第39話 レオンとロボット
何とか命拾いしたベルーゼ達だったが、最悪な状況である事には変わりない。エルカを除いた四人で、ゴキブレアを含む敵五人を全員倒さなければならないのだ。そのエルカはというと、ベルーゼ達の後ろで頬杖をついて寝そべり、舌打ちを連発している。未だに判定に全く納得していない態度だ。次鋒は誰が行くか……早く決めないと、今にも怒鳴られそうだ。
「……僕が行こう」
珍しくレオンが立候補した。レオンは別に戦いたいわけではない。エルカから一メートルでも遠くに離れたいだけだ。レオンが逃げるように足早にリングに上がり、チャバと対峙する。
「まったく、やってくれたね。あんなやり方でエルカに勝つなんて、恐れ入ったよ」
「へへへ……ゴキブレア様はとても頭のいいお方でな。ああいう脳味噌まで筋肉で出来てるような奴は、恰好のカモなんだよ」
「そうか。だが、僕はそうはいかないよ」
「……さあ、どうかな?」
チャバの余裕な態度を見て、レオンは思う。エルカだけでなく、恐らく自分も対策を打たれていると。戦法も弱点もさらけ出したんだから当然だ。だが、レオンも当然それは想定内だ。単に相手の更に上を行けばいい。
「では、そろそろ始めさせて頂きます。……試合開始ッ」
突然の銃声。レオンのハンドガンが火を噴き、チャバが吹っ飛んだ。その直後にチャバの目の前に直径ニメートル程の円形の盾が出現し、追撃の弾丸を弾いた。
「うっぎゃああーー!!」
チャバが肩を押さえて悶え苦しむ。
「なるほどな。その盾で僕の弾を遮るつもりだったのか。一手遅かったようだけどね」
(くっ……な、何て早撃ちをかましやがるんだ……! 奴はまだ銃を抜いてすらいなかったのに……)
チャバの策を、レオンの発射速度が上回った結果だ。放った五発の弾丸の内、最初の一発だけは盾の出現前にチャバに着弾していた。
「だ、だがなぁ! これでもうお前の銃は効かねえぞ! 後はこの盾が自動で俺を守るからな!」
「……」
レオンはそれを試すように、走りながら様々名角度からチャバを狙い撃った。しかし、チャバの言うようにその盾は弾丸を自動で感知し、どこから撃とうが完璧に防ぎきる。レオンのハンドガンはかなりの威力だが、それでもこの盾を壊すことは出来そうにない。
「何度やっても無駄だぁ! さあて……今度はこっちから行かせてもらうぜ。この肩の恨み、たっぷりと……ん?」
レオンはハンドガンを収め、懐から五角形の金属片を取りだしていた。その金属片が、ポップコーンが弾けるように一瞬で展開し、武器へと変形した。トリガーの付いた鉄筒からホースが伸びていて、それはバケツサイズのタンクに繫がっていた。
「うっ……! ま、まさか……」
「……汚物は焼却だ」
鉄筒から魔物のように荒れ狂う炎が放射された。その炎には弾丸を弾く盾など一切意味をなさず、チャバの全身を包み込む。そしてその炎は一気に燃え広がり、一瞬にしてリングは火の海と化した。
「あ、あちいいいぁぁぁ!!!」
熱さでのたうち回るチャバ。普通の炎ではない事は、文字通り火を見るより明らかだ。チャバの口から肺に入り込み、内側から肉体を焼いていく。地獄の苦しみだ。
「ぢっぐじょおおーー!! てめえも道連れにしてやるうう!!」
チャバは最後の力を振り絞り、火だるまになったままレオンに襲い掛かった。しかしレオンは、炎とは対照的に冷静にハンドガンを構えた。
「焦って盾を忘れているよ」
チャバの眉間に風穴が空いた。その小さな体は力無くその場に落ち、動かなくなった。レオンが火炎放射器のスイッチを逆に入れてトリガーを引くと、炎は鉄筒の中へと戻っていく。全ての炎を掃除機のように吸い終わると、そこには黒焦げになったチャバの死体だけが無惨に転がっていた。
「勝者、Bエリア・レオン」
エルカ敗北のショックから一転、Bエリア側は大いに沸き立った。しかし、エルカだけは複雑な心情だ。仮にも自分を負かした相手に、レオンが圧勝したという事実がそれの原因である。それに、出来れば大会終了後に自らの手でチャバを殺しに行きたかった。しかしチームの勝利が第一なので、エルカも何も言わずにふて腐れて寝そべったままだった。
「Gエリア次鋒、前へ」
ジャッジの指示に従い、Gエリアの次鋒が歩を踏み出した。それを見て、思わずレオンは舌打ちする。出来れば戦いたくなかった相手だ。
灰色の鋼鉄の体……それは比喩ではない。Gエリア次鋒マトヤは人型のロボットだ。電気によって光る目と、歩く度に鳴るモーター音が、その事実をより明確に証明していた。
レオンにとってロボットは最も近しい存在であり、間違っても銃口を向ける対象ではなかった。しかし、そうも言っていられない。やらなければやられるのだ。
「最初見た時は驚いたよ。Lエリア以外にも、ロボットが存在していたとはね」
「……」
レオンの言葉に、マトヤは何も答えない。代わりに口を開いたのはゴキブレアだった。
「ウフフフ……その通りですよ。魔界でロボットがいるのはLエリアだけです。そのマトヤは、私がLエリアで拾って記憶媒体を改造した物です。マトヤの記憶では、私が自分を製造した主という事になっています」
「何っ……!」
「レオン、そんな野郎のデタラメに惑わされるな! お前の動揺を誘う作戦だ!」
ゴキブレアの言葉に顔色を変えるレオンに、カゲトがリング外で声を上げた。しかし、ゴキブレアは余裕の態度を崩さない。
