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追憶  作者: 葉月☆
9/23

第八章 亀裂





あの「事件」から二日経過したが、あの日以来、弥生は学校に来ていなかった。


やはりショックを受けてしまったのだろうか・・・小雪はそう思うと胸が痛んだ。



澪はそんな小雪の様子に違和感を感じたらしい。


昼休みになると、小雪をいつものように屋上ではなく、ほとんど人が来ない三階の多目的室に強制連行した。


使われていないためか、ほこりっぽく、どことなくこもった感じのある部屋の空気は、まさに今二人を纏っているものと同じように感じられた。



「何があったわけ?」

教室に入って開口一番に澪は小雪に尋ねた。


「えっ・・・?」


「小雪は明らかに元気ないし、あの元気だけが取り得な弥生が2日も休みなんて不自然だし・・・ねぇ、何かあったんでしょ?」

小雪がどう答えたらいいのか迷い、何も言わずにいると、澪が小雪の両肩を掴んだ。


「お願い、私、心配なの。小雪も何か悩んでるみたいだし・・・教えて、小雪。私達、友達でしょ。」

悲痛な表情で問う澪に、小雪は申し訳なさでいっぱいになる。


澪と弥生、そして自分は「三人で」友達なのだ。


だから二人の様子がおかしいならば、澪に一番の負担を掛けてしまうことになる。



小雪は、澪にすべてを話す覚悟を決めた。



「・・・あのね、澪・・・実は私、二人に隠してたことがあるの。聞いてくれるかな・・・?」





小雪がすべてを話し終えたのは、5時間目が開始されて少し経ってからだった。


初めて授業をサボってしまった。


しかし、澪は真剣に話を聞いてくれていて、そんなことはどうでも良いことのように思えた。


話を聞き終わった澪が最初に言ったことは、「馬鹿!」の一言だった。



「なんであんたもっと早く言わないのよ!そしたら、こんなことにならなかったかもしれないのに!!私がいくらでもあの人の過去でも何でも調べられたのに・・・どうして、一人で溜め込んだりするのよ・・・。」

澪は一気に言い立てた。


そのうちに声が震えていく。


とうとう、彼女は泣き始めてしまった。


「ごめん・・・でも、怖くて・・・。人の命が犠牲になって生きてるなんて言ったら、嫌われてしまいそうで・・・。なによりあの人の事を言うのが辛くて・・・本当にごめんね。」

自分のために泣いてくれていると思うと、いたたまれなくて、小雪は謝る。


「私は・・・私達はそんな事であんたのこと嫌ったりしないわよ!むしろ、あんたが助か




あの「事件」から二日経過したが、あの日以来、弥生は学校に来ていなかった。

やはりショックを受けてしまったのだろうか・・・小雪はそう思うと胸が痛んだ。

澪はそんな小雪の様子に違和感を感じたらしい。

昼休みになると、小雪をいつものように屋上ではなく、ほとんど人が来ない三階の多目的室に強制連行した。


使われていないためか、ほこりっぽく、どことなくこもった感じのある部屋の空気は、まさに今二人を纏っているものと同じように感じられた。


「何があったわけ?」

教室に入って開口一番に澪は小雪に尋ねた。

「えっ・・・?」

「小雪は明らかに元気ないし、あの元気だけが取り得な弥生が2日も休みなんて不自然だし・・・ねぇ、何かあったんでしょ?」

小雪がどう答えたらいいのか迷い、何も言わずにいると、澪が小雪の両肩を掴んだ。

「お願い、私、心配なの。小雪も何か悩んでるみたいだし・・・教えて、小雪。私達、友達でしょ。」

悲痛な表情で問う澪に、小雪は申し訳なさでいっぱいになる。

澪と弥生、そして自分は「三人で」友達なのだ。

だから二人の様子がおかしいならば、澪に一番の負担を掛けてしまうことになる。


小雪は、澪にすべてを話す覚悟を決めた。


「・・・あのね、澪・・・実は私、二人に隠してたことがあるの。聞いてくれるかな・・・?」





小雪がすべてを話し終えたのは、5時間目が開始されて少し経ってからだった。


初めて授業をサボってしまった。


しかし、澪は真剣に話を聞いてくれていて、そんなことはどうでも良いことのように思えた。


話を聞き終わった澪が最初に言ったことは、「馬鹿!」の一言だった。



「なんであんたもっと早く言わないのよ!そしたら、こんなことにならなかったかもしれないのに!!私がいくらでもあの人の過去でも何でも調べられたのに・・・どうして、一人で溜め込んだりするのよ・・・。」

