオンの心に突き刺さる。同時に、昨日のタルトの言葉を思い出す。絶対に死なないで下さい……その言葉を。
「……で、どうするんです?」
律儀に待っていたラチュラが問いかけると、レオンは懐からゆっくりと手を抜いた。その手には、武器も何も持っていなかった。
「……降参だ」
レオンは仲間を信じ、身を引いた。ここで引いたところで、チームが負ければ待ち受けているのはスパーダによる死の宣告。ほんの少し寿命が延びただけに過ぎないかもしれない。だがそれでもタオの言葉には、それに賭けるに値する強さをレオンは感じた。
「勝者、Sエリア・ラチュラ」
ラチュラは唯一残った玩具を懐にしまい、何も言わずにその場を後にした。これでBエリアは二敗。次鋒戦にして早くも崖っぷちに追い込まれた。タオ、ベルーゼ、エルカ、この中の誰か一人でも負ければ、その時点でBエリアの敗退及び全員の死が確定するのだ。




