第37話 パワー勝負
Vエリアのボス、ヴィトル。前情報によると、その剛腕は魔界随一の腕力を誇るという。両こめかみから雄々しく生えたトナカイのような角や、長々と伸ばした髭、そして見る者を圧倒する凄まじい筋肉の鎧は、それを裏付けるようだった。巨漢揃いのVエリアの中でも、縦も横もワンサイズ以上上回る。今回もエルカを楽しませてくれる事は、既に確定しているようなものだ。あまりにも階級が違いすぎる二人が、準決勝進出をかけた舞台に上がり向かい合った。
「よう、お前の試合見てたぜ。人間でありながらそこまでの力を身につけるたあ、大したもんじゃねえか」
「それはどーも。あんたこそ、私の強さを知っててリングに上がってくるなんて、いい度胸してるじゃない。それでこそボコり甲斐があるってもんよ」
「がははは、生意気な小娘だぜ。気に入ったぞ。どうだ? 俺様と力比べしてみねえか?」
「望むところよ」
両大将が構えた。開始宣言もされていないのに、既に両者の間では激しいオーラのぶつかり合いが始まっていた。周囲の空気が渦を巻き、リングにはヒビが入る。弱い魔物では、二人に近寄ることすら出来ないだろう。
「準備は宜しいですね。では、大将戦開始ッ」
「ぬおりゃあああーー!!!」
ヴィトルが両腕を振り上げ、エルカに襲い掛かった。エルカも避けようとはせずに、真っ向からそれに立ち向かう。二人の両手が組み合わさった瞬間、その衝撃によって生じた突風が観客席にまで吹き荒れた。
「……っ! くっ!!」
エルカの足がリングにめり込み、上体が大きく後ろに仰け反った。
(この……圧力は……っ!!)
凄まじい力で、ヴィトルが更に押してくる。エルカは押し返すどころか、歯を食いしばりながら耐えるので精一杯だ。しかしそれもどんどん状況が悪くなる。組み伏せられるのは時間の問題だ。
限界を悟ったエルカが、ヴィトルの一瞬の力の緩みを利用して横に跳び、退避した。ヴィトルは勝ち誇ったように笑みを浮かべる。予想を遥かに上回るヴィトルのパワー。しかし、それに驚いたのはエルカ本人よりも、Bエリアの面々だった。
────あのエルカが、完全に力負けした。
いや、体格差を考えれば当然すぎる結果ではある。しかし今までエルカはどんな相手だろうと、その小柄な肉体からは考えられないような圧倒的なパワーを見せ付け、数多の敵を叩き潰してきたのだ。そのエルカに純粋な腕力で勝てる者がいたという事実を、彼らは簡単には受け入れる事が出来なかった。しかし、驚いたのはヴィトルも同じだ。
「俺様と組み合ってあそこまで粘るとはな……こんな事初めてだぜ、大したパワーだ。だが、それでも俺様には及ばねえ」
「……そのようね」
「だが戦いってのは、腕っぷしが強い方が勝つとは限らねえ。さあ、今度はお前の得意な戦法でかかってきな。どんな手を使ってこようが、ねじ伏せてやるからよぉ!」
エルカは僅かに前傾姿勢を取り、膝を曲げた。その次の瞬間、一瞬でヴィトルとの間合いを詰め、拳を繰り出した。
(ぬお!? は、速い!)
