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第44話 それぞれの思い

「ヤドック、ちょっとツラ貸しな」


「……承知しました」


 ヤドックは、エルカがそう来るのを分かっていたかのように、黙ってエルカの後をついて部屋を出ていった。暫くした後、カゲトも酒瓶を片手に席を立った。


「あっ、カゲト殿。まだ治療は終わってないでやんすよ」


「あぁ、ちと外の空気吸ってくるだけだよ。それに、後は大人しくして一晩ぐっすり寝てりゃ治るさ」


 スケ夫の制止も聞かずに、カゲトもエルカに続いて部屋を出た。怖じ気づいたわけではない。ただSエリアの戦いを観て、いても立ってもいられなくなっただけだ。次に立ち上がったのはベルーゼだった。やはりスケ夫が止めようとするが、顔を強張らせたまま何も言わずに出ていった。


「スケ夫さん、ベルーゼ様には私がついて行きます。明日まで無茶はしないと思いますけど、一応念のため……」


「うん、そうしてほしいでやんす」


 タオも出ていき、控え室にはレオンとタルトとスケ夫だけが残った。タルトは包丁片手に、傷の回復を促すという闇リンゴの皮を剥いていた。しかし、闇リンゴは人間には若干の毒性がある。闇リンゴを持つタルトの手は、少し赤く腫れてきていた。

 もちろんレオンとスケ夫は最初は止めた。そんな事はスケ夫がやれば済む事だからだ。しかし、自分も少しでも皆と痛みを分かち合いたい。タルトの強い意志の籠もったその言葉に、レオンとスケ夫はそれ以上何も言えなかった。


「どうです? 味の方は」


「ああ……物凄く美味しいよ。タルトちゃんの愛のこもった食べ物だったら、どんな物でも僕はすぐに全快できる」


 別に愛を込めた覚えはない……という言葉は飲み込んだ。本人がそう思って本当に治るなら、それに越した事はないとタルトは思った。その時、誰かが部屋のドアをノックし、スケ夫が用心しながらドアを開けた。


「あっ……!」


「……kplmnahgw++ntl@z」


「君は……そうか、応援に来ていてくれたんだね」


 そこには、一体のロボットが立っていた。Lエリアの住人だ。ロボットが部屋に入り、レオンに八角形の金属片を差し出した。


「これは……。開発が終わったんだね!」


「nnv:2i.jptjc6h.」


「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」


「omjucvh49am?」


「ああ、この子はタルトちゃんっていうんだ。今度、ちゃんと皆に紹介するよ」


「iivlk&6huo、LEON」


「分かってる。必ず優勝して、無事に皆の所へ帰るよ」


 タルトとスケ夫には、ロボットの言葉は全く分からないが、大体の意味は伝わった。レオンを激励するために、新たな武器を餞別に持ってきてくれた……そんなところだろう。


「紹介してくれるんですか?」


「もちろん。家族に……つ、妻を紹介するのは当然の事だろう」


「まあ、そうですね」


「……タルトちゃん。今更なんだけどさ」


 ────本当にいいのかい?

 言葉が詰まって出てこなかった。怖いのだ。やっぱり好きでもない男とは結婚できないと言われるのが。

 タルトは自分の事など愛してはいない。レオンはもちろんそんな事は分かっている。年端もいかない少女を無理矢理結婚させようとしているという、自分の身勝手な行動も。それでも、どうしてもタルトと一緒になりたいのだ。

 ロボットではどうしても与えられない、温もりという物を、タルトならきっと与えてくれるとレオンは確信している。


「……レオンさん」


 レオンの胸中を察したかのように、タルトはレオンの名を呼んだ。


「応援しています。明日の試合、頑張ってください。そして、絶対に死なないで下さい」


「……ありがとう」


 レオンは一瞬視界がぼやけたが、それを誤魔化すように闇リンゴを一気に頬張った。



 *



 闘技場から少し離れた森の中で、滝が流れている泉がある。カゲトはその滝に打たれながら、無心で素振りを繰り返していた。安静にする気など、はなっから無かった。ちょうど千回終わらせたところで、泉から上がって岩の上に腰掛け、酒を一気に飲み干した。いつもならその美味に酔いしれるところだが、今宵は全く酔いが回らない。いたずらに喉を濡らすだけだった。


「ふう……いよいよか」


 Sエリア……五人の内誰と当たっても、相手にとって不足無し。興奮よりも緊張の度合いの方が勝るのは、エルカに挑んだ時以来だ。カゲトは、魔界を支配する事には微塵も興味は無い。だが、明日の試合は負けられない。魔界最強の剣豪として、ホーネッツのように伝説になるためというのもある。しかし、カゲトにはもう一つ、負けられない理由があった。どうしても超えなければならない壁……片付けなければならない問題があるのだ。そのためには、こんな所で躓いてなどいられない。


「マキ……エリ……悪いな。もうちっとだけ、待っててくれよ」


 カゲトは天を仰ぎながら、一日たりとも忘れた事の無い、二人の大切な女性の名前を口にした。そして二人に乾杯をするように、盃を天に掲げた。



 *



 ベルーゼは千年島の縁に座り、眼下に広がる魔界を見下ろしていた。明日……自分の長年の悲願が二つも同時に叶うかもしれない。そう思うと、部屋でじっとしている気分にはなれなかったのだ。それは即ち、この魔界の支配者になる事だ。父ブブルですら果たせなかった野望。ベルーゼにとっては夢のまた夢だったのが、今目の前まで来ている。


