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追憶  作者: 葉月☆
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第五章 気づいた思い






最初に会って以来、小雪は毎日のように勝司とあの公園で会うようになっていた。


絵を描く目的で来ている勝司は、真剣に絵を描いているときもあるが、それ以外の時は小雪と話をしてくれる。


勝司は優しくて、そして面白く、話はいつも思いのほかよく弾んだ。

大抵内容はお互いの学校の事が主だったりするのだが。



今日も小雪は公園にやってきたのだが、まだ勝司の姿は見えなかった。


小雪は腕時計をちらりと確認する。


時刻はもう4時すぎを回っていた・・・いつもより少し遅れている。


実は、携帯を持たない主義であるらしい勝司はいまどきの大学生には珍しく携帯を持っていなかった。


だから連絡の取りようが無い。


小雪は少しいつものベンチに座って待つことにした。




「やばい、すこし遅れたかな。」

荒い息を吐きながら、勝司は呟く。


講義が長引いたため、いつもより一本遅い時間のバスに乗ることになってしまった。


最近小雪と話す事が楽しみの一つになっている勝司は、バスを降りると急いで急な坂を駆け上り、公園に向った。


しかし、公園に着いたものの、公園には誰の姿も無い。


もう帰ってしまったのだろうか・・・勝司はそう思ったが、ベンチから少し頭がのぞいていることに気づく。



勝司がベンチの前側に回りこむと、その頭はやはり小雪のものだった。


待ちくたびれてしまったのか、スースーと気持ちのよさそうな寝息を立てながら小雪は眠っている。


そのまだあどけない寝顔に勝司は少し笑みを漏らしたが、ふと小雪が寝ながら泣いていることに気づいた。


「駿・・・駿、ねぇ・・・駿、どこにいるの?どうしてあたしのこと置いていっちゃったの?」

瞳を閉じたまま小雪は呟く。


どうやら寝言のようだ。


「小雪ちゃん・・・?」

戸惑いつつも勝司は小雪に話しかける。


しかし、小雪は眠ったままだ。


「駿・・・駿・・・どうして・・・?」

勝司はグッとこぶしを握り締めた後、



「俺は・・・俺はここにいるよ。だから・・・だから泣かないで、小雪ちゃん。」

と言って、優しく小雪の頭をなでた。


そうすると、小雪は安心したのかうっすら笑みを浮かべてそのまま眠り続ける。


勝司は小さく息を吐いた。






小雪が起きたのは、もう日が落ちた後だった。


「あれ・・・私・・・?」

そうだ・・・勝司を待っていたらそのまま寝ちゃったんだ。


そう考えて、不意に自分に掛けられた春物のコートの存在に気づく。


このコートは知っている・・・よく勝司が身に着けているコートと同じものだ。


不破さんが来たんだ!・・・小雪はそのことを理解して、立ち上がって辺りを見回すが、彼の姿はどこにも無い。



するとその時、コートの胸ポケットの中からぱさりと二つ折りの白い紙切れが落ちた。


何だろう・・・小雪は不思議に思い、中を開いて見た。



―小雪ちゃんへ―

今日は急用が出来たので帰ります。小雪ちゃんがすごく気持ちよさそうに寝ていたので、起こしませんでした。ごめん。明日、また会おうな。



勝司の性格を現すような、やわらかく端正な字で書かれたそのメモは、小雪宛だった。


「帰っちゃったのか・・・。」

小雪は何だかすごく残念な気持ちに襲われた。


勝司と話すと何だか元気になれるのだ。


内容的には他愛のないものなのだが、かもし出す明るく元気なオーラがどうやら小雪にも伝染するらしい。



(帰ろうかな・・・。)

