表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/84

第45話 最強のゴブリン

「……おはようございます。千年に一度のこのサウザンドトーナメントは、遂に最終日を迎える事となりました。ここまで勝ち残ってきたエリアは、BエリアとSエリアです。優勝エリアには、今回参加した他の十六のエリアの、参加者全員を支配する権利が与えられます。逆らえば、その瞬間に魂の泉にお預けになった魂の分身は破壊されます。努々お忘れ無きよう、宜しくお願い申し上げます。では、これよりサウザンドトーナメント決勝戦を開始致します。両エリア、ご入場下さい」


 二つの入場門が、彼らを地獄へいざなうように開門する。十人の戦士達が、リングを挟んで対峙した。両エリアのボス、ベルーゼとスパーダが対戦方式決めのためにリングに上がる。


「試合を始める前に……通例通り、決勝戦のみ追加ルールを設けます。決勝戦では、場外負けは適用されません」


 ジャッジから放たれた意外な一言。実際にこれまでのサウザンドトーナメントでも、決勝戦ではこの追加ルールが設けられていたのだ。


「言うなれば、島全体……もっと極端に言えば、魔界全体がリングです。代表メンバーの方々は、どうぞ思う存分に戦ってください。観客席の皆様は、巻き添えには充分ご注意を……」


 初めて聞いた者も多いようで、場内がざわついた。決勝戦まで上がってくるほどの力を持った両エリアが、リングにとらわれずに全力で激突する…………一体周囲にどれ程の被害が出るのか。怖じ気づいて退場する者も何人か出始めている。しかし逆に、これを聞いて満面の笑みを浮かべている者が一人。言うまでもなくエルカだ。


「ふっふっふ……上等上等。そもそも最初からそんなルールいらねえっつーの。あんな狭っ苦しいリングの上で魔界最強を決めるなんて滑稽だわ」


 タオとレオンの顔は浮かない。場外は、格下が格上に勝つ手段の一つだったからだ。そんな二人を無視するかのように、ジャッジがコインを高々と弾いた。コインに描かれた悪魔と天使が、嘲るようにくるくると入れ替わり顔を見せる。そしてコインがジャッジの手に戻り、ベルーゼが先に口を開いた。


「表だ」


「……裏」


 ジャッジがその手をどけ、ベルーゼが息を飲む。結果は……表。決定権はBエリアだ。


「……五戦マッチ」


「分かりました。では、両エリアの先鋒はご準備をお願いします」


 今までは、勝ち抜き戦を選択してエルカを先鋒で出すのが理想だった。しかし、今回だけは立場が逆なのだ。スパーダを二度も三度もリングに上がらせるわけにはいかない。スパーダだけではない。チームの総合力においても、Sエリアの方がBエリアを上回っているのだ。


「……俺も試合前にお前達に言っておく事がある」


 スパーダのその言葉に、戻ろうとしていたベルーゼの足が止まった。


「Sエリアが優勝し、支配権を得た時点で、俺はお前達五人に命令を下す。死ね、とな」


「何っ……!」


「最悪負けても生き残れればいいなどと、甘い考えを持たれても困るんでな。それが嫌なら、文字通り死に物狂いでかかってこい。俺達に勝つしか、お前達が生き残る方法はない。以上だ」


 スパーダがベルーゼに背を向けてリングを降りた。ベルーゼもその言葉の意味を噛み締め、遅れてリングを降りる。絶対に負けられない決勝戦。その先陣を切るのは……。


「……んじゃ、行ってくるぜ」


 いつもとは打って変わって真剣な面持ちで、カゲトが歩を踏み出した。カゲトはこれまで、ゴキブレア以外の敵には全て勝ってきた。誰もが認める、Bエリアのナンバーツーの実力者。そのカゲトがいきなり出てきた事に、観客達は意外な顔を見せる。これはエルカが前もって指示していた事だ。ベルーゼ、タオ、レオンの三人では、はっきり言ってSエリアのメンバーに勝つのは難しい。だからこそ、まずは何としても一勝を上げ、流れを作りたかったのだ。


 Sエリアの先鋒はダカシア。昨日、このダカシアの戦いを見た者は誰もがその目を疑った。いや、そもそもこんな大会に出ている事にすら、疑問を持たれていた。何故なら……ダカシアはゴブリンだからだ。

 ゴブリンと言えば、その実力は魔物の中でも最下級に位置する。尖った鼻と耳、そして大人でも人間の子供程の大きさしかない小さな体が特徴で、多少頭がいい事以外はこれといった取り柄のない小鬼だ。だが、ダカシアの強さはそんなゴブリンの常識からは、あまりにも逸脱していた。