 そしてもう一つは、妹フライヤの仇を討つ事。泣いても笑っても、明日の試合で全てが決まる。自分が死ぬか、スコーピオが死ぬか。Sエリアがこの魔界の頂点に立つか、Bエリアが立つか。二つに一つだ。


「……ベルーゼ様」


 いつもと少し違う様子のベルーゼに、タオが後ろから遠慮がちに声をかける。ベルーゼは、後ろにタオがいた事に先程から気付いていたようで、薄い反応を見せながら振り向いた。


「隣、座ってもいいですか?」


「好きにしろ」


 タオがベルーゼの横に腰を下ろし、両脚を島の外側に出してぶらつかせた。何か話さなければと思いながらも、言葉が上手く出てこない。


「……き、今日はいい天気ですねぇ」


 タオが、四六時中雷雲に覆われている魔界の空を見上げながら言った。タオの惚けた発言にも、ベルーゼはツッコミを入れる事はない。そのせいで、ますます気まずい空気が流れる。タオが次の話題を思案するが、ベルーゼが先に口を開いた。


「……タオ、一つ聞きたい事がある」


「えっ、あ、はい何でしょう」


「さっき、何故お前までスコーピオに殴りかかろうとしたんだ? カゲトが止めてなかったら失格になるところだったぞ。お前らしくもない」


 タオがそれを思い出し、僅かに怒りの感情を顔に出した。


「……自分が言われたのなら我慢できます。でも、親しい人や、その人の大切な人を悪く言われるのは許せません」


 人間とはそういうものなのか……ベルーゼはそう口に出そうとして止めた。自分だって同じだからだ。

 風でタオの髪がなびく。こうして間近で横顔を見ると、本当にフライヤの生き写しだ。もしこの世に運命という物が存在するのなら、フライヤがタオに生まれ変わって、再び自分達を引き寄せたのではないかと、そう思わずにはいられなかった。


「俺が言うのも説得力が無いが……無茶はするなよ。奴らと戦う前に、エルカに殺されるぞ」


「あはは……そうですね」


 少しだけ空気が和んだ。ベルーゼはこう言ったが、一緒に怒ってくれたタオの気持ちは何よりも嬉しかった。以前は腐りきっていた自分…………タオに出会った事で心を取り戻し、エルカと出会った事で野望を取り戻した。ベルーゼは口には絶対に出さないが、この二人への感謝の念は忘れる事はないだろう。


「あの、ベルーゼ様……」


「何だ?」


「…………あ、明日の試合、絶対に勝ちましょうね!」


「ああ、無論だ」


 ────私はフライヤさんの代わりになれませんか?

 ずっと前から聞きたかった……しかし今回もタオは、その言葉を口にする事が出来なかった。



 *



 エルカとヤドックの拳や脚がぶつかり合う度に、辺りに地響きや暴風が巻き起こった。まるで悲鳴を上げているかのように、地面には亀裂が走り、木々がざわついた。城の地下でこんな力を出していたら、間違いなくフロッグは地盤沈下を起こして崩壊するだろう。エルカは今日は何もしていないも同然だ。体力は嫌というほど有り余っている。


「姫様、一旦休みましょう。明日の試合に響きます」


 ヤドックの言葉に、エルカはピタリと動きを止めた。別に疲れてなどいない。ただ、ヤドックに聞きたい事があるから、素直に手を止めただけだ。


「ヤドック、率直な意見を聞くわ。今の私とスパーダの力をどう見る?」


「……このまま戦えば、十中八九スパーダが勝つでしょう。奴があとどれだけの力を隠しているか分かりかねますが、それによっては勝算は更に低くなります」


 ショックはなかった。エルカもほぼ同意見だからだ。


「奴とまともにやり合うのは得策ではありません。他の四人になら、姫様ならほぼ勝てるでしょう。ですから、奴との戦いは捨てて、他の誰かと戦って確実に一勝を……」


「却下」


 予想通りのエルカの返答に、ヤドックは小さく溜め息をつく。エルカもヤドックの言う事に従うのがベストだとは分かっている。しかし、これだけは譲れない。ここで逃げたら、一生自分を許す事は出来ない。


「ねえ、ヤドック。まだ私に教えてない事があるでしょ」


「……!」


 ヤドックが目を見開いて驚いた。今までその件に触れた事もないのに、エルカが勘付いていたからだ。


「何かしら理由があってそうしてるんでしょうけど、あんたが教えようと教えまいと、私はスパーダと戦うわよ」


「……まったく、姫様には敵いませんな」


 ヤドックは観念したように笑った。そう……まだ奥の手がないわけではない。だが、リスクを考えるとエルカには決して教えたくはなかった。ただでさえ無茶をする性格だからだ。しかし、事情が事情だ。もはや出し惜しみしている余裕は無い。イチかバチかだ。

 その後……二人の最後の特訓は、日付が変わる直前まで行われた。そして明日、いよいよ魔界の頂点を決める、サウザンドトーナメント決勝戦が行われる!

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