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追憶  作者: 葉月☆
8/23

第七章 過去





どうしていいか・・・分からなかった。





綱紀から自分に向けられたものは憎しみ以外の何者でもない感情だった。


これまで直接的に他人から向けられたことの無いものに、小雪はただ困惑していた。



そして・・・過去の傷をえぐられたように心の中がずきりと痛んだ。


自分のしたことが、どれだけ重いことだったのかは理解しているつもりだった。


ずっと思い悩んでいたことだった・・・しかし実際に言われることと思うことはまた別で。



小雪は学校を出て、どこへ行くでもなく、ただ道を歩いていた。


どうやって自分が音楽室を出たかも、よく覚えてはいない。

心の中がもやもやして頭もうまく働かない。


でも、大事な弟を殺された・・・その言葉が綱紀の言葉が小雪の頭の中をぐるぐると回っていた。



そうだ・・・私が駿を殺したんだ。


私を守るために駿は犠牲になった・・・駿のことを大切に思ってくれる人たちを置いてまで。


そんな事までして、助けられる価値なんて私には無い。


私は、駿に生きてて欲しかった。


たとえ自分が死んでしまってたとしても、駿が元気で居てくれれば良かったのに。



それで私は・・・幸せだったのに。



そう思っていると、いつの間にかあの公園に小雪はたどり着いていた。


自分の浅はかさに小雪は思わず呆れる。


綱紀があれほど怒っていたのにここにまた来るなんて・・・どうかしている。

でも、それでも・・・駿の繋がりを求められる唯一の場所を失いたくなかった。



公園に入ると、いつものように勝司がベンチに座っていた。


小雪は深呼吸してベンチに近づくと、平常心を装って勝司の横に座った。


「こんにちは、不破さん。」

にこりと小雪は微笑んで、勝司に話しかける。


何とか、笑うことが出来た。


悲しい顔なんてしていたら、勝司に心配をかけてしまう。


その心が、小雪を支えていた。



「こんにちは、小雪ちゃん。」

勝司も笑顔で挨拶を返す。


そして、昨日は先に帰ってごめんね、と申し訳なさげにつけたした。


「いえ、私のほうこそ寝ちゃっててすみません。あの、これ・・・。」

そう言って、小雪は鞄から昨日のコートを取り出し、勝司に手渡した。


「あ、持ってきてくれたんだ。ありがとう。」


「何言ってるんですか、ありがとうを言うのはこっちのほうです。おかげで風邪も引かなかったんですから。」


「そうなんだ、なら良かった。なんか制服姿のまんまじゃ寒そうだったから。」

勝司は礼を言われて照れているのか顔を赤らめてそう言うと、服を受け取り、そのままはおった。


秋とは言えども、もう冬の寒さに近いものがある。



昨日、コート無しで帰っていった勝司の方が、むしろ小雪には心配だったりするのだが。


今日の勝司はグレーのセーター姿という温かそうな服装をしていたので、小雪は少し安心した。



「ねぇ・・・小雪ちゃん?」

不意に、真剣な表情をして勝司は小雪に問いかける。


「何ですか・・・?」

不思議に思って、小雪は聞き返す。


「何か・・・あった?」


「えっ?」

小雪が間の抜けた声をあげたので、勝司は急にあたふたしだした。


「あっ、俺の気のせいなら良いんだ。でもさ、何かいつもの小雪ちゃんじゃないっていうか、元気が無いっていうか・・・今にも、泣きそうな顔、してるから。何か嫌なことでも、あったのかなって。」

勝司は苦笑しつつ言う。



自分がそんな顔をしているなんて、小雪は思いもしなかった。


ちゃんと笑えていると、思っていたから。



「あのさ・・・辛いことがあったんなら、俺でよければ聞くよ。誰かに話せば、楽になることもあると思うから。余計なお世話だとは思うけどさ・・・小雪ちゃんが悲しそうにしてるの、見てられないから。」

勝司は小雪をまっすぐ見つめて、言った。


その優しさに、小雪の涙腺は思わず緩みそうになる。


勝司の雰囲気は、本当に駿の持つそれとそっくりで。


重ねてはいけないのに、何だか駿にいわれているような気持ちがして・・・小雪は勝司になら打ち明けられるような気がしていた。



これは懺悔に等しい感情・・・なのかもしれない。



でも、勝司はちゃんと聞いてくれるだろう・・・小雪にはそう思えた。


「あの・・・私には大切な人がいたんです。その人は駿っていう私の幼馴染みで、小さいころから従兄弟を交えて三人で、よく公園で遊んでいたんです・・・。」


小雪は昔のことを思い出しながら語りだした。









駿と小雪、そして風はこの名も無い公園で毎日のように遊んでいた。


小雪と駿の家が近いために、自然に一緒に遊ぶようになったのがそもそものきっかけだった・・・それから当時小学1年生になっていた風を交えて三人でいろいろな所に探検に出かけた。



