第42話 ベルーゼの勝利
「あ? 何、カゲト負けたの?」
タオがその声に振り向くと、レオンを控え室に送っていったエルカが、ちょうど戻ってきてたところだった。
「う、うん。それで、これからそのカゲトさんを破ったゴキブレアと、ベルーゼ様が戦うところ」
それを聞いたエルカが顔をしかめて舌打ちした。
「ちっ。カゲトを倒せる奴にベルーゼが勝てるわけないわね。こうなった以上は少しでも奴にダメージを与えてから、タオにバトンを渡してほしいところだわ」
「……えと、その事なんだけどね。少し問題があって……」
タオは気まずそうにゴキブレアの体質について説明した。
「頭割られても、細切れにされても復活した……?」
「うん……。正直どうすればいいのか分からないよ。何か打つ手はあるのかな?」
「私は見てないから何とも言えないわ。ベルーゼと奴の戦いを見て、何か掴めればいいけどね」
ベルーゼは、父ブブルの元部下と向かい合った。当時から二人はお互いを忌み嫌っていたが、それを表に出す事はしてこなかった。しかし今は事情が違う。堂々と自分の殺意を相手にぶつける事が出来るのだ。ゴキブレアは自分がブブルに味わわされた屈辱を、その息子にそのまま与える気だ。その余裕があるゴキブレアと違って、ベルーゼはずっと戦い方を思案していた。
(さてどうするか……。カゲトがどんなに斬っても、こいつは痛みすら感じている様子もなく、難なく再生した。無限に再生するスライムでも、核さえ潰せば容易く殺せる。だから、こいつにも必ず核はあるはずなんだが……あれだけ細切れにしても無意味だった。こいつの核は、ノミのように小さいとでも言うのか?)
「お悩みのようですね、殿下。考えるだけ無駄ですよ。私は見ての通り不死身ですからね。Bエリアを追放されてから、私は不死身の肉体を手にしたのです」
ゴキブレアはそう言って、その自慢の体を見せびらかすように両腕を広げた。
「不死身の生物などいるはずがない。少なくとも、貴様は違う」
「ほう、何故そう言い切れるのです?」
「仮に貴様が不死身なら、わざわざチーム戦であるこんな大会に出る必要などなく、自分一人の力だけで魔界の支配者になれるからだ」
「……!」
「今回の試合にしても、エルカを警戒するまでもなく、先鋒で出て五人抜きすればいいだけの事だ。それをしなかったという事は、不死身どころか何か致命的な弱点がある。違うか?」
「……」
ゴキブレアの顔色が変わった。ベルーゼの言っている事が図星かどうかは、その顔を見れば明らかだ。
「お喋りは終わりです。さあ、始めましょうか」
ジャッジの試合開始宣言と同時に、二人は宙に浮いてお互いに距離を取った。そして、同じように魔力を溜め始める。
(奴には必ず弱点がある……しかし、現状それが何かまでは分からん。とにかくいろいろ試してみるしかあるまい)
二人が同時に魔力を放出し、無数の魔法弾が空中を飛び交う。ぶつかり合った魔法弾が爆発を起こし、リング上ではその爆発音が連続的に響き渡る。空中を高速移動しながらでの撃ち合い。一見互角に見えるが、やはり徐々にゴキブレアが押し始める。しかしベルーゼも、ゴキブレアがまともにやり合って勝てる相手ではないという事は、自分でもよく分かっていた。だからもう次の手は打ってある。
「……む?」
いつのまにか、ゴキブレアの前後左右を取り囲むように、四つの小さな火球が浮いていた。それはどんなに移動してもピッタリと同じ距離を保ってゴキブレアに付いてくる。既にロックオンは完了しているという事だ。
「今だ、放て!」
「!」
四つの火球が一斉に中心のゴキブレアに向けて熱線を放出した。すると、ゴキブレアは一瞬にして燃え上がり、全身火だるまと化した。
「核がどこにあるのか分からないのなら、全身を焼き尽くすまでだ。そのまま灰になれ!」
「…………ウフ。ウフフフフフフ……」
ゴキブレアが不気味に笑いながら、燃え盛る炎などものともせずにベルーゼに突進した。
「な、何だと!?」
予想外の事態にベルーゼの反応が遅れた。ゴキブレアの拳がベルーゼの腹に打ち込まれ、続けて背中に肘打ちを浴びせてベルーゼをリングに叩き落とした。それを追うようにゴキブレアが頭から真っ逆さまに急降下していく。
「少しは腕を上げたようですが、浅はかですねぇ~~! 所詮あなた如きがどんなに頑張ろうと、私を殺す事など不可能なのですよお!」
ベルーゼは、痛みに耐えながら身を起こして、向かってくるゴキブレアに手を翳した。
「これなら……どうだ!」
凄まじい猛吹雪が吹き荒れ、ゴキブレアを包み込んだ。ゴキブレアの身を焼いていた炎は一瞬にして消え、今度はガチガチに凍り付いていく。焼いて駄目なら凍らせてみるというわけだ。
既にゴキブレアの体は動かなくなり、落下を待つだけとなった。ベルーゼが膝を曲げ、ジャンプしながら拳を振り上げる。それをもろに食らったゴキブレアは、まるでガラス細工の人形のように粉々に砕け散った。
(や、やった……?)