澪は一気に言い立てた。


そのうちに声が震えていく。


とうとう、彼女は泣き始めてしまった。


「ごめん・・・でも、怖くて・・・。人の命が犠牲になって生きてるなんて言ったら、嫌われてしまいそうで・・・。なによりあの人の事を言うのが辛くて・・・本当にごめんね。」

自分のために泣いてくれていると思うと、いたたまれなくて、小雪は謝る。


「私は・・・私達はそんな事であんたのこと嫌ったりしないわよ!むしろ、あんたが助かったことが嬉しいくらいだもん。確かにその人が亡くなったことは残念だけど・・・でも、小雪は生きることが出来て、こうして私達と一緒にいてくれる。それが私は嬉しいのよ。だから・・・もっと早く言って欲しかったわ。」

澪はうつむいて言う。


「ごめん・・・。」


「辛かったでしょ・・・ずっと。一人で悩んでたんだもんね。」

小雪が申し訳なくて顔を上げられずにいると、ふわりと小雪の頭をなでる手の感触が感じられた。


澪の手によるものであることを彼女が理解するのに、それほど時間はかからなかった。


「あんたがそんなことを抱えているなんて、私全然気づかなかった。・・・こんなんじゃ、友達、失格ね。」

小雪は澪の顔を見る。



その表情にはまだ涙の余韻を残していた。


「そんなこと・・・そんなことない!!悪いのは全部ずっと黙ってた私だもん!澪のせいじゃない!・・・澪達なら大丈夫だって分かってたのに、言わなかった私のせいだ。言わなきゃ・・・自分の事なんて誰にも分かるはずないんだから。・・・甘えてたんだよ、私。」