想定外のスピードに、ガードが全く間に合わない。エルカの拳が筋肉の鎧に突き刺さる。当然、これだけでエルカの攻撃が終わるはずがない。
「オラララララララララァ!! オラオラオラオラァァァァーーーッ!!!!」
その連打力は、以前よりも何倍もアップしていた。速さも重さも、これまでとは比較にならない。一撃一撃が、ダイヤモンドをも軽々と粉砕する破壊力だ。その拳打を、ヴィトルは全身に食らい続けた。エルカが顎を打ち上げると、ヴィトルの体が浮き上がる。一歩下がってからの、全体重を乗せたエルカのドロップキックが、浮いたヴィトルをぶっ飛ばした。そのままリング外まで飛んでいき、壁にぶつかる直前で、空中で踏みとどまった。ヴィトルは腹を押さえながら、脂汗に塗れた顔を痛みで歪めた。
「うっ……ぐうぅぉぉ……。い、今のは、効いたぜ……。例えるなら……大砲並みの破壊力を持った弾丸を……マシンガンで食らったような感覚といったところか」
しかし、今回も驚かされたのは逆にBエリア側の方だ。エルカの連打をあれだけまともに受けたにも関わらず、五体満足で立っていられる事がそもそも異常なのだ。腕力だけでなく、耐久力も並外れている。流石のエルカも、心の奥底で小さな焦りが生まれた。だがそれ以上に、これまでにない期待と興奮を覚えた。
「初めてかもしれないわ……こんなにワクワクするのは」
ヴィトルがエルカの前に着地し、再び至近距離で対峙した。周りのメンバーや観客達も、思わず息を飲んで黙りこくる。さながら、西部劇の決闘シーンを思わせる空気が流れ続ける。どちらもなかなか仕掛けるタイミングを図れない。その均衡は、ほぼ同時に両者によって破られた。
真っ直ぐに交差しながら突き出される両者の拳。速さはエルカの方が上だが、リーチの差があり過ぎた。エルカの拳は届かず、逆にヴィトルの拳がエルカの顔面を捕らえる。エルカは倒れそうになる体を足で踏ん張らせ、バネのように上体を起こして再度攻撃を繰り出した。それがヴィトルの額にクリーンヒットし、脳を揺らした。一瞬ヴィトルが怯むが、すぐに反撃のボディーブローでエルカの追撃を止める。
エルカが殴ればヴィトルが、ヴィトルが殴ればエルカがすぐさま殴り返す。お互い一歩も譲らないノーガードの殴り合いは、一向に止まる気配はなかった。エルカの赤い血とヴィトルの青い血が空中で交わりながら、リングの中央に紫色の水溜まりを作っていく。あまりに壮絶な戦いに、目を背ける者もいた。
「……が、頑張れボスーー! そんな小娘に負けるな-!」
「そうだ、いけーー!!」
「ヴィトル様ファイトオオオ!!」
「ヴィートール! ヴィートール! ヴィートール!」
コクサス達代表メンバーや、Vエリア応援席から熱いヴィトルコールがこだまする。その声援はヴィトルの闘志を鼓舞し、エルカを激しく攻め立てる。Bエリアの手下達も、ハッとなって負けじとエルカコールを始めた。エルカは戦いの最中に外野が騒ぎ立てるのを嫌う。だから試合後にぶっ飛ばされるかもしれない。それでも、彼らは黙ってはいられなかった。だが残念なことに、声量ではVエリアに完全に負けていた。
「……やっぱり僕はああいう暑苦しい連中は嫌いだ。耳がキンキンする」
「んなことより、見てみろよエルカを。あいつ笑ってるぜ……傷だらけの血まみれで、殴り殴られながら滅茶苦茶楽しそうによ」
「戦闘狂の感性はさっぱり理解できない……」
カゲトもレオンも、ルールとは無関係に立ち入る隙がない。ただただ見守る事しか出来ない。殴り合いが始まってからおよそ五分が経過すると、流石にどちらも疲れが見えてきた。そろそろどちらかがリズムを狂わせる頃だ。
「うおおおおおお!!」
ヴィトルの渾身の右フックがエルカの頬に炸裂。エルカの足の力が一瞬抜け、バランスを崩した。その好機を逃すヴィトルではない。即座にエルカの体を両手で挟み込み、そのまま持ち上げた。ヴィトルの手は体相応に巨大で、エルカの頭と膝下以外をすっぽりと覆っていた。
「ぐわっはっはっは! 遂に捕まえたぞ! このままお前の全身の骨という骨を、枯木の枝のようにバッキバキにへし折ってやるぞ!」
「……っ!」
ヴィトルが力を込め始めると、万力に挟まれているようにエルカの体に圧力がかかっていく。骨がミシミシと軋み始め、エルカが苦悶に満ちた顔を浮かべた。
「さあ、ぶっ潰れろ! このまま潰れちま…………むっ!?」
締め付けているはずの両手が少しずつ開いていく。いや、開かされていく。エルカが両腕を左右に広げ、押し返しているのだ。ヴィトルは、逃がすまいと更に力を込めるが、その両手は開く一方だ。
「……ふ……ん……がああーーー!!」
「な、何だとぉ……!?」
ある程度開ききったところで、エルカがヴィトルの右手首をつま先で蹴り上げた。その反動で、遂に束縛から抜け出した。ヴィトルは手首を押さえながら、驚愕の表情でエルカを見据えた。
(こ、こいつ……おかしいぞ! 疲労やダメージが確実に蓄積されているのに、今の力は明らかに試合開始直後よりも上回ってやがった。体が温まって、後からエンジンがかかるタイプなのか……? いや、それだけじゃねえ!)
信じたくはない。そんな恐ろしい事があってはならない。しかし、ヴィトルはそう結論づけるしかなかった。
(戦いながら成長してやがるんだ! 普通なら何年もかけて修行しなければいけないところを、この女はこの僅か数分の間に急激に強くなりやがったんだ……!)
