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第35話 大観衆の前で盛大に

 足取りがおぼつかない。顔が熱くなり、視界が揺れる。心臓の鼓動が速くなっていく。少し飲み過ぎたかもしれないと、タオは思い始めた。しかし、気分はどんどん高揚してくる。自信が湧いてくる。目の前にいる巨漢コクサスも、今の自分ならどうとでもなりそうな気がしてくる。そのコクサスに、タオは勢いよく深々とお辞儀した。


「押忍! よろひくお願いしまっふ!!」


「……お、おう」


 あまりにも不似合いなタオの言葉遣いに、コクサスは思わずたじろいだ。それ以上に驚いたのは、もちろんBエリアの者達だ。提案したヤドックですら、予想以上の変貌ぶりに困惑している。カゲトが、酒瓶を掲げてエルカに耳打ちした。


「おい、エルカ。ありゃ完全に酔っ払ってるぜ。妙にフラついてるし、顔は真っ赤、呂律も回ってねえ……」


「はあ? マジで?」


「しかもこの酒、口当たりがいいから飲みやすいんだが、決して弱い酒じゃねえ。後からジワジワ効いてくるタイプだぜ。本格的にアルコールが回ってきたら、飲み慣れてないタオちゃんじゃあ、戦いどころじゃ無くなっちまうぞ」


「……既に結構やばそうだけど」


 エルカ達の心配をよそに、タオはその場で準備運動を始める。気合いだけは充分なのは見て分かる。しかし、酔いは回る一方だ。そして、ジャッジが手を上げた。


「では、先鋒戦……開始ッ」


「ハアアアアア!!!」


 開始早々、タオが雄叫びを上げて魔力を放出し始めた。そして両手を前に突き出し、特大の魔法弾をコクサスに向けてぶっ放した。


「な、なんだあ!?」


 コクサスが間一髪でそれを避ける。目標物を失った魔法弾が、観客席下の壁に着弾し、大爆発を起こした。どんなに酔いが回っていても、昨夜何度も何度も反復したヤドックのアドバイスは、決して頭から消えることは無い。


 四:とにかく声を出せ。それによって発生したアドレナリンが、緊張を吹き飛ばす。


 五:最初から全力で飛ばせ。息切れする前にケリをつけろ。


 タオは無心に撃ちまくった。コクサスは見かけによらず素早い動きでそれを躱していくが、避けきれずに当たるのは時間の問題だ。


「くっ、逃げ回っててもしょうがねえ!」


 コクサスは、タオが撃った直後の硬直を狙って飛び出した。タオの反応が遅れる。コクサスはその巨体を活かし、そのままタオにタックルをぶちかました。凄まじい衝撃がタオを襲う。更に追撃のラリアットを食らい、タオの小さな体が吹き飛ばされた。危うく観客席に突っ込みそうになるが、空中でピタリと踏みとどまる。

 胸に鈍痛と違和感……恐らく肋骨が一本折れている。酔いと気迫で痛みを掻き消し、今度は別の魔法の準備にかかる。そうはさせまいとコクサスが追撃にかかるが、タオの魔力を溜めるスピードはかなり早く、既に準備は完了していた。


「いっけええーーー!!」


 タオの全身から、くの字型の魔法弾が次々とコクサスに襲いかかる。コクサスはそれも躱していくが、すぐにある事に気付いた。まるでブーメランさながらに、躱した魔法弾がくるくると回転しながら戻ってくる。背後から迫るそれも躱すが、そのままタオの体に吸収され、再びコクサスに向かって撃たれる。それを見てエルカは感心した。


「なるほどね。あれなら一度放出した魔力を再利用してるから、いくら撃っても消耗する事はないわね」


 ベルーゼが驚きながらもニヤリと笑う。


「……ああ。フライヤが得意としていた魔法の一つだ」


 そのブーメランは着弾しても起爆する事はなく、刃のようにコクサスの肉体を切り裂いていく。


(ちくしょう、どうなってんだ!? あの女、昨日とは別人だぞ! このままじゃ…………ん?)


