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第41話 不死身

 カゲトは改めて自分の傷を見た。鋭利な刃物で切り裂かれたような傷だ。


「……カマイタチ、か。過去に似たような技を使う奴と戦った事があるが……ここまで鋭く、見づらく、正確じゃなかったな。攻撃のモーションも無えし、こりゃあ避けるのは難儀しそうだ」


「その通り。だがタネが分かったところで、お前には何も出来ない。更に言えば、のんびりお喋りする余裕も、お前にはない」


 危険を察知したカゲトがその場を飛び退いた。退避が僅かに遅れた右足の肉が切れる。意にも介さず、カゲトは体勢を立て直してクロに飛びかかった。抜かれた刀が、ハルバードの戦斧と交叉する。

 一進一退の攻防が続く。幾度となく刃と刃がぶつかり合い、闘技場には甲高い金属音がこだまする。そして再び鍔迫り合いの形になった。腕力はクロの方が上だ。押し切られる前に、カゲトは刀を捻ってクロの武器を捌き、バランスを崩したクロの首を狙った。


「うっ!」


 カゲトのみぞおちに衝撃。ハルバードの柄尻がめり込んでいた。この隙を見逃すクロではない。ハルバードの槍部分をカゲトの心臓目掛けて突き出した。カゲトは咄嗟に回避するが、その槍がカゲトの右肩を貫いた。


「ぐあ!」


 カゲトは歯を食いしばり、後ろに跳んで槍を引き抜いた。右肩から血がボタボタと滴り落ち、足元に青い水溜まりが出来上がっていく。焼けるような熱い痛み。この大会において、初めてカゲトの息が上がった。カゲト以上に焦りの色を出しているのは、ベルーゼとタオだ。


「カ、カゲトさん……」


「まずいぞ……利き腕をやられた。あの男があそこまで追い込まれるとは……」


 ベルーゼとタオの二人の力を合わせても、カゲト一人の力には及ばない。ここでカゲトが敗れるような事になれば、Bエリアの勝利はほぼ絶望的だ。カゲト自身も、その事はよく分かっている。刀を左手に持ち替え、柄を強く握りしめた。


「くく、遅い遅い。休む暇は与えんぞ」


 追い打ちをかけるように、カマイタチがカゲトを襲う。カゲトは目を閉じた。死ぬ覚悟を決めたのではない。どうせいくら目を凝らしても見えないのなら、視覚など邪魔だ。

 聴覚と触覚を最大限に研ぎ澄まし、風を切る音と空気の流れを読んだ。身を伏せながら左に側転すると、袴の裾と髪の毛の先が切れたものの、新たな傷が肌に刻まれる事はなかった。


「名案だ……と言いたいところだが」


 クロがハルバードを構え、カゲトに向かって突進した。


「目を閉じたまま戦えるとでも思っているのか馬鹿が! これなら躱し切れまい! 死ねえい!!」


 カマイタチとハルバードの同時攻撃。これでは流石に、どこから何が来るか気配で察知したところで、避けようがない。


「……じゃあ避けねえよ」


「え」


 クロの視界に一瞬映る、横一直線の光。次の瞬間、クロは暗闇の世界に迷い込んだ。そして……両の眼に激痛が走った。そこでようやくクロは、自分の身に何が起こったのか気付く。


「ぎえあーーーっ!! め、眼が! 俺の眼がぁぁ!!!」


 クロが、もはや完全に光を失った両眼を押さえてのたうち回る。カマイタチは既に消えていた。カゲトはクロの苦しむ様子を、冷めた目で見下ろした。


「あれ以上速くは斬れないと思っただろ? わりいな。今まで見せてきた攻撃は、俺の最速じゃなかったんだよ。今みたいに、バカ面引っさげて調子こいて突っ込んでくるのを待ってたんだ」


 カゲトはわざと足音を立てながら、クロに歩み寄った。クロがビクリと体を震わせる。


「く、来るな! 近寄るんじゃねえーー!!」


 クロがめちゃくちゃにハルバードを振り回した。当然、カゲトには掠りもしない。カゲトがつまらなそうに刀を振るうと、ハルバードは中心から真っ二つに斬れ、柄だけのただの棒と化した。武器が急に軽くなった事で、失明したクロにも何をされたのかが分かった。


「ひ、ひいい!」


「だらしねえな。目が見えなくなったくらいで取り乱しちゃってまあ。でもよ、お前さんは運がいいぜ。俺はエルカと違って優しいからよ」


(た……助けてくれるのか?)