皮肉にも、そうさせてしまったのはヴィトル自身だった。エルカは魔界に来るまでは、実戦経験は皆無だった。言わば白紙のキャンバス、または乾ききったスポンジだ。強くなる余地は、まだまだいくらでもあった。ヴィトルとの激戦によって、エルカは見違えるようにレベルアップしていったのだ。
「……ふふふ。どうしたのよ、ボーッとしちゃってさ。かかってこないの?」
寒気を感じ、ヴィトルの頬を冷や汗が伝った。
(こ、これ以上長引かせるのはまずい。俺様の最高の力を持って、一気に片を付けてやるぜ!)
ヴィトルが大きく息を吸い込み、その身に宿した闘気を全て解き放った。嵐のような風が場内に吹き荒れる。ヴィトルは、耳をつんざくような雄叫びを上げながらエルカに突進した。その様はまるで重機関車だ。こんなのをまともに受ければひとたまりもない。ここは避けるしかないだろう…………という常識は、エルカの中にはなかった。
エルカは一歩も引く気はない。腰を落とし、両腕を前に突き出し、真っ向から受け止める構えを取った。やめろ、避けるんだ、いくら何でも無謀過ぎる、誰かがそんな事を叫んでいたが、エルカは聞く耳を持たなかった。
「どおあああああーーーー!!!!」
試合の最初にやった取っ組み合いを再現するかのように、エルカとヴィトルの両手が再びぶつかり合った。しかしヴィトルの勢いは止まらない。エルカの足の踏ん張りも意味をなさず、リング端に向かって一気に押し込まれていく。レオンとカゲトもその手に汗を握る。
「ま、まずいよ。あのまま行くと……」
「ああ……エルカは飛べねえからな。場外に押し出されたら負けだ」
もちろんヴィトルの狙いはそれだ。出来れば違った形で勝利を収めたいが、もはやそんな余裕はない。Vエリアの勝利のため、最も確実な方法を取った。しかし、あと一歩という所で異変が起こった。
「……!? ぐぬっ……くおおお……!」
動きがピタリと止まった。押せども引けども、エルカはビクともしない。まるで地面と一体化した石像のように。
(何だ……一体どうなっている! 何故、何故動かん!?)
ヴィトルがハッとなった。エルカが、血も凍るようなゾッとする笑みを浮かべていたのだ。ヴィトルの脳が警鐘を鳴らした。今すぐ手を離して逃げろと。しかし、ヴィトルの戦闘経験が待ったをかける。離してエルカを自由にすれば、その瞬間やられると。離すか……押し続けるか……ヴィトルがパニックを起こす。いくら考えても正解が解らない。
「……楽しかったわ」
「!」
エルカが両手を一気に中央に引き寄せ、それを掴んでいるヴィトルの両の拳同士を打ち付けた。ぐしゃりと、肉と骨が潰れる音が鳴り、ヴィトルが激痛でエルカの手を離した。直後、エルカがヴィトルの顔の高さまでドリルのように回転しながらジャンプし、その顔面目掛けて思い切り回し蹴りを放つ。顔面に踵がめり込み吹っ飛んでいくその巨体は、そのまま観客席に突っ込み、十数人の魔物が巻き添えを食った。ヴィトルは角と鼻と前歯が全損していて、完全に気を失っていた。
「勝者、Bエリア・エルカ。Bエリア準決勝進出決定です」
Bエリア応援席から大歓声が巻き起こった。冷や冷やしながら見ていたレオンとカゲトも、ホッと胸を撫で下ろし、戻ってきたエルカを笑って迎えた。
「やっぱり無敵だよお前さんは。これじゃあ追いつくどころか、どんどん差が開いていくぜ」
「全くだ。一度だけとはいえ君と手合わせしたなんて、今思えばゾッとするよ」
「まあね。このまま決勝戦までノンストップで行くわよ。……おら、いつまで寝てんのよベルーゼ。さっさと起きな」
エルカはそう言って、倒れたままのベルーゼの腹を蹴り上げた。ベルーゼが小さく呻き声を上げる。相変わらず酷い扱いだが、もはや見慣れた光景だ。手下達の拍手に見送られながら、四人はその場から退場した。
○ タオ ─ コクサス ●
● レオン ─ アトラ ○
○ カゲト ─ ヘラクレス ●
● ベルーゼ ─ ネプチュン ○
○ エルカ ─ ヴィトル ●
三勝二敗
Bエリア準決勝進出




