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第43話 Sエリア

 試合終了後、大歓声に叩き起こされるようにカゲトが目を覚ました。重傷を負ったが、彼も並ではない。次の日には万全の状態で戦えるだろう。次の日……つまり決勝戦だ。何度かピンチに見舞われたが、Bエリアは遂に決勝の舞台へと駒を進めたのだ。もはやBエリアを落ちこぼれ軍団などと蔑む者は、魔界には誰一人いないだろう。手下達の拍手に見送られながら、エルカ達四人はその場から退場した。

 サウザンドトーナメントも遂に残すところ後二試合。次の試合はWエリアとSエリアの試合だ。どちらか勝った方が、決勝戦でのBエリアの対戦相手となる。どちらもここまで他を寄せ付けない強さを見せ付けてきた。ここまでの戦いを見る限り、大方の予想はその力は五分五分と言ったところだ。しかしエルカ達は当然知っている。Sエリアは、未だにその力の片鱗すらも見せていないことを。


「……ん。おい、見てみ」


 入場門をくぐって控え室に戻る最中、通路の向こう側から歩いてくる者達にカゲトが気付いた。タオの顔が強張り、エルカとベルーゼの心が僅かにざわつく。スパーダ……スコーピオ……Sエリアの五人がこちらに向かって歩いてくる。エルカとスパーダは、お互いに視線を外さないまま歩き続け、目の前まで来たところで歩みを止めた。重苦しい沈黙……それを最初に破ったのはスパーダだった。


「やはりここまで来たか。お前なら勝ち進んでくると予想はしていたが」


 相変わらず表情一つ変えない無感情な口調だ。それでいて、本人は抑えているはずなのに否が応にも感じ取れてしまう、圧倒的な威圧感。弱い者では、こうしてスパーダと向かい合って立っている事すら出来ないだろう。


「あんたがこのトーナメントの事を教えてくれなかったら、参加すらしていなかったんだけどね。でもそのせいで、あんたは優勝出来たはずのトーナメントで無様に敗退する事になるのよ。精々後悔するがいいわ」


 エルカも自分を一度破った相手だろうとお構いなしに、一歩も引かずにいつも通りの挑発的な口調で答える。今ここで戦いが勃発する事はあり得ないとは分かっていても、この一触即発の空気にタオは溢れ出る冷や汗を止める事が出来ない。ここで口を挟んだのはスコーピオだ。


「おい、女ぁ。てめえスパーダに惨敗したくせに、一体その自信はどこから出てくるんだ? それとも、恐怖と緊張で頭がおかしくなったか? へっへっへ」


「あんたこそ、私にボッコボコにやられたくせに口の利き方がなってないわね。今すぐに土下座して靴を舐めれば、今のは聞かなかった事にしてあげるけど、どうする?」


「っだとコラァ!!」


 気色ばむスコーピオを、スパーダが小声で制した。Sエリアの他の三人は、やれやれと言った態度を示す。本来ならこんな男はとっくに粛清されてもおかしくないのだが、それでもスパーダがスコーピオをSエリア代表メンバーに入れたのは、その確かな実力を買っての事だ。それが分かっているからこそ、三人はスコーピオのスパーダに対する無礼を咎める事はしない。


「ちっ……てめえ、決勝で当たったら覚悟しとけよ。五戦マッチになったらスパーダに譲るが、勝ち抜き戦ならスパーダに順番を回すまでもなく、俺がてめえをぶち殺してやるぜ。俺はあれから更にレベルを上げた。この前みてえにはいかねえぞ」


 エルカは興味なさそうに目を逸らした。眼中に無いといった態度だ。スコーピオは視線をベルーゼに移し、まるで今気づいたかのような、わざとらしい反応を見せた。


「おおっと、てめえもいたのか、ベルーゼちゃんよ。雑魚いくせに、よく生き残れたもんだなぁ」


「……」


「てめえの親父と妹が待ってんじゃねえのか? 早く会いに行ってやれよ。もっとも、妹の方は魔力となって、俺の中で生き続けてるけどな。なんつって、ギャハハハハハ」


 エルカの裏拳がベルーゼの顔面に炸裂し、ベルーゼがその場に仰向けに倒れた。キレて掴みかかる寸前だったのだ。普段はベルーゼがエルカの暴走をなだめる側だが、スコーピオを前にするとベルーゼも見境がなくなる。そして、掴みかかろうとしていたのはベルーゼだけではなかった。カゲトもしっかりとタオの首根っこを掴んで押さえつけていた。


