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第31話 肉斬骨断

「では、次鋒戦を開始します。次鋒、前へ」


 Hエリアのメンバーの次鋒ヘイケが、仲間内で相談することもなくリングに上がってきた。今度は赤い装束に獅子の仮面で、細身のカイとは対照的にがっしりとした体格だ。この男を見ても、カゲトは腕を組んだまま動こうとしない。となると、次鋒はベルーゼかタオか……。


「ベルーゼ、行きな」


「……うむ」


 エルカは、タオでは体格の差があり過ぎると判断し、ベルーゼをぶつけた。それに、タオはまだ緊張が全く解けていない。この状態で戦わせても、実力の半分も出せないのは、Aエリアでの戦いで実証済みだ。ベルーゼとヘイケが、リングの中央で向かい合う。ベルーゼも大柄だが、ヘイケは更にもう一回りでかい。


「次鋒戦、始めッ」


 開始早々、ベルーゼは宙に舞い上がり、両手に魔力を溜め始める。お得意の、上からの魔法攻撃の準備だ。しかし、空中はベルーゼの独壇場ではなかった。ヘイケも後を追うように飛び上がった。


「ちっ……奴も飛べたか。仕方あるまい」


 真下から向かってくるヘイケに向けて、魔法弾を連射した。ヘイケはそれを避けようともせず、腕を顔の前にクロスさせてそのまま突っ込んだ。一発あたりの威力は弱く、防御すればどうという事はないという判断だ。実際に、大して怯む事もなくベルーゼとの距離を縮めていく。


「くっ!」


 ベルーゼがその場から退避するが、ヘイケはそれを完全に読んでいた。全く同じタイミングで同じ方向に転回し、ベルーゼの足を掴む。


「ふんっ!」


「う、うおおお!?」


 掴んだまま引き寄せて急降下。落下スピードを乗せて、リングに叩きつける気だ。そうはさせまいと、ベルーゼもヘイケの腕を掴み、電流を流し込んだ。


「むぐ!?」


 ヘイケは、痛みと痺れで足から手を離した。ベルーゼは今のうちに間合いを取ろうとする。しかし眼前には、それを阻むようなヘイケの丸太のような脚。ヘイケは後ろに宙返りしながら、ベルーゼを下に向けて蹴り落とした。ベルーゼは受け身も取れずに背中を強打する。


「つっ……!」


 慌てて起き上がり見上げると、今度は炎が眼前にあった。間一髪で横っ跳びで回避するが、ヘイケはそれを追い回すように、手から炎を噴射する。ベルーゼがやろうとしていた事を、正に今ヘイケにやられてしまっているのだ。ベルーゼのスピードを持ってしても、逃げ回るので精一杯で、反撃に転じる事が出来ない。


「ハア、ハア、くそっ! ……ん? 炎が止んだ……?」


 再び見上げると、そこにはヘイケの姿は無かった。


「……まずは一勝」


「!!」


 振り返ると同時に、ヘイケの拳がベルーゼの顔に叩き込まれた。勢いよく吹っ飛んだベルーゼの体は、そのままリングの外に転げ落ちた。


「場外。勝者、Hエリア・ヘイケ」


 Hエリアの応援席から歓声が上がる。ヘイケは当然だと言うような憮然とした態度でリングを降り、メンバー達が労った。Bエリアサイドは、それとは対照的に意気消沈してしまう…………エルカとカゲト以外は。


「普通に負けたな」


「ええ。普通に戦って普通に負けたわね。まあ、こんなもんでしょ」


 エルカは、はなっから大して期待はしていなかった。雑魚相手ならともかく、ここに出てくるのはそのエリア内での最強の五人だ。ベルーゼが勝てる相手など、そうそういるはずがない。


「まあでも、負けはしたけど、結果的には悪くないわ。サクッと場外負けしてくれたしね」


「えっ? エルカ、どういう事?」


 タオには、エルカの言っている意味が分からない。


「サウザンドトーナメントには、補欠はいないのよ。つまり、誰かが死んだら残りの試合全部、四人で戦わなければいけないのよ」


「そうだ。勝ち抜き戦は当然不利になるし、五戦マッチにしても、欠員の分は不戦敗扱いになるんだ。だからもし、二対五という状況で対戦方式が五戦マッチになったりしたら、その時点で敗退確定になる。不戦敗だけで三敗だからな」


 エルカの説明に、カゲトが補足した。


「つまり……無理して殺されるぐらいなら、さっさと降参した方がいいってこと?」


「そうね。命を懸けるのは、後が無くなってからでいいわ。次の試合の事もあるし、勝てないと思ったら降りなさい」


「う、うん。分かった」


 試合とはいえ、ここはあくまで魔界。戦って命を落とすこともある。現に、他エリア同士の試合では、一回戦から死者が続出した。その事実が、改めてタオに重くのしかかる。心拍数が更に上昇する。タオのそんな思いを無視するかのように、ジャッジが中堅戦の開始を告げた。Hエリアの中堅ヒムエは、桃色の装束にネズミの仮面。体格はヘイケと比べると遥かに小柄で、タオとも充分釣り合う。


「タオちゃん、悪い。任せた」


「あ……は、はい」


 カゲトが今回もパスしたため、中堅はタオとなった。緊張は和らぐどころか、ますます酷くなっていく。リングに向かって歩いている最中、左右同じ方の手と足が前に出ている事にすら気付いていない。しかし、無理もない事なのだ。完全に一対一の実戦は、タオにとってこれが初めてなのだから。