タオが祈るような気持ちで息を飲んだ。しかし、その期待はすぐに裏切られる。カゲトに細切れにされた時同様、それぞれの肉片から触手が伸び出した。
「させるかあ!」
周囲に散らばる肉片を、ベルーゼが魔法で吹き飛ばした。肉片は更に細かくバラバラになるが、飛び散りながらも触手を伸ばすのを止めようとしない。すぐに全ての肉片が一つに繋がり、元の人型の形へと戻ってしまった。ゴキブレアが、愉快そうに指を振りながら舌を鳴らした。
「チッチッチッ、残念でしたね殿下。無駄な努力ご苦労様です。物分かりの悪いあなたでも、そろそろ理解できましたか? 私を倒す事は不可能だという事を」
「……黙れ!」
ベルーゼがゴキブレアに向けて指を指す。すると指から稲妻が飛び出し、ゴキブレアの全身を激しい電流が駆け巡った。しかし、それすらもゴキブレアには全くの無効だった。
「さて、もうそろそろ終わりにしましょうか」
「…………ぐっ……うおおお!」
ベルーゼが高く舞い上がった。リングからおよそ三十メートル程の高さで制止し、両腕を上げて巨大な黒い魔法弾を作り出した。ベルーゼの全魔力を使った最後の攻撃だ。これで駄目なら、もう本当に打つ手はない。しかし、リング外のエルカは……いや、タオですら思った。恐らくあれでもゴキブレアを倒す事は出来ない。結局また再生されるだけだ、と。
────しかし、ゴキブレアの顔色が変わった。一瞬何かをチラリと見た後、慌てたように地を蹴って飛び上がる。そして、すぐさま小さな魔法弾をベルーゼに当てて怯ませ、追い越し様に両手を組んでベルーゼの頭に振り下ろした。ベルーゼは再びリングに叩きつけられ、衝撃と激痛が全身を駆け巡る。特大の魔法弾も消えてしまい、魔力も使い果たしてしまった。もはや勝機はない。ゴキブレアがベルーゼの横に着地し、不敵な笑みを浮かべて見下ろした。
「ウフフフフ……さあ、いよいよお楽しみの時間ですよ。覚悟はよろしいですね?」
待ちに待ったこの瞬間。憎きブブルの息子・ベルーゼに止めを刺す時が来た。しかし、ゴキブレアがそう思ったその時……。
「降参だ」
「な、何ですって!?」
思いもよらなかったベルーゼの突然の降参宣言。それをされた以上、このまま攻撃を加えては反則負けになってしまう。ゴキブレアはジャッジの顔色を一瞬窺った後、仕方なくその手を引っ込めた。
「勝者、Gエリア・ゴキブレア」
ゴキブレアにとって、全く嬉しくないジャッジの言葉。ゴキブレアは、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。
(ちっ……まあいいでしょう。それならそれで、別の楽しみが出来ましたからね。ベルーゼが大切にしていると思われる、あのタオとかいう小娘。奴をベルーゼの目の前で八つ裂きにしてやるのも、面白いかもしれませんね。その時、ベルーゼは一体どんな顔を私に見せてくれるんでしょうね? ウフフフフ)
ゴキブレア二連勝。これで遂にBエリアも残り一人になってしまった。しかもその一人はエルカでもカゲトでもない。タオだ。Bエリア応援席からは、既に諦め混じりの絶望感が浮き出てしまっている。
ベルーゼは駆け寄ろうとするタオを制止し、自分の力で立ち上がり、よろけながら仲間の元へ戻ってきた。開口一番にエルカが口を開いた。
「あんたにしては粘った方だけど、結局奴の弱点は分からなかったわね。あいつの体、一体どうなってんのかしら」
エルカが口惜しそうにゴキブレアに視線を送った。しかし、ベルーゼの表情からは悔恨も絶望も感じられない。
「……いや、一つだけ気付いたことがある」
ベルーゼのその言葉に、エルカとタオは驚きを隠せなかった。ベルーゼがゴキブレアに悟られぬよう、小声で話し始める。ゴキブレアは、三人が無意味な作戦会議をしているとしか思っていない。ベルーゼが話を終え、タオが息を飲んだ。
「ま、まさか……いや、でも確かにあの時……」
「言われてみれば、確かに違和感を感じたわね。もしベルーゼの仮説が正しければ、合点がいくわ」