そのうち見つけたのがこの公園だった。


町から離れたところにある公園は、場所柄的に来る人が少なく、ここはいつの間にか三人の秘密の場所となっていた。



駿は小雪と同い年なのにも関らずとてもしっかりしていて、よく笑う少年だった。



それでいてとても優しかった・・・小雪はそんな駿のことがとても好きだった。



その後二人が小学校にあがっても三人の関係は変わらず、相変わらず三人の友情は変わらなかった。


小雪は女の子だったけれど、男の子の遊びにも全然抵抗が無かったから、駿や風達と一緒に遊ぶことがとても楽しかった・・・周りからはかなり男勝りだと思われていたようではあったが。


ずっとこのままで居られると思っていた・・・風とは一足先に中学に上がってしまってなかなか会えなくはなったけれど、それでも一ヶ月に何度かは三人で遊べていたし、駿と自分は同い年なんだから、すぐに一緒に風を追いかけられる・・・そう小雪は当たり前のように思っていた。





あの時までは・・・。




風が冷たくなり、冬を感じさせるようになったある日、いつものように小雪と駿はこの公園でキャッチボールをしていた。


駿にグローブを借りた小雪は、駿のミットまで力強く投げる。


ずっと男の子と遊んできたため、小雪はキャッチボールが得意だったりする。


現に、小雪の投げたボールは綺麗に円をかいて彼のミットに納まった。


「風、中学で野球頑張ってるんだって。何かレギュラーに入れてもらえたんだって。私に自慢して来るんだよ。」

不服そうに小雪は言う。


「へえ、すごいな。風はまだ1年なのにレギュラーなんてさ。」

小雪の言葉に感心したように駿は返事をし、小雪にボールを投げ返す。


「それはそうだけど・・・でね、試合があるって聞いたから、見にいっていっていいかって聞いたら駄目だって言うんだよ?(どうせ、来年見られるだろう?)だって。まあそれはそうかもしれないけどさ・・・。」

顔をしかめつつも投げ返す小雪に、駿は苦笑する。



風は野球を小さいころからずっと続けていた。


本当に超がつくほど野球馬鹿で、練習には必ず参加していたし、部屋に行けば野球関連のものばかりが置いてある。


「多分初めての試合だから緊張してるんだって、風。だから仕方ないよ。」

駿の言い分に釈然としないものを感じつつも、小雪は頷く。


「そうかもね・・・まあ、来年見ればいい話だしね。そのときは駿、一緒に見に行こうね。」

小雪がそう言うと、投げ返そうとしていた駿の腕の動きが止まった。


ボールを掴んでいた右手を、自分のミットに治める。



駿はうつむいた・・・というよりも、小雪を見ないようにしているようだった。


「・・・どうかしたの?具合でも悪いの?」

急に様子がおかしくなった駿のことが心配になった小雪は、駿に尋ねる。


駿は下を向いたまま首を横にふる。


「えっ?じゃあどう・・・「俺、私立の中学に行くことにしたから。」

小雪の言葉を遮って、駿は言った。



小雪の頭の中は混乱して、うまく働かない。



駿は・・・今なんて言った・・・?