 気持ちの整理がつかないまま、試合が始まってしまった。タオの頭の中は真っ白だ。しかし、ヒムエは容赦なく攻め立てる。防戦一方のタオ。そしてその防御もぎこちなく、一歩間違えれば致命傷になりかねない攻撃を、何度もくらいそうになる。Bエリアの手下達は、そのあまりの危なっかしさに、思わず目を逸らしたくなる。

 エルカの見立てでは、タオとヒムエの力はほぼ拮抗している。パワー、スピード、魔力、いずれも五分五分だ。タオが本来の実力を出せれば、決して勝てない相手ではない。しかし、このままでは到底勝ち筋は見えてこない。仮に途中で持ち直したところで、その時にはもう体力面で差を付けられ、取り返しはつかないだろう。


「きゃあ!」


 タオがヒムエの蹴りの連打をまともに浴び、吹っ飛ばされてダウンした。十秒のカウントダウンが始まる。タオは、何とか起き上がろうと試みる。


「タオ!!」


 エルカの怒声。ビクッと体を震わせ、エルカに目をやると、エルカは黙って頷いた。タオは俯き、きつく目を閉じた。


「……降参です」


 試合開始から三分も経たずして、タオの早々の敗北宣言。この時点でBエリアに二つ目の黒星が付いた。Hエリアに再び歓声が上がる。レオンの勝利の喜びから一転、Bエリアは早くも崖っぷちに立たされた。


「ふん、つまらん。口ほどにもないな」


 ヒムエがタオを蔑む台詞を吐き捨て、リングから去って行った。タオはしばらくしてからようやく立ち上がり、エルカ達の元へ戻った。ベルーゼが声をかけようとするが、先にエルカが口を開く。


「タオ、分かってるわね? 私が早々にあんたの降参を許したのは、明日の試合への温存のためよ」


「う……ん……分かってる」


「泣いたって何も解決しないわ」


 慰めの言葉などかけない。そんな物より、もっと効果的な方法がある。それは、エルカとカゲトがそれぞれの戦いを見せる事だ。


「タオちゃん、後は俺とエルカに任せな。なあに、心配ねえさ。お前さんのバックに、どれほど強力な仲間が付いてるか、よーく見ときな」


 だからあまり気負いすぎるな。負けても構わないから、もっと気楽にやれ。エルカの手前、それは口にする事は出来なかったが、タオにはカゲトのその思いは確かに伝わった。涙を拭き、リングに向かうカゲトの背中を眼に焼き付けた。

 副将戦。カゲトがずっと気になっていた男、ゲンジがリングに上がる。恐らくは、Hエリアのナンバーツー。天狗の仮面に橙色の装束。そして、腰にはカゲト同様に刀を携えていた。厳密に言えば、カゲトが目を付けていたのはゲンジというより、その刀だった。


「よう、おいでなすったな。あんたと一戦交えたくてな。待ってたぜ」


「お主も刀を使うのか。拙者と戦いたいというのは、同じ得物を使う者同士で、という事か?」


「まあ、それもあるけどよ。その刀、どうにも気になって仕方がねえ。かなり年期が入ってるようだが、相当な業物と見た」


「ほう。鞘に収めたままだというのに分かるのか。なかなかの目利きだな」


「まあな。なあ、見せてくれよ。どんな刀身なのかをよ」


「いいだろう。とくと見よ」


 ゲンジがゆっくりと刀を鞘から引き抜いていく。そして刀身の全てが露わになった時、カゲトは思わず息を飲んだ。柄や鞘の古臭さとは真逆の、鏡のように美しい刃。しかし、その美しい刃から発せられる、怨念の入り混じった邪悪な気が、その刀が妖刀である事を如実に教えていた。


「妖刀・肉斬骨断にくぎりのほねたち。かつて伝説の剣豪ホーネッツが愛用していた刀だ」


「な、何だと!? ホーネッツの刀!?」


 カゲトが血相を変えた。噂には聞いたことがあった。ホーネッツの死後、約八百年も経った今でも、その刀は現存していると。それが今、カゲトの目の前にある。


「す……すげえ。マジかよ。一度はこの目で見てみたいと思っていたが、まさかこんな形でお目にかかれるとは」


「お主もホーネッツを崇拝しているようだな。この刀が、咽から手が出るほど欲しかろう。どうだ? 拙者に勝つことが出来れば、お主にくれてやってもいいぞ」


「何!? 本当か!」


「この刀を持つに相応しい者は、魔界最強の剣豪でなければならない。仮にお主が拙者よりも強ければ、拙者にこの刀を持つ資格はない」


「なるほどな。で、俺が負けた時はどうすりゃいいんだ?」


「お主の魂を貰い受ける。肉斬骨断に宿るこの怨念は、今まで斬り捨ててきた者達の物だ。斬れば斬るほど、より一層輝きと切れ味を増していくのだ。お主が負けた時は、お主の魂をこの刀の一部にしてくれよう」


「……ホーネッツ崇拝者の俺でも、流石にそれはごめんだな。だから、負けるつもりはさらさら無ぇ。あんたに勝って、その刀を頂くとするか」


 話はまとまった。勝ってホーネッツの妖刀を手に入れるか、負けて刀の一部となるか。文字通り、カゲトの命懸けの戦いが始まろうとしていた。

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