澪に向って、小雪は言う。


「今日・・・弥生の所に行く。行って、どうしてあんなことになったのか説明してくる。・・・弥生ならきっと、澪みたいに分かってくれるって私、信じてるから。」

はっきりとそう言った小雪に、もう迷いは無かった。



弥生とこのまま気まずい状態のままなんて、嫌だ。


あの子は私の大切な友達だ・・・そんな彼女に苦しい思いをさせてるなんて、私は友達として最低だ。


でも、謝りたい・・・こんなことになるまで、黙っていたこと。結局私は、信じ切れていなかった・・・それを、謝りたいんだ。



「そうね・・・私も一緒に行こうか?」

澪が尋ねる。


「良いよ。澪には部活があるし・・・それに、今回のことは私の問題だから、自分で解決しようって思ってるから。」

小雪が笑ってそう言うと、澪は苦笑した。


「あんたは変な所で頑固なんだから・・・まぁ、あんたの思うとおりにしなさい。ただし・・・助けを借りたいことがあったらいつでも言う事。」

澪が疑いの眼差しを小雪に向ける。


小雪はそんな澪の様子がおかしくて、ぷっと吹き出すと、


「分かった、ちゃんと報告する。」

小雪がそう澪に告げると、澪は今度こそ安心したように微笑んだ。


「そうしてよね・・・私と弥生はあんたの味方なんだから。」







放課後になった。



弥生の所に行く前に・・・小雪には会わなくてはならない人がいた。


いつものように音楽室の扉を開ける・・・すると、ピアノの椅子に腰掛けていた彼は、小雪の顔を確認するなり、目を丸くした。


「・・・こんにちは。」


「・・・へえ・・・いい根性してるね、君。」

冷たい声と表情に気をされつつも、小雪は言葉をつむぐ。


「別に・・・そういう訳じゃないですけど。」

そう言って、小雪はドアを閉めて綱紀の元へ向う。


「怖くないの?・・・昨日みたいな目に合うかもしれないとか思わなかった?」

綱紀は薄笑いを浮かべて尋ねる。


その言葉に小雪は思わずびくりとする。


昨日・・・確かにとても怖かった。


キスされたとき・・・綱紀がいくら中性的な顔立ちをしていても、男なのだということを改めて知った。


でも・・・それでも、小雪は彼にしなければならないことがあって、ここにまた来たのだった。



「あの・・・駿のこと、本当にごめんなさい。」

小雪は綱紀の前で深く礼をしてそう言った。


「謝られたって・・・遅いんだよ。もう、駿は戻ってこない。僕に笑顔を見せてくれることは二度とないんだ。・・・君のせいなんだよ。君を助けるために駿は・・・。」

綱紀は余裕の表情を一気に崩し、険しい顔つきで小雪の方を見る。


「分かってます・・・何度も、何度も今まで後悔してきました。私のせいだって事は、嫌というほど・・・でも、私生きていることについては後悔してないんです。」


「えっ・・・?」

小雪は綱紀の顔を真っ直ぐに見据えた。


「駿は私のことを助けてくれた・・・自分の身を挺してまで、私のこと助けてくれた。そのことにとても感謝してるんです。ずっと、何で私のこと助けてしまったんだろう。私が死ねばよかったのに。駿が死んだほうが私にとってはとても辛いことだった。私、駿の事が好きだったから・・・今ももちろん大好きですけど。」



緊張のためか無性に喉が渇いていた。


綱紀の視線があまりにも冷たくほたるを射抜く。


怖い・・・また昨日のようになってしまったらと小雪は思う。


でも・・・小雪は話したかった。


・・・いや、話さなければならなかった。


綱紀にこのまま何も伝えなかったら、自分の気持ちを誤解されたままになってしまう・・・それは嫌だった。


自分の気持ちを知ってもらった上で、伝えたいことがあった。



「でも、最近ある人に言われて気づいたんです。私を助けるために確かに駿は死んでしまったけれど、彼の命の分だけ、私はこの命を大切にしなくちゃならないんだって。だから、これからは、前を見て生きて行こうってそう思っているんです。・・・許してもらえるとは、思っていません。私が、貴方や駿のお母さん達から、駿を奪ってしまったことは事実だから。でも私は駿に救ってもらって、今という時があることだけは後悔していません。大切に生きて行きたいと思っています。・・・それだけ、どうしても伝えたくて今日来たんです。」


小雪はそこまで言うと、綱紀に向ってもう一度礼をして教室を後にしようとした。


「僕は・・・。」


「えっ・・・?」

それまで口を開かなかった綱紀が突然口を開いたので、小雪は驚きつつも後ろを振り返った。


「僕はそんな戯言聞きたくない・・・君のその言葉が本当だとしても、それを僕はどう信じてあげればいいの?僕が納得すると思うの?」

冷静に綱紀は小雪に尋ねる。


その言葉と顔つきに小雪は少したじろいたが、それでもはっきりと首を横に振った。


「思いません。・・・だけど、この気持ちだけは伝えたかったんです。私は駿のことを忘れたこと一度もないってことも知って欲しかった。・・・昨日、先生に(駿のこと忘れたみたいに・・・)って言われて、何だかすごく悔しかったんです。悔しくて、切なくて・・・だから今日私は来たのかもしれませんね。それなら、本当に自分勝手な理由ですけど・・・。」