 一瞬の安堵。そこでクロの思考は停止した。カゲトの刀が、眉間から後頭部にかけて、深々と貫かれていたからだ。


「エルカだったら、こんなもんじゃ済まされなかっただろうぜ。あっさり楽にしてやっただけ、有難く思いな」


「勝者、Bエリア・カゲト」


 ……勝った。レオンに続いてカゲトも二連勝。エルカの先鋒戦敗北という大波乱から始まった準決勝だが、気付けばBエリアは三人、Gエリアは一人という、人数だけで言えば圧倒的に有利な状況となった。Gエリア応援席の不安とどよめきが治まらない。タオがリングに上がり、カゲトに駆け寄った。


「カゲトさん、大丈夫ですか?」


「お、心配してくれんのか? ん~、そうだな。タオちゃんがおじさんのほっぺたにチューしてくれたら、まだまだ元気にやれるぜ」


「……真面目に答えてください」


 タオの冷ややかな視線が刺さる。カゲトはすぐには答えず、腹に巻いたサラシを取っ払い、包帯代わりに右肩に巻き付けた。


「……正直ダメージは小さくねえ。特に右肩は重傷だな。まあ、左腕は普通に動くから、刀を振るのは問題ねえ。もう一踏ん張りぐらいは出来るぜ」


 カゲトはそう言って、左腕の力こぶを見せた。タオは安心半分、不安半分といったところだ。だが、後には自分が控えているから無理はしなくていいなどと、偉そうな事は言えない。カゲトがもしゴキブレアに敗れれば、一気に形勢は逆転するからだ。次の試合も、カゲトに何とかしてもらうしかない。


「すみません、カゲトさん。宜しくお願いします……」


「おう」


 タオがリングから降りると同時に、Gエリア最後の一人、ゴキブレアがリングに上がった。肩には相変わらずドブネズミを乗せている。カゲトがそちらに向き直り、緩めていた気を再び引き締める。ゴキブレアがカゲトを素通りして、クロの死体を見下ろした。


(なんだ……?)


 ゴキブレアが手を翳した直後、クロの死体が爆散した。クロの肉片が観客席にまで届くほどに飛び散り、カゲトは反射的に顔を手で覆い隠した。肉片を浴びた観客達から、悲鳴が巻き起こる。


「な、何してやがんだお前……!?」


 ゴキブレアは、カゲトをじろりと睨みつけた。先程までの不愉快な下卑た笑みはどこにもない。ゴキブレアが初めて明確な殺意を露わにした。


「まったく……偉そうな事を言っておいて、結局私の手を煩わせる事になるんだから、情けないものです。クロだけじゃありません。どいつもこいつも、クソの役にも立ちませんね。肥料にもならないこいつらは、クソ以下のゴミです」


 淡々と手下達を蔑むゴキブレア。この男にとって、手下達などただの道具でしかない。使えるか使えないか。評価基準はそれだけだ。


「一回魔界でアンケートを取ってみてえな。上司にしたくない男は誰だ? ってね。どれだけ二位と大差つけてお前がワーストワンになるか気になるぜ」


「なかなか面白い事を言いますね。私は逆にあなたが気に入りましたよ。どうです? 私の下で働くつもりはありませんか? あなたなら即私の右腕になれますよ」


「……極上の酒を山ほど積まれても御免だぜ」


「でしょうね。ならば、目障りだからさっさと死んで下さい」


 試合開始。ただならぬ気配を察知したのか、ドブネズミが逃げるようにゴキブレアの肩から下りて走り去っていった。カゲトが左手で刀を抜いた。右腕は力無くぶら下げたままだ。カゲトとは対照的に、ゴキブレアは構えず棒立ちしている。


(出方が分からねえな。何か狙ってやがるのか、それとも余裕か……不気味だぜ。あまり長引かせたくはねえな。速攻で終わらせてやる)


 カゲトが地を強く蹴り、一足跳びでゴキブレアとの間合いを詰めた。すれ違い様に右から左に払うように、右薙を繰り出す。するとあっさりとゴキブレアの上半身と下半身が真っ二つに裂かれ、斬り飛ばされた上半身が宙を舞った。