「それが正しければ勝ち。ただの思い過ごしなら負けだ。そして、タオならそれを実行する事は容易い。だからこそ、この事をタオに伝えるために、俺は殺される前に降参したのだ」
タオをかつてないプレッシャーが襲いかかる。全ては自分にかかっている。もし自分がしくじれば、皆の戦いが全て無駄になる。四人がここまで繋いでくれた、決勝戦への架け橋。絶対にミスは許されない……。
「……痛あっ!!」
突然タオが悲鳴を上げる。エルカがタオの尻を蹴ったのだ。
「ほら、さっさと行けっての。最後にちょこっと仕事するだけでヒーローになれるのよ。美味しいとこ取りもいいとこだわ」
「エ、エルカ……」
「タオ、大丈夫だ。お前なら必ず出来る。お前より弱い俺でもあそこまでやれたんだからな。あんな奴、大したことないぞ」
「ベルーゼ様……」
タオは少し考えてから力強く頷き、痛みの残る尻を擦りながらリングに足をかけた。ゴキブレアがニヤリと笑う。どうやって勝つかではなく、どのように殺すか。ゴキブレアはその事しか考えていない。
「ようこそ、死の舞台へ。あなたを歓迎しますよ。ウフフ」
「あなたに歓迎されても全然嬉しくありませんね。あなたは、私が今まで出会った人達の中で、最も不愉快な人です」
「ウフフフ、そうそう。そういう強気な台詞は今のうちにどんどん口に出しておきなさい。すぐに悲鳴しか出せなくなりますからね」
「……それは、あなたの方です」
あくまで強気な姿勢を崩さないタオは、ゴキブレアからすれば滑稽そのものだった。ますます殺すのが楽しみになり、笑いが止まらない。
「……両者準備はよろしいですか? では、準決勝大将戦……開始ッ」
その瞬間、タオはゴキブレアとは全く関係ない方向に指先を向ける。ゴキブレアが青ざめ、タオに手を伸ばしたが、タオは既にレーザーを発射していた。そしてそのレーザーが何かを撃ち抜いた。それは…………戦う直前までゴキブレアが肩に乗せていた、ドブネズミだった。
「うぎょえあああーーーー!!!!」
ゴキブレアが奇声を上げて悶え苦しみだした。風穴を開けられ、リング上で横たわるドブネズミが徐々に本当の姿を現していく。そこには心臓のような臓物の塊が、弱々しく鼓動していた。ゴキブレアの肉体も、ドロドロと醜く崩れ落ちていく。
「オゴゴゴ……ウゴ、オアアアッッ!」
「あなたが死ぬ前に一言言っておきます。あなたは私に負けたのではありません。あなたを倒したのは、あなたが散々見下してきたベルーゼ様です」
「ア……ガ…………」
やがてゴキブレアの体は完全に液状となり、そこには吐瀉物のような水溜まりが残っていた。撃ち抜かれた核も、もはや二度と鼓動する事はないだろう。
「勝者、Bエリア・タオ。Bエリア、決勝戦進出決定です」
Bエリア応援席では絶叫に近い大歓声が巻き起こった。タオがエルカとベルーゼに向き直り、笑顔でピースサインを送る。エルカはフンと鼻を鳴らし、ベルーゼは親指を立てて応えた。
核を別の姿に変え、体から切り離す。最大の弱点を露出するというリスクを負って得た、不死身の肉体。ベルーゼがゴキブレアのその特性に気付いたのは、最後の攻撃を繰り出そうとした時だ。どんな攻撃もものともしなかったゴキブレアが、あの時だけは焦りの色を見せた。あんな巨大な魔法弾をリングに向けて撃たれたら、ドブネズミに化けた核も吹き飛ぶからだ。
かといって、核を巻き添えの食わない離れた場所に避難させておくことも出来なかった。あまり離れていると体を保てなくなるし、何よりもジャッジの目は絶対に誤魔化せない。リング外に核を置いていたら、試合開始と同時に場外負けを宣告されてしまうのだ。
ベルーゼにそれを勘付かれた時点で、ゴキブレアの敗北は決定した。ベルーゼを見くびった……それがゴキブレアの最大の敗因だったのだ。
● エルカ ─ チャバ ○
○ レオン ─ チャバ ●
○ レオン ─ マトヤ ●
● レオン ─ ワモン ○
○ カゲト ─ ワモン ●
○ カゲト ─ クロ ●
● カゲト ─ ゴキブレア ○
● ベルーゼ ─ ゴキブレア ○
○ タオ ─ ゴキブレア ●
五勝四敗
Bエリア決勝戦進出