小雪はそう言って苦笑した。


「本当だね。」

綱紀は抑揚のない声で言う。


「・・・先生、私、また明日もここに来ます。先生が嫌でも・・・ここでピアノを弾いていると、駿を思い出すことができるから。」

小雪はまっすぐに綱紀を見据えた。


綱紀も小雪の方を見た。



小雪は綱紀の言葉をただ待っていた。


彼は何と言うのだろう・・・その心配ばかりが小雪の心の中で渦巻いていた。


一瞬のようで、長くもあるようなそんな時間の流れの中で二人はしばらく見つめあっていた。


「・・・勝手にすれば。」

不意に綱紀は言った。


それだけ言い残し、綱紀はいつものように準備室に向かう。


一瞬何を言われたか理解できない小雪だったが、彼が部屋へ入っていく頃にやっと気づき、

「勝手に・・・します!!」

と、綱紀の背中に向って叫んだ。


小雪はうれしかった・・・絶対に拒絶されると思っていたから。


綱紀の性格なら、絶対に嫌ならばはっきりとそう言うはずだ。



でも、綱紀は(勝手にしろ)と言った。



・・・少しは小雪のことを理解してくれたということなのではないか、そう彼女は理解したのである。




綱紀は何のリアクションを取ることなく、そのまま部屋に入っていった。











弥生の家は学校から約20分の距離にあり、小雪の家とは反対の方向に位置していた。


学校から弥生の家に直接出向くことは小雪には珍しいことだった。


それは、弥生には大抵部活があったし、小雪も放課後に公園以外に寄り道をすることが無かったからであった。


学校の位置する大通りから細い脇道に入り、その道を抜けると閑静な住宅街に出る。


その住宅街をしばらく歩き、線路を越えてすぐの所に弥生の家はある。



小雪は緊張していた・・・弥生は自分を見て、一体どんな反応を示すだろうかと。


弥生は自分と綱紀のことについて完璧に誤解していた・・・小雪の話をちゃんと聞いてくれるかどうか、小雪はとても不安だったのである。



赤い屋根の二階家・・・小雪はその家の前に立つ。


2階の右端の部屋―桃色のカーテンが掛かっている部屋―が弥生の部屋だ・・・しかし、今はそのカーテンが閉まったままだ。


それを切ない気持ちで見つめた後、深く深呼吸をして小雪はチャイムを鳴らした。








僕は・・・どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。


準備室にある机に向っていた綱紀は呟いた。


この準備室は、綱紀の気に入っている場所だ。


部屋の中は防音設備だから静かであるし、内側から鍵が掛けられるため誰かが尋ねてきても面倒ならば無視すればいい。


騒がしい場所を好まず、一人で過ごすことが好きな綱紀にとってまさにうってつけの場所であった。



彼は今、室内にある教員用の机でテストの採点をしている。


簡単な音楽の知識をつけるための小テストを、彼は定期的に実施していた。


それは、思いのほか音楽のことを知らない生徒が多いことに頭を抱えた彼の策でもある。


しかし、今日は何故かその採点が身に入らなかった。


先ほどの小雪との出来事が気になっていたからである。



拒絶することも、出来たはずなのだ。


あの子を守ったことにより、駿はこの世から居なくなってしまったのだから。


ずっと憎かった・・・なんであの子なんかを守ったんだと心の中で弟を責めたこともあった。


なのに・・・何故自分は明日も彼女が来ることを拒否しなかったのだろうか。


駿が居ないのだということをあの子を見ることで嫌というほど実感しなければならない。


彼女の存在は、自分にとって悲しみと憎しみ、そして辛さを思い出させるきっかけに過ぎないというのに。



もしかしたら・・・と綱紀は思う。



あの子の思いが・・・少しだけ分かったからかもしれない。


ただ安穏と今をあるものと思い生きていたわけではなかった・・・駿のことを忘れず、罪悪感に苦しみながら生きてきたのだということ。


彼女の話す様子を見ている中で、それだけは強く伝わってきた。



だが・・・そんなに簡単に彼女を許せるほど、綱紀は心の広い人物でも、お人よしでもなかった。



綱紀は机を強くドンと右の拳で叩く。