「スコーピオ、その辺にしておけ。行くぞ」


「へいへい。わーったよ」


 スパーダ達は、エルカ達の間をすり抜けて入場門へと歩き去っていった。ベルーゼが、血を流し続けている鼻を押さえながら身を起こした。


「……すまん、エルカ。礼を言う」


「ったく、次やったら殺すからね」


 チームメイトは気性の荒い狂犬ばかり……先が思いやられる。一人、終始冷静だったカゲトは心底そう思った。ふと視線を感じる。首根っこを掴まれたままのタオが、ジッとカゲトを見上げていたのだ。カゲトは慌てて手を離し、誤魔化すように笑った。



 *



「勝者、Sエリア・スコーピオ」


「へっ、もう終わりかよ。つまんねえな」


 スコーピオは、バラバラになった対戦相手を見下ろして、吐き捨てるように言った。強い……奴らは強すぎる。そんな言葉で、観客席はざわついている。五分五分と思われていた両エリアの戦力は、蓋を開けてみればあまりにも一方的だった。


 対戦方式の決定権はSエリアに与えられ、スパーダは勝ち抜き戦を選択した。しかしその後、彼らは誰も予想しなかった行動を取った。勝ち抜き戦にしたにも関わらず、試合を終える度に次の者と交代していったのだ。つまり、意図的な不戦敗となる。スコーピオも、勝利したのにリングから降りて次の試合を放棄した。結果だけ見れば、これで四勝四敗。大将のスパーダとワクターガの試合を残すのみとなった。ワクターガが怒りに身を震わせながらリングに上がる。スパーダもスコーピオと入れ替わり、ワクターガと向かい合った。


「これでお互いあと一人だな。俺を倒せば、我がSエリアは全滅。お前達は見事決勝進出だ。精々頑張れ」


「ふ、ふざけやがって、クソ野郎共が……。こんな侮辱を受けたのは初めてだ……!」


 ワクターガが、ハサミに変形した両手を振り回し、スパーダに猛攻撃を仕掛けた。しかし当たらない。それが予め定められていたかのように、全く当たる気配がない。エルカ達は控え室から、その戦いを食い入るように見下ろしていた。ワクターガの実力は、恐らくヴィトルと同格かそれ以上。間違いなく魔界全体で見ても相当な強者だ。だが、スパーダとは格が違いすぎた。


「ち、ちくしょう! うおおおお!!」


 ワクターガが渾身の一撃を繰り出した……その瞬間、頭部が爆ぜた。当然やったのはスパーダ……しかし、どうやったのかを視認出来たのは、ごく僅かな者だけだった。


「勝者、Sエリア・スパーダ。Sエリア決勝戦進出決定です」


 スパーダが、Bエリア控え室の窓に視線を送る。エルカと数秒間目が合った後、やはり最後まで眉一つ動かすこと無く、その場を後にした。Sエリアがわざわざ勝ち抜き戦で五人全員が順番に戦った理由は一つ。明日のBエリア戦に向けた最終調整、言うなればウォーミングアップだ。準決勝まで勝ち進んできたWエリアも、Sエリアにとってはその程度の相手でしかなかったという事だ。逆に言えば、Bエリアに対しては一定の評価をしているという事にもなる。

 しかし当のBエリアメンバー達は、格の違いをまざまざと見せ付けられる結果となった。誰一人として口を開こうとせず、ヤドックとタルトとスケ夫も、今はまだかける言葉が見つからない。ベルーゼ……タオ……レオン……カゲト……そしてエルカ。五人は今、何を思うのだろうか。

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