 勢いが弱まった。見ると、タオの様子がおかしい。いや、元々おかしかったのが、更に悪化している。視点が定まらず、体もぐらぐらと揺れている。もはや限界か…………エルカ達に緊張が走る。ゆっくりと降下して、リングに足を付ける。一瞬動きが止まったと思いきや、突如タオがリング端に向かって全力疾走を始めた。


「こ、今度は何をしようってんだ?」


 タオの行動が全く読めないコクサスは、警戒して次の攻撃に備えて身構える。リング端に着いたタオは、すぐさま膝を突き、顔を場外に出して頬を膨らませた。


「うぷ…………ゲエェェーーーッッ!! ゴボッ、ゲホッ、ゲッホ!! ウエッ!!」


「…………」


 場内が静まり返った。ビチャビチャと液体が跳ねる音と、タオの咳き込む音だけが静寂の中にいる。エルカ達四人は、かける言葉すら見つからずに、ただただ開いた口が塞がらないでいた。


「て、てめえ……何かおかしいと思ったら、さては酔っ払ってやがったな? 舐めやがって……!」


 怒りを露わにしたコクサスが、タオに突進した。ベルーゼが慌ててタオの名を呼ぶが、タオはコクサスの接近に気付く気配はない。コクサスが腕を振りかぶり、タオの背に拳が放たれる……が、しかしそれが空を切った。

 タオは拳が当たる直前で、ふわりと舞い上がるように小さくジャンプしていたのだ。空振りしたせいで勢い余ったコクサスの体が、リング外に飛び出した。


「うおっ、やべ!」


 場外に足をつくまいと、コクサスは慌てて浮遊した…………つもりだった。しかし、タオはそのチャンスを見逃さなかった。コクサスのその行動は一手遅く、すぐ真上にいたタオに蹴り落とされ、タオの吐瀉物の上に顔面から激突した。


「場外。勝者、Bエリア・タオ」


 ……勝負がついたというのに、相変わらず場内は静かだった。コクサスはゆっくりと起き上がり、顔を引きつらせながら、その顔に付いた吐瀉物を拭う。タオは何も言わずに顔を伏せながら早足でエルカ達の元へ戻った。そして、酔いとは別の理由で顔を赤らめながら、じっとエルカを見据えた。


「……勝ったよ。一応」


「ええ、見てた。一部始終バッチリとね。タイマンの初勝利おめでとう」


「ありがとう……」


「正直見直したわ。自分が吐いたゲロの上に敵を叩き落として勝つなんて、流石の私でもその発想は無かったわ」


「い、言わないでぇ~……」


 タオは頭を抱えて座り込んでしまった。吐いたおかげで少しは酔いが覚め、自分がさっきまでしていた行動や言動を冷静に見つめ直せるようになった。カゲトが慰めるようにタオの肩に手を置いた。


「まあいいじゃねえか。あんな大男相手にしっかり白星取ってきたんだから大したもんだ。それに、こんな大観衆の前で盛大にゲロったんだ。もう酒の力になんか頼らなくても、怖いもんなしだぜ。はっはっは」


「な、慰めになってないんですけど!」


 勝利の喜びよりも、恥ずかしさの方が遙かに上回っていた。エルカもカゲトも、確信犯的に冷やかしているのは明白だ。しばらくは、これをネタにいじられる事になるのは避けられないだろう。ベルーゼはそんな冷やかしには参加せず、心配そうにタオに声をかけた。


「それより、体の方は大丈夫なのか? かなり派手に吹っ飛ばされていたが」


「えっ? あっ……いた! 痛たたた!」


 思い出したように痛みがやってくる。肋骨が折れているのを忘れていたのだ。


「先に控え室に戻ってスケルトンに診てもらえ。骨の一本ぐらいなら、明日には治ってるだろう」


「は、はい……それじゃあ、後はお願いします……」


 タオは胸を押さえながら、ゆっくりとした足取りで一足先に帰っていった。何にせよ、まずは一勝だ。一・五回戦同様、幸先のいいスタートとなった。

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