その衝撃で机の上にあった採点のために使用していた赤いペンが、床に落ちてカシャリという音を立てた。


「僕は・・・何がしたいんだ。」

綱紀は苛立つ。



昨日までは確かに彼女を憎んでいるのだという自覚があった。


でも、今ではこれ以上彼女を責めて何になるのだという気持ちが生まれている・・・あの子は生きたいと言った、駿に貰った未来を一生懸命生きたいと。


自分のしたことは間違っていたとは思わない、自分の思いも間違っていたと思わない。


でも・・・これから先、彼女を駿のことで責め続けて良いとは思わない。



・・・綱紀には自分が何をしたいのか、これからどうするべきなのか、分からなかった。







「どうだったんだ?」

開口一番に茂が勝司に言った言葉はこうだった。


今日は朝一番から教育心理学という授業があったため、まだ8時過ぎだというのに勝司は大学に登校し、教師からあまり見えない後ろの席をしっかり確保した。


そして開始5分前になったころに茂が講義室に急いで入ってきて、勝司の姿を確認すると彼の傍へ向かう。


勝司は茂が来たことに気づくと、隣に置いていた鞄を退け彼が座る席を作った。


先に来た人が相手の席を取るというのは二人の間にある暗黙のルールとなっていた。


まぁ・・・大抵先に来るのは勝司が多いのだが、勝司は大して気にしてはいない。


茂の寝坊癖はいつものことだったからだ。



それはさておき、当たり前のようにその席に座った茂が尋ねてきたのがさきほどの質問である。


「・・・何が?」

いつも以上にポーッとしている勝司は、本当にどういう意味か理解できないらしく茂に聞き返した。



勝司は小雪のことが気になっていたのだった。



昨日小雪は自分で頑張るとは言っていた・・・その言葉を信じていないわけではない。


でも、やはり気になる子のことだ・・・心配なのである。


「何が?じゃないだろ!小雪ちゃんのことだよ。どうだったんだよ、あの子?彼氏とかいたのか?」


「いや・・・たぶんいないと思う。」

勝司がそう答えると茂の表情が明るくなる。


「マジか!?良かったじゃないか!これで心おきなく小雪ちゃんにアタックできるな。」


「アタックって・・・お前いつ時代の人間だよ?・・・でも、そうでもないんだ。」


「はっ?何でだよ?」

茂が不思議そうに勝司を見た。


「小雪ちゃんには、ずっと好きな人が居るから・・・。」

勝司が言った。


その言葉を受けて茂はしばらく黙った。


さすがに茂も返答に困ってしまったのだろうか・・・と勝司は思ったが、突然笑い出した彼を見て自分の考えは間違っていたと認識する。


「なんだ、片思いってやつか?それはお前の押しでどうにでもなる!障害を乗り越えてこそ恋なんだぞ!」

茂は意味が分かるような分からないような自論を掲げる。


要するに、彼はそういう恋愛ばかりを求めてきたということなのだろう。


「そんなもんかなぁ?」

勝司はいまいち納得できずに首を捻る。


「そんなもんだ。なんだ?お前それでさっきから沈んでたのか?」


「別にそういうわけじゃないけどさ・・・。」

しかし、その事について引っかからないわけではない。



茂に今の心境を言ったら、なんと言うだろうか。


小雪の思い人への思いを聞いたとき、傷つく感情も、焼きもちを焼くという感情も勝司は感じなかった。


普通なら、あれだけ彼のことを思う彼女の話を聞けば、その彼にそういった感情を抱いても良いはずなのに・・・。



・・・抱いた感情は全く別のものだった、なんて。








小雪の心臓はバクバクと高鳴っていた。


今、小雪は弥生の部屋の前に立っている。


チャイムを鳴らして少し経つと、弥生の母である良子が出てきて、小雪を中に入れてくれたのだ。


小雪と良子は顔見知りで、小雪は弥生とよく似たさばさばしたこの母親が大好きだった。

「後でお茶持って行くわね。」


「ありがとうございます。」

小雪は良子に礼を言う。


「いいのよ。・・・でも本当に、あの子ったらどうしたのかしら。めったに風邪も引きやしないくらい健康なのに、ここ3日ご飯もろくに食べないで・・・きっと小雪ちゃんが来てくれたから元気になるわね。」

