第30話 前回優勝エリア
Bエリア控え室に戻ったエルカ達は、スケ夫の作った軽食を食べながら、窓から他のエリア同士の試合を観戦していた。
第一試合の結果は、言うまでもないがエルカの五人抜きで終了。その存在感を魔界中に知らしめるには充分過ぎた。それと同時に、Bエリアが大穴ではないことも周知されることとなった。少なくとも、Bエリアに対して勝ち抜き戦を挑もうという輩は、ほぼ消えたと言っていい。もはやエルカは全エリアにマークされる事となった。
いくつかエルカの目に止まるエリアもあったが、やはり大本命はSエリアだ。Bエリアと同様に、勝ち抜き戦でスパーダが先鋒で出て、あっさりと五人抜きを成し遂げた。この時点では、スパーダの実力の底を知ることは到底叶わない。そして一回戦最後の試合がたった今終わり、ジャッジからアナウンスが入る。
『皆様、お疲れ様でした。一回戦は以上となり明日からは二回戦を行う関係上、本日最後の試合として一・五回戦となるBエリアとHエリアの試合を行います。三十分後に開始致しますので、BエリアとHエリアのメンバーの方々は、ご準備をお願いします』
「な、何だよ。僕達だけ一日に二回戦うのか?」
「別に構いやしねえだろ。一回戦はエルカ以外は皆お休みだったんだからよ」
不満を口にするレオンを、カゲトがなだめた。
「でもカゲト、もし次も勝ち抜き戦になったら、残念ながらまたあんたの出番はないわよ」
「はは。まあ、そうなったらそうなったで構わねえさ。昔のHエリアならともかく、今のHエリアにはあんまり興味ねえしな」
カゲトはそう言いながら、もうすぐ試合が始まるというのに酒瓶に口を付けた。
「昔のHエリア……つまり前回の優勝チームって事ですよね。カゲトさん、詳しいんですか?」
タオの問いに、カゲトはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、酒瓶をドンとテーブルに置き、歯を見せて笑った。
「まあな。俺はこんなおじさんだが、流石に千年も溯ったら、まだ親父の金玉の中にすら存在はしてねえ。だから直接見たわけじゃねえんだが……。今の俺のルーツは、当時のHエリアにあると言ってもいい」
「どういう意味です?」
「Hエリアは、圧倒的な強さで前回のサウザンドトーナメントを制したらしい。特にぶっちぎりで強かったのは、当時のエリアボスだったホーネッツという男だ。そいつは一部では伝説になっている程で、その男が使っていた武器が刀だったってわけだ」
カゲトはそう言って、自分の愛刀を掲げた。
「へえ。それが数ある武器の中で、あんたが刀を選んだ理由?」
「おうよ。俺は八百年も前に死んだホーネッツにずっと憧れてんだ。ホーネッツのように魔界の伝説になるべく、日々剣術を磨いてるのさ。手合わせ願いたかったなんて、流石の俺も恐れ多くて思わねえが、稽古を付けてもらいたかったとは常々思ってるぜ」
もちろんエルカは戦ってみたかった。かつて魔界最強と謳われ、今もなお伝説として語り継がれている、剣豪ホーネッツ。興味が湧かないはずがないが、とっくに死んでしまっている以上、そんな事を考えても仕方ない。考えるべきは、今のHエリアの事だ。
「そろそろ時間だな。行くとしようか」
ベルーゼが部屋にある時計を見て立ち上がった。他の四人も席を立ち、部屋を出る直前にヤドックがエルカを呼び止めた。
「姫様。一回戦は何の問題もありませんでしたが、毎回そう上手くいくとは限りません。努々お忘れなきよう……」
「はいはい、言われなくても分かってるっての。いいからあんたは黙って弟子の戦いぶりを観戦してなさいよ」
まるで反抗期を迎えた娘と、それに頭を悩ませる父親のようなやり取りだ。もちろん、エルカの強さはヤドックが誰よりも知っているし、他のエリアの試合を見た限りでは、エルカの脅威になりそうな者はほとんどいなかった。しかし、これはあくまで魔界最強を決めるトーナメントだ。いつか大きな落とし穴に落ちるという嫌な予感を、ヤドックはどうしても拭うことが出来なかった。
*
入場門が開き、BエリアとHエリアが同時に入場する。観客達のBエリアを見る目は、最初と明らかに違っていた。特に注目されているのは、やはりエルカだった。エルカはそんな会場中の視線も気にせず、向こうから歩いてくるHエリアのメンバーを観察する。
五人共忍び装束のような格好で、それぞれ違った仮面を被っている。一言で言えば忍者部隊だ。しかし格好は似ているが、一人明らかにレベルが違う奴がいる事にエルカは早々に気付く。般若の仮面と黒装束を身に纏っている。そいつが恐らくエリアボスだろうと、エルカは見当を付けた。
その予想が当たっていることは、この後の対戦方式決めでリングに上がってきた事ですぐに分かった。そして、ジャッジによるコイントスが行われる。
「裏ですね。では、Hエリアが選択して下さい」
「……五戦マッチを選ばせて頂こう」
今回はベルーゼが予想を外し、Hエリアのボス・ホルターが五戦マッチを選んだ。当然それは、一回戦のようにエルカに好き放題させないためだ。
「すまん……」
「まあ別にいいわ。こういう時のために、二人も助っ人を連れてきたんだから。あんたら四人の内、二人勝てばいい話よ。出来るでしょ?」