「ずっと前から話があったんだ・・・俺、サッカーの腕認められたいでさ。だから、スポーツの盛んな中高一貫の所から誘いが来てて・・・俺はそこに行こうと思ってる。」

駿はもう下を向いていなかった。


まっすぐに小雪を見つめながら、はっきりとそう言った。


その行為が、この言葉が冗談ではなく真実であることが理解できた。



「中高一貫・・・なんてこの近くになんて無いよね?どこ?」

かろうじて小雪はそう駿に尋ねた。


「・・・N県。」


「・・・そんなに遠いんだ。」

信じられなかった・・・信じたくは無かった。


ずっと一緒に居られると思っていた。


でも、そんな風に思っていたのは自分だけだったのだという事実に、小雪は悲しくなる。



目の前が涙で歪む・・・しかし、泣いては駄目だ、と自分を戒める。


駿にとってはチャンスなんだ・・・これで将来が開けるかもしれない、なかなか無いような。

なら、幼馴染みの自分は、笑顔で応援してあげなければならない・・・そうすることがきっと駿のためなのだ。

なのに・・・心の中の自分は言って欲しくないと思っている。


離れたくない、そばに居て欲しい・・・でも、自分のわがままで駿を縛るわけには行かない・・・小雪にだって分かっていた。



だから、無理をして最高の笑顔を作った。



「良かったね、おめでとう!!・・・駿いつもサッカーについてあんまり言わなかったから、そんな話が来てるなんてびっくりだよ。・・・違う県に行っても頑張ってね!私、応援してるから。あっ、たまには帰ってきてね・・・風も私も、いつも待ってるからね。」

小雪は早口にまくし立てるように言った・・・無論笑顔はくずさない。


「・・・りな。」

駿は小雪の言葉を聞いた後一言呟いた。


「えっ・・・何か言った?」

小雪は聞き取れず、駿に聞き返す。


「いや、独り言。・・・うん、頑張ってくるな!ちゃんと、長期休みになったら帰ってくるから。」

駿は小雪に笑い返すと、思い出したようにボールを投げ返す。


しかし、小雪はボールを取りこぼしてしまう。


いくら取り繕っても、内心の動揺は拭えなかったのだ。


小雪は車道へ出て行くボールを追いかける。



そう、動揺していた・・・だから気づけなかった。


坂の方から勢いよく車が自分の方へ向っていたことなんて・・・。



「小雪!!!」

車道の中央部分でボールを掴んでほっとしていた小雪に、駿の大声が聞こえる。


とっさに振り返ろうとしたが、強い力で公園とは逆の車道脇まで押されたため、それは叶わなかった。


その瞬間に小雪の背後で聞こえたのは何かがぶつかる衝撃音、そしてタイヤが擦れる音・・・。


気になって小雪は後ろを見た。



何が起こったのか・・・一瞬理解できなかった。


小雪の目の前には、ハンドルを切り損ねたのか、公園の金網にめり込んでいる車。


そして・・・さっきまで小雪が居た場所に、駿が横たわっていた。


駿はぐったりして、目を閉じている・・・道路にしみ込んでいく、真っ赤な駿の血が、起こったことのリアルさを表す。


小雪は駿に駆け寄った。

「駿、駿、お願い、目を開けてよ!!」

駿を揺さぶりながら小雪は叫ぶ。


目から涙が溢れて止まらない。


小雪の呼びかけが効いたのか、駿は薄く目を開いた。


「小雪・・・大丈夫・・・だった?」

か細い声で、駿は小雪に問いかける。


「私は大丈夫。駿が助けてくれたから・・・。」

小雪は駿に言う。


「そうか・・・良かった。」

駿は安心したように微笑むと、そのまま目を閉じた。


「・・・駿?・・・ねぇ、目を開けて!?・・・駿!!」

小雪は精一杯叫んだ・・・何度も、何度も。



しかし・・・駿はそのまま目を覚まさなかった。








「すぐにね、病院に運ばれたの。でもね・・・車を運転してた人も、駿も・・・助からなかった。助かったのは私だけ。病院に来た駿お母さんも、お父さんも泣いてた。私は・・・霊安室で眠ったように横たわっている駿をただ泣きながら見ているしかできなかった。私は・・・駿の未来をその日奪ったんです。」

小雪はそこまで話して言葉を切る。


勝司はただ静かに小雪の話しを聞いていた・・・悲しそうな表情を浮かべて。


ひょっとしたら失望させたかもしれない・・・ちらりとそう考えたが、小雪は話すことを止めなかった。

一度話すと決めたのは自分自身だ。


たとえ失望させていたとしても・・・それでもかまわないと小雪は思っていた。


負担をかけてしまう話ではある、軽い話ではない。


しかし、勝司ならば受け止めてくれる・・・何故かそう思えたのだった。



「今日・・・駿の義兄さんに会ってね、言われたんです。(駿は死んでしまったのに、どうしてこの子は生きているんだろうって。・・・何でここに居るのが駿じゃないんだろうって。友達と笑いあって元気に過ごす・・・君じゃなくて駿にあった未来だったかもしれない。)って・・・確かにそのとおりなんです。私を守りさえしなければ駿にはきっと良い人生が待っていたんです。もしかしたら、サッカーの選手にだってなれてたかもしれない。でも・・・私を助けたために彼はすべてを失ったんです。もしかしたら・・・駿は私を助けたこと後悔してるかも・・・。」