「よう。お手柔らかに頼むぜ」


「……ふん、ホーネッツの刀を携えているくせによく言う。相手はたかがゴブリンだぞ?」


「そっちこそ、よく言うぜ。魔界中のゴブリンかき集めたって、お前の足元にも及ばねえだろうよ。一体どうやってそこまで強くなれたんだか」


「それを言うなら、そっちの大将の方が異常だと思うが?」


「……確かに」


 ダカシアが自分の身長ぐらいの長さのハンマーを右肩に担ぎ上げ、腰を落として左半身を前に出した。カゲトも刀を抜き、両手持ちで中段で構える。カゲトは、ダカシアの足下をチラリと見た。さっきからずっと気になっている事…………足が僅かにリングにめり込んでいる。


(あのハンマー、一体どれくらいの重量なんだ?)


「……先鋒戦、開始ッ」


 ────その瞬間、カゲトの眼前にハンマーヘッドの平面が迫っていた。


(なっ!?)


 間一髪で横っ跳びで回避。目標物を失ったハンマーがリングに叩きつけられる。とてつもない轟音と衝撃と共にクレーターが出来上がり、亀裂がリングを越えて観客席まで走った。開始数秒で早くも観客席から悲鳴が上がる。


(な、なんつう破壊力だ……! しかもあんな超重武器をあんなスピードで振り回してきやがるなんて……!)


 ダカシアが、リングに埋もれたヘッドを持ち上げ再びカゲトに襲いかかる。カゲトも負けじと斬りかかるが、ダカシアが振り上げたハンマーに刀が弾かれ宙を舞った。丸腰になったカゲトが慌てて鞘を握るが遅かった。ダカシアはハンマーを振りかぶるのではなく、そのまま真っ直ぐに突いてきた。無防備の胸部を捕らえ、一瞬カゲトの息が止まる。吹っ飛ばされてごろごろと転がりながら息を整え、落下してきた刀をそのままキャッチして立ち上がった。


「ゲホッゲホッ! ……つ、強えな。こりゃマジでやべえかも……」


 今まで幾度となく、道端の石ころを蹴飛ばすように斬り捨ててきたゴブリン。そのゴブリンに対し、カゲトは今脅威を感じている。目の前にいるのは確かに一匹の小さなゴブリンだというのに、巨大な魔獣を前にしているような威圧感を感じる。


「……むっ。今度は何だ?」


 ダカシアがハンマーを真上に振り上げ、そのままリングを叩いた。するとそれによって生じた亀裂が、真っ直ぐカゲトに向かって走りだした。危険を察知したカゲトが横に跳ぶと、さっきまで立っていた地点が火山のように噴火した。避けられるのを見越していたダカシアが、続け様にリングを叩く。リング上で次々と巻き起こる噴火。カゲトは避けながらも距離を詰め、その間合いに入り込んだ。


「くらい……やがれ!」


 ゴキブレアをバラバラにした剣擊の乱舞。ダカシアはその全てをハンマーで受けきる。大振りの武器でありながら、一本のナイフのように軽々と扱うダカシアに、観客達はその目を疑わずにはいられなかった。ましてや、それをしているのは一匹のゴブリンなのだから……。


「うっ!」


 しかし、カゲトの攻撃が遂にダカシアを捕らえた。刀の方に気を取らせておいて、一瞬の隙を突いた鞘による殴打。怯んだダカシアを、カゲトの刀が襲う。ダカシアの胴に斜めに刻まれる一筋の斬り傷。しかし浅い。ダカシアは斬られる瞬間に、僅かに後ろに身を引いていたのだ。だがこれで終わるカゲトでもない。更に一歩前に踏み込み、真下から上に向けて斬り上げようとする。


「ぶはっ!」


 攻撃を食らっていたのはカゲトの方だった。ダカシアのハンマーが、先にカゲトの顎を下から打ち上げていた。高々と舞い上がるカゲトを追い、ダカシアがジャンプする。カゲトを追い越してから、ハンマーを両手で持ち振り上げた。

 このまま叩きつけられれば確実に死ぬ。カゲトは朦朧とする意識を必死に奮い立たせ、体を捻った。ハンマーヘッドが空を切る。まさかあの体勢で避けるとは思っていなかったダカシアは、渾身の力を込めていたせいで、大きくバランスを崩した。


「う……おおお……!」


 がむしゃらに刀を一気に突き出した。心臓を狙ったが、顎のダメージが響き狙いが外れ、その刃はダカシアの左肩を貫いた。


「ぐあっ!」


 刺したまま横に薙ぎ払えば、心臓諸共斬り裂く事が出来る。そうはさせまいとダカシアはカゲトの腕を掴み、刀の動きを止めた。二人は落下しながら空中で揉み合いになり、リングに落ちる直前で、ダカシアは刀を引き抜き、カゲトを蹴り飛ばして間合いを取った。ダカシアは足から着地し、カゲトは背中から落ちてリングを滑る。止まったところで、カゲトが顔を歪ませながら身を起こした。