当然のような口振りだ。まさかこの四人の中から三人も敗者が出るなどと、エルカは微塵も思っていない。それだけに、もし負けたらどうなるのか……想像するだけでベルーゼは身震いした。
「では、先鋒前へ」
ジャッジのその言葉で、エルカ達は今更ながらに大事な事を忘れていた事に気付いた。五戦マッチになった場合の順番を決めていなかったのだ。
「どうするんだ?」
「私は最後でいいわ。多分大将にホルターが来るでしょうからね。カゲト、あんた行く? そろそろ戦いたいんじゃない?」
「いや……あいつらの中で、一人気になる奴がいてな。そいつが出てきてからでいい」
「そう。じゃあレオン、あんたが行きな」
「ぼ、僕がか? ……分かった、行ってくる」
レオンは、本当は副将が望ましかった。副将なら前の三人が勝てば出番は回ってこないし、大将はエリアボスが出てくる可能性が高いからだ。しかしここでゴネてもエルカに何をされるか分からないので、レオンは渋々リングに上がった。 同じくHエリアの先鋒・カイもリングに上がってくる。青の装束に、狐の仮面だ。レオンは、Bエリアの控え室の窓を見上げる。そこに見えるのは、ヤドックとスケ夫、そして愛しのタルト。
(……争いは好まないが、タルトちゃんに無様な姿を見せるわけにはいかない)
レオンの目つきが変わった。懐からサブマシンガンを取り出し、軽く深呼吸をしてから銃口をカイに向けた。
「では、先鋒戦……始めッ」
ジャッジが手を上げると同時に、レオンはトリガーを引いた。けたたましい音と共に、雨のような弾丸がカイを襲う。カイは短刀を片手に持ち、リングの上をスケートのように滑り、その雨から逃げ出した。逃げながらも、確実にレオンとの距離を縮めてくる。
そしてカイの素早さは並ではなく、サブマシンガンを持ってしても一発も当てられない。ある程度近付いてからの、急転回と急加速。一気にレオンの懐に入った。
「!」
レオンは咄嗟にガードしながら後ろに跳んだ。しかし一瞬反応が遅れ、カイが振り上げた短刀がレオンの腕を掠り、斬られた箇所から血が噴き出る。
「ふっ……ノロいノロい。そんな弾、目を瞑ってても避けられるよ。武器を変えた方がいいんじゃないかね?」
カイが挑発する。言われるまでもなく、レオンは既にサブマシンガンを収めていた。しかし、レオンが代わりに手にした武器は、ハンドガンだった。
「……どういうつもりかね? マシンガンですら当たらなかったのに、そんな武器でこの私を撃ち抜けるとでも?」
「やってみなければ分からないさ」
ハンドガンの銃口をカイに向けた。カイにとっては恐るるに足らず。滑り出し、今度は真正面からレオンに襲いかかる。レオンが発射した二発の弾丸を、カイは軽々と避け、再びレオンの懐に入り込んだ。しかし今度はレオンは防御も回避もしようとしない。その直後、カイはレオンの狙いに気付いた……しかし、遅かった。
「ぐあっ!」
カイの両太股を、後ろから何かが攻撃していた。先程カイが避けた二発の弾丸だ。カイはたまらずその場に俯せに倒れ込んだ。
「ゆ、誘導弾……!?」
「その通り。開発に五年かかった。役に立って良かったよ」
痛みに悶えるカイ。しかし、震える足に活を入れて立ち上がった。
「ふ……ふふ……これで勝ったつもりか?」
カイが後ろに跳び、またしてもリング上を高速で滑り出した。脚を負傷して鈍くなるどころか、更に速度を増している。
「……これは驚いた。見上げた根性だな。だが……」
レオンが言い終わる前に、それは起動した。移動するカイの足元で爆発が起こり、舞い上がった体がリングにドサリと落ちた。
「な……何だ今のは……!? 何故、いきなり爆発が……!」
二度に渡る脚の負傷。カイは今度こそ起き上がれそうにない。レオンが歩き出した。その先には、不自然にリングが円形に盛り上がった箇所があった。レオンが身を屈め、それに手を伸ばす。
「君が引っ掛かったのはこれさ。さっきサブマシンガンで攻め立てていた時に、二つほど仕掛けておいた」
その膨らみを拾い上げると、それは正体を表した。銀色の、フリスビーサイズの地雷だ。下に置いてあった時には、確かにリングと同じ色や質感となって同化していた。
「この地雷はまるで生き物のように、仕掛けた地点に擬態する優れ物でね。よく目を凝らせばバレてしまうが、あれだけの速さで動き回ってたら、気付くのは不可能だったろうね。ちなみにこれは開発に十年かかった。これも役に立って良かった」
「うっ……ぐぐ……」
「……十秒ダウン。勝者、Bエリア・レオン」
ジャッジがレオンの勝利を告げた。観客席からどよめきが起こる。またしてもBエリアが勝利した。強いのはエルカだけではない。今まで抱いていたBエリアのイメージとのあまりのギャップに、誰も彼も驚きを隠せない。レオンはBエリアの控え室に向けて拳を掲げ上げた。
(タルトちゃん、見ていてくれたかい。僕の勇姿を)
タルトはレオンに、無表情で拍手を送った。レオンはそれで満足したようだ。エルカが、ベルーゼの脇腹を肘でつついた。
「チョコマカしてるだけじゃあ勝てない。あんたが一番よーく知ってるわよね」
「……身をもって分からされたからな」
エルカとの最初の戦い。ベルーゼはそのトラウマを思い出すまいと、必死に記憶の奥底に押し込んだ。とにもかくにも、まずはレオンが幸先の良いスタートを切った。あと二勝すれば、Bエリアは次のステージへと駒を進めることが出来るのだ。