小雪はそう思い、公園を後にする。


その姿を、ある人物に見られていることも知らずに。










「はぁっ・・・。」

勝司は今日何度目になるか分からない大きなため息をついた。


今日の講義は午前中で終了。


そのため、勝司は大学の食堂で昼食を取った後、大学から程近くの家に帰る予定だ。


講義終了後は食堂に人が集中するため、早く行かなくてはならないのだが、何故か勝司はそうする気になれなかった。



昨日の出来事が頭をもたげて仕方が無いのだ。


小雪が呟いた知らない男の名前・・・何故かそればかりがずっと気になるのだ。


―やっぱり、恋人の名前・・・かな―


そう考えるととても憂鬱になってくる。


確かに小雪は美人だ・・・恋人もいるのも分かる気がする。


それに、自分にそんな事を気にする資格は無い。

なのに・・・考えれば考えるほど胸が痛んだ。


そんな状況がずっと続いたため、講義5分後の現在でも勝司は自分が先ほど使っていた席の位置にボーっと座ったままだ。



しかし、突然頬の辺りに冷たい何かを当てられる。


「うわっ!!」

勝司がびっくりして振り返ると、そこには勝司の友人、寺元茂がいた。


階段状になっている講義の席(しかも綱紀の後ろ)をいつの間にか陣取っていた彼は、くすくすとおかしそうに笑っていた。


ちなみに、冷たいものの正体は勝司が持ってきた缶コーヒーであった。



「・・・茂、何か用?」

ぶすっとした顔で勝司は尋ねる。


「まぁ、まぁ、そうむくれんなって。ほら、缶コーヒーやるから機嫌直せって。」

まったく悪びれない様子で茂は言う。


とりあえず講義室を出た二人は、学生のたまり場・・・もとい、食堂へと足を運んだ。


昼食の時間から少しずれたからだろうか、いつもは混んでいるはずなのにすんなりと窓側のいい席を取ることに成功した。


「お前があんまりボーっとしてたから、(よし、いたずらしてやろう)、って思って。」


「お前は小学生か。」


「失礼な。子供心を忘れないって言って欲しいな。」

咎めるように茂は言うが、目は笑っていた。



茂は見た目は180cm前後の長身に茶髪という、いかにも大人な男の感じではあるが、その反面、

中身はかなり子供っぽいのである。


勝司も知り合った当初は、中身と見た目のあまりのギャップに驚かずにはいられなかった。



・・・まぁ、現在は慣れてしまったため、そんな驚きは全く感じないのだが。



「んで、お前なーに悩んでんの?」


「えっ?」

いきなりの核心をついた質問に、勝司は思わず目を見開く。


そんな勝司の態度に満足したのか、茂は満足そうに笑っている。


「俺の観察力をなめてもらっちゃ困るな。大体、あれだけポーッとしてたら誰だってお前の様子が違うことに気づくっつーの。勝司が意識飛ばしてるときは大抵悩み事があるときだかんな。気づいて当然だって。」

事も無げに茂は言う。



茂は確かに子供っぽい所もあるが、決してばかな訳ではない。・・・というよりもむしろ、鋭い方である、とこういう時勝司は実感する。


勝司は、本心を隠すのがうまい方だ。


現に、今日出会った友達の誰にも、悩み事があるなんて気づかれなかった。


しかし茂には簡単に見破られてしまのだ・・・そしていつも相談に乗ってもらっている。


何だかんだ言っても、頼りになる友人なのだ。



「・・・それがさ・・・。」

勝司は茂に昨日の出来事について話し始めた・・・。




「ふーん・・・それでずっと気になっちゃってるってわけか。勝司君てば、純情〜。」

明らかに馬鹿にしたような言い方で茂は言う。


「うるさい。仕方ないだろ・・・自分でもよく分かんないけど、気になって仕方ないんだから。」

ふてくされたように勝司は言う。


「えっ!?なに、お前その理由分かんねぇの!?」

茂があからさまに呆れた様な顔をする。


「?・・・分からないけど?」

ぽかんとした表情で言う勝司。


その様子を見て、茂は大きくため息をつく。


「・・・お前その子に惚れてる。しかもかなり重症。」


「は?」


「だって小雪ちゃんが誰と付き合ってるとか気になってるんだろ?しかも、動揺しすぎて置き手紙残して帰ってきちまったんだろ?」

茂の質問に勝司は素直に頷く。


「なら・・・もう決定っしょ。お前さあ、自分の事について無頓着すぎ。これまでだって何回も付き合ってきたんだろ?何でそれなのにわかんねぇかなぁ?」

苦笑しつつ茂は言った。


「だってさあ・・・これまで付き合うときは大抵相手からの告白からだったし・・・。」

語尾に近づくほど勝司の声は小さくなる。


「ようするにあれか・・・もしかして今まで押しに負けて対して好きでもない子と付き合ってたわけか?」


「うっ・・・。」

図星か・・・勝司の反応を見て、茂はため息をつく。


「てことは、今まで自分から好きになって付き合った子はもしかして・・・。」


「いない・・・かも。」

歯切れ悪く勝司は言った。


「じゃあ何か、今回が初恋ってことか?」

茂が言うと、勝司はほんのり頬を赤らめる。


その姿を見て、茂は苦笑した。



(こりゃ・・・かなりマジだな。)

何か面白いことになりそうだ・・・と心の中で思う。


勝司からそんな相談を受けたことは無かったので、正直意外だなとは思ったが、人の恋愛ほど


面白いものは無い・・・それが友人ならなおさらだ。


徹底的にバックアップしてやろう・・・茂は一人心の中で意気込む。



「よし!とりあえずうじうじやってても仕方ねぇだろ。ここは実力行使あるのみ。」


「へ?」

茂の言葉に、間の抜けた声をあげる勝司。


「だから、実力行使だっていってんの。恋人がいるかどうかはっきりと小雪ちゃん・・・だったけか?その子に聞くの。」

勝司は茂の発言に首を勢いよく横に振る。


「無理だって!聞けるならこんなに悩んだりしない!!大体いるとか言われちゃったらどうするんだよ?」


「そん時はきっぱりさっぱり諦めるんだな。」


「そんなぁ・・・。」

勝司はうなだれる。



(いつもははっきりした性格してるくせに、どうしてこういう時は意気地なしなんだか・・・。)

茂は思う。


「聞かなきゃいつまでももやもやしちまうだけだろうが。お前物事は白黒しなきゃ嫌なタイプだろ?」

茂の問いかけに、勝司は力なく頷く。


「それはそうだけど・・・分かった、聞いてみるよ。」

(おいおい大丈夫かよ・・・。)

自信なさげに言う勝司を見て、茂は心の中で呟いた。


「せいぜい頑張りな。振られたときはやけ酒くらいにはつきあってやっから。」


「・・・何でそうフォローになんないこと言うかな、お前は。」

しかし、こう言って少しでも気を楽にしてやろうとしている茂の気持ちを理解している勝司はフッと笑うと、

「まぁ・・・そん時はとりあえずよろしくな。」

と言った。



茂は勝司の言葉ににやりと笑みを浮かべる。


そして、

「おう、任された。」

と楽しそうに言った。








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