良子は一瞬悲しそうな表情をしたが、すぐに笑顔を取り戻して小雪に笑いかけた。



そんな彼女の様子に小雪は罪悪感でいっぱいになるのを感じる。



弥生をそこまで追い詰めたのは・・・まぎれもなく自分だった。


「だと・・・良いんですけど。」

小雪は苦笑を浮かべてそう答えるほか無かった。


「弥生は2階の自分の部屋にいるわ。場所は分かるわよね。」


「はい。」

それじゃあ後でお茶を持っていくから、とそれだけ言い残すと、良子は廊下の一番先にある台所へと消えていった。


小雪はそれを見届けた後軽く息をつくと、今彼女が居る玄関からすぐ右側にある階段の上を見上げた。



・・・この上に、弥生がいる。



ごくりと唾を飲み込む。


友達と会うことにこれほど緊張したことは小雪には無かった。


弥生ならば・・・きっと分かってくれる。



小雪はそう信じて二階に上がってすぐの彼女の部屋の前に立った。


深呼吸をし、呼吸を整える。

意を決して、小雪はドアをノックした。


少しして、「はい」という聞きなれた声が部屋の中から聞こえた。


それを合図に小雪は部屋の扉を開けた。



部屋の中はピンクで統一された女の子らしい内装で、いかにも弥生らしい部屋という感じであった。


小雪も何度かこの部屋に澪と共に訪れている。


「小雪・・・。」

部屋に入るとすぐに、小雪は自分の名を呼ばれた。


弥生が、ベッドから上半身だけだしてこちらを見つめていた。


彼女は驚きの表情を浮かべている。



小雪は弥生の姿を見て思わず息を呑んだ。


いつもは化粧ばっちりの張りのある顔つきをしている弥生であるのに、今はその様子が微塵と感じられない。

・・・顔は青ざめ、唇の色も悪い。いつも自慢にしている綺麗なロングヘアーも、今はぼさぼさで櫛すら入っていなかった。



「弥生・・・。」

小雪は弥生の痛々しさに二の句が告げない。


しばらく沈黙が続いたが、意外にもそれを破ったのは弥生の方だった。



「よく・・・来たわね。」

弥生はやつれた顔に笑みを浮かべて小雪に微笑んだ。


「えっ・・・?」

そんな彼女の態度にあっけに取られたが、腹部に感じた突然の痛みに小雪は現実に引き戻された。


痛みの原因であるテディベアのぬいぐるみはころりと床に転がった。


そのぬいぐるみは弥生の誕生日に小雪がプレゼントしたもので、先ほどまで弥生の傍に合ったものだった。



弥生が、小雪に向って投げたのだ。



乱れた呼吸を繰り返しながら、弥生は右腕を布団の中にもぐりこませた。



そして、キッと小雪をにらみつける。



「よく来れたわねって言ったの!分かってんの?あんた私を裏切ったんだよ?」

弥生は先ほどの表情を一変させ、怒りに満ちた顔つきでなおも小雪に向って叫ぶ。


「最初から先生のこと好きなら、ちゃんと好きって言ってくれれば良かったじゃない?・・・なのに先生のこと苦手なんて言って油断させて、結局先生と自分がくっつくなんて、酷いじゃん。」

そこまで言うと、弥生はうつむいた。


「違う!私、先生の事なんとも思ってない。あれには訳が・・・!」

小雪が事情を説明しようとしたが、弥生の言葉に遮られてしまう。


「言い訳なんて聞きたくない。・・・私、小雪の事友達だと思ってた。何でも言い合える仲だって。私、あんたが先生のこと好きだって言ってもきっと責めたりしなかった。いいライバルがいると思えたし、あんたになら素直に譲る事だってできた。・・・なのに・・・。」

弥生は言う。



掛け布団を握り締める手が、かすかに震えている。



小雪は一瞬言い返すことができなかった。


友達であるのに、自分は駿のことを隠していた。


そのことが頭の中を掠めたのだ。



「確かに・・・弥生には黙っていたことがある。でも、でもね、先生のことじゃなくて・・・!」


「もう、何も聞きたくない・・・帰って。」


「弥生・・・。」


「帰って!!」

弥生は顔を上げ、小雪に向って叫んだ。



怒りと悲しみの両方が浮かんだ彼女の瞳には涙が滲んでいた。



そして、そのまま弥生は布団に頭からすっぽりもぐりこんでしまった。



「分かった。・・・今日は、もう帰るね。」

小雪は泣きそうになるのをグッとこらえ、無理に笑みを浮かべた。


今は、とても真実を話せる雰囲気ではなかった。


そして、弥生の好きなケーキを彼女の机の上に置く。


「お見舞い、机の上においておくね。・・・私のせいだって分かってる。本当にごめん。・・・早く、元気になってね。みんなも、澪も・・・私も待ってるから。」

小雪は最後にそれだけ言うだけで精一杯だった。





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