「へっ、なんでい。案外大したことなかっ…………何!?」


 後ろを振り返ると、上下それぞれの断面から無数の触手が伸び始め、触手同士が繋ぎ合わさった。飛ばされた上半身が引っ張られるように下半身と繋がり、何事もなかったかのようにピタリと合わさった。


「ウフフフフ……痛くもかゆくもありませんねぇ」


「野郎……」


 カゲトは、今の一撃でゴキブレアの特性を理解した。ゴキブレアに中途半端な攻撃を仕掛けても、すぐに再生する。確実に急所を狙い、致命傷を与える必要がある。ならば、狙うべきは……。


「はあっ!」


 カゲトが再び斬りかかる。ゴキブレアはやはり避けようともしない。


(その油断が命取りだぜ。今度こそ死にやがれ!)


 一瞬また横薙ぎかと思わせてから、刀を真上に振り上げ、ゴキブレアに向けて一気に振り下ろした。脳天から股間に至るまでの縦一直線。先程とは逆に、ゴキブレアの体は左半身と右半身に割れた。


「脳味噌を搔っ捌かれて生きていられる生物はいねえ。これで終わりだ」


 カゲトが刀を鞘に収めた。しかし、ジャッジはカゲトの勝利を宣言しない。当然だ…………まだ終わっていないのだから。カゲトは異変に気付いた。さっきと同じように、左右二つの断面から触手が伸び、再び一つの体になった。結合部の跡すらも残っていない。


「何……だと……」


「どうしたのです? そんなに怯えた顔をして。まさか本気で私を倒せるとでも思っていたのですか?」


 不死身…………一瞬脳裏に浮かんだその言葉を、カゲトはすぐさま掻き消した。それを認めてしまったら、もはや何も打つ手は無くなるからだ。いや、厳密に言えば、殺す事は出来なくても勝つ方法は残されている。場外に落とせばいい。しかしここはリングのほぼ中央。カゲトやエルカと違って、ゴキブレアは当然飛べる。場外に落とすのも容易ではない。


「クソッタレが……! うおおおお!!」


 今度は連続であらゆる方向から斬りつけた。唐竹、逆風、袈裟、左薙、右薙、左切上。気持ち悪い音を立てながら、ゴキブレアは原形を留めないレベルでバラバラの肉片になり、辺りに生ゴミのように散らばった。


「ハア……ハア…………くっ!」


 が、やはり駄目だ。全ての肉片から触手が伸び、パズルのように元の形へと瞬時に戻ってしまう。ゴキブレアは口を手で押さえ、小馬鹿にしたように含み笑いをした。カゲトは奥歯を噛み締める。


(どうする……。一体どうすればこいつを倒せるんだ……?)


 その時、ゴキブレアの笑いがピタリと止まった。そしてカゲトに掌を向ける。ハッとなったが、疲弊しきったカゲトにはそれを躱すことは叶わなかった。魔法弾の直撃を食らい、カゲトの体は爆発と共に弧を描きながら、後方へと吹っ飛んでいった。リングに叩きつけられたカゲトには、もう意識は無かった。


「気絶。勝者、Gエリア・ゴキブレア」


 ……カゲトが負けた。あってはならない事が再び起きてしまった。タオが慌ててカゲトに駆け寄り抱き起こす。命に別状はなさそうだが、酷い怪我だ。それを見下ろしながらクスクスと笑うゴキブレアを、タオはキッと睨みつけた。


「私としたことが、失敗しましたよ。殺すつもりだったのに気絶させてしまうとは。気絶でも試合結果が出てしまうのが、この大会の不便なところですねぇ」


 ゴキブレアはそう言って、やれやれといった態度で首を横に振った。


「あなたという人は……!」


「止めろ! タオ!」


 ベルーゼがリングに足をかけながら、タオを呼び止めた。


「副将は俺だ。お前はカゲトを連れて降りろ」


「ベルーゼ様……。わ、分かりました」


 タオがカゲトを背負い、ベルーゼの元へ戻った。すれ違い様、不安そうな顔でベルーゼを見上げるタオの肩に、ベルーゼは軽く手を置いて応える。その二人のやり取りを見て、ゴキブレアが今までと違った笑みを浮かべた事に気付いた者はいなかった。

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