「いってぇ……だが、一発かましてやったぜ」


 ダカシアの左肩から血がドクドクと流れ落ちる。しかし油断はならない。ダカシアは片手でも余裕でハンマーを振り回せるのだ。とはいえ、お互いにダメージは大きく、体力の消耗も激しい。そろそろ決着は近いと感じ合っていた。カゲトが刀を鞘に収め、腰を落とした。やはり最後は十八番の居合抜きで決めるつもりだ。


「さて……今のうちに言っておくぜ。お前は本当に強えよ。初めてお前を見た時、正直ナメてたぜ。だが人間でもゴブリンでも、時々ぶっ飛んで強え奴がいるって事だな。それが天賦の才ってやつなのか?」


「私も元々はその辺にいるゴブリンと変わらんさ。ただ、誰よりも強くなりたいと願った。そしてスパーダ様がいたから、ここまで来れたのだ」


「……そうかい。失礼な事を言って悪かった。お前も俺が目指すホーネッツ同様、真の魔界の戦士みてえだな。お前のような奴と戦えた事を、誇りに思うぜ」


「それは私もだ。だが、勝利は譲らんぞ」


「ああ……行くぜ」


 カゲトが地を蹴った。超高速の一足跳びでダカシアに迫る。ほぼ同時にダカシアもハンマーを振り下ろす。しかしその瞬間、カゲトが誰も予想しなかった動きをした。そのまま斬りかかると見せかけての、ダカシアの目の前でまさかのバックステップ。ハンマーはカゲトを見失いリングを叩いた。その刹那を見極め、カゲトは再び前に踏み出し抜刀。ダカシアはすぐさまハンマーを持ち上げてガードを試みるが、その刀が完全に抜かれると同時に、そのハンマーはダカシアの右腕に持たれたまま宙を舞った。


 ────カゲトは油断した。武器ごと敵の腕を斬り飛ばしたのだから、勝利を確信するのは当然と言えば当然だ。そのせいで忘れていたのだ。ダカシアが地を叩くと、何が起こるかという事を……。


「はっ!? しまっ……!」


 カゲトの足下が噴火した。爆発と共に、カゲトの体も舞い上がる。目の前には、自分が斬り飛ばしたダカシアの右腕とハンマー。そして…………ダカシア。右腕を失い、左腕も使えない。しかしダカシアは、両足でハンマーの柄を挟み込んだ。そして空中で前方に宙返りし、回転の勢いを利用してカゲトの脳天にハンマーヘッドを叩きつけた。


「……っ!!」


 声にならない悲鳴。頭蓋骨の中で激しくバウンドする脳。鈍痛と共に揺れ動く視界。自分の体が上を向いているのか下を向いているのかも分からないまま、カゲトは力無くリングに落ちていった。


(や……べぇ…………体が……言うことを……)


 意識を失う事は無かったが、それだけで精一杯だった。遠くに見える闘技場の天井が、ぐにゃぐにゃと形を変える。どんなに動けと命令しても、体は指一本動かす事すら出来ない。時間だけが無為に過ぎていく。そして、ようやく僅かに体が反応を示した時に、無情の宣告が下った。


「十秒。勝者、Sエリア・ダカシア」


 ダカシアが大きく息を吐き、左手でハンマーを持ち、引きずりながらカゲトに背を向けて歩き出した。紙一重の勝負だった……もしどこかで何かが食い違っていたら、勝敗はまた違う結果になっていたかもしれない。


「……負けちまったか。まあ、相手が一枚上手だったって事だわな」


 カゲトはそう呟き、やっと身を起こす事ができた。鞘を杖代わりに立ち上がり、よろけながら仲間の元に戻った後は、疲れ切った様子で再び腰を下ろした。


「カゲトさん、大丈夫ですか?」


 タオが心配そうに声をかける。


「まだ頭がガンガンするぜ。死にゃあしねえが……すまねえな。厄介な事になっちまった」


 そう……カゲトの敗北は、ベルーゼ、タオ、レオンの敗北とは重みが違う。エルカとカゲトが勝ってくれるから、残りの三人の誰かが一勝を上げれば済むという安心感があったのだ。しかし今回は、最初からそれが覆されてしまった。


「レオン」


「ああ、分かってる。既に準備はできているよ」


 エルカに名を呼ばれたレオンが、リングに足を向けた。気落ちしている暇はない。残り四人で三勝する。残された道はこれしかないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