そこまで小雪が言ったとき、勝司がようやく口を開いた。


「・・・駿君は、きっと・・・きっと君を助けたこと、後悔してないよ。だから・・・だからそんなに自分を責めちゃ駄目だ!」


「だって・・・だって、私は駿の夢を奪ったんですよ。そこまでして助ける価値なんて私には無いのに・・・!」

小雪の言葉を遮り、勝司は彼女を真っ直ぐに見据え、


「馬鹿!!」

と一言叫んだ。


勝司の突然の罵声に、小雪はびくりと反応する。


「価値があるかどうかなんて、小雪ちゃんが決めることじゃないだろう!?駿君にとって君は助ける価値のある人間だったんだ。自分の命を投げ打っても、夢を失ったとしても、助けたいほどの大切な人だったんだ!何で、それが分からないんだよ!?」

・・・小雪は、がつんと頭に何かがぶつかるような衝撃を受けた。

駿が助けた真意まで、小雪は今までたどることは無かった・・・だからそんな考えは浮かんでこなかったのである。

小雪が呆然としていることに気づいたらしい勝司は、そこまで言った後、急にうろたえだした。


「あっ・・・ごめん。別に小雪ちゃんを責めてる訳じゃないんだ。ただ・・・ただ、きっと駿君はそう思ったんじゃないかなって思っただけで。」

勝司の言葉に、小雪は首を横に振る。


「不破さんが謝る事じゃないです。・・・確かにそうかもしれないな、って思って。」

小雪は言った。


「今まで私、駿がどうして私を助けたのかってこと、考えたことなかったんです。でも、不破さんの話を聞いて、何だか一番しっくりくる答えにたどり着いた気がして・・・。駿は優しい人だった。・・・だから、命を張ってでも、私の事助けてくれたんです。」

静かに語る小雪・・・勝司は彼女から目を離すことなく、真剣に耳を傾けていた。


「でも・・・それでも、私のために死んでしまった、という事実は変わらないんです。」


「だから、それは・・・!」


「生きている人にとっては、です。彼の義理のお兄さんの悲しみはまだ癒えていません。・・・私を責めているのに、その顔は悲しげで、辛そうで・・・私はあの人に何が出来るのか分からないんです。あの人が未だに立ち直れないのは、きっと本当にあの人にとって駿という存在は大きくて、かけがえの無いもので・・・そしてその存在を奪ったのは、やっぱり私なんです。」

そう言って小雪はうつむいた。



秋風が夜の帳を運んでくる。


ベンチに座る二人の間を、するりと、すり抜けていく。


「小雪ちゃんは・・・どうしたいの?」

数分の間の後、勝司は小雪に尋ねた。


「えっ?」

小雪はその問いに顔を上げた。


「その義兄さんのために、何がしてあげられると思う?」

勝司は再度、小雪に尋ねる。


小雪はしばらく思案していたが、おもむろに口を開いた。

「謝る・・・ことしか出来ないと思います。私に出来ることは多分そのくらいしかないから。彼の悲しみは深い。きっと私の事を許してはくれな

い。でも・・・でも、それでも良いんです。今の私の気持ちを正直にあの人に言ってみようと思っています。」

勝司に向って小雪は言った。



先ほどまでのように辛くないとはいえないが、それでも、自分が何をすれば良いのか漠然とだが、見えてきたような気がしていた。

駿や駿の義兄に、何が出来るのか・・・見つめなおさなくてはならないのだと、悟ったのだ。



「あの・・・ありがとうございました。何だか話したらすっきりしました。今まで悩んでたことよりも、しなくちゃならないことがあるって分かったんです。生きている自分にしか出来ないこと・・・それを探してみようと思います。」

笑顔を浮かべて、小雪は言った。



それは虚勢でも、偽りでもない本当の笑顔だった。



「そうか・・・良かった。」

勝司も安心したように、微笑み返す。


「俺、小雪ちゃんの笑顔が好きなんだよね。だから・・・また辛いことがあったら、今日みたいに俺に話して欲しいな。俺、出来るだけ協力するからさ。」


「・・・ありがとうございます。でも、今回のことは自分で頑張ってみようと思います。これは私が解決しなきゃならないことだから。」

小雪が言うと、勝司は頷く。


「そっか、分かった。・・・頑張れ、俺はいつでも応援してるから。」


「・・・はい!」

はっきりと小雪は返事をした。









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