「さて、そう言い切れるでしょうか? あなたがLエリア出身で、ロボット達に大切に育てられてきたのは調べがついていますよ。あなたなら、私の言っている事が真実かデタラメか……マトヤをよく見ればすぐ分かるんじゃないですかね? ウフフフフフ……」
「くっ……」
気持ちの整理がつかないままの、ジャッジによる無情の試合開始宣言。マトヤが戦闘モードに入り、右腕が機関銃に、左腕が鋭利なドリルに変形する。レオンもサブマシンガンを取り出すが、マトヤに銃口を向ける事が出来ない。だが当然マトヤは容赦せず、レオンに向けて発砲する。レオンはそれを回避しながら、ひとまずブーツのジェット噴射で空中に退避した。
「レオン! もし仮にそいつがLエリアのロボットだったとしても、お前と共に暮らしてきたロボットとは別物だろう! いいから気にせず戦うんだ!」
ベルーゼの声も、今のレオンには響かない。レオンは見てしまったのだ。マトヤの機関銃に刻印された、Lエリアの初代ボス・レメッカの名前を。Lエリアのロボットには全てレメッカの刻印が施されているのだ。それは偽物ではない……間違いなくマトヤは元々Lエリアにいたロボットだ。
もちろん、だからといって別にマトヤがレオンを育てたわけではない。だがレオンにとっては、Lエリアのロボット達は全員家族も同然。傷つける事など出来はしない。ましてや、ゴキブレアに改造されて無理矢理戦わせられているのだから……。どうする事も出来ないまま弾丸の雨を避け続け、それが遂に被弾した。
「ぐあっ!」
レオンが腹部から血を流し、バランスを崩しながら落下していく。体勢を立て直そうと足を下に向けようとするが、そんな余裕も無い。そこを狙い撃とうとマトヤが右腕を構えるが、何も起こらない。弾切れだ。
マトヤは機関銃を収め、左腕のドリルを回転させながらレオンの落下地点に走り出した。落下のタイミングに合わせるように、マトヤがドリルを真っ直ぐに突き出した。
「う……おおお!」
間一髪で再び宙に舞い上がり、ドリルを回避した。そして、そこから少し離れたリングの端に着地する。被弾した腹部から流れる血が止まらない。痛みも強くなっていく。このままでは確実に負ける。レオンは何とか反撃しなくてはと考えるが、それでもマトヤを攻撃しようとすると、体が拒絶反応を起こす。
「……レ~~オ~~ン~~」
ギクリとなり後ろを振り返ると、いつの間にかエルカが真後ろに立っていた。さっきまでよりも更に不機嫌極まりない目で、レオンを睨み付けている。
「さっきから黙って見ていれば、何チンタラやってんのよ、このアホンダラが。そのまま何もせずに負けてみなさい。そん時は、あんたのサブマシンガンをあんたの肛門にぶっ刺して、弾切れするまでその中に撃ちこんでやるからね……!」
レオンは思わず身震いする。脅しではない。エルカはやると言ったら本当にやる女だ。
「その馬のクソみたいな脳味噌で少しは考えてみなさいよ。これは殺し合いじゃないのよ。そうとなれば、いくらでもやりようはあるでしょうが」
「……!」
レオンはその言葉にハッとなった。このまま黙ってやられるのは、どう考えてもベストではない。自分にとっても、Bエリアにとっても、Lエリアにとっても、そしてマトヤにとっても。マトヤを救うためにも、戦わなければならない。
「それにタルトの言葉を忘れたの? Bエリアを優勝に導いてくれっていう言葉を。たとえこのまま優勝出来たとしても、あんたが足を引っ張るようなら、タルトとの結婚は絶対に認めないわよ」
「わ、分かった、やるよ! やるから、姑みたいな事を言わないでくれ!」
迷いは晴れた。既にマトヤはすぐそこまで詰めてきている。迎え撃つべく、レオンが懐から新たな武器を取り出した。形状はハンドガンに似ているが、それよりも小型でモデルガンのようだ。そして何よりも違うのは、銃口がなく先が尖っている。そんなちゃちな武器でも、レオンはしっかりとそれを握りしめ、マトヤに向かって走りだした。
(場外に押し出せればいいが、あの重量相手では無理だ。やはりこれしかない)
マトヤが左腕のドリルを引き、一気に突き出した。それに合わせてレオンが跳び上がり、ドリルを宙返りで回避しながらマトヤの真上を取った。
「許せ……!」
マトヤの後頭部に武器の先端を突き刺し、トリガーを引いた。バリバリと火花が飛び散る音と共に、激しい光の点滅が巻き起こる。マトヤは逃れようと藻掻き続けるが、次第に力を失い俯せに倒れ込んだ。ボディーのあちこちから煙が立っているが、破壊されたわけではない。レオンはマトヤの傍に膝を突き、手を添えた。
「……手荒な真似をしてすまない。十秒だけそのままじっとしていてくれ。回路を少しばかりショートさせただけだから心配はいらない。試合が終わったら僕が直してあげるよ。ゴキブレアに植え付けられた記憶も消去させてもらう。その後は、またLエリアで他の皆と一緒に……」
「…………ワガ、アルジ……ゴキ……ブレアサマノ……タメニ……」
「えっ?」
────光……そして爆発。レオンの体は闘技場の天井近くまで舞い上がり、マネキンのように力無くリングの上に落下した。そして辺りには、さっきまで人の形をしていた金属の、部品や破片がゴミのように散らばっていた……。




